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座敷童のいち子  作者: 有知春秋
【中部編•想いふ勇者の義】
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行間 2


 山形県から新潟県に向かう海沿いの道は崖や山や海を眺められ、季節問わず、町と町、街と街を走行するドライバーを楽しませてくれる。

 流通に使われているため道沿いには長距離トラック御用達の休憩所があるのだが、時間も昼前になれば利用者は少なく、徹夜明けのトラックドライバーぐらいしかいない。

 コンテナトラックのドアが開き、車内から中年男性が角刈り頭を掻きながら出てきた。

 寝起きのタバコをふかしながら歩を進め、自動販売機の前に立ち、欠伸を一つ。

 ポケットに手を突っ込み、糖分摂取用のコーヒーを買うための小銭を出す。

 ガタンゴトンと聞き慣れた音に欠伸をもう一つ。自動販売機の取り出し口に手を突っ込み『仕事をする男にこの一杯』というフレーズで売り出し中の微糖コーヒーを取り、プルタブを指で跳ねらせて飲み口を開く。

 後はそのまま、いつものように、タバコをふかしながら微糖に舌鼓するのだが……。

 中年男性の手から缶が落ちる。地面との接触に小気味好い音が鳴り、飲み口から漏れる茶色い液体がコポコポと溜まり作る。

 息を吸うのも忘れている中年男性の口からはゆらゆらと煙りが漏れ、表情は時間が止まったかのように固まる。

 頭の中では、声に出したい困惑と驚愕が並べられる数だけ喉に詰まり、胸を詰まらせ、息を吸えず、息を吐けず、ただただ脳裏に流れる困惑と驚愕に溺れる。


 蛇に睨まれた蛙。


 中年男性はその意味を頭ではなく本能で理解した。

 眼前にいるのは、頭の高さが中年男性の上半身ほどもあり、溜まる微糖に舌を躍らせる、ナニか。

 舌は蛇のように二つに割れ、瞳は蛇のように爬虫類特有の水晶。龍のように頭部がトゲトゲしいが、表情そのものは蛇に近い。そして神々しいまでに真っ白。

 中年男性は龍と認識したと同時に、自分は食べられる。コーヒーに飽きたら次は俺だ。と思いながら、最後の抵抗として、皮肉げに口端をニヤつかせた。

 抵抗はしない。抵抗する気力の有る無し以前の問題。蛇に睨まれた蛙というのはそういうモノなのだ。今、食べられる、口端をニヤつかせる、それだけの思考と抵抗に中年男性は自分を褒めたい。

 しかし……。

 眼前のナニかは、コーヒーを舐めていた舌で中年の男性の頭を一舐めすると、白くトゲトゲしい鼻先でトンッと上半身を小突き、足を躍らせた中年男性を鼻で笑ったように息を吐く。

 ナニかは鼻先を海に向け、ズズズッと前に進む。

 森から連なる白い身体をうねらせながら、ガードレールを躱し、道路を越える。

 砂浜に身を乗せると、寝起きの身体を伸ばすように……と言ったらスケールは小さいが、鼻先を空に向け、数十メートルはある胴体を空へと伸ばして行く。

 その長さに中年の男性の顎が真上に向く。

 太陽の眩しさに目をしかめた先では、ナニかが太陽光に祝福されたように白光している。

 その神々しさに中年の男性の顰めた目から一粒の涙が出る。それは太陽の眩しさから生まれた涙なのか、ナニかの美しさから流れた涙かは判然としない。

 そして龍は……

 幻想的な白光で弧を描くように鼻先を海へ向け、海へと突っ込んで行った。


 中年男性は蛇に睨まれた蛙にされ、邪魔だと言うように小突かれ、恐怖におののきながらもナニかの美しさに目と心を奪われ、天へと登っていくその神々さに目が眩み、最後は海へと突っ込んで行ったナニかへ両手を合わせ、拝むように両膝をアスファルトに付けた。


「神の龍だ」




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