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影の訪れ

 7月にもなり、連日のように蒸し暑い日が続いている。それは夜になっても変わらない。


 栗林(くりばやし)浩介(こうすけ)は仰ぐように空を見上げた。


 時間は深夜一時を回ろうとしている。


 空には星が一つも出ていない。風がそよとも吹かない。いっその事、雨でも降ってくれと言いたくなるような湿度が浩介の疲れた体にまとわりついていた。


『早く帰ろう』


ふと前方に視線を戻すと、古い集合住宅が目に入った。


 今まで気にした事もなかった。それなのにその日に限って気になってしまった。それは。


『……切れかかってる』


 いくつも並んでいる窓の一つ。中途半端に閉められているカーテンの隙間から蛍光灯の灯りが漏れている。


 それが今にも消えそうにチカチカと点滅していたのだ。


『さっさと新しいのに換えれば良いのに。ヤレヤレだぜ』


 全く知らない赤の他人の部屋なくせにそんな事を考えていた。


そして浩介が歩き始めた時、突然人影が現れた。


 蛍光灯が一瞬消えた間なのか、浩介が瞬きした瞬間なのか、何気無く浩介はそれを見ていた。


 影は窓際を通り過ぎていくものと思っていたが、その影は動かなかった。


 影は立ち止まったまま。


 そして浩介が十字路の角を曲がろうとした時、影がこちらを振り向いた様に見えて浩介はドキリとした。


次の瞬間、影は消えていた。


 窓から覗ける範囲外へ移動した、と言うよりも出てきた時と同じように突然に消えたとしか表現しようが無い。


浩介はちょっと不思議に感じたがすぐに関心は手に持ったコンビニ袋へと移った。


 夜食の冷や麦とアイス。明日、腹を冷やそうとも少しでも涼を得られるならば涼を取る。


 我が家唯一の冷房器具、扇風機の前で食後のアイスを食べる自分を想像しながら、浩介は家路を急いだ。





 次の日、浩介は通い続けて今年で五年目の俳優養成所へ行く為に家を出た。


 途中で昨日眺めていた集合住宅の所に一台のパトカーが停まっているのに気付いた。


『ヤベェ、事件事件!』


 いつもの浩介なら野次馬根性丸出しにする所。だが今日は生憎、朝からトイレに籠り過ぎて時間がなかった。


 浩介は急ぎ足で駅に向かいながら、ふと振り返る。


 昨日浩介が見た窓は、昨日と同じくカーテンが中途半端に閉められたままだった。


 浩介は事件と言う言葉と、昨日の人影を連想した。


 警察への情報提供等などとは考えず、浩介の関心はその誰かに顔を見られたかどうかだった。


『事件を見るのは好きだが、事件に巻き込まれるのは御免だ』


 あの窓からは距離があるし顔まで見られてないだろう。


 それに見えたのは影だけ。影の主は見てない。なら向こうも見えていないはず。浩介はそう思う事にした。


『ヤレヤレ、物騒な世の中だ。帰りは違う道にするかな』


 俳優養成所に浩介が着くと、(みなみ)隆幸(たかゆき)が神妙な顔をしてやってきた。


「村田の奴がドラマ決まったらしいぞ」


「……そうなんだ」


 隆幸に素っ気なく返事をすると、浩介は荷物を下ろしてストレッチを始めた。


 良い声を出し、良い演技をするのにストレッチは欠かせない。


「もしかするとビックになっちまうかもだぜ?」

「……かもな」


 興奮していた隆幸も浩介の冷ややかな対応に落ち着きを取り戻す。


「全く、あんな演技のどこが良いんだろうな。あれなら俺の方がマシだぜ。まぁ……顔はアレだけどな」


 浩介も隆幸もこの養成所では古株に当たる。自分達より後に入って来たものが先にココを巣立って行くのを何度も見てきた。


 だが本当にビックになったと言えるのはほんの僅か。


浩介だって半年前に映画にエキストラで出演した。その前はドラマでセリフもあった。


 だが一向に芽は出ていない。


村田(むらた)誠次(せいじ)だってどうなるものか。隆幸が言うほど演技はマズくない。顔は今風のイケメン。そしてプライドが高い。


 村田は表面上黙々と練習しているが、裏では周りの塾生だけでなく、講師陣にも裏では悪態をついている。


 一度のヒットに恵まれるかもしれないが長くは続けられないだろう。


 むしろ、そうあって欲しいものだ。

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