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ページを開いていただいてありがとうございます。拙い文章ですがよろしくお願いします。
無線基地局の拝借と座敷童への携帯情報端末の支給ぐらいしか決まっていない、座敷童デジタル化計画。
普及計画さえ作っていない状態で、松田翔に必要性だけをプレゼンした日から三日が経っていた。
杏奈と巴と八慶は計画作りと管理体制をまとめるため、ほとんど座敷童管理省東北支署の一室に篭っていた。
三日前に病院へ行ったアーサーは、両足骨折という診断を受けて入院している。のだが「座敷童が私を待っている」と言いながら何度も脱走を繰り返す。病院側も愛想笑いから引き攣り顔になってしまい、今は特例として個室を与えられ、特務員が交代制で二四時間監視をしている。
毎日のようにさととかぼちゃと八太がお見舞いに行ってるのだが、今日は翔といち子と達也と小夜がとある問題をアーサーに伝えるために足を運んでいる。
翔は、両足にギブスを巻きながら両腕と上半身をベルトで拘束されながらベッドで寝ているアーサーを見ると、ため息を一つ吐く。
「お前さ、金鶏山で足を捻っただけならヒビか捻挫だろ。バカみたいに走り回ったから骨折したんだ」
「やっと来たと思ったらご挨拶ね。骨折は誤診よ」
「誤診してるのはお前の頭の中だ」
「あんたじゃ話にならないわ。特務員梅田、退院の準備をしなさい」
「大臣。……」
達也は普段見せない真剣な顔になりながらアーサーを見やると、
「さとの能力が非実体の方の骨折を完治さしても、実体の方は骨折してます。さとの能力が干渉しているから痛みが無いだけで、ちゃんと実体の方を治さないと……」
「死ぬぞ」
達也の話に翔が割り込む。
「座敷童と遊びながら死ぬなら本望ね」
「お前はどこまでバカなんだ」
「なによ? 怖い顔して」
「わかりやすく教えてやる。しずかは風を操り雲を集めてその地に雨を降らし潤いを与える。だが、本来雲が集まって雨が降る地には雨が降らなくなる。恩恵にはリスクが付き物という事なんだ。それが人体への治癒ならどうなる? 痛くないから大丈夫、だから遊ぶ……だが実体は恩恵で痛みがないだけだ。骨折したまま放置した場合、普通はどうなる? 考えるまでもなく患部は腐り、骨が曲がり、血管はズタズタ……今なら間に合う、国に帰れ」
「また帰れって。あんたね……」
「大臣。座敷童には寿命が無いので、座敷童が原因で人間に何かがあった場合、座敷童は死ぬまでそれを背負って生きないとならないんです」
「アーサー。俺は、座敷童はマスコットではないって何度も言ったよな。御三家の跡取り三人がここに来た意味をわかってくれ」
「大臣は御三家に決められる事じゃないって思うかもしれないけど、このまま大臣が座敷童と出会い続ければ……大臣は今回みたいな事を繰り返します。大臣が本望でも座敷童に不幸を与える事になりますから、御三家として、座敷童を悲しませる人間を座敷童の世界にいさせるわけにはいかないんです」
「……。帰らないわよ」
翔と達也の言葉を受け止めてもなお、アーサーの意思は変わらない。二人からの視線を流すように翔の背後にスッと隠れた小夜を見て優しく微笑む。
「小夜ちゃん。私は帰らない。座敷童のために帰れと言われても、私は帰らない」
「わも、帰らねえでほしいでがんす」
ボソボソと自信なさげに口を動かす小夜。それを見たアーサーが一瞬キョトンとすると翔と達也に視線を向ける。
「三人が来た意味って言ったけど、小夜ちゃんは帰らないでほしいって言ってるじゃない」
「「!」」
「なによ? 二、三日あれば南部弁ぐらいわかるようにできるわよ。結局、御三家の二人は何を言いたいわけ?」
「……、座敷童には寿命が無い。座敷童と遊びすぎたのが原因で身体がおかしくなり、最終的にそれが原因で死んじまったら、座敷童は生きてる限り哀しみを背負う。それでも帰らないんだな?」
「帰らないわよ。とりあえず、言いたい事だけ言いなさい」
あんたはいつも回りくどいのよ。と翔に対して吐き出すと、翔はムッとした表情になり、憎たらしくアーサーを見る。
「さとが、アーサーの……常駐型になる」
「本当⁉︎」
バッバッと首を左右に向けてさとを探す。
「さとはソファのとこにサいるでがんす」
小夜は、ベッドのコントローラーを取り、上半身部分を上げるボタンを押す。ゆっくりと上半身が上がっていくと腕や上半身を締めているベルトがアーサーを更に締め付け、ベッドからのモーター音とは別にギチギチとベルトを巻いている柵から鳴る。それでもアーサーにはなんのダメージもなく、小夜はなにも気づかずにボタンを押し続ける。
そんな異音にいち早く気づいた達也は小夜の持つコントローラーを取り、
「小夜ちゃん。大臣が締め付けられてるから、先にベルトを緩めてあげないと」
「ダメだ!」
小夜の伸ばした手を間髪入れず抑えるのは翔。変な方向に曲がりかけているアーサーの両腕と締め付けられて強調される巨乳に目をやり、
「達也。ベルトを緩めたらめんどくさい事になる。今はさとよりもアーサーの今後の話だ。話を聞かなくなるから下げろ」
「大臣。そういうことなので下げますね」
コントローラーのボタンに指先を置く。
「下げたら減給よ」
「知るか」
達也からコントローラーを取り上げた翔は、これ見よがしにアーサーの眼前にコントローラーを出して、元の位置に戻す。
「今回みたいに、お前がバカみたいな理由で骨折した事が御三家当主にバレたりしたら、座敷童の世界にいられなくなる。俺等の話を聞く気がないというなら、御三家の跡取りとしてアーサーを庇う必要もなくなる」
「庇う?」
「そもそも普通の座敷童でさえアーサーには任せられないのに、さとみたいな危険因子を任せられるわけがないだろ」
「任せられないって言っても、家主を誰にするかはさとちゃんが決める事じゃない」
「…………はぁ、」
不貞腐れるアーサーにため息を吐くと、
(このままでは話自体聞かないな)
と思い、肩から下げる三角バックからマジックペンを出し、ギブスにペン先を走らせる。
「さとがアーサーを家主だと決めた結果、お前がバカだから、任せられないって、言ってんだ!」
ギブスに【お前はバカだから任せられない】と書くと、さととかぼちゃがベッドの横からひょこっと顔を出して翔からマジックペンを受け取る。このマジックペンはいち子のなので何を書いても座敷童が見えない側の人間には見えない。ちなみに、いち子はお見舞い品のフルーツやお菓子を物色している。
ともあれ、さととかぼちゃが視界に入ったことでアーサーのご機嫌は良くなり、話を聞く姿勢を見せる。
「どうしたらいいのよ?」
「国に帰れ」
「特務員梅田。天パは話にならないわ。どうしたらいいのよ?」
翔と達也は立ち位置を変える。正確には、いち子がお菓子ではなくフルーツの盛り合わせからメロンを選んだため、いち子のいるソファに翔が行った。
達也はアーサーの方へと向き直ると、説明口調で話していく。
「大臣がさとの家主だとバレたら御三家当主は黙っていません。なので、さととかぼちゃと大臣は文枝さんの家に居候し、さとの危険を監視する役に八太を付けます。もし、大臣がさとの家主になったとバレたら、松田家で家主の心得を徹底的に学ぶ事になると思います。忘れないで欲しいのは、今回のように骨折を無視した行動をした場合、家主の心得を学ぶ以前の問題、座敷童と関わらせられないと見られ、大臣は座敷童の世界にいられなくなります」
「アンサーが骨折サしだの御三家当主に内緒だ。金鶏山でサ、転んで折っだ事にするがら、今はおどなしくしでほしいでがんす」
「わかっただろ? 国に帰れ」
メロンを切り分けながら国に帰ることを推奨する翔だが、アーサーは間髪入れず返答する。
「わかってないのはあんたよ。今回は御三家当主に骨折の理由を隠し、私等はおばあちゃんの家に居候。御三家当主にバレたら、おばあちゃんの家から松田家に行くことになり、次に私が今回みたいな事になったら座敷童の世界にいられなくなるって話じゃない」
「わかってるなら国に帰れ。間違いなく松田家に来る事になる」
「翔。梅田家は座敷童管理省という土台を固めないとならないし、竹田家は東北座敷童の復興で手が回らない。松田家しか手が空いてないんだ。それに、まだ松田家に行くとは……」
「さととアーサーだそ! 二人の存在がフラグだろ! こんなバカ二人がいたらいち子の悪影響にしかならない! アーサー、頼むから国に帰ってくれ!」
必死に訴える翔だが、この場にいる誰もが聞き入れなかった。
「帰らないわよ。いち子ちゃんだって松田家の間取り図をギブスに書いて、さとちゃん達にどの部屋がいいか選ばしてるわよ」
「!」
バッといち子が握っているマジックペンを取り上げ、
「いち子。さととアーサーはばあさんの家だ。これ以上、フラグを立てる行為を禁止する。八太、監視役の意味、わかってるだろうな?」
「任せろ。いずれ松田家で働くことになると思って、蕎麦打ちの練習をしていた」
「諦めてんじゃねえよ! 蕎麦屋で働く日が来ないように監視をしろ!」
「…………はぁ……」
さとだぞ? 無茶言うなよ。と口には出さないが、諦めを表情に出しながらため息を一つ吐く。
そんな頼りない八太から視線をいち子に移した翔は、
「さとやアーサーが松田家に来る事になったら、俺といち子はばあさんの家に居候する。いち子、いいな?」
「うむ。ママの秘密の冷蔵庫ならガラナは月に一本じゃが、ばあちゃんの家なら月に二本じゃ。不足はない」
「ダ! メ! だぁぁぁぁぁぁぁぁぁ! つか、ばあさんの家にも秘密の冷蔵庫があんのか!」
「ガラナぐらい飲ましてあげなさいよ」
「お前とことんバカだな! 俺等の数百、数千倍生きていても見た目は三歳児だぞ! 炭酸なんて飲ませられるか!」
数分後……
「とりあえず、骨折が完治しない内に病院を脱走したり治療の妨げをするような事があれば、今後一切、俺は座敷童管理省に協力しない。そして、座敷童が原因で今回みたいな事を繰り返せば、アーサーを座敷童が見えない側にする。わかったな!」
「なにその脅し? 座敷童を見えないようにできるなんて初耳よ。できるわけ?」
「座敷童に不利益を与える人間に対し、見える側を見えない側にする方法を松田家の先祖は探していた。その過程で見えない側を見える側にする八岐大蛇の櫛ができただけで、見えない側にする方法も、もちろん見つけてある。たとえ、さとや他の座敷童に恨まれても、アーサーが同じ事を繰り返せば、寿命という責任をまっとうさせるために御三家当主は実行するし、その前に俺が実行する」
というか、と加えると真剣な表情を作り、
「東大寺で闘えもしないのに魔獣から龍馬を庇い、今回は金鶏山で足をひねりその後遊んで骨折。俺は松田家として、座敷童をマスコットと勘違いしているアーサーを見えない側にする予定だった。それを達也と小夜が反対したから、あと一回、同じ事を繰り返したら見えない側にするというのを条件に、アーサーの肩を持つ小夜や達也の言い分を松田家として受け入れた。二人を裏切るような事をするな。わかったな?」
「……、わかったわよ」
アーサーは自己犠牲や自殺行為だと意識していたわけではない。座敷童を前にした時に無意識に出た突発的な行動だったのだ。だが、達也と小夜の引き攣らせる表情に自分の行動が生む後々の結果を改めて考える。
龍馬を庇うという行為は表面的に見れば美談になるかもしれないが、魔獣と闘えないアーサーが庇ったところで犠牲者が龍馬からアーサーに変わるだけで、なんの解決にもならないただの自己犠牲でしかない。
金鶏山で足をひねりその後に座敷童と遊んで骨折など、現代の医療機器や医学で骨折を見抜けないわけはなく、脱走という行為はただのワガママ、言い換えれば重症患者が治療放棄をするという自殺行為。寿命がある人間としての責任を無視した暴挙になる。余命少ない癌患者が安らかに過ごして安らかに死を迎える、生死を選ぶ行為とは違うのだ。
今まで口うるさく翔に言われてきた【座敷童はマスコットではない】という言葉を真摯に受け止めるしかなく、ただ本能の赴くままに遊ぶのではなく、長く座敷童と遊んでいくためには自重も必要な心配りだ……と改めるしかない。しかしアーサーの表情は、残念極まりない、というように眉間の皺が深くなる。
(頭ではわかっていても、身体が受け入れないって感じだな)
翔はソファから立ち上がると三角バックから一冊の古本を出して、ベッドに付属された簡易テーブルに置く。
「平安時代。座敷童のためにオロチと闘い続けた人生を送り、冷水を熱湯にするほどの病に蝕まれた男が晩年に書いた本だ」
その男とは……
「平安時代に冷水を熱湯に……って平清盛?」
「冷水を熱湯にするなんて人間ではあり得ない高熱だ。その原因が清盛なりの見解から書かれている。本当に座敷童が好きなら推敲すれ」
「竹田家の書庫にはさとが常駐していた時の本もあるけど、まずは清盛の本から読んだ方が大臣のためだって翔が選んだんですよ。なんだかんだで翔も心配してるんで、さとに関わる本は順調に退院しからの楽しみにしててください」
「んだなっす。さと伝説がいっぺえだ」
「楽しみにしてるわ。……」
アーサーは翔を見やる。
「なんだ?」
「あんたってツンデレ?」
「!」
額にビシッと青筋を浮かべ、踵を返すと、
「八太とさととかぼちゃは置いていくから、昔話でも聞かしてもらえ」
アーサーの問いを無視。実がなくなったメロンの皮をしゃぶるいち子を抱き上げて部屋を後にする。小夜と達也は後を付いて行った。
「…………、」
四人を見送ったアーサーが簡易テーブルにある古本へ視線を向ける。すると、八太は古本の非実体を取り。
「清盛が鞍馬寺に来るたびに、俺は鍛えてもらった。兄者が今みたいに人間の事を考えるようになったのも清盛の影響だ。さとが常盤の所にいた時、危なっかしくて八重しか遊び相手がいなかったんだけど、清盛は遊んでくれていたみたいだ。……今も昔も俺達は八重の家主に甘えちまってる」
「遮那王。金神様は妾の家主じゃ。妾の目に狂いはない」
「常盤や竹田家みたいに甘いだけだと思うけど……」
さとの自信満々な表情にため息を吐くと、古本を開き、アーサーの眼前に置いて見えるようにする。
「アーサー。読めるか?」
「一文字一文字に力強い主張性があるのに、一文は優雅に流れ行く四季のように鮮やか……平清盛が華麗に筆を流す風景が見えるわ。でも……、この本を書いていた時には冷水を熱湯に変えるほどに病んでいたのよね?」
「清盛が新しい能力を使えるようになった、と八重から家主自慢の手紙が来た。どんなものかとみんなで遊びに行ったら、マキを使わないで風呂を沸かした。さすが清盛だ、と俺や八重やさとは思ったけど、兄者と巴はドン引きしていたな。これを書いたのはずっと後だけど……あの時にはすでに病んでいたんだな」
(高熱を能力という事にして、しずかちゃんや他の座敷童に病だと気づかれないように振る舞っていたのね。……今の私はさとちゃんの能力で痛みはないけど、平清盛みたいに病を隠して振る舞っていたら……後に安静が必要だったと知って後悔するのは寿命のない座敷童の方ね。きっとしずかちゃんは……)
「どうした? 読めない字があるか?」
「大丈夫よ」
病院を後にした翔達はタクシーに乗っていた。一◯分ぐらい走って到着したのは毛越寺。
修学旅行ではお小遣いと見学時間の都合で楽しめなかった翔の都合から観光に来たのだが、小夜はとある理由から大池が池を楽しみにしているため、瞳を輝かせて周囲を見回す。
「わだっきゃ毛越寺に来るのサはじめてでがんす」
「んっ? なんて言ったんだ?」
「ええっと……」
達也は携帯情報端末の画面に目をやり、
「小夜ちゃんは毛越寺に来るのがはじめてみたい」
「オロチが封印されていたから巴が連れて来なかったんだな」
「だろうね」
そんな会話をしている翔と達也を背に小夜といち子は参道の真ん中を我が道のようにるんるんと歩いて行く。
「いづ子。毛越寺も中尊寺蓮ば育ででんだぞ」
「?」
疑問符を浮かべるいち子。その背後で、達也は携帯情報端末の画面に目をやる。
「中尊寺蓮? ……毛越寺にも中尊寺蓮があるの?」
疑問符を浮かべながら翔に聞く。
「去年、修学旅行で来た時はなかったけど……つか、中尊寺蓮は中尊寺で咲くから中尊寺蓮だろ」
「ちげえぞ。わだっきゃ夢で見たんだ。ちっせえオロヅが池から出て行っだの見たんだ」
「えっ?」
携帯情報端末の画面を見ていた達也が怪訝な表情になる。
翔は達也の反応が怪訝になり、携帯情報端末の画面を覗き込む。
「違うぞ。俺は夢で見たんだ。小さいオロチが……池から出て……行った……」
「中尊寺蓮サ咲いてねえがら今時期だな。んだども心配ね。ばば様サ、オロヅば倒すだがら安泰だ安泰だ」
((小さい、オロチ?))
翔と達也は引き攣った顔をお互いに合わせると、内緒話をするように。
「(達也。大池が池に蓮は無い)」
「(ふ、文枝さんが倒したオロチを八慶が握ってるのを見たけど……普通の蛇と同じサイズだった)」
「(八慶と龍馬が中尊寺の大池跡地に封印したんだよな?)」
「(そのはず。……)」
「(竹田家の予知夢は当たるも八卦当たらぬも八卦だ。肝心の東北のオロチが大池が池から蘇る夢は見てないみたいだから……)」
「(でも、大池が池から蘇るオロチを夢で見てないだけで、夢で見た東大寺のオロチは当ててるよね)」
「(ばあさんがオロチを小さくし、八慶と龍馬が中尊寺の大池跡地に封印した。蘇るってのは、万が一にも考えにくいな)」
「(万が一? あれ? 万が一なら……)」
「(あっ……!)」
数秒、翔と達也は足を止めると額に大量の汗を流しながらコクッと頷き、翔はいち子を抱き上げ、達也は小夜を抱き上げて大池が池まで一直線に走る。
「小夜! 蓮のある池だったんだな!」
「んだ」
「小夜ちゃん! こんな池だった⁉︎」
小夜を持ち上げて大池が池全体を見えるようにする。
「???」
キョロキョロと見回す小夜は疑問符を浮かべると、
「あんな島無かったでがんす」
小島を指差す。
「小島がどうした? 達也、なんて言ってる?」
小夜を地面に下ろす達也を見る。
「し、翔。まずい……かも」
携帯情報端末の画面を翔に向ける。
翔は【あんな島は無かった】と表示される画面を見て、
「か、観光はお預けだ。中尊寺に行くぞ」
「んっ……? じゃ! 蓮がねえぞ! 枯れだのが⁉︎」
「小夜ちゃん! 中尊寺に行くよ!」
「んが?」
小夜は楽しみにしていた中尊寺蓮との出会いもなく、達也に抱き上げられ、訳も分からず毛越寺を後にする事になった。
翔達はタクシーに乗り込み、中尊寺へ向かう。小夜といち子はお気楽な感じでいるが、翔と達也は気ばかり焦り、運転手に急ぐように注文する。
一五分ぐらいで中尊寺に到着する。お金を払い、座敷童管理省で領収書を受け取ると、翔はいち子を抱き上げ、達也は小夜を持ち上げて中尊寺の大池跡地へと走る。
駐車場の横から関山中尊寺を回り込むように走って行く。すると前から、切羽詰まる表情になりながら走ってくる……
「龍馬!」
「翔! やられたぜよ!」
龍馬が向ける右手には白いロープのようなモノが握られ、ソレを確認した翔は。
「的中かよ!」
「ワシはオロチを追う!」
「まて!」
翔は龍馬の腕を捕まえる。
「なんじゃ!」
「普通の蛇と同じぐらいの大きさなら追ったところで見つからない。『向かう先はわかっている』んだ。今は『俺達だけで何とかする方法』を考えるんだ」
「……じゃな。油断したぜよ。……くそ!」
冷静さを取り戻したのは一瞬、イラつきを言葉と表情に出しながら右手に握っていた頭の無い白蛇をビタンッと地面に叩きつける。
「翔。やっぱり……オロチの尻尾切りだったね」
達也は奥歯を噛み締めながら、頭のない白蛇を睨む。
いち子を地面に下ろした翔は、三角バックのベルトを肩に滑らしてファスナー部分を腹の前に持ってくると、
「尻尾切りでなく、頭切りだろ、と突っ込みたくなるな」
「せっかく文枝殿が小さくしてくれたのに……」
「龍馬。尻尾切りはオロチが大きかったらわかりやすいけど……いや、今はそんなことどうでもいいな。残った尾の長さから、尻尾切りした直後のオロチは爪楊枝と同じぐらいの長さだ。今は虫や小動物を食って大きくなっているだろうけど、たぶん普通の蛇ぐらいだ」
運がいい事に、と加え、
「ばあさんがいるから東北の座敷童は平泉に集まっている最中だ。山形県や秋田県の座敷童が遭遇する可能性はあるけど、オロチが五◯メートル以下なら犠牲になる可能性は低い」
「オロヅ蘇ったのが⁉︎」
話の内容を理解していなかった小夜だが、ここにきて気付くと「巴、巴、巴」と言いながら挙動不審になる。
翔は小夜の頭を撫でるように右手を乗せ、鷲掴みすると、無理矢理自分の方へと顔を向ける。
「小夜。巴はオロチから一線を引いて座敷童管理省のデジタル化計画につとめる。御三家として、ばあさんにもこれ以上はオロチと関わらせるわけにはいかない。俺達だけの秘密だ」
小夜が不安にならないように、安心すれ、俺がなんとかする、というように微笑む。
「んだ!」
「よし。とりあえず……」
翔は三角バックから【酒呑童子】と筆字で書かれている瓢箪を出すと、木の枝でオロチをツンツンと突くいち子に瓢箪を向ける。
いち子は左手で瓢箪を受け取りキャップを取ると、右手でオロチの胴体を拾う。
瓢箪の口の大きさは小さく、尻尾の先ぐらい。いち子は瓢箪の口の大きさを気にすることなく、尻尾の先から瓢箪に入れていく。瓢箪は非実体なので大きさを変えられるのだが、いち子はそれを忘れているのか、何か理由でもあるのか、無理矢理にオロチの胴体を瓢箪へと押し込んでいく。
額に汗を溜めながらいち子の行動を見ていた龍馬へと視線を向けた翔は、
「龍馬。最悪な状況を考えると、二首になった時に井上さんや特務員がいると足手まといだ。龍馬は自分で解決したいと思うだろうけど、特務員と行脚しないとならない龍馬がいなくなれば、井上さんが怪しむ。大池跡地に八慶と巴としずかが行かないように監視してくれ」
「ワシを監視役にしてお前等はどうするんじゃ?」
「小夜が巴から離れるのもおかしいから置いていく。小夜、巴に気づかれないようにするんだぞ」
「んだ!」
「よし。……」
小夜のフォローをしてくれ、と含ませて龍馬をチラッと見ると、頷きが返ってきたため話を進める。
「俺といち子は中部に入って八童と対面する。その間、達也は東大寺に行ってお濃を中部に連れてくる。これで最低限の備えはできるはずだ」
「翔といち子がいなくなれば全員が怪しむぜよ」
「俺は学校を理由にして帰ると言えば誰も怪しまない。その時に、達也も百名山に挑戦してくると言えば、花巻空港まで達也のバイクで送ってもらう方向に話を持っていけるし、誰も見送りに来ようとしない。怪しまれずに中部に行ける」
「……うむ。今作れる策としては良案じゃな。じゃが、封印したのは三日前ぜよ。時間との勝負じゃ。達也、そんな状況でも……」
「わかってる。もう無茶な事はしない。休憩しながら東大寺に行く」
「達也。ワシが監視役になるんは、達也が梅田家としてお濃にどうやって報らせに行き、中部に連れて行くかを聞いてからじゃ。中身の伴わん答えでは認めんぜよ」
「バイクで中部に入り、翔といち子を下ろした後、バイクで東大寺に行く。ご先祖様にバイクを御供えして先に行ってもらう」
自信満々に返答する。が……
「ドアホ! お前が休憩無しで東大寺に行くのが見え見えじゃ! それと、お濃にバイクを御供えとはなんじゃ⁉︎ お濃がバイクに乗れると思っとるんか!」
「見え見えとは心外だな。それに、ご先祖様ならなんだかんだで乗れそうだけど……。往復するならどっかで一泊すれって事か? 時間との勝負なんだろ?」
「達也。一泊だとまた怒られるぞ。バイクなら平泉から東大寺まで最低でも二泊三日だ。一泊した後に中部に出発だから……到着した時には五泊六日だな」
「お、お前等に任せるのが不安になってきたぜよ」
達也と翔の浅はかさに呆れてため息を吐く龍馬。その横では……
「うむ。……完成じゃ」
ポンッという効果音が鳴ったいち子の手元では、オロチの胴体が瓢箪の中に完全に納まる。指先で摘まむキャップで瓢箪の口を閉じると、瓢箪に巻かれた朱色の紐を腰帯に縛り付けて、定位置だと言わんばかりにぶら下げる。何故かキリッと決め顏を作ると龍馬を見やる。
「龍馬どうじゃ? ナウいじゃろ?」
「巴としずかの援軍はないぜよ。ナウいいち子はどうするんじゃ?」
「うむ。……」
クルッと横に半回転して決め顔を龍馬に向けると、
「龍馬、どうするんじゃ?」
「…………、いち子は何もせんでええぜよ」
一首や二首のオロチ程度にいち子の参戦は期待できない、そもそも七首以外での参戦はしないでほしい。龍馬は、いち子が参戦しないという意思を確認したにすぎないため、いち子のファションショー(?)で逸れた話を元に戻す。
「特務員の中に一人だけ梅田家の都合で自由に動ける者がおるじゃろ」
「梅田家の都合で自由に動ける特務員?」
「誰それ?」
翔と達也は疑問符を浮かべる。
龍馬は二人の反応にため息を漏らしたい気持ちを抑え、
「梅川家は梅田家の後見人じゃき、梓なら座敷童管理省とは別に梅田家の事情で行動しても怪しまれん」
「龍馬、バイクは二人までだぞ。いち子は人数に入れなくても、サイドカーは一人乗りだから、翔といち子で満席だ」
「アホ。梓を花巻空港から夕方の便で伊丹空港に向かわせ、レンタカーで東大寺に向かわせるんじゃ。途中で一泊し、十分休んだ後にお濃と滋賀県……梅田家に行くんじゃ。達也は翔といち子を下ろした後、一泊して梅田家に行く。……どっちが最初に着くかはわからんが、先に着いた方は寝られるだけ寝るんじゃ。後は、車を代わる代わる運転し、中部に向かうぜよ」
「実家に帰りたくないんだけど?」
「お前の事情なんぞ知るか。ワシが監視役になるんはそれが条件じゃ」
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