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座敷童のいち子  作者: 有知春秋
【中部編•想いふ勇者の義】
64/105

行間 1

 神隠し——

 唐突な失踪、山や森での行方不明、ある日忽然といなくなる現象を神隠しと呼ぶことがある。

 別例として、喪中に神棚を白い紙や布で覆う慣わしも神隠しと呼ぶが、この場ではある日忽然と行方不明になる方の神隠しを使わしてもらう。


 岩手県と秋田県の県境にある小さな村に住む男性から、岩手県の狩猟協会に奇妙な一報が入った。

 その内容は、男性が仕事帰りに山道を軽自動車で走行している最中、獣の呻き声が聞こえたため車を停めて森の奥を見ると——月の輪熊の身体が雑巾を絞った時のように萎み、体内から骨が突き出し内蔵を吐き出した瞬間、忽然と姿を消した——という摩訶不思議な現象を目の当たりにしたという一報だった。

 いたずら電話。それが妥当な判断であり一般的な解釈なのだが、一報を入れてきた男性の声は恐怖で震え、困惑し、簡単に処理するのを躊躇わせるほどだった。だが、詳しくその現状を聞こうにも、電話先では恐怖が混ざる声音で『何かに見られているような悪寒を感じてその場から逃げた』そして『神隠しだ』と困惑しながら反復するのみ。

 言葉に明確なモノはなく、対処のできない事案にあぐねた狩猟協会は『同じ事例がないか近隣の狩猟協会に問い合わせた後、近況を報告する』という対応しかできなかった。


 翌日、岩手県の狩猟協会に秋田県の狩猟協会から『神隠しではないか?』という一報が入った。


 その内容は、山の麓の村で酪農を営む夫婦から——夜中に怯えたような牛の鳴き声が聞こえたため牛舎へと確認に行ったら二頭の牛がいなくなっていた——と警察に通報したものだった。

 害獣被害なら、足跡やその場で牛を食い散らかした痕跡がある。人為的被害なら、一頭一頭が柵に繋がれている以上、犯人がその柵を外して元に戻したとしても、牛舎の前にトラックを止めた痕跡がなければ四◯◯キログラムはある牛を担いだ事になる。もし犯人が馬鹿力で牛を担いだとしても牛舎の周り、土壌に足跡を残さないで歩くのは不可。

 警察の現場検証の結果は、牛舎を荒らした形跡や牛が逃げた痕跡はなく、酪農を営む夫婦の勘違いではないのなら、ただその場から二頭の牛だけが忽然と消えたと判断するしかなかった。

 しかし、牛を数え間違える酪農家などいない。

 警察が酪農家の夫婦を勘違いの一言で無下にする事なく狩猟協会へ一報を入れたのは、駐在所勤務で住民と近しい関係を築いて信頼関係が出来上がっていたからに他ならない。摩訶不思議な、奇妙奇天烈な、神隠しという単語を他機関に報告するなど警察の信頼に関わることなのだから。


 神隠し……


 一報を皮切りに山間部では神隠しの噂は広まり、岩手県や秋田県の狩猟協会や警察には山間部の村々から「神隠しが起きた」「家にも神隠しがあった」という通報が数件届いた。通法をまとめると、山道での目撃証言の前にも岩手県では数日前から神隠しがあったようだった。しかし……

 家畜が行方不明になってるとはいっても、牛舎を荒らされた形跡や牛が逃げた痕跡がなければ、犯罪性の有無を確証するモノはない。それは釣り堀の魚が一匹もいなくなっても、首輪に繋がれた犬がいなくなっても。

 唯一『人間が神隠しにあった』という通報がなかっただけでその被害は大きなものだった。

 だが、現場検証をしても痕跡は無く、事件性が確認できない以上、警察の対応としては狩猟協会に報告するというのが無難な対応になり、捜査本部を設置し本腰を入れて捜査することはできなかった。

 一方、狩猟協会の対応は、神隠しだと思われる被害を各自治体へ報告。目撃証言があった山中や被害があった現場に行き、人海戦術で神隠しに対応した。

 その結果、家畜やペットの被害が発生したであろう時間から一つの確認を取れた。


【神隠しは岩手県山間部から秋田県山間部に多く発生し、山形県方向へと動いている】


 それは被害状況から発生時間を割り出しただけにすぎなく、神隠しに事件性の有無があるかといえばやはり神隠しなため事件性以前の問題になる。

 警察は動けない。狩猟協会も解決の糸口を見つけられない。最善の対応として、新聞社に一報し、注意を呼び掛けるという妥当な事しかできなかった。だが、摩訶不思議な、奇妙奇天烈な、神隠しという一報がまともな記事になるかは別である。

【家畜被害は神隠し?】

【ペットが忽然と神隠しに】

【宇宙人現る】

【神隠しが来る】

 岩手県や秋田県の山間部に住む人々を困惑させた神隠しは、山形県へ向かっているであろう神隠しは、秋田県•岩手県•山形県の地元新聞で小さく掲載された。もしも、先日に平泉が異常気象にならなければ、もっとマシな記事になったのかもしれない。

 東北全紙の一面を飾ったのは……

【平泉の地上から巨大ジェット発生!!】

【地上からブルージェット⁉︎】

【平泉に異常気象!!】

【天変地異!】

 ……という座敷童の喧嘩から波状した異常気象が一面や見開きを飾り、神隠しは端の端に小さく被害状況が掲載されるだけになった。


 今もその神隠しは、山形県の山間部で害獣被害を減らし家畜被害を増やしている。


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