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座敷童のいち子  作者: 有知春秋
【東北編•平泉に流れふ涙】
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ページを開いていただきましてありがとうございます。拙い文章ですがよろしくお願いします。

 翔が起きたのは昼前だった。

 いち子のおねしょがないと寝続けてしまう自分にため息を吐くと、布団を畳んで一階大広間に行く。

 室内を見てため息を一つ吐くと、

「なにしてんだ?」

 大広間では、ヘルメットを被り建築作業員のような服装をしたさとが【断固反対!】と書かれたタスキを肩から下げて、何かを抗議していた。その隣にはかぼちゃ、後ろには昨晩までは二◯人だった座敷童が三◯人に増えていた。文枝が滞在していると聞きつけて集まっているのは言うまでもなく、滞在期間中は続々と集まるだろう。

 翔が疑問にしてるのは人数が増えているという当たり前の事ではなく、何故か全員がタンコブを作り、青年八慶と杏奈にそれは違うあれは違うと言っている事なのだが……、

「龍馬。アレはなにしているんだ?」

 畳に座るジョンを背もたれにした龍馬に現状の説明を求める。

「座敷童に科学を理解させるために、まずは簡単な算数の勉強から教えようとしたんじゃが、一+一が二になるのが納得せんと抗議しとるぜよ」

「それはアレだな」

「正解した分だけ小豆飯を食わせろという方向に話を持って行こうとしとるだけぜよ」

「だろうな。井上さんが何も知らないと思ってここぞとばかりに小豆飯をたかろうとしてるだけだな」

 翔は抗議デモをする座敷童を正面にすると、

「足し算できないヤツは昼の小豆飯無し。一+一は?」

「二!」……座敷童は一斉に答える。

「一五+一五は?」

「三◯!」……座敷童は一斉に答える。

「井上さん。このとおりだ。こいつ等はばあさんの小豆飯を一杯でも多くたかろうとしているだけだ」

 翔が座敷童を見ると、一斉にチッと舌打ちする。そんな座敷童に杏奈は、

「それでは、おかわり一回できる問題です。一五×二は?」

「三◯!」……座敷童は一斉に答える。

「一四七三×七×一八は?」

「い、井上さん。それはさすがに……」

「一八五五九八!」……座敷童は一斉に答える。

「正解です」

「マジか!」

「それでは、引く、一は?」

「「「…………」」」……座敷童は一斉に黙る。

「引く一は?」

 杏奈は繰り返すが座敷童からの返答は無い。

 そんな状況に龍馬は、

「座敷童は増える御供物は数えて自慢するが、減る御供物は見なかった事にするぜよ。足し算はできても引き算はしない。ワシと八慶の言ったとおりじゃろ?」

「なんだ、井上さんは聞いてたのか」

「引き算をできない、のではなく、引き算をしない、なら……」

 黒縁眼鏡を右手中指で押し上げると、座敷童に向き直り、

「引き算をした方々はおかわり二杯です」

 座敷童は一斉に寝たフリをする。

「おかわり一◯杯」

 好条件を出すが……

「一◯◯杯」

 過剰な追加をするが、座敷童は誰一人答えない。杏奈は納得したように頷き、表情に安堵を浮かべると、携帯情報端末の画面をタッチし、

「八慶君。私の懸念は解消したから、座敷童デジタル化計画を進めよう」

「うむ。……」

 杏奈が向けた携帯情報端末の非実体を取り、一同に画面が見えるようにすると、

「携帯情報端末などの電子機器は人間側の電波が必要なため、御供物として出されても座敷童が使用する事はできない。その理由さえ考えた者は座敷童の中にはいないと思う」

「いち子は考えていたぞ」

 翔は話の腰をおるように言うと更に繋げる。

「電波さえワタキの手に入ればピザが好きな時に好きな分だけ……とか物騒なことを言ってた」

 あくまでも、いち子は自分が電話をできたらピザを食べられると思っただけかもしれない。ただ、携帯を使ってピザを注文したのを見て、自分も携帯を使えればと思っただけかもしれない。しかし、ピザを好きな時に好きなだけ、というのは世話役として物騒としか思えない発言だ。翔には、座敷童デジタル化計画という新しい試みに懸念しかない。

 座敷童デジタル化計画は座敷童管理省からの提案なため、御三家や翔の許可などいらないのだが、蔑ろにする事もできない。何故なら、座敷童側に問題が発生した場合、座敷童管理省だけでの解決は難しく、御三家の力が必要になるからだ。御三家の許可無く、勝手に座敷童デジタル化計画を進めて確執にでもなれば、座敷童管理省の先行きに不安しかない。

「その懸念は……」

「私から説明しよう」

 杏奈が説明しようとしたのを八慶が止める。

 八慶は座敷童管理省の立場と座敷童の立場を考えた結果で座敷童デジタル化計画に協力している。杏奈よりも翔という人間を理解しているため、この場にいる誰よりも交渉人としては最有力だろう。翔の懸念を順をおって解消していく。

「翔殿。ピザの宅配サービスなら、ピザ屋を縄張りにしてるノラ座敷童が東大寺に定期配達をしてくれている。もちろん人間側の金銭は必要ない。連絡手段さえあれば好きな時に好きな分を頼めるため携帯があれば便利だ」

「仏壇や祭壇にある物を拝借してるのは知ってるけど……なんだその事業化は。ピザは商品で御供物じゃないだろ」

「仏壇や祭壇の御供物は、大半が座敷童のためではなく神様仏様ご先祖様のためにある。味の方は、お供えした者や作り手の気持ちがあれば美味い物は美味い。そもそも今も昔も金銭の無い座敷童側では物々交換など日常茶飯事。ノラが増えたのも、減っていく御供物よりも至る所にあるファーストフード店やコンビニなどを縄張りにし、八童や常駐型や放浪型と物々交換をした方が効率良いからだ」

「逞しすぎんぞ。みすぼらしいノラのイメージが変わっちまったじゃねえか。座敷童管理省の活動がなくなるだろ」

「いや、移りゆく世情に順応できる根っからのノラなら今の時代は宝の山だが、常駐型や放浪型だった者は馴染む事が難しく、コンビニ、スーパー、デパートを縄張りにしても、そこに気持ちが無ければ、衣食住に不便してしまう。問題なのが、座敷童に対して与えられた気持ちからの御供物ではないため、オロチと闘う力にはならない」

 更に問題なのが……、と加えると、

「昔は殴り合いだった縄張り争いが、今では物々交換の交渉になり、平和になった分、ストイックさがなくなった」

「ノラは八童や家主のいる常駐型のニーズに応え、八童や家主のいる常駐型は闘えないノラの代わりにオロチと闘う事で持ちつ持たれつって感じだな」

「うむ。根っからのノラのように、オロチから目を逸らしている座敷童は、人間側でいうニートと変わらない。そのため、近畿のような武闘派地域では、毎月決まった日に家主達が開催する大会で気合いを入れ直し、年に一回の八童代行決定戦は全員強制参加で更に気合いを入れ直している。先ほど言った定期配送も、ノラや放浪型になった者達が八童や常駐型のおんぶに抱っこにならないように、家主が見つかるまでの間はオロチと闘わない代わりに、ピザやチキンやステーキなどの定期配送を役割としてやらしているだけ」

 座敷童一同に顔を向け、ため息を吐くと、呆れるように、だが、と加えて、

「ここにいる座敷童はヒドい。甘ったれている。そもそも元が放浪型の巴は地元意識が弱いのだ。まったく、自分一人でなんでもやろうとするから、回りがこんな軟弱者になってしまうのだ」

「義兄様の愚痴、はじまりましたぁ」

 巴に対しての愚痴にさとが言葉を挟めると、八慶は咳払いを一つして翔を見やる。

「座敷童管理省の活動は、御供物が減っている座敷童にしてみれば救いの手であり、八童から見れば助かる」

「だろうな。……それはそれとして、北海道の座敷童はいち子としずかだけだから携帯を使えてもピザは配達されないな。いち子だけ今までと変わらないと御立腹するぞ」

「うむ。ここにいる軟弱座敷童を北海道に……」


【絶対ヤダ!!!!】


 三◯人の座敷童が一斉に言い放つ。


「平泉の地下に迷路を作るぐらいだからな……苫小牧がどんな事になっているか未知だ。座敷童側にそんな悪戯……いや、トラップがあったんじゃ、八童ぐらい気合いが入ってないと安心して暮らせないな」

「良くも悪くも、いち子が全国の座敷童に秩序をもたらしているため、八童や常駐型には助かっている。そこで、私が東北の八童に就任した際は放浪型やノラに一つの役割を作ろうと思う。おそらく、他の八童も賛同するだろう」

「それに携帯が必要なのか?」

「うむ」

「まずは携帯が使えないとならないな」

「うむ。それでは説明に入らしてもらう。まず念頭に置いてもらいたいのは、人間側にある物質は座敷童側にもある、という事実。しかし、電波は座敷童側には無い。何故、電波が無いのか? と考えた結果、電波は見えないし触れないからだということに至った」

 それなら、と加え、

「御供物ではないが、電波を作る機械を我々座敷童が触れて、電波ごと拝借すれば? 結果はこのように……」

 携帯情報端末の画面に指を置き、何度かタッチするとピピピピとどこからか着信音が鳴る。一同が着信音の鳴る方向へ視線を向けると、龍馬が懐から携帯情報端末を出し、画面をタッチする。

「ワシじゃ」『ワシじゃ』

 龍馬が喋ると八慶の携帯情報端末のスピーカーから龍馬の声が流れる。

「マジでか⁉︎」……翔は驚愕する。

「翔殿。昨晩、杏奈殿から座敷童デジタル化計画を提案され、半信半疑になりながらも龍馬と共に近くの無線基地局という大型アンテナつきの無線通信装置を拝借したら……電話やメールができてしまった」

「座敷童の世界に……電波革命が起きた!」

「しかし、無線通信装置を拝借しても、サイトを運営する知識がないと人間側と同じようには使えない。このとおり……」

 画面に右手人差し指を付けて【Yoboo】にタッチするも画面に変化はない、

「サイトは使えない。だが、通話とメールだけでも、家主候補や御供物のある家の情報交換が簡潔化される」

「でも、通信装置さえ拝借しとけば後はサイトを開設すれば座敷童もネットが使えるって事だろ? 人間側にある細かな問題はこの際度外視するけど、電波を扱えるようになるって事は、悪戯好きな座敷童がハッキングに目覚める恐れがある。人間側でさえ手に負えないのに……」

「ハッキングやサイト運営は引き算をしない座敷童ができる芸当ではないぜよ」

 龍馬は会話に割り込むと、携帯情報端末を指先でクルクルと回しながら、

「昨晩、杏奈ぁの出す懸念に対してワシと八慶が検証したんじゃが、どれも座敷童の懸念材料にはならんかった。それでも杏奈ぁは疑うから、試しに座敷童の中で二番目にどぎつい悪戯をする者に携帯を持たせたんじゃ」

「おい。そのどぎつい悪戯をする者がドス黒いオーラ的な何かを出しながら不敵な笑みになってるぞ」

 翔の視線の先、厨房と廊下を分ける台の上で「くっくっく」と不気味に笑うしずかが、携帯情報端末の画面に指先を付けて、何かをしていた。

「ここからは私が説明させていただきます」

 杏奈は一同の視線を集めると、自分の持つ携帯情報端末の画面に表示される【Yaboo】ボタンをタッチする。画面はホームページへと変わり、

「先ほど八慶君がYobooを押しましたが、人間側ではありえない事がありました」

「ありえない事?」

「無反応です。人間側では、ホームページに入るか、サイトに接続できませんと表示されます」

「……、電波は使えるけど、その電波に乗せるサイトは使えないって事だろ」

「はい。通話やメールは端末から基地局を経由して端末に届きますが、サイトは端末から基地局を経由して運営会社に届きます。そのため、座敷童がサイトをやりたい場合はサイトを運営するための会社、パソコンの容量で補えるサイトでも知識と技能が必要になります。運営会社を丸ごと拝借しても、使い続けるためにはバグは付き物なため、管理する知識や技術が必要な以上は懸念する必要はありません。通話やメールに関しての不具合……これは座敷童側の懸念になりますが、故障時やメンテナンス時に機械を拝借し直せばいいだけです。松田さんが懸念しているハッキングやネット犯罪になりますが、座敷童が足し算しかしない以上はプログラムの作成は厳しいでしょう。そもそもサイトを含めたネット犯罪に繋がるプログラムを作ったところで、人間側には通貨があるから実益になりますが、座敷童の場合は人間からの御供物が実益なので手短な物々交換の方が実益に繋がります。作成自体しません」

「そんなの人間が代わりに作って御供えした後、座敷童に変わって管理すればいんじゃないの?」

「心無い人間に対して警戒しているようですが、先日梅田さんがお土産を持ってきたのに八慶君以外は受け取りませんでした。八十八ヶ所巡礼で心を清めたはずの梅田さんが浄化されていないという事になりますが、八慶君ぐらい気を使う座敷童でなければ、梅田さんレベルの悪人からは御供物を受け取らないと実証されてます。もちろん、ノラも例外ではありません」

「達也は筋金入りだから八慶ぐらい気を使う座敷童でないと受け取らないし、根っからのノラでも心無い人間からの御供物は受け取らない。この二点は俺も理解してる。だからこそ、管理の面に不安があるな」

「管理の面……ですか。人間側の携帯情報端末を座敷童が触れても操作ができないように……」

 八慶の持つ携帯情報端末の画面に表示されている通話ボタンをタッチするが……

「このとおり、座敷童側の携帯情報端末に人間が触れても操作はできません」

「それなら、しずかは何をやってんの?」

「サイトができないだけで、端末自体にある機能なら座敷童にも使えます。その一つがカメラになり、龍馬さんや八慶君を撮影し修正して遊んでます。先ほど、松田さんの寝顔を撮影していたので、今は松田さんの顔を修正していると思います」

「俺の寝顔? ……座敷童側の携帯に人間が写るの?」

「はい、大発見です! アーサーさんの座敷童研究に【座敷童とは、人間と同じ次元に生きる生命体であり、その場に存在しているが認識され難い存在である】とあります。この研究はアーサーさんが座敷童はいる、と信じていたから書ける文章です。ですが、実際に座敷童が存在し、座敷童が見える側と見えない側の人間がいる事実を知った今、この研究は【人間側が認識していないだけで座敷童は人間を認識している】と付け加えられます。その観点から、人間側の端末は座敷童を認識してないから写らないだけで、座敷童側は人間を認識しているから写る、となります。しかし……人間を認識してるはずの座敷童側の端末に、人間が触れても機能しないというズレが生じるのは、違和感以上に疑問しかありません。ですが、そういうモノなのだ、と今は納得するしかありません。この点に関しては懸念材料とは関係ありませんが、私個人で調べていこうと思ってます」

 この点だけをまとめると、と言いながら黒縁眼鏡を右手人差し指で押し上げ、

「人間から見れば座敷童側の事象は非実体なのでカメラなどで撮影する事は不可能ですが、座敷童から見れば人間側の事象さえ実体となりますのでカメラやデジタルカメラで人間を撮影できます。この事実から、端末に内蔵された技術での通信装置トランシーバーなどの端末、携帯型ゲーム機、有線機器は座敷童も使用可能という結果になりました。現在の座敷童側の携帯情報端末は、カメラやメール機能がある前世代の携帯端末みたいな感じですね」

「ガラケー……いや、ピッチみたいな感じか。なるほど、……」

 でも、と繋げようとしたが。

「松田さん、小夜さん、次代松田家と竹田家当主として座敷童管理省での座敷童デジタル化計画の許可を、次代御三家として許可してください」

「い、いや……許可って……」

 杏奈の無理矢理押し込むようなプレゼン(?)に、繋げようとした言葉を内に秘め、小夜を探す。厨房に視線をやると、遮る台の先で小夜の頭が文枝の背後に隠れたのが見えた。翔は杏奈が次代御三家の事情を知らないから小夜にまで許可を求めたと思い、

「井上さん。小夜はさ、事情があって……」

「私は次代竹田家を小夜さんだと決めてます」

「!」……小夜は文枝の着物の袖をギュッと掴む。

「決めてます、て言われても……」

「私が決めることではありませんから無責任な発言に聞こえるかもしれませんね。ですが、小夜さんが今までの御三家として相応しくなくても、新しい時代、デジタル化した座敷童の世界、これから松田さんや梅田さんや小夜さんが作っていく次代の御三家に小夜さんが相応しければ、次代竹田家当主です。松田さん?」

「………はい」

 これはゴリ押ししてくるな、と思いながら杏奈の言葉を待つ。

「梅田さんはあのとおり表面的な部分しか見えないお気楽な方です。言葉を変えると、人の裏が見えなく、聡明な父親とは正反対のろくでなしな一面が濃いかもしれません。小夜さんは過去の経験から……いえ、過去の経験からではありませんね。小夜さんは最初から古い考えの御三家には合わなかっただけです」

 黒縁眼鏡を右手人差し指で押し上げながら見下すような視線を翔に向け、

「松田さん。その天パは見た目だけですか?」

「! …………、」

 見たままです。と言いそうになるのを堪え、やっぱりゴリ押ししにきたかと思う。

「昨晩、龍馬さんから、小夜さんが今のままでは次代松田家当主と竹田家当主を松田さんが兼任する事になるのではないか……と聞きました。が、いち子ちゃんの家主になった時に竹田家当主までできるほど、いち子ちゃんのお世話は楽なのですか? 相手の発言にいちいち腹を立てる松田さんが、数多くの、東北の座敷童をお世話する竹田家当主を兼任できるのですか? 小夜さんは、昨日の朝食の時、勘違いとはいえ私と松田さんを隣に座らせました。座敷童管理省と竹田家の政治的な話に座敷童が決める事だと言いました。周りへの気づかい、東北の座敷童を優先した考えこそ、竹田家ではないのですか? 私から見たら松田さんの方が小夜さんに兼任してもらった方がいいと思います。返答を簡潔にお願いします」

「簡潔に言うと……」

 杏奈の好戦的な発言に翔が熱くなる事はない。コレは杏奈の目的あるゴリ押し発言だとわかっているからだ。しかし、ミスがある。

(やっぱり井上さんには協調性が足りない……この詰めの甘さは、今後座敷童管理省として御三家当主と関わっていくには致命的だ。気は進まないが……)

 御三家の決定とは、杏奈が否定できる程度の表面的なモノではないのだ。従って、杏奈を松田家として論破し、良い経験にしてもらう事にする。

「デジタル化は却下。そして、小夜の事に座敷童管理省の気づかいは必要ない」

「! ……、何故ですか?」

 杏奈は、自分が小夜の過去を知った事を言葉に含ませたら、いつもどおり翔がそれを理解して手を取り合ってくれると思っていた。次代松田家として協力してほしいと考えていた。言葉はキツくしたけど翔なら理解してくれると思っていたのだ。しかし、翔からの返答は否定だった。そして、その答えは小夜に知られたくない座敷童管理省の都合と、御三家の実体だった。

「小夜の過去を聞いて同情し、座敷童管理省として次代竹田家、いや、小夜に貸しを作りたいという感じだな。この時点で、考えが甘すぎる井上さんに次代松田家当主として言えるのは、小夜は座敷童管理省に言われなくても竹田家当主になるから余計なお世話だ、かな」

「……、余計なお世話は重々承知ですが、数多くの座敷童をお世話する竹田家に今回のような不安が残ります。座敷童管理省はその不安の一部でも……」

「そのための松田家であり梅田家だ」

 杏奈の続く言葉を止めると、更に、

「俺もつい最近まで確執があったから梅田家を外すと簡単に考えていた。でも、松田家当主は『これで一先ずは梅田家も大丈夫』だとあっさり掌を返した。御三家は座敷童の事では確執があっても一つになるんだ。梅田家を御三家から外そうとしたのも、今の時代では梅田家の活動に限界があり、パンク寸前だったからだ。それを達也の親父さんが理解していないわけがない。そのため、梅田家最後の悪足掻きとして座敷童管理省を作ったんだ」

 厄介なのは、と加え、

「松田家の判断は違ったんだ。梅田家は座敷童から一旦距離を置いて、達也の教育や時代に合わした座敷童側への干渉、その『地固め』をする必要があると判断した。その地固めに御三家という立場が邪魔だから、梅田家は御三家から去るのが良案だと考えたんだ」

「…………ですが松田家当主は梅田家当主を本気で嫌ってました」

「確かに松田家当主と梅田家当主は犬猿の仲だ。いや、松田家当主が一方的に嫌ってるだけだ。でも、座敷童の事になると別だ。今回の事を結果オーライにするなら、達也は功労賞かもしれない。でも……」

 あくまでも松田家として助言していると思い、表情を厳しくしながら、

「もし金鶏山全体に脱皮した皮が融合していたら? もし巴一人で穴に入ったら? もし巴が出てこれなかったら? さとが外にいたから結果オーライだけど、達也は巴がいなくなった後のリスクを考えていなかった」

「それは万が一の……」

「その万が一で巴が死んだ場合、達也の発言が原因だから仲間意識の強い座敷童は梅田家を怨む。井上さん……座敷童の世界に足を踏み入れるという事は、御利益を与える座敷童から不幸も与えられる事を忘れてはいけない。たまたま空洞だったから良かったけど、もし金鶏山全体に脱皮した皮が融合していたら、ばあさんが巴にいち子を付けて加納さんが小豆飯おにぎりを渡していなかったら、巴は死んでたよ」

「…………」

「好き嫌いで学校や会社に行かなくていいという理由が個人や家族間では許されても、社会では言い訳にもならない。個人ではなく集団というのは座敷童の世界でも一緒なんだ。梅田家は人間や座敷童問わず、その集団と足並みを揃えて適切な対処をしないとならない。なのに達也はオロチの封印に穴を空ける事しか考えていなかった……」

「…………」

「厳しく聞こえるかもしれないけど、井上さんの小夜を思う発言や、現状や結果から分析した考えは、御三家の表面しか知らないから言える言葉なんだ。もちろん、俺も達也も小夜も御三家として未熟だ。だからと言って、現当主等が完璧かと言ったらそれも違う」

「どういうことですか?」

「失敗は誰にでもある。でも、その失敗から何を得るかが大事なんだ。当たり前の事に聞こえるかもしれないけど、御三家は座敷童と出会ってから積み上げてきた失敗を書き記し、後世に残さないように幼少期から学んでいる。座敷童が御供物や拝借したモノの物々交換をしてるというのは初耳だったし、さすがに逞しすぎると思ったけど、欲しい物を等価値の物と交換するのは当たり前だ。俺もガキの頃は良くやったし……まだまだ俺も勉強不足だなってこの件に関したら笑いながら言える。でも、それは座敷童の中でできた物々交換という文化だから軽口で言えるだけだ」

 それを踏まえて、と繋げると、

「座敷童管理省として、どうやってデジタル化を管理するのかな? 平泉の地下に迷路というわけのわからない悪戯をする座敷童はいち子ぐらいだけど、人間が触っても機能しない機器を座敷童に持して何かあった場合、どうやって制御するの?」

「デジタル化は、知能と技術がないと悪戯はできない、と八慶君と龍馬さんが言ってました」

「飛行機と並走できるしずかと飛行機を墜落しそうになったいち子を見たよね。そして昨晩、巴が感覚でメルトダウンを遅らせた、と井上さんは予想していたけど?」

「!」

「混沌、て言ったらいいのかな。まだまだ井上さんには知らない座敷童がいっぱいいるよ。そんな混沌な世界で、デジタル化は誰が管理できるの?」

「わ、私が……」

「人間は座敷童の端末に触っても機能しないよ」

「妾しかいないようじゃな」

 両腕を組んで偉そうにしたさとがうんうんと頷きながら翔の前へと歩を進める。

「バカ嫁は黙っていろ」

「白髪鬼は女子(おなご)に冷たいのぉ。ツンデレの義兄様(あにさま)みたいじゃ」

「八慶のデレは見たいが、今は黙っていろ」

「そうはいかん。義兄様のデレはともギャッ!」

 ゴンッとさとの頭をゲンコツするのは八慶。翔へと向き直り、

「……ごほん。翔殿、座敷童管理省がオロチの眠る封印箇所を毎日見てくれるだけでも八童は助かる。デジタル化すれば放浪型やノラへオロチに備えた役割も与えられる。それに、気楽に連絡を取り合える端末があれば、孤立する座敷童を減らすこともできるし、喧嘩別れし縄張りから漏れた座敷童も呼び戻す事もできる。私は座敷童としてデジタル化に賛成し、杏奈殿含めた座敷童管理省と足並みを揃えていきたい」

「ワシも元人間として賛成じゃ」

 八慶と龍馬の後押しに、さととかぼちゃを筆頭に座敷童三◯人が杏奈の味方になる。心強い座敷童の声に嬉しくなる杏奈や特務員だが……

 翔はため息をひとつ吐くと(八慶と龍馬以外は内容を理解しないで俺の言うことだから反対しているだけだな)と心の中で呆れる。従って、八慶と龍馬に提案を含めた否定を返す。

「人間に直接的な管理ができないなら、座敷童側に管理できるヤツがいないと次代松田家として了承できない」

「義兄様。白髪鬼は妾がいるのを忘れておるようじゃ」

「さとのように誤作動してる座敷童には管理は任せられん」

「ぷぷぷ。さとと誤作動をかけているのかえ? ゴさとウ。ぷぷぷ。義兄様もなかなかやりおりますなあ」

 作業服の懐からタンザクと筆を取り出し、天井を見て考える素振りを見せる。間も無く、ふっと真剣な顔つきになり、タンザクに筆を走らせる。

口合(くちあ)いの、義兄様(あにさま)からの、口合(くちあい)に、愛想笑いも、義妹(ぎまい)のつとめ」

「雑な短歌じゃな」

「モジャモジャ。口合いを仲介とかけ、口合を洒落とかけた奥の深さ。そして義兄(ぎけい)を立てなければならない義妹の苦労。長歌にしても語りきれぬ誤作動した義兄様の洒落に笑わなければならない妾の苦労は、お主にはわからぬ」

 タンザクを龍馬のモジャモジャ頭に刺し、八慶の方へと向き直ると、

「義兄様の洒落は五点じゃビャ!」

 ビシッ! とさとの顔面に八慶の右手刀、チョップが入る。

 八慶は脱線した話を戻す。

「翔殿。デジタル化を利用する人間が現れた時を心配しているのなら誤解がある。たとえ小豆飯が目の前にあっても、私欲を満たすような人間の言葉や気持ちに惑わされる事はない。管理は必要ないと思うが……」

「いち子は小豆飯一杯で惑わされる」

「ふっ……」

 微笑したさとは、八慶が目を開いた時のようにキリッとした表情を作ると、

「妾は砂金一粒で全ての座敷童を敵に回せる」

「だまれ」

 八慶はキリッとしたさとの頭頂部をガシッと鷲掴みする。その足元では、キリッとした表情を作ったかぼちゃが八慶を見上げ、

「わらっちはかぼちゃの味噌汁でとも……」

「…………、」

 八慶はかぼちゃの頭頂部をガシッと鷲掴みすると、

「翔殿。まともに管理する者がそんなに必要か?」

「必要だな。できればオロチ対策に動く八童以外だ。放浪型やノラではダメだ。何故なら、人間側の技術を使うからには人間の目が必要だからだ。座敷童管理省が提供するなら、座敷童管理省の近くにいる常駐型。鱗も使える能力持ちが理想だな。問題があった時に、八童問わずガッツリと叱れるぐらいの堅物なら即日採用だ」

 翔の出す注文に八慶は悩み、さととかぼちゃの頭を掴みながら両腕を組んで考える素振りを見せると、

「そんな者はいないと思うが……龍馬、翔殿が言うような堅物に心当たりはあるか?」

「あるぜよ。思い浮かばない方がおかしいぜよ」

「そんな者が座敷童に…………乙女か?」

「姉上はアナログぜよ」

「義兄様のツン、いただきまし……あっ」

 さとは一点を見て額から一滴の汗を流し。

「ツンオジ、とも……ぎゃあぁぁぁぁあぁぁぁ」

 かぼちゃは言葉を止めると、さとが見てる一点を見て絶叫する。

 バチィン! 突如、さととかぼちゃに黒い電撃が襲う。二人の頭を鷲掴みしている八慶にはピリッとする程度だが、さととかぼちゃは絶叫を挙げ、続け様にくる黒い電撃に絶叫が悲鳴に変わる。

 一同が廊下へと視線を向けると、右手にある白色の和傘の先から黒い雷撃を放っている巴がいた。肩には神使白黒が乗っている。

「翔。いち子が腹を空かしている」

 左手にあるのはオロチの鱗が入っていた袋だが、今は真っ赤になったいち子が頭だけを出して項垂れていた。袋ごといち子を翔に向けると、無表情を八慶に向ける。

「管理する者が必要なら見つかるまでは私がする。……」

 視線を流し、杏奈で止めると、

「たとえ御三家や座敷童に有益であっても、提案者である座敷童管理省が管理する者を決めないまま御三家に提案しても、愚か者の戯言としか受け取らない」

「……、管理の必要性が無いと思い込んでいました……」

 先ほど翔にキツく言われた事もあり、自分の考えの甘さから恥じたように、うつむく。

「それが愚か者の戯言なのだ」

「……はい。座敷童管理省からの提案なのに管理をおろそかにしてました」

「私が無条件で座敷童管理省に協力する事で、翔への貸し分は清算だ。いいな?」

 翔を見やる。

「安い返済だな」

「人間の短い一生なら安い返済だが、私は死ぬまで座敷童デジタル化計画を通して座敷童管理省を見ていく事になるのだ。安いと思うなら別の人材を探せ」

「! ……座敷童管理省は得したな」

 敵にしたら脅威でしかない巴に対しては、貸し一が精算されてからが交渉になるため「安い返済だな」とふっかけた。何故なら、管理ができるということは座敷童デジタル化計画が竹田家に不利益になった時に掌を返される恐れがあるからだ。もちろん管理する期間も、翔は自分の寿命が尽きるまで伸ばせれば上々と考えていたのだが、巴からの返答は「私は死ぬまでーー」という予想外の好条件。座敷童デジタル化計画に関してだけになるが、驚異でしかない巴が味方になった事を意味する。

 どちらにしても座敷童管理省が得をし、貸し一を精算された翔には得のない結果になったのだが「座敷童管理省は得したな」という発言は、個人的には損したと言ってるのと同じになるため、翔の松田家らしいずうずうしさが表れていると言える。

 普段の巴なら翔に対して雷を落とすところだが、肩に乗った神使白黒が微妙に嘴を動かす。

(眠れない小夜の相手を眠るまで翔がしていた……か。私に貸しを作るためか……いや、違うな。……仕方ないな)

 神使白黒からの情報に巴はため息を吐く。

 翔は巴に貸しを作ろうとして小夜の相手をしていたのではなく、昼間に寝ていたから目が冴えていただけである。敢えて実績をあげるなら、リンゴを腹一杯食べさせたぐらいだ。しかし、眠れない小夜の世話をしたという事実がある以上、義理堅い巴は翔の肩を持つ。

「あくまでも、私は翔からの貸し一で座敷童デジタル化計画に関しては協力関係になった。箱入り娘、座敷童管理省は翔に貸しを作った事になる。大臣に伝えておけ」

「はい。巴さんから見れば、デジタル化計画の管理をしても損しかありませんから……松田さんに、また貸しを作ってしまいました」

 ズズゥゥンと効果音が聞こえそうな程にうつむき、力なく畳に座り込んだ。

「…………、」

 巴が思っていたよりも杏奈は深く落ち込んでしまったため、原因の一部を作った翔をチラッと見る、が動揺しながら視線を逸らされる。情けない男だ、と思いながらため息を吐くと、

「箱入り娘。糞虫に対して一◯◯や二◯◯の貸しを作ったとしても、理不尽な要求はしてこない」

「おい。話の流れから、その糞虫は俺という事になるぞ?」

「…………、」

 無表情のまま翔を見ると、何か聞こえたような気がしたなといった感じでスッと視線を逸らし、杏奈に視線を戻す。

「未熟な内は竹田家当主や梅田家当主、特に松田家当主には貸しを作るな。今の私にできることなら貸借りなしに対処してやる……これは昨晩、小夜を安心さしてくれた分の礼だ」

「巴ちゃんのデレ、いただきましたぁ」

「デレとも、ツンオジがヤキモ……」


 バチィン!


「兄者ぁぁぁぁぁぁぁぁ! さと救出だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……」


 巴が放つ黒い雷撃と同時に大声と廊下を走る音が続く。声音の主は八太。大広間へと駆け込むと……

「んっ?」

 八太の視線の先では、ヘルメットを被ったさとが右拳を前に「しゅわっち」とか言いながら地球の平和を守るウルトラ特撮ヒーローの真似をして飛んできた。

「遮那王、鬼が増えるのは反則じゃ!」

 八慶が鷲掴みしていたさとを投げたのは言うまでもない。念のため、さとが逃げないようにかぼちゃは投げなかったようだ。

「さ、さと⁉︎」

 さとの右拳を顔面に受けながら、全身でさとを受け止める。背中に背負っていた布袋が厨房と廊下を分ける台に当たり、中に入っていた青の鱗が二人を包み込むように飛び散る。

「八太ぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 遅れて達也の大声が玄関から届く。

 フルフェイスのヘルメットにライダースーツを着た達也は下半身をフラつかせ、何もない所で躓き、バタンと盛大に転ぶ。立ち上がろうとするが、両手は小刻みに震え、力なく両腕の関節がカクンと曲がり、フルフェイスが床に当たる。

 達也の服装から予想できるのは、奈良県東大寺から岩手県平泉までバイクを運転してきたのだろう。バイクに関しては、東大寺から徒歩で四国八十八ヶ所巡礼に向かったため、バイク屋に預けていたというのはわかる。だが、昨日の夕方に岩手県平泉から奈良県東大寺に向かい、今日の昼前に戻ってくるという事は、時間的に休憩無しの走破。

 自殺行為にも取れる浅はかな行動に龍馬は、

「この男はどこまで浅はかなんじゃ!」

 達也の頭、フルフェイスをガツンと殴りつけ、

「座敷童のために人間が死んでしまったら、座敷童は死ぬまでその死を悔やまないとならんのじゃ! 考えて行動せい!」

 龍馬の説教が続く中、翔は空腹と闘ういち子を抱きながら厨房に行く。

 冷蔵庫の中から桐の箱を出し、アルミホイルに包まれた小豆飯おにぎりを取ると、

「いち子」

「むっ!」

 翔の掌にある小豆飯おにぎりを見ると、非実体の小豆飯おにぎりを取り、むさぼるように食べる。

「楽しかったか?」

「モグモグ、うむ、モグモグ。巴が迷路を迷宮にしてくれたんじゃ」

「そうか、良かったな。食ったら風呂に入るぞ」

「うむ。モグモグ」

「……、んっ。そういえばアーサーがいないな」

 厨房と大広間を見渡し、落ち込んでいる杏奈で視線を止めると、

「井上さん。アーサーは?」

「病院に行きました」

「病院?」


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