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座敷童のいち子  作者: 有知春秋
【中部編•想いふ勇者の義】
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一章 お世話、不安、出会い

 野放しになった白オロチに先手を打つために、松田翔と座敷童いち子そして梅田達也が岩手県平泉を出発してから数時間。

 岩手県と秋田県の県境を越え、更に山と田んぼを数箇所越え、現在は秋田県と山形県の県境。

 アメリカンタイプのバイクを運転するのは梅田達也。その側車——サイドカーでは、いち子が身体を外に乗り出し、反対車線を走るライダーにピースサインをしている。そんないち子を翔は抱きしめながら乗っているのだが。

「た、達也! 止めてくれ!」

 ライダーに好奇心を奪われているいち子に、てんてこ舞いになっていた。

「あらら、今回は早いね」

「バイクは……うおっ!」

 腕からすり抜けていくいち子の腰帯を小指と薬指で引っ掛け、ガッと掴む。その指の形がピースになり、反対車線を走るライダーから喜楽なピースサインが返される。

「ぶ、無事なツーリングを、と込められたピースサインも、座敷童が見えていたら、大事故になっちまう」

 風を全身で浴びて更にテンションを上げたいち子への対処に言葉が途切れ途切れになる。

 座敷童が見える側の人間なら、翔のピースサインは風を全身で浴びて「ビビャビャビャビャ」と喜んでいるいち子の身体に隠れ、印籠のように翳しているように見えてしまう。この時ばかりは、反対車線を走るライダーが、座敷童が見えない側だと祈るしかない。いち子に翔が振り回されているだけでも、サイドカーに乗りながら幼女を印籠のように翳す光景を見たら、見てしまったら「幼女に何してんだ!」と驚愕し、大事故になってしまうのだから。

「あそこの自動販売機まで待ってくれ」

 達也はクラッチレバーを握りギアを落としながらハンドルを傾け、バイクを道沿いにある自動販売機に向ける。路肩にバイクを止めるとフルフェイスヘルメットを脱ぎ、茶髪をワシワシと搔きあげ、ふぅと息を吐く、

「今は秋田県と山形県の県境だから……夕方だし、時間的に山形県で一泊だね」

「今日中には新潟県に入りたかったのにな。達也、いち子の好奇心を制御できない俺の不甲斐なさに付き合わして悪いな」

「気にしないでいいよ。バイクだと車や電車と違って、全身で浴びる風が危なくも気持ちいいからね。いち子も風になりたいんだよ」

「このままじゃ東大寺に向かっている(あずさ)さんとの予定が狂っちまうな」

「今は時間的に花巻空港だと思うし、(あずさ)に遅れるって連絡しとくよ。石川県か富山県で待ち合わせの方が実家に行きたくない俺の都合にもいいし」

「その電話で最後にした方がいいな。井上さんに位置情報を調べられるとまずいし」

「了解。梓にも携帯の電源を切るように言っとく」

「電源を切ると行き違いになる心配があるから、金沢の兼六園で待ち合わせにしたらどうだ?」

「そうだね」

 達也はライダースーツのポケットから携帯情報端末を取り出し、画面を何度かタッチすると、端末を耳に付けながら自動販売機に向かう。

 そんな達也をサイドカーから見ていた翔は、身体の力を抜くように深呼吸する。チラッと見るのは、膝上にいるいち子。ライダーが通る度にピースサインをしている。

 翔はいち子をギュッと抱きしめ、

「いち子。お腹空いてないか?」

 愛おしく、不安げに言う。

「?」

 いち子は翔の顔を見ようとするが、俯向いてる翔の顔は見えない。

「翔。小豆飯所望じゃ!」

「いち子。母さんが作ってくれた小豆飯は巴と食べたので最後なんだ。今はばあさんの小豆飯おにぎり三個しかない」

「うむ。一個所望じゃ」

 翔の申し訳なさが込められた声音と弱く抱き締めてくる腕にいち子はわがままを言わず、翔の手をワタキは大丈夫じゃと伝えるように撫でる。

「冷蔵庫が無いから三個食べてもいいぞ。明日からの小豆飯は俺がなんとかするから心配するな。それに、座敷童管理省からの給料もあるから、いち子の好きな物を買ってあげられる」

 翔は足元に置いてある三角バックからアルミホイルに包まれた小豆飯おにぎりを出すと、アルミホイルを剥がしていち子に向ける。

 いち子は両手を小豆飯おにぎりに添えると、非実体の小豆飯おにぎりを取り、

「翔。武士は食わねど爪楊枝じゃ」

「それだと腹を空かして爪楊枝をしゃぶってる武士だ。腹が空いても、カッコつけて腹一杯のフリをする、高楊枝でいてくれ」

「うむ。明日から小豆飯は一日一善じゃ」

 いち子は非実体の小豆飯おにぎりを食べる。

「一日一善は小豆飯が一日に一膳(いちぜん)しかないという意味ではなく、一日に一回、善行をするって意味だぞ」

「うむ。翔、小豆飯がなくても……」

 モグモグと小豆飯おにぎりを食べながら、

「ワタキは、モグモグ、翔と一緒にいれるだけで、モグモグ、幸せ者じゃ」

「!」

 ギュッといち子を抱く腕に力が入る。

「俺もいち子といるだけで幸せだ」


 ******************


 岩手県、花巻空港。

 携帯情報端末を耳に付けて話ているのは梅川(うめかわ)(あずさ)。通話相手は梅田達也。

「————私は今から飛行機に乗るところ」

『いち子がバイクにテンション上がっちゃって、予定より遅れそうなんだ。明後日に兼六園で待ち合わせにしよう』

「明後日に兼六園?」

『杏奈ちゃんに俺達の居場所がバレるとまずいから、念のため、梓も携帯の電源を切っておいて』

「ええ、それはいいけど……」

 怪訝になり、一拍考えて納得するように口を紡ぐ。梓なりの考えはあるのだが、搭乗が始まり話せる時間も限られていため、今は、達也からの話を先に進めることにする。

「梅田家には寄らなくていいの?」

『お濃様がオロチと闘うから家宝の槍があった方がいいかな。母さんなら大丈夫だけど、親父がいたら俺に梅田家としての気構えができたとか適当に言って誤魔化して』

「気構えがあるなら適当に誤魔化す必要は無いと思うけど?」

『じゃあそれでお願い』

「わかった。……細かい時間の待ち合わせができなくなるから、私が東大寺に到着したら住職にこっちの状況を伝えておく」

『わかった』

「後は、泊まる場所ね。秋田県と山形県の県境なら、大学の時に二人で行った旅館を覚えてる?」

『親父に呼び出された旅館?』

「あそこなら神童いち子も満足できると思う。達也。神童いち子のお世話は一般の座敷童や他の八童とは違うのを忘れないで。それに世話役は私達が思っているより……いえ、まだ高校生だって事を忘れないで。こんな時だからこそ梅田家が松田家を……達也が世話役を支えなさい」

『わかった』


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