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座敷童のいち子  作者: 有知春秋
【中部編•想いふ勇者の義】
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2

 岩手県平泉、座敷童管理省東北支署。


 座敷童管理省東北支署の門を通り敷地内に入ると、庭園といわないまでも風情ある庭がある……のだが、座敷童が見える側の人間が今の庭を見ると、連休中のキャンプ場のようにテントが敷き詰められ、風情というよりはごった返しているように見える。

 座敷童管理省東北支署には大勢の座敷童が集まっているのだが、キャンプごっこで遊んでいるわけではない。いや、遊んでいると言っても正しいのかもしれないが……

 ばば様に会いたい。ばば様のご飯を食べたい。ばば様ばば様と言いながら、座敷童は太陽が傾き始めた頃から次々と自前のテントを広げ、庭をキャンプ場に変えた。現在は夕飯を待っている。

 庭でご飯待ちの行列を作らずに屋敷の中に入ればいいと思うのが『一般的』なのだが、庭がキャンプ場なら屋敷の中はごった返し状態なのは言うまでもないだろう。いや、座敷童の世界での『一般的』と言うなら、東北支署に押し寄せてきた大勢の座敷童はキャンプ派と室内派に分かれて、ばば様のいる東北支署で遊んでいると言った方がいいかもしれない。

 ばば様——井上文枝(いのうえふみえ)が平泉にいる。という噂は平泉を越え、岩手県から東北他方全域に今なお広まり、続々と東北座敷童は平泉に向かっている。

 今現在、東北支署にいる座敷童は一◯◯を越え、まだまだ、まだまだ、まだまだ増えるのは予想するまでもない。

 そんな座敷童管理省東北支署の庭に響くのは……

「ばば様の小豆飯サ一人二個だぞ!」

 竹田(たけだ)小夜(さよ)の南部弁。黒ドレスを着たゴシックロリータファッションで給仕係をやっている。

 小夜はドカン鍋に入る南部煎餅入りきのこ汁を混ぜながら、適量をお椀に入れる。座敷童が非実体のきのこ汁を取ると、小夜は後ろのドカン鍋にきのこ汁の実体を移し、新しいお椀にきのこ汁を適量入れる。取り分け、と言ったら語弊になるが、座敷童が非実体を食べる以上は人間が食べる実体と座敷童が食べる非実体を分けなくてはならない。

 小夜の隣には長テーブルがあり、文枝が作った小豆飯おにぎりが山積みになっている。座敷童管理省特務員、加納真一(かのうしんいち)は配膳係として、座敷童に一人二個の小豆飯おにぎりを渡している。傍目から見ると、加納の大柄な体格に見合った大きな手では、子供用の小さな小豆飯が大きめのスーパーボールのように見えるのだ。その姿は滑稽というか不器用な感じが面白い。

「小夜ちゃんのきのこ汁も一人二杯だ。自分達の分は無くならないからゆっくり食べるんだぞ」

 慣れない座敷童への対応に緊張し、野太い声音で言葉を並べる。そんな加納の前に、姉妹を思わす座敷童がポカーンと口を開けながら加納を見上げていた。

「ゆっくり食べるんだぞ」

「うん。ありがとう」

 加納から小豆飯おにぎりを二個受け取り笑顔を向けた瞬間、汚れていた妹座敷童の衣服が、満足した気持ちに相乗したように綺麗な小袖になっていく。妹座敷童の気持ちが満足したのだ。

「!」

 妹座敷童からの感謝の笑顔。綺麗になる小袖。加納は、自分に対してではなく井上文枝という慈愛の神に向けられた笑顔だと理解している。だが、自分の手から渡し、笑顔を向けられてはジーンと感動せずにはいられない。不器用ながらに妹座敷童の頭を撫で、どこかふて腐れる姉座敷童の頭も調子にのって撫でる。感無量だ、と思いながら。

 現在、座敷童管理省東北支署で座敷童に対応している特務員は一九人、井上文枝と竹田小夜と井上杏奈を加えると二二人。

 心配なのは座敷童のために作った食事の行き先になる。だが、大量の小豆飯おにぎりと南部煎餅入りきのこ汁は特務員と小夜が美味しくいただく事になるだろう。正確には、座敷童が大人数とはいえ、一人に配膳される量は子供が食べる量になるからだ。

 それでも一◯◯人を越える座敷童に対応しているきのこ汁や小豆飯おにぎりは多いと思うかもしれない。しかし、見せる筋肉ではなく実用的な筋肉を求める特務員、成人男性が一九人もいればおかわり三杯もすれば無くなる。因みに、小夜の胃袋は大食いに挑戦したいだけの一般女子サイズなので戦力にはならない。

 食事を楽しむ座敷童。配膳に忙しい小夜と加納。和気藹々というと小夜も加納もぎこちない部分はあるけど、東北支署の庭は平和そのものだ。

 しかし、屋敷内に一歩入ると……

 厨房では、文枝が次々と小豆飯おにぎりを握っている。その手の速さは残像を作り出し、まるで千手観音のようだ。特務員は御膳台を持ちながら廊下を走り、各部屋に配膳し、文枝の手際を今後のために見て盗みながらサポートしている。小夜や加納が受け持つ和気藹々な庭とは一変した大忙しな厨房だが、充実した雰囲気がある。

 問題は充実した厨房の正面にある大広間。

 カチカチャと箸の音しかなく、不穏な空気が充満している。

 縄張り意識が強い座敷童が集まる東北支署の中でも特に縄張り意識が強く、東北でも各地の代表といえる座敷童が集まる大広間。

 庭にいる座敷童はキャンプ派なため縄張り意識が弱いと一言付け足し、今、屋敷内にいる座敷童は——

 一階や二階の各部屋は縄張り意識の強い放浪型座敷童が占拠……するつもりが、ピリッとした空気を出している連中がいるため、仮占拠としている。

 その大広間では、御膳台を冂の字に並べ、上座の中心に東北他方の八童に『推薦』された青年、八慶(はっけい)が座る。普段から両目を閉じて落ち着いた雰囲気があるのだが、今は青年の姿というのもあり風格がある。更に、褐色な肌に褌一丁なのは、お前等の前でも自分のスタイルは変わらないという意思表示に見える。

 八慶の右隣には、褐色な肌に褌一丁の青年、八太。八慶の双子の弟。力強い目と好戦的な雰囲気がある。

 八太の隣に座っているパインアップルの葉のような髪型をした幼女は、八太の娘。正式に【かぼちゃ】と命名された。黄色の小袖の背中には、好物のカボチャのアップリケがある。

 かぼちゃの隣で、おっとりした雰囲気(?)で食事をする少女は、さと。少女の姿だがかぼちゃの母親であり八太の妻。どこから手に入れてきたのか、今にもヒャッハァと叫び出しそうなトゲドゲの肩パット付き革ジャンを着ている。劇画調におっとりとした表情を作っているのは、この場の雰囲気に合わして遊んでいると判断した方がいい。

 八太と八慶が青年の姿なのは、八慶が八童に推薦されたからというよりは、かぼちゃというヤンチャな子供がいるため『親として、叔父としての威厳を見せるため』だろう。さとに関したら、その辺の建て前さえない。

 そして八慶の左隣には、八慶を八童に推薦した元八童の巴。腰まである黒髪ポニーテールとセーラー服を着た姿は大和撫子。殺気を纏っている雰囲気があるため、お淑やかさには欠ける部分があるのだが、その威圧感は味方なら安心感を持てる。無表情なため彼女を深く知らない者なら、殺意を向けられていると思ってしまう。どこかの白髪天パのように本人にソレを言うと心外だと言われる。元八童なのだが、その雰囲気は八童巴のままだ。

 巴の隣には、袴と紋付きの羽織りを着た龍馬。口の中にきのこ汁と小豆飯おにぎりを詰め込み「外に行くぜよ」と隣に座るパーカーとジーパンの少女、井上杏奈に言うとその場から立ち去る。

 そんな龍馬を目で追う杏奈は大広間の中では唯一の人間。黒縁眼鏡を右手中指で押し上げ、視線を移す。その先には、下座、左右に居並ぶ一◯人の座敷童。

 上座から見て左側には黒の袴と布地の道着——見た目は合気道の道着——を着た少年が一人。残りの九人は右側に並び、上座に近い位置から少女が四人、後に五人の少年が並ぶ。

 下座の不自然な並びは、多数決の反対派と賛成派が分けられたような配置に思え、この一対九の異様な並び方がピリッとした空気を生んでいる。

 左側に一人で座る合気道少年は、先日、中尊寺の駐車場でアーサーや特務員に捕まり、座敷童管理省東北支署に一番最初に連れて来られたグループのリーダー。名前を貫太(かんた)

 貫太は坊主頭を掻きながらピリついた空気に一つため息を吐くと、チラッと巴に視線をやる。しかし、巴は視線に気づきながらも貫太を見もせず、食事を続ける。続けて、八慶を見るが巴と同じ反応をされ、諦め半分に八太一家に視界を向ける。八太の御膳台にあるカボチャの煮物をかぼちゃが取り、さとと分けていた。

「貫太。どうした?」

 八太は貫太の視線に応える。

 どうやらカボチャの煮物……いや、食事に出るカボチャは二人の物だという家族間でのルールがあるのだろう。貫太はそんなことを考えながら、

「八太。ここにいる一◯人は東北他方の精鋭だ。手前の女四人に関したら、今は青森•秋田•宮城•山形を管轄しているが、巴が放浪していた時からの勇士。精鋭中の精鋭だ。他の五人は……こいつ等はどうでもいいな。とりあえ……」

 なんだとコラと勇む五人を一瞥で黙らせ、更に語を繋げる。

「とりあえず、巴が八慶を八童に推薦したなら『巴四天王』は頭では認めていなくても、建て前では認めるもんだろ。なのに、この席割を見れば、八慶側には俺しかいない。それともなんだ? この席割りはアレか? 賛成か反対の席割りなのを利用し、俺に一人で飯を食わすというイジメか?」

「貫太、まさかとは思っていたけど、イジメられていたのか? 確かに、貫太は……いや、この場で言うべきじゃないな」

 八太は御膳台を持って立ち上がると、貫太の隣に歩を進め、哀れみを込めた表情を向けながら座る。そして貫太の肩を優しく叩く。

「いや、そんな気づかいはいらんから。てゆーか……」

 正面に視界を向け、巴四天王と五人の少年に、

「ま、まさか、マジでイジメ⁉︎」

 動揺する貫太の問いに応える者はいない。しかし、そんな反応だからこそ、長い付き合いからイジメではないと理解できる。だが、それはそのまま八慶を八童として認めないという意思表示になるため、自分がイジメられていた方が今後のためには良かったと貫太は思ってしまう。今後のことを考え、八慶と八太に気づかい、巴の推薦をそのまま受け入れる貫太は状況を見極める縁の下の力持ち的存在だ。

 だが、そんな貫太に物申すというように、感情を込めて……というよりは厨二ばりに顔を右手で隠し左手人差し指を貫太に向けたポーズを適当に決めながら立ち上がった少年がいる。

「貫太。八童はその地方で一番強い座敷童の称号だ。たかが近畿で、巴に言われるがまま八重の代行をしていただけのお頭……いや、八慶が、東北の八童の椅子に、座れると思っているのか?」

 末席に座った厨二少年、重症精神疾患が言葉を並べると、貫太は自分の御膳台にあるカボチャの煮物を間近で物欲しそうに見ているかぼちゃにお椀を渡し、末席の重症精神疾患を見やる。

貴一(きいち)。なんならお前が八童をやるか?」

 見やるというよりは睨むといった感じで末席の重症精神疾患貴一を見やる。その視線にひるむ貴一と貫太の格の差は見たとおりだろう。貫太はそのまま視線を隣に移して行き、少年達を一人一人見て行く。

「お前等の誰かが八童をやるか?」

 貫太は、少年五人が八童という重責を背負う意志が無いことは最初からわかっていた。ただ、巴からの推薦で八慶が八童になるのが気に入らないだけだと。

 問題は後に続く四人の少女。東北座敷童の精鋭中の精鋭。一人一人が巴を慕うように色違いのセーラー服を着ている巴四天王。貫太は巴四天王へと視線をやり。

「こいつ等はともかく、お前等は腐っても巴四天王だろ? 巴が推薦するなら認めろよ」

「「「「…………」」」」

 貫太の問いに応えず、見向きもせず、巴を真似るように無表情を貫く。だが、四人の少女には巴のような威圧感はない。真似ていると言った方が正しいその姿は、子供が反抗しているとしか思えない。

 貫太は、無言の駄々をこねる巴四天王に深いため息を一つ吐き。そして、気を取り直すようにパチンと両手を叩くと「はい」と言って視線を集める。

「八慶が八童で決定。てゆーかなぁ、ここにいない連中こそ八慶を八童として認めていないし、八童の椅子や座敷童管理省東北支署という縄張りを狙っているんだ。この中で、この東北支署の中にいるヤツで文句のあるヤツは、八慶を倒して八童になれ。そして、縄張り争いを治めろ」

「おい、貫太。俺等もこいつ等も八童になれないけど今のままじゃお頭……いや、八慶を認めたくない。俺等の意志を汲めよ。一方的すぎるぞ」

 末席の貴一は九人を代表して言う。

「どのみち小夜が一人前になれば巴の力は戻るんだ。八慶の八童はそれまで……つか、お前等さ、八慶の苦労を考えてやれよ」

 肩の力を抜き、呆れ顔を作ると、

「巴に『青オロチの鱗を集めてくれ』って言われて近畿の八童を代行した次は『自分の力が戻るまで東北で八童をやってくれ』って……どんだけ巴の尻に敷かれてんだって話だ。小夜次第だけど、たぶん数年だぞ。たったそれだけの在任期間なのに、大半の東北座敷童を敵に回して縄張り争いだ」

 お前等、と加え、

「特に巴四天は各地を管轄してるのに食っちゃ寝してるから、縄張り争いに立ち上がるバカがいるんだ。特に秋田県。八慶の気持ちを汲んでやれよ!」

 反対派の九人、その中の端から二番目の少女にビシッと指差す。

 貫太の話た事情は重々承知らしく、あわれみと申し訳なさを表情に含み、貫太の指先から視線を逸らす反対派だった。

 八太は、貫太の言葉に納得するようにうんうんと頷きながら、

「そうだぞ。兄者は毎週のように巴からの手紙を待っていたんだ。東北で八童になれば、八童の間は巴と一緒に入られるんだ。巴が力を戻したら、また何こそ言われてまたどこかに飛ばされるぞ。佐渡か? 次は佐渡か? さすがの兄者もあの引きこもりの相手は無理だぞ。巴四天王とか言ってるなら、まずお前等が巴のわがままに振り回されてる兄者に気を使え」

「八太の言うとおりだ。そもそも、男等に関したら大悪童弁慶にやられた後は、ノリノリで手下になって一緒に暴れていただろ。今だから言うけど、迷惑してたのは俺だからな」

「今更、大悪童が女の尻に敷かれてるのが気に入らないって言うなら諦めろ。兄者は手紙が一日遅れただけで、ただのカラスなのに手紙を届けにくる白黒(はっこく)だと勘違いしていたんだからな」

「一日遅れただけで神使とただのカラスを間違えるってどんだけよ。逆に八童にするのが不安になる……ぞ? ……!」

 淡々と語っていた貫太と八太だが、一同の視線が自分達の頭上を一点に見ているのに気づき、

「は、八慶……?」

「うおっ! 貫太、逃げ……!」

 恐る恐る振り向く貫太の視線の先、背後には両拳を振り上げる八慶。そして八太の視線の先では、巴が白色の和傘から仕込み刀を抜刀し、切っ先を向けていた。その切っ先では、黒と青が混ざり合った紫電がバチィバチィと弾ける。その瞬間、八慶のゲンコツと巴の雷撃が八太と貫を襲う。

 ピリついた空気からビリついた雷撃に変わったのだが、元八童巴や八童レベルの八慶がおっぱじめたとなれば、東北支署にいる一般の座敷童は部屋の中でビクビクしてしまう……が、そこは座敷童、野次馬する余裕はある。

 何故なら、座敷童の世界には【井上文枝がいる時は座敷童同士の喧嘩をしてはならない】という八童第一席いち子が作った法律があるからだ。

 しかし、その法律は、喧嘩という曖昧な行為を禁止するモノなため、喧嘩かどうかの判断基準はいち子の匙加減になる。それはそのまま、いち子の気分次第で判断は変わるという恐ろしいモノになるため、座敷童は文枝がいる時は喧嘩をしない……のだが。

 八慶のようにゲンコツをするぐらいなら許されると思うが、巴の雷撃を放出するという行為はいささか……いや、いち子の気分は誰にも読めないため考察しても意味はない。そんなことをコソコソと話している野次馬の横を通り、大広間へ入る者がいる。

「何をしているでありんすか?」

 八太と貫太が一方的に攻撃を受ける中、雲龍型の注連縄を巻いた土佐犬、文枝の神使ジョンの背中に跨った姫カットの幼女が現れる。八童第二席、しずかだ。

 幼女にも関わらず絶世の美女を約束された顔立ち。袖が不自然に膨らむ直垂(ひたたれ)さえ、何かやましい物を隠している袖さえ、ファッションの一つだと、堂々とする。

「なんだその不自然な膨らみは?」

 間髪入れず突っ込みを入れたのは元八童第三席、巴。その視線はしずかの着た直垂、不自然に膨らんでいる袖に向けられている。

 しずかは巴をキッと睨み、

「ばあちゃんがいる時は喧嘩は禁止でありんす」

「なんだその不自然な膨らみは?」

 巴はしずかの言葉を聞き流し、先ほどと同じ言葉を同じ口調で言う。

「ばあちゃんがいる時は……」

「喧嘩ではなく、教育だ。そんなことより、なんだその不自然な膨らみは?」

「ジョンと採ってきた、さ、山菜でありんす」

「いち子ならともかく、文枝様に甘え腐るしずかに山菜を採る趣味はないだろ」

「さ、ささ、山菜でありんす!」

『竹田家の旅館にある売店で拝借してきたお菓子だ』

「⁉︎」

 野太い声音に驚愕するしずはビシビシとジョンの頭を叩き、

「ジョン! 裏切ったでありんすか!」

『厨房にあった熊肉ならともかく、売店の菓子で俺を釣れると思うな』

 ジョンにしずかを庇う理由はない。それは、文枝の神使である自分が窃盗の片棒を担いだと思われるのが不本意であり、竹田家の旅館にあるお菓子が誰の物かを知っているからだ。

「竹田家の物を拝借するというのは、東北ではいち子が作った禁忌の次に優先される私が作った禁忌。しずか……私の菓子に手を出した罪を見逃してほしければ、今この場で出せ。私の食後のデザートを取りに行った事にしてやる」

「あぁ?」

 ドスを利かした声音を出すと、腰帯に挟めてある扇を右手で取りながらジョンの背中から降り、

「誰が誰のパシリでありんすか?」

「お前が、私の菓子を、取りに行ったのではないのか?」

 ドスを利かした声音のしずかに向けた巴の声音は普段よりも一音低く、その視線は次の言葉で事を辞さないと語っている。

 しずかは、巴を横薙ぎするようにバッと扇を広げる。その瞬間、三頭身の幼女だったしずかが、八頭身の絶世の美女、(しずか)に変貌した。

 しずか……いや、静は巴の眼前まで顔を近づけ、睨む。それに対して巴も瞳を鋭くして静を睨む。一触即発。

「表に出ろや無愛想女」

「出るところだ非常識女」


【八童第二席VS元八童第三席】


 ドス黒い殺気を纏いながら大広間を後にした静と巴。すでに【井上文枝がいる時は座敷童同士の喧嘩をしてはならない】という八童第一席いち子が作った法律を忘れているようだ。

「あ、兄者……」

「八慶。止めろよ」

「お頭。どうすんだ?」

 八太、貫太、貴一の順番に二人を止めろという視線を八慶に向ける。

 八慶は額から一滴の汗を流し、

「や、八重が悪い」

「八慶。八重が悪いとかじゃなくて、喧嘩するのが悪いんだ。八童になるなら止めに行け」

 貫太は喧嘩の仲裁は八童の義務だと肩を叩く。

「どうしたんじゃ?」

 静と巴が玄関に向かうのを見ながら大広間に入ってきたのは文枝。その手には御膳台があり、厨房がひと段落したから食事にするようだ。

 大広間にいる座敷童は一斉に八慶を見やる。もちろん八慶の口からは、これから食事をしようとする文枝に二人が喧嘩するとは言えない。

「ざ、座敷童管理省の家に、座敷童が集まり、い、祝いの舞を……すると……」

「祝いの舞?」

「ふ、文枝殿の心配には及ばぬ」

「舞に心配?」

「少し派手に、なりそうな……」

 最初からバレている。苦し紛れの言い訳にもならない。文枝の「どうしたんじゃ?」という問いは『なんで二人は喧嘩をしとるんじゃ?』と含ませていただけだ、と思う八慶だが。

「しずかと巴の舞とは贅沢じゃ。ワシも見に行こうかの」

 踵を返して大広間を後にし、玄関を通り過ぎた先にある縁側に向かう。喧嘩でも舞でも見る価値有りというように、足運びは軽い。

「あ、兄者……」

「お、おい。八慶。何してくれてんだ。言い訳が下手すぎるだろ」

 八太と貫太は大量に汗を流す。

「や、八太、貫太! 貴一もお前等もだ! 文枝殿に飛び火しないように屋敷を守れ!」

 八慶初の、八童としての命令。正確には、まだ推薦されているだけだが。

 ズガンという雷轟が鳴り、ゴウッと強風からの振動が屋敷を揺らす。メキメキと家鳴りが続く中、八太と貫太は走り出し、貴一を先頭に少年座敷童五人が続く。

 慌ただしくなる大広間。そんな状況にも関わらず、さととかぼちゃは外に行った連中の御膳台からカボチャの煮物を取って回る。二人は巴の雷が苦手なため、外には出ようとしない。巴四天王は、その場から動かず、我関せずといった感じだ。

 上座に一番近い位置にいる青色のセーラー服を着た少女は箸を御膳台に起くと、長い前髪から覗くように八慶を見る。

「八慶。八童試験」

「姉様としずかを止めたら認めることを、前向きに検討することを、考えてみたいと思い浮かべる」

 長い前髪の少女の隣で、認めない、と含ませて言葉にするのは赤色のセーラー服を着たショートカットの少女。

 更に、ショートカットの少女に続いて、隣にいる黄色のセーラー服を着たセミロングの少女は……

「Zzz……Zzz」

 ヨダレを垂らし、鼻提灯を膨らます。

「……、……」

 巴四天王の末席に座る少女、最年少を思わせる幼さは、三人が小学生高学年なら彼女は幼稚園児の年長組。緑色のセーラー服を着ているがブカブカで、ツインテールが巴四天王の妹要因だと伺える。彼女はイラストブックに文字を書くと、八慶に向け、

【バカ八慶。風神VS雷神の舞、ワクワクだね!】

「…………、ただの喧嘩だと思うが、試験なのか?」

 バカ八慶という文字は気にせずに視線を移す。

 厨房側の窓からは稲光りが見え、雷轟と強風が更に屋敷を揺らす。外からは数多い座敷童の歓声が聞こえるが、文枝がいるから喧嘩ではなく舞(?)だろうと勘違いしているのだろう。しかし、先ほどから屋敷を揺らす雷轟や強風は人間側に干渉している。外では、風神雷神の如く雷と風を巻き起こし、空と地で対峙する龍虎の決闘が行なわれているだろう。

『八慶。しずかには母上様、巴には小夜がいる。無茶はしないと思うが、八慶が八童らしく二人の喧嘩を仲裁できれば、後の縄張り争いにハクが付く』

 ジョンは巴四天王もあながち的外れな事を言ってるわけではないと補足する。

「なるほど。……うむ。八重はともかく巴はその辺のことも考えてくれているだろうからな。よし、止めに行くとする」

 八慶は大広間を後にし、玄関に向かう。下駄を履いて外に出ると、想像どおりの風神雷神、龍虎の決闘風景。

 巴は空を飛び回る静に黒色の直刀、仕込み刀の切っ先を向け、黒と青の電撃を放出。すると、雷撃に反応するように雲の中が稲光り、次々と雷が発生、空を飛び回る静を追い回す。

 静は自身を中心に風を広範囲に巻き起こし、その風に触れたり紛れたりする異物を感じ取り、雲からの雷や巴からの雷撃が発生すると同時に先へ先へと逃げる。

 上空は、嵐のように荒れ、雲の動きが不自然になり、雷の発生元、雲を拡散される。

 更に、静は地上に向けて扇を振り、四方八方からの風で巴の自由を奪い、向けられる仕込み刀の切っ先を上下左右にブレさせる。

「無愛想女の攻撃は当たらないでありんす!」

「相変わらず逃げ回ることしかできないようだな!」

 攻撃は当たらない。逃げ回ることしかできない。という二人の言葉に、巴が八童第三席だった理由がある。

 攻撃は当たらない。というのは、雷は多少の変化はあっても直接的なモノであり、巴のように能力で作ることができても単純な電撃や雷に関しては直線的というのは変わらない。そのため、静のように躱せるなら、対処は簡単なのだ。

 逃げ回ることしかできない。というのは、能力である以上の燃費が深く関わる。座敷童の燃費、即ち、空腹だ。

 風は常日頃から自然にあるモノだが、雷は天候が関わり、雲という条件が必要になる。そのため、自然界に常時ある風を能力と相乗させながら使うのと、能力として()から『一定の条件下にない電撃や雷を生む』のでは燃費の消費量が違う。そのため、静は雷から逃げ回り、巴の空腹を待つだけで勝機を掴める。

 それなら雲が濃い雨の日は巴が有利なのか? となるが、静は先ほどから雲を風で拡散し、雷の発生条件を阻害。更に、仕込み刀の切っ先を四方八方からの風で自分からズラし、電撃を避けている。

 しずかは巴が不利になる状況を『創れる』のだ。

 常日頃から自然界にある風を操るしずかは無敵に思える。しかし、そんなしずかも八童第二席である。

 それなら、八童第一席のいち子は、常日頃から自然界にある風を操るしずかに対して、どうやって第一席と知らしめるのか?

 もちろん、その方法はいち子流の返しがあるだろう。

 一つ例を出すと、オロチ相手や能力者同士の闘いに大きく関わる質量。その質量の差で圧倒する攻め方が、単純な方法であり明快な答え。

 あくまでも一例であり、静という相性の悪い相手に巴が『雷』で勝機を生めないとは言い切れない。

 巴は右手で握る仕込み刀から直線的な雷を静に放出する。しかし、毎度よろしく四方八方からの風で切っ先がブレ、狙いが定まらない。これは、しずかを相手にする以上、全座敷童に共通している定石通りな展開だ。

 そして、定石を学習しない巴ではない。

 左手で握る和傘で四方八方からの風を受け止める。しかし、風が当たるたびに大きく身体が揺れ、切っ先もブレる。だが、そんな揺れやブレは攻撃と防御に『だけ』都合が悪いだけ。

 巴は和傘を地面に向けると同時に地面を蹴り、和傘に風を当てながら跳躍。更に、仕込み刀を空に向け、四方八方に飛び回るしずかに行動制限を与える雷を雲から落とす。

「学習したでありんすな」

 静は微笑を浮かべながら雷の間を泳ぐように旋回。扇を巴に向ける。

 静は自身の戦闘経験から——巴は和傘で風を受けて跳躍し、雷で行動制限をしてから、そのまま和傘で風を受けながら自分との距離を詰める——近接戦闘に持ち込むと読んだ。そして、巴との近接戦闘は自分に不利があるとも。

 従って、静は中空で静止し、和傘で上昇風を受けながら跳躍する巴を、それ以上の下降風で押し込み、地面に落とす算段に切り替える。悪どくニヤつく表情は、墜落させてミンチにしてやると言っているようだ。

 それこそ巴の目論見通りだと気づかずに。

 雷と風、速さはどちらが上か?

 答えは明白。風を切り裂く雷や雷撃を発生と同時に感じ取り、先へ先へと逃げ回っていた静には巴との近接戦闘は不利。それはそのまま、距離があるから先へ先へと逃げる事ができるだけで、速さの差は雷に軍配が上がる。

「かかったな」

 巴は、静止した静が大振りに扇を振ろうとする浅はかさに微笑を浮かべる。

 だが、巴と静の距離は遠距離とはいわないまでも近接戦闘には程遠く、甘く見積もっても中距離。

「はっ、何がかかったなでありんすか」

 鼻で笑い、言葉を繋げた静だが……

 油断大敵とは今の静に当てはまる。


 直線的という一般的な雷の概念とは異なる『雷』があるとしたら?


「しずか。ブルージェットという現象を知っているか?」

「?」

 しずかは疑問符を浮かべながらも扇を振り下ろし、烈風を放出。

 巴は烈風を和傘で防御。押し込まれ、中空で態勢を崩した刹那、和傘に仕込み刀を納め、両手で柄を握る。落下しながら烈風に対して和傘を押し込むが、中空で更に態勢を崩す。だが、和傘の先はブレながらも静に向けられている。その瞬間、紫電が和傘全体に纏い稲光りが発生、その瞬間、青系統の色をした分厚い雷が静へ強襲。その速さや規模は電撃の比ではない。

【ブルージェット】……超高層(ちょうこうそう)雷放電(かみなりほうでん)の一つブルージェットは、雷雲から上に伸びる青系統の色をした雷。地上に落ちるという雷の概念を覆し、雷雲から宇宙空間に向かって伸びていく現象から上向きの雷とも言われる。

 あくまでも、雷の概念どおり直線的に伸びていくブルージェット。

「ちょっと大きな電撃が奥の手とは芸が足りないでありんすなぁ」

 静止していた静だが、下降風を放出すると同時に上昇しており、戦闘機が旋回して機銃を躱すようにブルージェットを躱す。

「逃げ回るしかできないヤツに言われたくないな」

 ブルージェットを躱されても巴の表情に変化はなく、ソレを予想していたように口端を吊り上げる。

「静。赤色とはいかないが、レッドスプライトという現象を知っているか?」

「スプライトは巴のお家芸でありんしたな」

 扇を口元に置いて欠伸をする。

「その油断が静の悪い癖だ!」

 和傘を回転させる。放出されるブルージェットは規模を小さくしながら散らばる。

【レッドスプライト】……超高層雷放電の一つレッドスプライトは、赤系統の色をしたニンジン形の雷。しかし、その形状は発生条件により、ニンジン形『キャロットスプライト』の他にも『カラム状スプライト』『妖精型スプライト』とある。

 直線的な、レーザー光線のようなブルージェットよりは、和傘の回転で散らばりながら放出されるキャロットスプライトは有効に思える。だが、静への攻撃としては一本の矢を一◯本に増やしただけにすぎない。

「甘い甘い甘い甘い、甘いでありんす!」

 四方八方を囲おうとするように向かってくるキャロットスプライトを、高笑いしながら急旋回で躱し、戦闘機のアクロバット飛行のように回転、そしてムーンサルトというGを無視した飛行演舞で躱す。

「勝機!」

 巴は声を挙げ、仕込み刀に融合された黒と青のオロチの鱗を使い切る勢いに、レーザー光線のようなブルージェットでもニンジン形のレッドスプライトでもない。例えるなら、無数のブルージェット、又は広範囲のレッドスプライト、両方の現象を合わせたジェットスプライトと言えば技名として聞こえはいいが、学術的には巨大ジェットと言われる。

 そんな無差別で広範囲なジェットスプライト、巨大ジェットを躱せる理由はない。

「はかったでありんすな!」

「万引きは犯罪だ!」

 一瞬の現象であるブルージェットやレッドスプライトそして巨大ジェットだが、巴の能力として鱗の制限がある限り放出たれる今、静がその身に受けるのは時間の問題……とはならなかった。


「喧嘩……いや、文枝殿も二人の舞は堪能した」


 態勢を崩しながら下降する巴の腰に左腕を回し、背後から抱くように右手を回すと、高回転している和傘の柄を握り、無理矢理回転を止め、静に向けられている和傘を逸らす。

「!」

 突然の抱擁に巴は動揺。

「なあっ⁉︎」

 不意に逸れた和傘の先が静の旋回した先になり、対応できなく巨大ジェットの極一部が扇をかすめる。

 巴はブルージェットを放出するのを止め、八慶に抱かれながら地上へと着地。静は焦げた扇を左右に振りながら地上へと降りる。

 巴は無表情だがほんのりと頬を紅くし、腰に腕を回している八慶を肘打ちで突き飛ばそうとする。が、頭に上がっていた血が下がったのか、一歩前に歩を進めて離れるだけに留まる。

「巴。試験は合格か?」

「?」

 巴は八慶の言葉に疑問符を浮かべる。

「試験?」

「?」

 八慶は巴の問いに疑問符を浮かべる。

 静は二人の前に着地すると、八慶の頭を閉じた扇で叩き、焦げた部分を見せる。

「焦げたでありんす!」

「自業自得だ」

「静。私は無傷だ。どうやらこの勝負は……」

「すまん。柄を握った時にヒビが入った」

「!」

 勝ち誇っていた巴は八慶の言葉にバッと和傘の柄を見る。柄には、一直線のヒビ割れがあった。

「なんで巴には謝って、わっちは自業自得でありんすか⁉︎」

「巴のお菓子を盗んだからだ」

「…………、後でみんなで食べる予定だったでありんす!」

「それなら、すまなかった。巴も、みんなで食べるなら許してやれるな?」

「うむ。……、和傘は柄がダメになると全て作り直しなのだが」

「わっちの扇も作り直しでありんす」

「どちらも文枝殿に作ってもらえるように私から頼んでおく。これでおあいこだ。いいな?」

「「…………」」

 静と巴は縁側で拍手をする文枝と小夜を見て罰悪い表情を作る。

「とりあえず、屋敷を守っていた八太や貫太等が雷や風を受けて重傷だ。今回は喧嘩ではなく舞という事なので、被害には目を瞑るが……今後は、過剰な舞も禁止だ。いいな?」

「うむ」

「…………」

「八重。禁止だ。いいな?」

「わかったでありんす」

 ポンッという音はならないが、八頭身の静は三頭身のしずかに戻り、袖から和菓子の箱を出して巴に渡した。



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