第三章 佐渡島上陸に一難あり
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新潟県、直江津港。
キャンピングカーは搬入口へと進み、先導員の振る棒に従いながら船内の駐車スペースへと向かう。
ハンドルを握るのは第一次成長期中の小さな手。その上に第三次成長期中の指が伸びきった手が添えられ、ハンドルが回される。
車内では、運転席に座った梓の膝の上に三頭身の幼女お濃がちょこんと乗り、車を運転しているつもりになっている。
「お濃様。運転中は危ないのでおとなしくしてほしいのですが……?」
緊張した面持ちで口調は固く、額から汗を流す。
「くるしゅうない」
「くるしゅうないですが……」
佐渡島に到着するまで寝ていてほしかった。というのは内に秘め、梅田家の御先祖様が膝の上に乗って鼻歌を鳴らしてる現状に、感動ではなくど緊張している。
お濃は吉法師がバイクで去った後に見計らったように起きた後、キャンピングカーの中を一通り荒らし回った。その時点の梓は、いつ騒音被害にあうかと恐怖し、二人きりというシュチュエーションに今と変わらず緊張していた。
会話ができるようになったのは、車内荒らしに飽きたお濃が助手席に座って質問攻めしてきてからなのだが、その内容が全て達也の事と達也が今置かれている状況だった。
その話は今も変わらず、同じ事を何度も質問するお濃に同じ事を何度も答える梓という図になっていた。
同じ事を何度も質問するお濃がボケているわけではない。これは高度な会話術になり、自分に対して、質問内容に対して、どれだけ自分の言葉があるかを見る手段になる。
従って、お濃が何度も同じ質問をするのは、梓の心からの返答ではないとわかっているからだ。そもそも、座敷童は気持ちをいただくため、心からの返答かどうかがわからない理由はない。
梓は自分の心からの返答ではなく、梅田家の後見人である梅川家なので、建前の返答をしているにすぎない。
そんな梓の人間性を、お濃は初代梅田家当主として認める。
「阿呆者の跡取りにはもったいない後見人よ。梅川の娘、お主が今日から梅田を名乗るがよい」
「!」
梓はお濃の突拍子もない言葉に動揺し、軽くブレーキを踏む。先導員の慌てる姿に我に返り、サイドミラーで後続車が止まるのを確認。お濃への返答はしないで駐車スペースに止める。
「私は梅川家の人間です。梅田家の後見人は勤めますが、梅田家当主にはなれません」
「今の梅田の跡取りは心から梅田を名乗りたいと思っておらん。私は思いつきで言ってるのではないぞ。信長から話を聞き、お主の話を聞いて、家名に縛られずに座敷童と過ごしていくのが今の跡取りには良いと思うたからよ」
思いつきではない理由に達也の道のりを加える。
それは竹田家の次期当主問題と似ている。小夜が小夜の竹田家を作っていくように、達也も達也の梅田家を作るような。
しかし、梅田家の跡取り問題はそう簡単なモノではない。
松田家にはいち子、竹田家には巴と東北座敷童がいるため、座敷童が家にいる限り世襲制でやっていける。だが、梅田家には座敷童がいない。
言葉を変えるなら、梅川家という後見人が梅田家当主になれる梅田家の人間を選ぶ、その選ぶ側の梅川家の人間が梅田家当主になると言うのは歴史ある梅田家に世襲制で付き従ってきた加納家や他の特務員の家から不信を持たれる。
言葉を変えると、世襲制とは一枚岩、梅田家という一枚岩に付き従ってきた家は梅田家だから付き従ってきたという事になり、梅川家に付き従っていく義理もない。他家との対立を生む、としか梓には思えなかった。
「達也は、梅田家として相応しくありませんが、それは……」
「今の時代に相応しくないから、私のわからない今の時代には相応しいと信長は言っておるし、私も信長が言うなら間違いないと思っておるよ。一つ聞く、梅田家として相応しい者と言うなら、私は梅田家に相応しいのかよ?」
「お、お濃様は初代ですから、相応しいです」
「建て前はよいよ。私は座敷童が好きで旅をし、竹田や松田と出会った。巴、いち子、八重と出会ったのじゃ。今の梅田家当主……お主が思う梅田家当主とは座敷童と会える立場……いや、言葉を変える。いち子や八重や巴に立場から出会える者が梅田家当主に相応しいのかよ?」
「!」
梓はお濃が何を言いたいのかを理解する。
座敷童が見えるなら気づくか気づかないかは別として座敷童と出会える。だが、八童や八童レベルの座敷童と出会えるかと言えばソレは違う。
『出会う』とは関係を持つことなのだ。
会って顔を見ただけが出会いなら、ソレは遠目で芸能人を見た事も出会ったと言える。
『出合う』とは、遠目で見るでも誰かを通して会うのでもなく、当人同士が関係を持つ事。次に会った時に自然と会話ができるのが『出合う』という事なのだ。
「そ、そう言われると……」
梓は花巻空港からバスで平泉に向かっていた時を思い出した。
達也は座敷童にお土産を拒まれていたが、八童や八童レベルの座敷童がいる中に溶け込んでいた。
「話に聞いただけですが、金鶏山では達也の提案を巴が実行したようです。今では神童いち子と世話役と一緒にオロチ対策に奔走しています」
梓は、達也が、座敷童に嫌われる達也が……と胸にこみ上げてくるモノがあった。
お濃は梓の顔をチラッと見ると口元をニヤつかせ、
「今の時代の梅田家当主に相応しくないと思わんか?」
「は、はい!」
「信長が跡取りを可愛がるのは、座敷童に嫌われているからよ。座敷童に嫌われる人間として、新しい梅田家にしようと思っておるのよ。が……あの跡取りは、座敷童と関わり続け、オロチを前にしていく以上、早死にする」
「!」
不意な早死という言葉に驚き、
「な、なぜですか?」
「気づいておらぬようじゃな」
ふむふむと唇を動かし、両手を広げて前に出すと、日本地図を描くように動かし、
「近畿は東大寺、東北は中尊寺の蘇った。コレはオロチが原因よ。そして今回の蘇りは、龍馬という者が毛越寺に封印しておったのが原因だから目を瞑れる。数年前にも蝦夷は支笏湖のオロチも蘇ったと聞いておるが、コレも松田の気まぐれだと聞いたから、毛越寺と支笏湖は人為的なモノよ」
「人為的?」
「問題点は人為的かどうかではない。中尊寺のオロチが蘇った数年後に東大寺のオロチが蘇っておる点が問題なのよ」
「どういう問題ですか?」
「人間の年数では長いモノじゃが、座敷童の年数では短期間でオロチが蘇っておるのよ。平安時代や戦国時代もオロチの蘇りは活発だった。そういう時には、オロチの前にいる人間、特に梅田の人間に犠牲があるというのが私の経験則よ」
「達也が犠牲に……?」
お濃の言葉に実感できない梓だが、お濃は中空に描いた日本地図の岩手県と佐渡島を合わせるように両手を重ねる。
「佐渡のオロチが『二首以上になるまでは手を出せない』。それは三郎が決め、いち子が了承した座敷童の法律。佐渡のオロチには三郎以外は手を出せない。もし、オロチの蘇りが活発なら、佐渡のオロチも蘇る可能性は低くない」
「オロチにオロチが近づけば共鳴がある、と梅田家の書庫にある本で読んだ事あります」
「うむ。松田にはいち子がいる。跡取りには吉法師がいる。そして、おにぎり女とかリコと言ったか……信長は弥生の血筋と思っておるようだが、私から見れば弥生の血筋ならその場で片付けた後に梅田の首を取りに来るよ」
「私も……そう思います。その方がオロチを自分が対処したという実績を確実に得られますから」
「うむ。そうなると、リコという者は弥生の血筋ではないただの通りすがりになる。そこで問題は、佐渡のオロチが蘇った時、オロチと闘う私や信長や松田の跡取りを守るいち子の手を借りず、リコという者をオロチが生む被害から誰か守れるのかよ?」
「ま、まずい、ですね」
「最悪の最悪を言ったまでよ。私がいれば白オロチなど風を使うしずかを相手に遊ぶのと変わらぬ。だが、最悪の最悪、佐渡のオロチが蘇った際は今の事を思い出し、お主が松田の跡取りといち子を梅田家当主になる者として逃がし、リコという者を達也に任せるのよ。わかったな?」
「私が達也の代わりに……」
「梓」
「!」
梓には、お濃に初めて名前を呼ばれた感動はない。お濃の強い呼びかけに身が引き締まる。
「松田の跡取りが梓にリコを頼めると思うかよ?」
「そ、それは……」
「オロチが目の前にいる状況を想像するのよ。その時、松田の跡取りは達也もリコも梓も守ろうとするよ。達也も松田の跡取りといち子とリコと梓を守ろうとするよ。最悪を想像すれば最善の答えは……」
「世話役と神童いち子に犠牲者になりやすい達也を守ってもらい……一般人リコさんを私が守る、です」
妥当な答え。だが……。
「本来なら、松田といち子は遊びに来ていると思うのが梅田の考えよ。それが、梅田の跡取りには荷が思いから松田といち子に守ってもらうとは……情けない話よ。朱槍は梓に預ける。最悪の最悪の時は梅田家らしくオロチの鱗三◯枚分を放ち、私と信長を残して逃げろ。そして、後見人なら達也には達也の梅田家があるのを忘れず、後見人として責任を果たしたいなら梓が今の時代の梅田家当主になり、達也に活きる道を与えろ」
「微力ながら、達也を支えていきます」
恋愛感情からではなく、梅川家の人間として答える。
その梓の感情、気持ちは座敷童であるお濃に伝わり、深いため息を吐く。
「まぁよい。最悪の最悪を想像し、その対処を考えておくのが梅田。そのための教鞭よ」
「私は、梅田家当主にはなれません」
「信長や梓が認め、松田といち子も連れ回しておる。東大寺では話もする気にならなかったが、まぁよい。オロチが片付いた後、生きておったら成果……成長により一献交わしてやると達也に伝えておけ」
「ありがとうございます!」
「不便な女子じゃな。」




