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座敷童のいち子  作者: 有知春秋
【中部編•想いふ勇者の義】
88/105

3

 場所は座敷童管理省東北支署、二階の一室。

 布団の中で気持ち良さそうに寝ている小夜の横に杏奈と龍馬はいた。二人は向かい合うように座り、杏奈はヒビの入った黒縁眼鏡を右手中指で押し上げ、龍馬は正座しながらそわそわとバツ悪そうにしていた。数分前に杏奈が部屋に訪れ「全て龍馬さんの仕業ですね」「な、なんのことぜよ?」から始まり、龍馬を祖母不幸をした下手人として取り調べ、今までの経緯や予想を話し、今に至るのだが。

「————という理由から、龍馬さんはわざと巴さんからの伝言をアーサーさんに伝えず、オロチが蘇る時期に合わせて私達を平泉に行くように仕向けました。そしてオロチと一緒に毛越寺に封印された魔獣を一掃するために、オロチの尻尾切りだと見せかけて野に放った。予定外だったのは松田さんと梅田さんがオロチの尻尾切りだと疑い、中尊寺に来た事……何か申しひらきはありますか?」

「も、申しひらきと言われてものぉ……」

 あくまでも状況証拠と『龍馬なら』という杏奈が思う龍馬像からの動機を固めた予想になり、松田家当主が関わっている事までは情報が少ないというのもあり想像もしていない。そのため、予想として九割当たっていても、残り一割、確信に届かない推理になっているため、龍馬は知らぬ存ぜぬとシラを切ることはできる。だが、今の杏奈、協調性が芽生え始めている杏奈を見てしまっては、挫折に心が揺れ動いている危うさとそれでも前に進もうとしている強さを座敷童として感じてしまっては、シラを切るのは憚られた。

 もしも、杏奈が松田家当主や八慶が協力していたとわかっていたとしても、龍馬への対応は変わらなかっただろう。何故なら、今の杏奈が悔しく思っているのは龍馬に本音を言ってもらえなかった事になり、『協調性がない人間が踏み込んではならない問題』だと挫折と一緒に学び、指揮から離れた今では龍馬が自分を傷つけないために遠ざけようとしていたとわかってしまったからだ。策は破綻して祖母不幸にはなっている。しかし、針の穴程度の協調性でも、龍馬が自分や祖母を大切に思ってくれているのがわかる。そんな龍馬の気持ちに気づいてあげられなかった自分に悔しいし、龍馬から協力してくれと言ってくれなかった事が悔しい。

「私が踏み込んで良い問題ではないというのはわかります。龍馬さんが私とおばあちゃんに気を使ってくれたのもわかります。……何か申しひらきしてください」

 膝の上に置いてある手を握り、奥歯を噛み締め、黒縁眼鏡の奥では涙を堪えるように目元を震わせる。協調性がない、それだけの事だと思っていたのに、それだけの事では済まない現実を作るところだった。賢いからこそ、現実になる前に挫折を知り、行き場を、居場所を無くし、戦場の司令塔でもある大広間にいられなくなった。龍馬の前、ここに居るしかなくなった。杏奈は「何か申しひらきをしてください」と龍馬へ繰り返す。いつものように惚けて知らぬ存ぜぬと言ってくれたら、いつものように龍馬を叱れる。それが龍馬と杏奈の間にできあがった繋がりだから。

 だが、揺れ動いている心の中で、協調の欠落から生まれる恐怖と前に進もうと協調を求める強さが葛藤しているとわかってしまう座敷童では、知らぬ存ぜぬとシラを切ることはできない。なにより、杏奈の挫折は自分の策が破綻して生まれてしまった。葛藤はしていても、前に進もうとしているなら、甘やかしていると言われようともその道を作ってやりたい。龍馬は襟を正すと崩していた姿勢を直し、今の杏奈になら本音(エゴ)を言っても応えてくれると思い「ワシは杏奈ぁや文枝殿には座敷童の世界で生きて欲しくないぜよ」と言う。

「……何故、ですか?」目元をこすり流れそうになった涙を拭う。

「座敷童は家の盛衰を司る存在ぜよ。家主に世話になり、ガキ共と遊び、一緒に飯を食い、寝る。それだけの存在ぜよ」

「違います。オロチと闘い、日本を守る存在です」

「それは座敷童の世界の話ぜよ。人間の世界は違う。人間には人間の人生があり、短い人生の中でやらなければならない大義がある。人間の人生は短い、その短い人生の中で寿命のない座敷童が生きる世界で人間が生きるというのは、人生を無駄にする事になる。人間は人間と生きることを第一に考えなければならんちや」

「やらなければならない大義、ですか」

 言葉が足りなく、当たり前の言葉を並べて理想を押し付けている、と杏奈は思った。だが、自分と祖母を思う言葉だと判断すると、座敷童が見える方法を知っていた祖母が見えないままでいた事から『自分達を知って欲しい、でも、人間には人間としての一生を送ってほしい』と座敷童は葛藤しているとわかり、祖母はソレを理解していたのだと思えた。

 文枝は座敷童が見えない時も過剰なほど座敷童のために働いていた。そんな文枝が座敷童が見えるようになれば、残りの人生を座敷童のために使うだろう。今は喜んでいる座敷童も、喜んだ分の後悔があるという事だ。座敷童も文枝自身も後悔する。その覚悟があって文枝は座敷童が見える側になった。

(私にそんな覚悟があるのか? いや……おばあちゃんと比べるなんて考えすぎか……)と思ったところで文枝の言葉が脳裏によぎる。


『座敷童は多くは語らぬ。少ない言葉や白紙の本から、座敷童が何を言いたいのかを心からわかってあげるのが大切なのじゃ。杏奈がしずかをわかっていれば……』


(私は、おばあちゃんみたいに座敷童が伝えたい事をわかってあげられない。わからないんだから、考えすぎるぐらいでも足りない!)と情報の少ない自分が出した答えを否定する。そして頭の中に、知識の探求、祖母からしずかの家主を受け継ぐ、と自分が座敷童の世界に居たい理由を並べる。だが、今ではしずかの家主になるなど戯言だなと思うし、知識の探求は協調性の無さから行き着いた逃げ場だと自分に呆れてしまう。だが、杏奈は呆れたまま、自分で自分を否定したままではいない。

 杏奈が思い浮かべたのは、自分が逃げ場にしていた座敷童の世界にズガズガと土足で入り込む人間、アーサー•横山•ペンドラコ。(やっぱりすごい人だな……)と杏奈は改めてアーサーを尊敬する。杏奈は、アーサーは祖母のように努力を重ねてきた傑物ではないと思っている。祖母が原石をカッティングし磨きに磨いてできあがった最上のダイヤモンドなら、アーサーはカッティングや磨きが必要ないまま生まれてきた珠玉。しかし、その珠玉は真珠のように掌で転がして愉悦に浸れるモノではない。例えるなら庶民が王族に抱く畏敬と畏怖、触れる事さえ憚れる畏れ、努力では埋められない格差がある。と杏奈はアーサーにそんな印象を持っていた。

 アーサー本人に自覚がないため、畏怖した者から変人だと揶揄されているとわかっていても、その見た目と雰囲気に畏敬の念を抱いているのに気づいていない。(私が協調の欠落がある箱入り娘なら、アーサーさんは協調を求めても畏怖と畏敬を与えてしまうお姫様だ)と自分とアーサーの協調性の違いを分析し(私が協調を拒絶してきたなら、アーサーさんは協調を求めて拒絶されてきた。たぶん、アーサーさんなら龍馬さんが否定するならそのまま受け入れる。でも、私にはアーサーさんみたいになんでもかんでも受け入れられる器はない。なによりも、龍馬さんの否定は、今の龍馬さんを否定している事になっているから、納得できない!)と龍馬の言葉に納得しない。遥か昔から座敷童の世界で生き続けている御三家、龍馬の言葉(エゴ)はそんな数少ない座敷童のために生きる人間の気持ちを、座敷童として受け入れられない、と言っているようにしか思えないのだ。「……龍馬さんは御三家の生き方を否定しているのですね」と簡潔に聞く。遠回しに聞くという会話術は使わない。今の会話で行き着く先は「大否定しているぜよ」と龍馬なら断言するとわかっていたから。

 だが、何故、大否定する? と龍馬が大否定する理由を考えなければならない。

(吉法師さんは私を評価してくれた。ソレは座敷童の世界で人間が生きる事を肯定していると受け取れる。吉法師さんが肯定派なら龍馬さんは否定派という事になる。二人の違い。性格なら……)と考えを進めようとすると、すぅと頭の中が冷える感覚を覚える。巴の独断専行を気づかせるような気持ちの悪い直感ではない。もっと簡単に考えるんだ、と優しく言われているような、そんな感覚だ。はじめての感覚に驚き、冷静になれる自分を疑問になりながら(人間から座敷童になった二人が極端な思いを現代で生きる人間に持っている。それは、おそらく、龍馬さんが人間だった頃の生き方、育ち方にあったのでは?)と簡単な答えを出す。そして、自分の直感と龍馬を信じて「何故、ですか?」と聞く。

(……成長したようぜよ)

 座敷童龍馬の目から見て、杏奈の短い言葉に含む気持ちに知識の探求は無いとわかった。坂本龍馬の歴史を作り上げた生き方や育ち方など、今を生きれと言われている杏奈には関係ない歴史。そんな俗物的な思いがあれば語ろうとは思わないが、座敷童を思って座敷童の世界で生きようとする自分や祖母を否定するだけの答えを言えるものなら言ってみろ、という意思の強さ、自分への挑戦を感じてしまっては「……そうじゃな、理由も言わんと否定だけしていたら何も解決せんな」と本音(エゴ)に含んでいる本音(理由)を話す準備をする。

 龍馬は杏奈の気持ちから『何故』に含まれている意味を履き違える事なく『人間から座敷童になった元人間が、座敷童の世界に人間が入ることを否定する資格は無い』と含んでいると龍馬は受け取った。そんなまっすぐな気持ちからの否定に、人間が座敷童の世界に入るのを否定しながら座敷童になった元人間として答える。

「乙女姉やんが居るき、座敷童と生きる人間の苦労と楽しさはわかる、その苦労と楽しさまでワシは否定していないぜよ。むしろ座敷童と生きられる人間は純真な子供か、人間の気持ちがわかる座敷童に一緒に居たいと思わせるだけの素養がある人間じゃき、そんな人間なら人間の世界で座敷童と生きて、盛衰を与えられながら共に生きるのは大賛成ぜよ。ワシが大否定するのは、座敷童の世界で人間が生きる事、特に、人間もオロチと闘うという部分ぜよ」

(私の直感は正しかった……)

 予想以上に簡単な返答だった。そして、杏奈は、龍馬が否定するには十分な理由をすでに聞いている。(あの時は、あまりにも簡単に、物語のプロローグのように言っていたから、気づいてあげられなかった)と人間や座敷童問わず生きる者なら当たり前にある感情に(私は龍馬さんに対して、無神経だった)と思いながら「……お母さんが原因だったのですね」と申し訳ありませんと思いながら言った。

 龍馬はそんな杏奈の優しい気持ちに(申し訳ない、すまない)と思いながら、座敷童の世界で生きるために必要な知識を、今の杏奈には必要だと思い、伝える事にする。「杏奈……」いつものように杏奈ぁとのばさず呼ぶと、真剣な表情になり「今から話す事は座敷童の世界で生きていくなら知っておかなければならない座敷童が抱える闇じゃ。じゃが、それを教えたからといって、杏奈が座敷童の世界で生きる事を肯定しとるという事ではない」

「はい。……龍馬さんに否定されても、座敷童の闇を知っても、私が座敷童の世界で生きる事には変わりありません」

「…………?」疑問符が浮かぶ返答だった。例えるなら、一本の強い芯がある返答。知識の探求やしずかの家主になりたいという事情ではなく、気持ちがわかる座敷童でも読み取れない、語らぬ理由があると思うには十分な芯。(なんじゃこの気持ちの強さ……いや、杏奈ぁの強さではなく、杏奈ぁが想う強さじゃ。この気持ちは……)と杏奈の語らぬ理由に訝しみ、その想う気持ちの強さに(話しやすくはなったが、なんぜよ、この信頼しきったような気持ち……気にくわん)と心の中で悪態つくと「座敷童は寿命がない分、それだけの死を見てきている」ゆっくりと立ちながら「ワシや吉法師は座敷童になってからたかだか数百年じゃが、人間だった頃の仲間や座敷童になってから世話になった人間の死を見てきているぜよ」小夜が寝ている布団の周りを歩きながら「いち子やしずか、巴や乙女姉やんのような八岐大蛇を知る座敷童は数百年どころではないんじゃ。その闇は、人間の短い一生では重い、重すぎるぜよ!」とグッと拳を作って杏奈に向ける。

「……あの、龍馬さん?」

「なんぜよ?」

「座敷童の闇というだけあって内容に重みがあり、真剣に話ているのはわかるのですが、何か軽いような……言葉に重みを感じません」

「…………」

 龍馬は杏奈に一本の強い芯があるとわかる前に神妙な空気を作ったため、一本の強い芯があるとわかり『気にくわない』と思いながら作った空気に差が生まれた。その差から生まれた雰囲気に、杏奈は内容は重くても言葉が軽く感じたようだ。

 龍馬はコホンとわざとらしく咳をすると、小夜が寝ている布団を挟んで杏奈の正面に座る。訝しみながら見てくる杏奈に真剣な表情を向けて「座敷童は人間の成長、子々孫々を見届けられる」と雰囲気を作るように重々しく言うと、更に重い空気を作るように神妙な表情を作り「人間は短い人生に子を作り、子の成長を見届ける。たしかに、ワシの母親がワシら兄妹の成長や晴れ姿を見られなかったのは座敷童の世界で生きていたから……とガキの頃は思っていたぜよ」一拍を置いて更に重い空気を演出するためにうつむくと「吉法師にワシの知らん母親を語られた時は、羨ましゅうて、憎くなってなぁ……恨んだもんぜよ。なんでお前ら座敷童の事情で死なないとならん、てなぁ」チラと雰囲気に呑まれているかなと思い、杏奈を見る。

「今も恨んでいるのですか?」黒縁眼鏡を右手中指で押し上げる。

(か、軽く返してきたぜよ! ワシの作る重い空気が通用していない!!)と内心であたふたしながら「母親を語るのはワシのためではなく母親のためだ……と言われちゃあ恨めんぜよ。……、……」重い空気を作った本人がその重い空気に息苦しくなるという自虐に(ま、また、おちゃらけているとか、思われているかもしれんぜよ)とあっさりと返答してきた杏奈を深読みしすぎて、怒られる、と思い始めた。

「私やおばあちゃんが座敷童の世界で生きるのを否定するのは……」ビクッとする龍馬を気にする事なく「座敷童が語るのではなく本人が語ることの大事さをわかっているから、という事ですね」と龍馬の言葉に返答する。

 杏奈は龍馬がおちゃらけているとは思っていない。理解させやすいように言葉を選び、重くなる空気を和らげながら、気を使って話ていると思っている。針の穴ぐらいの協調性しかなくても杏奈は賢いため、賢すぎる深読みをしている。

 杏奈が深読みしていると龍馬が気づいていれば自作自演は完成させられるが、龍馬は自分の作った空気に自作自演破りが杏奈からくると内心で怯えている。しかし、怯えていてもそこは坂本龍馬、死線をくぐり抜けてきたのは一度や二度ではない。ゆっくりと立ち上がり、窓の前まで歩を進める。もちろん、いつでも逃げられるように。

「語り聞かせるよりも、語り合うことが大事ちゅうこっちゃ。まぁ、アレぜよ、ワシは吉法師みたいに長々と語るのは苦手じゃき、かたっ苦しい話はこれまでぜよ」

「後始末に行くのですか?」

「?」疑問符が浮かぶ返答だった。外を眺めるという多少のクサい演技をして、いつでも逃げられるように窓の前にいるだけなのに(ど、どういう事ぜよ? ワシが今から中尊寺か毛越寺に行くような口ぶり……まさか! マッチポンプ返しか!?)と更に杏奈を深読みし、迷走する。(ここで逃げたら、返答を間違えたら、一日三食キャバクラ付きの座敷童管理省に、出禁になるぜよ!!!!)

 策が破綻した時点で出禁レベル、重い空気を作っておいて釈明は中途半端、おちゃらけているつもりはないがおちゃらけていると思われてもしかたがない。本来の杏奈ならおちゃらけていると思うだろうし、思っているかもしれない。このままでは一日三食という座敷童管理省からの提供と大義名分の無いキャバクラ授業が禁止になる。

 龍馬がマッチポンプと言っている時点で、キャバクラは特務員への教育から得られる給金には含まれていない報酬(ボーナス)だと思っている。私情一〇〇パーセント。正しい意味合いとしてのマッチポンプとしては疑問はあるし、策が破綻した今は自作自演から自業自得、釈明も中途半端になっている。一日三食は兎も角、報酬(キャバクラ)は無くなる。杏奈は自作自演やマッチポンプとは思っていないが、龍馬の中では時化たマッチで火が点かない状態——迷走しているだけ——でもマッチポンプを成功させたいと必死になる。しかし、龍馬が杏奈を深読みしていなければ、マッチポンプはすでに成功している。

(どうする……そうじゃ! 大義名分はあるき、大義をかさにマッチポンプだとバラして……むっ?)何も疑っていない杏奈に対しては悪手にしかならない策を思いつくと、ふと座敷童管理省東北支署へ入ってきた影を視界に入れる。あやつらは……と思い、ピコーンとこの二人は利用できると判断し「いや、ワシの出番はなくなったようぜよ」と言い、窓の外を指差す。

 杏奈は立ち上がり、窓の外を見る。ぐったりとしたポニーテールの幼女を肩に担いでいる坊主頭の男性がいた。

「見た事ない人ですね」

「巴と貫太ぜよ」

「…………はい?」疑問符を浮かべると再度二人を見て「と、巴さん……?」と自分が巴に負担をかけすぎたのが原因で幼児化しぐったりしていると思い、小夜への申し訳なさをつのらせる。

 龍馬はそんな杏奈の気持ちを読み取り「座敷童は家主や人間からの気持ちが大きいほど力が湧き、身体はその力の大きさに合わせるぜよ。普段から幼児化しとるのは力を使う必要がないちゅうのもあるが、力を使いすぎても幼児化するぜよ」チラと杏奈を見ると「……」と無言で暗くなっているため、コホンと咳払いし「巴の場合は小夜をお世話しないとならんき、普段から幼児化しとらんだけぜよ。そもそも座敷童は幼児でいるもんぜよ。童なだけに!」と杏奈を励ますつもりで右手親指をビシッと上げてサムズアップする。しかし、杏奈は龍馬のサムズアップを視界にも入れずに幼児化したともえを見ている。予想どおりにサムズアップは不発に終わり、親指の行き場を無くしていると。

「小夜さんをお世話するために一八歳前後の姿でいるというなら、巴さんは幼児化しないはずです。何故、幼児化しているのですか?」

「竹田家は巴のお世話だけでなく、被災した座敷童のお世話も抱え込んでおるのを知っとるな?」

「はい」

「座敷童は家主の負担になると思ったら美菜や美代みたいに家主の生活が落ち着くまで友達と遊び回っておるし、お世話が雑になれば盛衰を司る座敷童らしく家主の元から出て行くぜよ。巴の今の状態……いや、今ではないな、災害の翌日に竹田家当主と話している巴を見た時は竹田家から出て行くと思ったんじゃが、巴は今も竹田家に残っておる。八童巴の力を維持できず、八童はおろか、力を使う身体にもなれん状態が今のともえ。そして今の竹田家の状況がともえの姿に反映していると言ってもいいぜよ。ワシは、普段から一八歳前後の姿でいられたのを不思議に思っておったんじゃが……んっ?」貫太の肩でぐったりとしているともえが握っている和傘を見て違和感が生まれる。

「どうしました?」

「巴の傘じゃが……柄が短いような気がするぜよ」

「……」チラと和傘を見ると黒縁眼鏡を右手親指で押し上げながら「短いですね。たしか白天黒ノ米という刀を納めていたと思いましたが?」と感想を告げる。

「白天黒ノ米か……むっ? ……まさか!!? それで幼児化したんか!?」

「どういうことですか?」

「白天黒ノ米はいち子の宝物ぜよ。松田家からお世話されているいち子の物には、いち子がもらっている気持ちが含まれているき……」

「なるほど。本来なら、巴さんは普段から幼児化しているはずなのに一八歳前後の姿を維持できたのは、白天黒ノ米から伝わるいち子ちゃんの加護のようなもので姿を保っていたという事ですね」

「そうぜよ。そして、白天黒ノ米が巴の元に無いという事は、いち子に白天黒ノ米を必要とする何かがあった、と考えるのが妥当ぜよ!」

「佐渡島で何かあったという事ですね」

 コクと頷く龍馬の後ろで布団がもぞもぞと動く。

「小夜さん?」

「小夜、起きるぜよ!」

 バンバンと布団を叩くと、小夜はあくびをしながら起き上がる。目をこすりながら龍馬と杏奈を見ると、

「じゃあじゃあじゃあ、杏奈ど龍馬でねえがぁ」

「いち子に何かあったぜよ。起きるんじゃ」

「いづ子に何があっだ? んば、慌てるでね。巴サいれば安泰だ安泰だ」

「まったく、巴信者はめんどくさいぜよ!」

 龍馬は寝起きの小夜を担ぐと部屋から出て行く。杏奈は二人を追う。

「座敷童に人間が担がれている時は、座敷童が見えない側の人間にはどんな風に見えているんだろ……?」浮いているように見えるのかな? と思いながら部屋を後にした。

 三人が大広間に行くと、しずかと巴改めともえはぐったりとうつぶせになり、美菜が二人を呆れがら見ていた。杏奈と小夜を担いでいる龍馬はパソコンを前にしている加納の元に行く。

「さ、参謀、色々と緊急事態です」

「何があったのですか?」

 加納は今までにあった事を杏奈と龍馬へ簡潔に伝えた。

 佐渡島でいち子に白天黒ノ米を必要とする何かが起きたと思っていた杏奈と龍馬は安堵するように息を吐く。いち子がしずかとともえに対して怒っているかもしれないが、緊急事態なのは佐渡島や平泉ではなく、文枝がいるのに喧嘩をした二人。この問題は、今は棚置きできる。それに金鶏山で縄張り争いしていた八慶と金時そして一〇〇〇人の座敷童が中尊寺と毛越寺に向かっているというのは吉報、魔獣戦が有利になった。

「平泉は大丈夫になったという事ですね」

「ま、まぁ、そうなのですが……しずかとともえが……」

「じゃじゃじゃ! 巴に何があっだのが!」小夜は加納に飛び込む。

 加納は(しずかが沈黙した次は小夜ちゃんか!)と今日は胸ぐらを掴まれる日だなと思いつつ(た、たぶん、小夜ちゃんは巴の事を聞きたいんだろう)と小夜の南部弁をわからないながらも予想し、アイロンがけに苦労しそうなワイシャツの襟を心配しながら「さ、小夜ちゃん、巴はあそこで……」しずかの横でうつぶせになっているともえに指を差す。

 小夜は加納の指先をたどるように視線を移すと「巴? 巴はあんなにちっこぐねえぞ」と疑問符を浮かべる。

「小夜さん。幼児化した巴さんみたいです」

「……と、巴、なのが?」幼児化したともえに困惑する。

「ワシも前回のオロチ戦で消耗した巴が竹田家当主の前で幼児化したのを見たぐらいじゃき、レアぜよ」

「とととともえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ」小夜は畳を蹴るとズダダダダダとともえの元に行き、ぐったりしたともえを抱き上げる。「と、ともえ! なにがあっだ!」とともえを天井に向けて掲げる。

「…………」ともえは心ここに在らずという感じに力なくぐたりとした。

「は、腹が減っだのが!?」

「…………」

「じゃじゃじゃ、じゃじゃじゃ、じゃじゃじゃ、じゃじゃじゃ、じゃじゃじゃ」ぐたぁと力なく身体を預けてくるともえに一人で緊急事態に陥る小夜。自分ではどうする事もできない状況に、周囲へ助けを求める視線を向ける。杏奈は黒縁眼鏡を右手中指で押し上げながらうつむき、龍馬は笑いをこらえながら神妙な表情を作り、加納は頭をぽりぽりと掻き、美代は「大丈夫だよ」と軽く言うだけで貫太も「自業自得だ」としか言わない。小さなともえを全員が受け入れている。小夜は厨房へ視線をやり、神様を見つけると、ともえを抱き上げながら厨房へと走って行く。「ば、ばば様! 巴ば巴ば巴ばなんどがすでぐれ!!」

「……ふむ」ともえの頭に手を添えると優しく撫でる。巴でいる間に背負っていた苦労が掌へ伝わり、ともえでいる今は巴の面影がないぐらいに弱いと文枝は感じた。竹田家を思い、小夜を思い、八童の重責を理解しながら、家から出ようとしなかったともえに(これからは甘えられる。少しの間は休んでおるんじゃ)と内心で語りかけた。小夜を安心させるように微笑むと「これからは小夜がともえを守ってあげるんじゃ」と困惑している小夜に言った。

「?」小夜は疑問符を浮かべる。

 文枝に絶対の信頼を置いている小夜ならではの考えから、神様なら、ばば様ならともえを元に戻してくれると思っていた。座敷童が見えない時も小豆飯やキノコ汁で座敷童は元気になった。座敷童が見える側になり、座敷童の頭を撫でただけで座敷童は元気になっていた。文枝は小夜の中では絶対、神様なのだ。だが、ともえは元に戻らない。

 文枝はキョトンとする小夜の頭を撫でると「小夜が一人前の家主になったら、ともえは闘えるようになる。頑張るんじゃ」と気持ちを込めた分、小夜の頭を撫でる掌の力が強くなった。

「ばば様。巴サ、もう闘えねぇのが?」

「うむ。巴はずっと苦労してきた。少しぐらい休んでもバチは当たらん」

「じゃあじゃあじゃあ……」ぐったりとしたともえを自分に向ける。いち子に怒られるというストレスからぐったりしているだけなのだが、小夜から見たらともえが小さくなるのは一つの大きな不安を生む。

「ば、ばば様、巴がいなぐなったら……」

「これからは八慶が八童になり、金時や貫太と東北を守る。大丈夫じゃ」

「……ば、ばば様……わ、わ、わの、わの……」瞳に涙を浮かべる。

「大丈夫じゃ。ともえは小夜を家主にすると決めておるから、離れたりはせぬ。小夜の父親もそれを望んでおるから、これからは小夜が家主としてともえを守ってあげるんじゃ」

「ばば様、んだお、んだお、ともえサ、いなぐならねぇが?」

「うむ。小夜がともえを守っていれば、離れたりはしない」

「ばば様、わに巴の家主サでぎるのが?」

「ともえと一緒に頑張るんじゃ。わしは小夜ならできると思っておる」

「……んだおか?」

「うむ、本当じゃ」

 文枝は着物の袖を縛っていた紐を解くと、小夜の背中にともえを背負わせ、紐を抱っこ紐代わりにして小夜とともえを縛る。ともえが正気なら拒んでいたところだが、いち子に怒られる事に頭がいっぱいになりされるがままになっている。

「完成じゃ」

「んだ!」

 小夜にともえが背負われる姿を微笑ましく見る文枝や特務員だが、龍馬を筆頭に美代や貫太や他の座敷童は爆笑したい口元を抑え、窒息しそうになりながら堪えていた。そんなほのぼのとした東北支署に「ごめんくださぁぁぁぁい」と玄関から女性の声が届く。一同が玄関へ視線を向けると「うちの娘がお世話になっていると聞いたのですがぁぁぁぁ」と女性の声が続いた。

 美代は大広間から玄関へ向くと「来た!」と言いながら畳を蹴り、うつぶせになっているしずかを踏んづけて玄関に向かった。

 文枝は厨房から廊下に出るとそのまま玄関に行く。すると、小夜はその後に続き、文枝を見上げた。

「ばば様、わだっきゃともえの家主だ。美代ど美菜の家主にサ、挨拶しねえどならね」

「うむ。一人前の家主になる一歩目じゃな」

 二人は玄関に行くと、三十代後半ぐらいのウェーブヘアの女性が美代を抱きながら開いた玄関扉の外にいた。高身長に背広を着た姿は凛々しさがある、が背広は所々痛み、ワイシャツにも張りがない。しかし、必要最低限の化粧と整えてあるヘアスタイルから彼女が傑物だと思うには十分。第一印象に綺麗な服装を重視している社会人でも、彼女の作る雰囲気には背広の痛みなど些細な事になり、より堅実な人物だと思わせるだろう。

 ウェーブヘアの女性は抱いていた美代を地面に置くと、自衛官が敬礼するような肩を上げて踵を合わせる姿勢を作る。文枝に向けて八〇度に頭を下げると「ご無沙汰しております」と固い挨拶をする。更に「美代と美菜がお世話になっていたと聞きました。ありがとうございます」と続けた。

「わしが好きでやっていることじゃ。すぐに働いてもらうが、疲れはないか?」

「事情は聞いています。こちらからお願いしようと思っていました」

「美代は玉子焼きを食べたいようじゃから先に作ってあげてくれ。ちと、焦げた玉子焼きを食べてしまってな」

「文枝さんの玉子焼きなら私のより……」

「ばば様! シー!」美代は鼻下に人差し指を立てる。

 文枝は美代の行為に「うむ、内緒じゃな」と返答すると、何か美代なりに理由があるのだと納得し、微笑む。

「どうかされました?」

「内緒じゃ」と言うと小夜へ向き「挨拶じゃ」と言いながら横に移動する。

 小夜は文枝のいた位置に立つと美代の家主を見上げ、緊張した顔を引き攣らせながら「わ、わだっきゃ、ともえのサ、家主になったんだば、不甲斐ねぇ若輩だども、こ、ごれがら頑張っで一人前にサなる。よろすぐお願いします」

「小夜はともえの家主になった。支えてやってくれ」

「わかりました」美代の家主は小夜の目線に合わせるように膝を折ると「よろしくお願いします」と微笑み、小夜とともえの頭を撫で回した。

「さて、入るとするか」

 文枝は玄関に入ると、小夜は横に移動し美代の家主を玄関に入れる。美代は「そんなにかしこまらなくていいんだよ」と言うが、小夜は「ダメだ。わの恥サともえの恥にサなる」と姿勢を正す。

 大広間に行くと、美代の家主はうつぶせになっているしずかとその横で巨大化したヒヨコを突いている杏奈を見て、二人の元に行き「しずかはどうしちゃったの?」と聞く。

「美代ちゃんの家主ですね」両膝を揃えると美代の家主を見上げて「井上文枝の孫、井上杏奈です」と一礼する。

「ごめんなさい、挨拶が先だったわね」畳に両膝を付けると「越谷(こしがや)真琴(まこと)です。文枝さんには事業の面で大変お世話になっています」と会釈する。

「ご丁寧にありがとうございます。しずかちゃんは、いち子ちゃんに怒られるという現実を見たくなくて、現実逃避してます」

「あらら……もしかしてともえも?」

「はい。色々とありまして……」

「も、もしかして、真琴か!?」

 大広間に響く大声は加納。

 杏奈や座敷童が加納へ振り向く中、文枝は何かに納得したように厨房へ入る。美代の家主真琴は加納へ視線を向けると「あら、真一じゃない……って脂肪はどうしたのよ!」とメタボ真一がマッチョ真一に変貌しているのに驚く。

「美代の家主は真琴だったのか!!?」

「何言ってるの?」

「な、納得した。子供を育てながら座敷童二人を世話するなんて大変だし仕事も……ってお前、自衛隊辞めたって人づてに聞いたぞ!」

「何言ってるの?」

「そういえば、美代が、家主は災害後に自営業を始めたって言ってたな」

「……人づてって聞き捨てならないわね。あんたにメールで送ったけど?」

「メール?」

「美菜と美代と撮った写メ……て言っても美菜と美代は写ってないか。事業を始めた時に、従業員と事務所の前で撮った写真をメールで送ったけど?」

「わ、悪い。真琴がメールを送っているプライベート用の携帯は、実家の俺の部屋で充電器に繋いだままなんだ」

「今使ってる携帯はないの?」

「仕事用の携帯はある。でも、アレだ、極秘の会社だから教えられない。それに、幼馴染とはいえ男と連絡していたら旦那に悪いだろ」

「何言ってるの? 旦那なんていないわよ」

「旦那がいない? ……ま、まさか、シングルマザーなのか!!?」

「…………〜」はぁとため息を吐くと、呆れた表情になりながら「私の子供」と言って美代を指差す。

「?」疑問符を浮かべる。

「私の子供」

「?」疑問符を浮かべる。

「私の子供」

「?」疑問符を浮かべる。

「あんた、また変な勘違いしているわよ。メールで送った子供というのは美代と美菜の事だし、旦那もいなければ人間の子供もいない。メールの返答はないし、電話しても出ないからおかしいと思っていたけど……」

「ま、真琴、お前、座敷童だったのか?」

「…………〜」ため息を吐きながらゆっくりと立ち上がると、加納の前まで歩を進める。ふぅと息を吐くと「とりあえず、めんどくさい」と言いながら加納の顔面に強烈な蹴りを入れる。

 背中をバタンと畳に付ける加納に座敷童は大爆笑し、先ほどともえに溜め込んだ分も発散する。

 杏奈は鼻血を出しながらどこか安心している加納を見て、その安心が真琴を差し、東北支署を希望していたのも幼馴染が苦労している環境で少しでも助けになりたいという気持ちからだったのだと理解した。だが、不器用すぎる、加えてイラつくぐらいの鈍感さに焦燥感が湧く。

「加納さんって昔からこんな感じなのですか?」

「年を重ねる度にバカになってるわね。メタボは直ってもバカは直らないのね」



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