表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
座敷童のいち子  作者: 有知春秋
【中部編•想いふ勇者の義】
63/105

5

 岩手県平泉、座敷童管理省東北支署。


 昨晩は連休中のキャンプ場みたいにテントが敷き詰められていた庭も、朝八時にもなれば連休中の公園に変わる。池で水遊び、庭石の真似、地面に円を書いて相撲、門や塀の上で鬼ごっこ、屋根の上に布団を敷いて二度寝している座敷童もいる。外に遊びに行く座敷童もいるが昼飯時になれば庭に戻ってくるだろう。

 そんな庭を一望できる縁側に三人の人影が。

「うぅぅぅん!」

 縁側で朝の空気を吸い込み、徹夜明けで凝り固まった身体を伸ばすのは、井上杏奈。

「完成!」

 バッと太陽に向けたのは文庫本一冊分の厚さはあるA4用紙の束、座敷童デジタル化計画マニュアル書。数日前からマニュアルの作成を始め、昨夜は追い込みに徹夜し、先ほど完成したようだ。

「箱入り娘。マニュアルが完成したところで、中身を実現できなければ机上の空論と変わらない」

 あっさりと杏奈の言葉を否定するのはセーラー服を着た座敷童、巴。座敷童デジタル化計画の管理人なため杏奈と一緒にマニュアルの作成をしていた。

「巴。座敷童管理省から援助を受けた我々がデジタル化を浸透させるのだ。ひとまず、という言葉を付けなければならないが、杏奈殿にはマニュアルの完成と今の達成感を喜んでほしいと私は思う」

 褐色な肌にスキンヘッドの青年、八慶は巴の肩を叩いて杏奈の気持ちに応える。巴と同じくマニュアル作成に付き合っていた。

 杏奈は二人に向き直ると、

「八慶君。ありがとう。巴さん。デジタル化計画はこれからですから気を引き締めます。……」

 杏奈はチラッと庭の方へと向き直ると、黒縁眼鏡を右手中指で押し上げながら神使白黒が羽を休める庭石に……いや、庭石の真似をしている黒ドレスに視線をやり、気を使う視線を巴に向ける。

 そんな杏奈に対して八慶は、

「杏奈殿。気を引き締める前に我々はひと休憩しよう。……」

 八慶も、神使白黒が羽を休めている黒ドレスを見ると、巴に視線を移し、

「巴。アレは庭石の真似をして白黒と遊んでいるのか?」

「そうだ」

「巴さん、違います。小夜さんは巴さんにかまってもらえないから怒っているんです」

「…………」

 三人が視線をやる先には、庭石と見間違えそうなぐらい丸まっている黒ドレス、竹田小夜。座敷童デジタル化計画のマニュアル作成に付きっきりになった巴に対して御立腹している。

 小夜は巴と一緒にご飯を食べ、一緒にお風呂に入り、一緒に寝たいのだ。常に巴といたいかまってちゃんなのだ。それが数日前に一晩不在になったのを皮切りに、帰ってきてからは座敷童デジタル化計画で一緒にいる時間が減り、昨日に関したらほとんどかまってもらえなかった。

 小夜は黒ドレスからチラッと赤くなった顔を覗かせ、巴と目が合うと亀のように顔を引っ込ませる。

 そんな小夜に巴は無表情を崩さず、

「小夜。座敷童デジタル化計画は竹田家の未来、小夜の将来に必要なのだ」

「…………」

 沈黙し、かまってくれない巴に対して小夜なりに復讐を続ける。

 この時点でどちらが家主でどちらが世話役かわからなくなるのは杏奈だけではないだろう。しかし……

 小夜はわかっているのだ。

 座敷童デジタル化計画のマニュアル作成は、管理人がいる前提に作らなければならない大事さを。

 小夜はわかっているのだ。

 巴が端末や電波の知識を習得しながら、能力で監視できる範囲を検証し、マニュアルを作成していく苦労を。

 小夜はわかっているのだ。

 人間側からの懸念は杏奈、座敷童側からの懸念は八慶、人間から座敷童になった側からの懸念は龍馬、この三人が出す懸念や一案を巴はパズルを埋めるように検証し、マニュアルにある穴を埋めていく大変さを。

 小夜はわかっているのだ。

 巴が協力して作ったマニュアルが他地域の八童を説得する武器になり、御三家当主に正面から向き合って開示できる内容になると。

 小夜はわかっているのだ。

 巴の行動は全て自分のためだと。


 だが……


 少しぐらいかまってくれてもバチは当たらない、と思ってしまうのもかまってちゃん小夜なのだ。


 杏奈は、座敷童デジタル化計画の管理人という巴の立場と責任感に甘えすぎて、小夜の気持ちを疎かにしてしまったと思い、

「小夜さん。巴さんを独占して申し訳ありませんでした。お詫びに、わんこ蕎麦をおごります」

「!」

 小夜は杏奈には怒っていない。かまってくれない巴に怒っているのだ。なのに杏奈からご飯のお誘い。頭の中は混乱し、南部弁で(#%~$#€£\%+#^)と歓喜している。要約すると、よくわからないけどご飯のお誘いなんて人生初でがんす的な感じなのだが。小夜は黒ドレスからチラッと赤くなった顔を出す。

「おっ? 顔を出したな。なんだかんだで小夜も松田の血筋。蕎麦好きの本能には逆らえなかったようだ」

 八慶は、ご飯に誘われた事で嬉しくなった小夜の気持ちを勘違いしながら更に言葉を繋げる。

「巴、杏奈殿が切っ掛けを作ってくれた。もう一押しだ」

「うむ。小夜。朝の牛乳を残したみたいだな」

「!」

 一瞬で黒ドレスに閉じ籠る。

「巴。小夜が小さいのは牛乳を飲まないからではない、松田家からの遺伝だ。カルシウムが必要と思うなら牛乳を煮干しに変えてやれ」

「そういう問題ではない」

 巴は歩を進めて小夜の元に行くと、

「小夜。毛越寺に行きたいと言ってたな。牛乳を飲んでから……」

「いがね! わだっきゃいがねえぞ!」

 嚙みつく勢いに言い放つ。

 何故なら、小夜はすでに毛越寺に行っている。楽しみだった中尊寺蓮がないのをわかっている。だが、巴に毛越寺に行った事は内緒にしなければならない。あの日、オロチが野放しになったのを知った日のことは内緒なのだから。それよりもなによりも、杏奈とわんこ蕎麦を食べに行きたいのだ。

「!!!!!!!!!」

 ズガーンと頭に雷が落ちたような衝撃が巴を襲う。小夜の言葉が脳裏で繰り返され、無表情を保てなく目元を引き攣らせながら、

「は、反抗期、反抗期だ、松田の遺伝だ!」

「小夜の悪い所を松田家の責任にしたい気持ちはわからないでもないが、今のは巴が牛乳を飲まそうとしたからだ」

 動揺する巴に呆れる八慶。杏奈は南部弁通訳ソフトがダウンロードされた携帯情報端末の画面に目をやりながら、

「行かないと言ってるので、怒った理由は飲み物の牛乳ではなく、毛越寺に行くよりもわんこ蕎麦の方が良かったという事では?」

「……うむ。そうだな、小夜は蕎麦が大好きだからな」

 巴は咳払いをして気を取り直すと、

「小夜。わんこ蕎麦なら中尊寺の駐車場に……」

「いがね! わだっきゃ中尊寺にサ、一歩だりとも近寄らねぇぞ!」

「!!!!!!!!」

 小夜の言葉が巴の中では爆風になる。わなわなと戸惑いながら後ずさる姿は妹のわがままに蝋梅する姉のようだ。

「八慶君。巴さんも動揺するんだね」

「竹田家の性格は代々温厚そのままの優良児。松田家のような気が強く自由気まま問題児を世話するのは小夜が初めてなのだ。これで巴もいち子の苦労がわかるだろう。とりあえずは……」

 八慶は巴がこのままでは先に進まないと判断し、小夜の元に行って黒ドレスの襟首を掴む。

「小夜。巴を仲間外れにして、わんこ蕎麦を食べに行くぞ」

「んが! 巴を仲間外れにしねぇぞ! わだっきゃ巴と一緒にいるんだ! 巴も一緒だ!」

「そうだな。巴も一緒だな」

 八慶は、無表情だがどこか嬉しそうな巴を見てから、グルルルルと野良犬のようにうなる小夜に視線を戻し、

「どこの店に行く?」

「花巻だ!」

「花巻か……遠いな」

「花巻だ」

 巴は八慶の言葉に被せる。

「巴。わんこ蕎麦なら花巻に行かなくても平泉にあるだろ」

「花巻だ。平泉のわんこ蕎麦を食べたいなら一人で行け。箱入り娘、行くぞ」

「八慶君。花巻に行こう。おばあちゃんには私から言っとくから」

「うむ。……」


 ********************


 杏奈等が花巻市のわんこ蕎麦屋へ行く準備をしている頃、佐渡島に向かっている松田翔、いち子、梅田達也は山形県と新潟県の県境を越えた海沿いの道をバイクで走っていた。

 サイドカーに乗っている翔の腕の中には毛布に包まっているいち子。夢で小豆飯おにぎりを食べているように口元がむにゃむにゃと可愛く動いている。

「達也。いち子が起きる」

「わかった。あそこのコンビニで休憩にしよう」

 バイクをコンビニの駐車場に向ける。

「盛大におねしょするからトイレに行ってくる。達也は公衆電話で東大寺に電話してくれ。まだ梓さんは東大寺に到着してないと思うけど、俺等の位置を教えておいた方がいいと思うし。吉法師にも梓さんが行く事を伝えておかないと対面するまで面倒くさい事になる」

「了解」

 バイクを停車させる。

 翔はサイドカーから下りると、毛布に包まっているいち子を左腕で抱きながら右手でサイドカーの収納スペースからショルダーバッグを取る。中からいち子のカボチャパンツと桃色の小袖と緑色の帯を出し、コンビニのトイレへと向かう。一方、達也はポケットから財布を出して公衆電話に向かう。

 数分後。いち子のおねしょに対応した翔は、左腕にいち子を抱きながらトイレから出てくる。

 起きた時に昨晩寝た場所とは違う場所にいたら多少なりの混乱はあるものだが、いち子にソレはない。寝起き好調。すでに順応して、ライダースーツを着た男女にピースサインをしている。

「いち子。バイクが好きになったのか?」

「うむ」

「そうか。それなら俺がバイクの免許を取ってバイクに乗れるようになったら……て聞くまでもなく目を輝かしているな」

 バイクとは少なからず思春期男子の心に響くものがある。それは翔も例外ではなく、いち子がおとなしくしていた——正確には寝ていた——時に堪能した流れる風景と気持ち良い風に魅了されていた。

 いち子の瞳はキラキラと輝き、興奮し鼻息を荒くしている。翔はそんないち子のおかっぱ頭を撫でながら、バイクの免許を取得する上での条件を出す。

「バイクは危ない乗り物だからな。いち子がおとなしく乗っててくれないと事故になる。いち子がおとなしく乗っててくれるって約束できるなら免許取るかな」

「約束じゃ!」

 小指を立てて翔に向ける。

「わかった」

 いち子の小指に自分の小指を絡ませ、

「約束は今日からだから達也のバイクでもおとなしくするんだぞ」

「ピース禁止じゃな」

「それだといち子が暇になっちまうだろ。身体を乗り出してピースするんじゃなく、ちょっとかっこつけてシブくピースしたらどうだ? こんな感じで」

 ピースサインを作り、人差し指と中指をくっ付けて顔の横に置くと、口端を吊り上げる。

「ドヤ顔じゃな」

「ドヤ顔だ。身体を乗り出してピースサインするのは危ないし、ナウくない」

「うむ。さっそく練習じゃ」

 ビシッとドヤ顔の横に二本指を立てて店内にいるライダーにピースサインを向ける。

(これで身体を乗り出さなくなるな、たぶん。それよりもバイクの免許か、健も誘ってみるかな……って健と彩乃に今回の事を言えば強力な助っ人になるだろなんで忘れてたをだ!)

 ポケットに手を入れて携帯情報端末を握るが、そのままピタッと止め、

(携帯の電源入れれないんだった。番号も暗記してないし。小学の頃は家電を暗記してだんだけどなぁ……思い出せねぇ!)

 健と彩乃の助っ人を諦めた翔は店内から外に出ると、手帳を片手に公衆電話で連絡を取り合う達也を横目にサイドカーへと歩を進める。

(達也を見習って手帳を持ち歩くかな)

 携帯情報端末にあるメモ帳や電話帳という便利な機能に甘えてきた自分に反省しながらサイドカーを前にする。足元からいち子の下駄を取り、ショルダーバックからちゃんちゃんこを取る。

「いち子。ちゃんちゃんこと下駄だ」

「うむ」

 いち子は下駄を履き、ちゃんちゃんこを羽織ると胸元にある紐を蝶結びする。翔から酒呑童子と書かれた瓢箪を受け取り、朱色の紐を帯に結びぶら下げた。

「翔。ご飯所望じゃ」

「ご飯といえば、旅館の女将さんが弁当を作ってくれたんだぞ」

「期待大じゃな」

「達也が収納箱に入れてたな」

 バイクの収納箱を適当に開き、弁当が入った風呂敷袋を取る。いち子を抱きながらサイドカーに乗ると、風呂敷袋を広げる。中には、竹で作られた弁当箱が三箱とアルミホイルに包まれたおにぎりが六個、そして竹の水筒と竹のコップが入っていた。

 翔といち子は弁当セットに目を輝かせ、感嘆の声を挙げる。

「竹の弁当箱に水筒なんて贅沢だな!」

「絶品じゃ絶品じゃ!」

「んっ、手紙が入ってるぞ」

 手紙を取り、いち子に見えるように広げると、

「いち子ちゃん。松田翔君。梅田達也さん。本日はお急ぎのご用事があるという事でしたので、ささやかではありますがお弁当を作らせていただきました。お弁当箱は手荷物になると思いますが私からの気持ちになります。お弁当を作る機会がありましたら使ってください。……いち子。この弁当箱、くれるみたいだぞって、もう食ってるし」

「絶品じゃ絶品じゃ絶品じゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」

「大絶賛だな。どれどれ」

 竹の弁当箱を取り、蓋を取ると、

「骨を抜いた鮭の切り身、だし巻き、金平牛蒡、定番の朝食メニューだな。でも、あの女将さんが作った料理。それも、いち子がここまで大絶賛してる。まずはだし巻きから」

 竹の箸でだし巻きを取り、口の中に入れて咀嚼する。一噛み一噛みする度に舌を喜ばせる出汁が溢れ、食欲を増幅させる甘しょっぱい香りが口内から鼻に抜けていく。湧き上がるのは驚嘆と賞賛そして食欲。

「なんだこれ! 絶品も絶品だ! ご飯だご飯!」

 アルミホイルに包まれたおにぎりを取り、アルミホイルを解いて口に運ぶ、

「モグモグ、小豆飯だな。モグモグ、それも小豆と玄米。モグモグ、母さんやばあさんの作る小豆飯とはまた違う良さがある。モグモグ、いち子?」

「モグモグ? モグモグ?」

「ゴクン。弁当三つ、小豆飯おにぎり六個。旅先で贅沢するのも楽しみの一つだ。普段みたいにケチな事は言わないから、全部食べていいぞ」

「ゴクン! 大盤振る舞いじゃ!」

 間髪入れず二個目の小豆飯おにぎりに手を伸ばし、食べるスピードを上げる。

 因みに、全部食べてもいいといっても、いち子は非実体の弁当を食べているため翔と達也の実体の弁当がなくなるわけではない。

「水筒には何が入ってるかな」

 翔は竹のコップを取り、竹の水筒を傾ける。三分の一ほど注ぐと、コップを鼻に近づけ、まずは香りを楽しむ。

「緑茶だな。鼻に抜ける茶葉の香りと透き通った水の香りが良い具合に引き立て合っている。ばあさんのお茶もだけど、どうやったらこんな茶を入れられるんだ。……んっ?」

 竹のコップを口に運ぼうとするとすうっと手元に影ができる。ふと横に視線をやる。

「うわぁ、美味しそうなお弁当ねぇ」

 語尾を伸ばした口調で急に声をかけてきたのはピンクのライダースーツを着た見た目二十歳前後の女性。フルフェイスのヘルメットを脇に抱え、サイドカーの横で膝を折る。

「私もお弁当持ってきたんだぁ」

 ウエストポーチからおにぎりを二個出すと、

「おかかおにぎりぃ」

「は、はぁ……」

 翔は女性の馴れ馴れしさに困惑。不意に、いち子が女性ライダーの手にあるおにぎりを掴み、思わず「あっ」と声が出る。

「欲しいの? 一個あげるぅ」

「感謝じゃ!」

 いち子は掴んだおにぎり、非実体のおにぎりを取る。

「あれ? おにぎり、増えた?」

 女性は、自分の手の中にあるおにぎりといち子の手にあるおにぎりを交互に見る。

「おにぎりが三個になった!」

「い、いや、あの、これはあの————」

 翔は慌てながら女性ライダーに座敷童の存在といち子が座敷童なのを説明する。

 キョトンとした顔で座敷童の説明を聞いていた女性ライダーは、

「よくわからないけど座敷童はいたってことねぇ」

「まぁ、大昔から割と身近に。見える人を集めている団体もあるんだ」

「なにそれぇおもしろそう」

「あそこで電話してるのも団体の一員だし、一応俺も。あっこれ、良かったら食べてくれ」

 翔は竹の弁当箱を女性ライダーに向ける。

「いいのぉ?」

「弁当は三つあるけど座敷童は『気持ちの弁当』をいただくから」

「気持ちの弁当……か。それじゃ遠慮なくいただくねぇ」

 弁当を受け取ると、蓋を開いて食べ始める。

「うまっ! いち子ちゃん美味しいねぇ!」

「絶品じゃ!」

「あぁそうだ。良かったら……」

 翔はポケットから座敷童管理省の手帳を出し、入れてある名刺を出す。

「これ、俺の名刺。座敷童に対して悪い人じゃなさそうだし、もし座敷童に興味あったら連絡してくれ」

「?」

 名刺を一瞥すると怪訝な表情になりながら、

「ナンパァ?」

「社会人の女性をナンパする勇気は高校生にはない。顔を知った人が、どこかで変人団長に勧誘されて強制的に入団ってなったら後味悪いだけだ。俺の知り合いって事にして変人から逃げてくれ」

「高校生なの! てゆーか、私も高校生なんだけどぉ」

「…………、」

 疑問符を浮かべながら、女性ライダーの気が強そうでありながら整った顔を見る。幼さ残る女子高生には見えない。視線を下ろし、ライダースーツを押し上げている思春期男子には刺激的なマシュマロを見て、どこかの大臣と女性ライダーが重なる。そして何故か、意識の外から焦燥感が湧き上がり、額に青筋を浮かべる。

「そんな巨乳をぶら下げて高校生とか自称してたら、第二次性徴期中の女子(井上さん)に対して喧嘩売るようなもんだぞ!」

「デリカシーないわねぇ。こんなもんおにぎり食べてたらデカくなるわよぉ」

「んっなわけあるか!」

 どこかの大臣のような根拠のないアホな発言と巨乳。そして、息子をベジタリアンにしている母親のような語尾が伸びた口調。すんなりと会話ができていた違和感はあの二人に似ていたからだと納得すると、更に焦燥感が湧き上がる。翔にしてみればアーサーと母親は鬼門。その要素が女性ライダーにもある。更に額の青筋が増えるのは仕方のない事かもしれない。

 しかし、普段の翔なら初対面の相手に暴言など吐かない。アーサーや母親に似ていても、本人等を前に毎日我慢してるのだから初対面の相手に我慢するぐらいお茶の子さいさいだ。だが、今の状況は普段とは違う。平然としていてもそれは見た目だけで気持ちは張り詰めているのだ。そんな中、いち子も喜ぶ女将さんの弁当に有り付け、安堵し、安らいでいた。そこに母親のような語尾が伸びた口調が異物として進入、その女は座敷童をすんなりと受け入れるだけではなく、アーサーを連想させる巨乳と根拠のない発言。女性ライダーに対しては失礼な話だが、翔の中では初対面とは思えず自重する気持ちにはならなかった。

「高校生っていうなら学校はどうした、今日は平日だぞ!」

「創立記念日よ! あんたこそ黒髪社会の日本に不満を主張した高校生っていうならサボりじゃない!」

 翔からの強い言葉に女性ライダーも言葉が強くなる。それは語尾が伸びた口調ではなく、翔に(アーサーが怒った時のようだ)と思わせるには充分だった。

「地毛だよ! 生まれてから一五年間黒髪なんて一本も生えてきてねぇし性格と反比例してうねうねだこんちくしょう!」

「天パは兎も角、地毛で白髪なんてありえない! ちょっと生え際見せなさいよ!」

「おい、目の前に破壊力あるモンを近づけんな! つか、当たる、いや、当たった、マジで、ヤメろヤメろぉぉぉぉぉぉぉぉ」

「もういい!」

 女性ライダーは五月蝿い翔の手からバッと名刺を取り、ヘルメットを達也のバイクのシートに置く。向き直り、翔の腕の中からいち子を奪い取ると、

「いち子ちゃん。あっちで食べよう」

「おい。誘拐すんな」

「誘拐じゃないわよ! 白髪天パは毎日いち子ちゃんといられるんだから私が少しぐらい癒されもいいじゃない! ヘルメットは人質よ!」

「…………、」

 ヘルメットは人じゃないだろ、と思いながらため息を吐く。

「どうしたの?」

 達也は、コンビニの中にある食事スペースに行く女性ライダーといち子を見ながら翔の元へ歩み寄る。

「達也。アーサーもだけど、巨乳の女は座敷童を見るとなんで自分勝手になるんだ?」

「電話中に口喧嘩が聞こえてたけど、翔は女性に対してデリカシーが無いね」

「なに⁉︎」

「いや、なんとなくね。たぶん文枝さんみたいな完璧な女性が近くにいたから、他の女性が自分勝手に見えたり、頭が悪く思ったりするんじゃないかな」

「ばあさんと比べたらアーサーもおにぎり女もバカだ」

 翔には女性を色眼鏡、井上文枝を前提に見ているという意識はない。

 だが、達也から見れば、それはまるで、

「東大寺で翔に会う前は俺も松田家に対して偏見を持っていたけど、杏奈ちゃんの言葉で偏見を無くせた。翔は東大寺で会う前の俺みたいな偏見持ちって感じじゃないかな」

「ばあさんと比べて偏見してるつもりは無い。巨乳は変人だって偏見を持ちそうだけどな」

「無意識に、って感じだよ。翔の中の文枝さんは大きな存在であり当たり前な存在だから、無意識に女性を見る平均値が上がっているんだよ。翔はさ、理想の女性は? て聞かれたら誰が一番最初に浮かぶ?」

「無意識に、か。たしかに……」

 好みの女性は? と聞かれたらたしかに井上のばあさんだと言う自分がいる。それに、一番最初に浮かぶ女性こそ理想の女性と言うなら、母親ではなくばあさんだと断言できる。これは達也の言うとおり無意識に比べている事に繋がる。諭された。達也に諭されたが……

「達也らしくない言葉だな」

「八十八ヶ所巡礼の成果かな。あっそうだ。梓なんだけど————」

 達也は話を一八◯度変える。

 抜粋したものだが、梓がすでに東大寺に訪れ、朝四時に吉法師とお濃を連れて滋賀県の梅田家に向かい、そして、梅田家に連絡いれたら朱槍を取りに来たところだったと並べた。

「梓さんってすげぇな」

「遅れる俺達に合わせていたらその分オロチの危機が上がるから、お濃様をいち早く佐渡島に連れていくために、伊丹空港から梅川のサーカス団に連絡してキャンピングカーを東大寺に届けるように手配し、タクシーで東大寺に向かう間に眠り、吉法師に会ってお濃様の寝起きの悪さに振り回されつつ四時に出発。東大寺の住職に『昼前に俺達から東大寺に連絡が来たら昼までなら梅田家にいる』『昼過ぎに連絡が来たら直江津港から佐渡島に入る』事を伝言として残し……って梓すごいな!」

「すげぇよ。キャンピングカーの手配とか俺達に伝言を残すあたりなんて特に」

「なんか梓の方が梅田家に相応しいと思っちゃうな」

「いやいや。そこは達也だろ」

「?」

 達也は疑問符を浮かべる。翔はまるでろくでなしな自分を認めているような。先々を見据えた梓よりも自分を頼りにしているような。どういう意味で自分だと言い切ったのか理由を聞きたかった。だが、それは、聞くのが恐かった。

 もしも翔に『梅田家に生まれたからだ』と言われたら、達也の気持ちから生まれた翔と小夜を守りたい感情からの梅田家ではなく、ただ梅田家に生まれた人間だからという理由になる。達也が守りたいのは松田家や竹田家という家ではなく、翔と小夜という弟と妹なのだ。今はまだ聞けない……いや、翔の口から聞きたくない。達也は下唇を噛んで出そうになった言葉を呼吸ごと抑えた。

 そんな達也の心情は苦笑いという形で顔に出ていたが、今の翔には達也の苦笑いから心情を読み取ることはできない。普段でも違和感を感じるぐらいしかできないだろう。それはある意味、翔にしてみれば達也が梅田家次期当主になるのが当たり前という信頼なのだ。だからこそ、苦笑いには別の意味があると思い、会話を続ける。

「それで梓さんは直江津港から佐渡島に入るのか?」

「梓の話だと、佐渡島に渡る汽船は三ルートあるみたい。直江津港からだと直線ルートで約一時間で小木港に到着、新潟港だと右回りルートで両津港に向かうから二時間半、寺泊港から赤泊港の左回りのルートもあるけど今回は小木港と両津港を使うのがいいみたい」

「梓さん達が直江津港から小木港で佐渡島に入ると、最短で白オロチを待ち構えられる。そして俺達は新潟港から両津港で相川町に入り、八童三郎に会う。でも……」

「新潟港から両津港ルートだと海を泳ぐ白オロチとかち合う危険があるって梓が言ってた。一案として、海を泳ぐ白オロチに備えて梓達も新潟港から両津港ルートに同乗するのでもかまわないって」

「海を泳ぐ白オロチにかち合わなかったら、白オロチはそのままオロチの封印箇所、小木海岸に向かう。一案にしかならないな。二ルートに分かれて佐渡島に向かい、海で泳ぐ白オロチとかち合わないのが理想なんだけど……」

「翔に任せるって言ってた。決まったら連絡ほしいって」

「すぐには決められないな。でも、それまで梓さんを梅田家で待たせるわけにはいかないよな。梓さんは当初の予定よりも早く佐渡島に行けるんだし」

「それなら大丈夫」

 頭を掻き上げる翔に達也は軽く返答する。

 翔は疑問符を浮かべる。東大寺や梅田家以外にも伝言を残せる場所があるのか? と思うが、聞いた方が早いと思い、

「なんで大丈夫なんだ?」

「キャンピングカーは梅川のサーカス団で使っている車だから、サーカス団で契約してる携帯電話を車載電話として使っているんだ。座敷童管理省とは関係ない梅川サーカス団の携帯だから足は付かない。翔がどのルートか決まったら公衆電話から電話すればいい」

「井上さんのハッキングには恐ろしいものはあるけど、それを行使するのは座敷童管理省の誓約書にサインをしている特務員に限られる。疑えば切りがないけど、さすがの井上さんも俺等の行動に不信感を持つ前は犯罪に手を染めないか。……」

 一拍置いて今までの話を頭の中で整理する。すると、達也が思い出したように、

「そうだそうだ。オロチが尻尾切りしたのが数日前で俺達が行動を起こしたのが昨日なら、オロチが尻尾切りした後の数日間で『何もしていない』事はありえない。梓は梓で調べるって言ってたけど、こっちの新聞に異常な記事がないか見てほしいって」

「岩手県、秋田県、山形県で人為的ではない異常事態があれば変わりダネとして新聞に掲載される。……現代には現代の情報網があるって事か」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ