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座敷童のいち子  作者: 有知春秋
【東北編•平泉に流れふ涙】
54/105

3

 松田翔がいる時は一人称、いない時は三人称にしていましたが、この話から三人称で統一します。

 よろしくお願いします。

 深夜。昼間に寝ていた松田翔は目が冴えている事もあり、今夜二度目の風呂に入り、今は白髪頭にタオルを乗せて厨房へと向かっていた。

 二度目というのは露天風呂に入った後、晩食の最中に「松田さんはお風呂があるのに何故裏庭の池に入るのですか?」と杏奈に言われ、女風呂だと思っていた赤い暖簾の先には男女に分かれた浴場があるのを知ったからなのだが。

 そもそもの原因を作った廊下側にある赤色の暖簾は『座敷童は赤くなる』というわけのわからない理由からアーサーが選んだのだ。

 人間が、特に男性が赤色の暖簾に【ゆ】と書いてあるのを見たら、たとえ男風呂が先にあったとしても、あらぬ疑いをかけられないために警戒したり、女風呂だと勘違いしたり、近寄ろうともしないだろう。アーサーの配慮が足りなかったとしか言いようがない。

 翔と八太が勘違いしたところから始まった露天風呂騒動だったが、アーサーの座敷童を優先した考えから生まれた騒動と言ってもよく、今後は白色の暖簾に【ゆ】にする事に決定した。

 ちなみに、裏庭の池は露天風呂としては使っていなかったのだが、湧き水なのは事実であり、文枝が「今はわからんが前に調べた時は効能のある冷泉だった」と過去に調べた経緯を話てからは、男女どちらの浴場に併設するか思案する事になった。

 話を戻し、翔は風呂上がりの水分補給のため厨房にある冷蔵庫を開けて「いち子と一緒にいないのはいつ振りだろうな」と思いにふけながら「そういえば無いな」と思い返し、蒸し暑さをすっきりさせるための飲み物と小腹に優しく貯まる食べ物を探す。

「冷蔵庫漁りなんていち子がいたら大騒ぎになるな。いつも注意してる分、なんか悪い事をしてる気持ちに……」

「翔」

「んっ?」

 翔が振り向いた先にはゴスロリパジャマを着た小夜がいた。額には湿布を貼り、枕を抱いている。

「巴がいなくて眠れないのか?」

 コクッと頷く小夜を見て、

「ちょっと待ってろよ。小夜も巴がいたらこんな時間に冷蔵庫を漁れないだろ? 今、何か食う物を……つか、巴がいないのはアレ以来か?」

「んだ」

「んだ。は肯定だな。俺はいち子がいないのは初めてだ。まぁ、当たり前だな。いち子がいない日はオロチが七首になった日なんだから……んっ?」

 冷蔵庫の奥にある缶を見つけると、

「おっ。酒があるぞ! 隠れて飲むか?」

 風呂上がりに加納が飲んでいたビールを見つける。二本取り出し、一本を小夜に向ける。

「未成年は甘酒までだぞ」

「堅いこと言うなよ」

 厨房に入ってきた加納に止められ、

「加納さんも寝れないの?」

「巴が穴に入ったのは達也の浅知恵が原因だ、と龍馬さんが長々と話しているから機嫌取りに酒を取りにきたんだ」

「事後に聞いた話だし、その場にいなかった俺が言える立場じゃないけど、たしかに梅田家の発言としては浅はかだったな。巴の性格、座敷童一人一人の性格をわかっていれば、あの方法はオロチを毛越寺に封印した後に言うべきだった」

 加納にビールの缶を渡すと、冷蔵室の中からお茶の入ったボトルを取り、洗い場にあるコップを小夜に渡す。お茶を注ぎながら、

「そういえば、いち子と巴が穴に飛び込む前に、加納さんが小豆飯おにぎりを持したって聞いたよ。ありがとう、助かったよ」

「神童いち子なら小豆飯があればなんでもできると思っていたんだ。本当は止めるべきだった……翔君、小夜ちゃん、申し訳ない」

 加納は深く頭を下げる。

「加納さん。巴は止めても穴に入っていたよ。それにオロチが蘇るまで間もない中で、巴の性格を知るばあさんはいち子を巴に付け、達也は可能性の一つとして方法を提案し、加納さんは万が一を考えて小豆飯を渡した。誰かが陣頭指揮をとったわけでもない状態で、さとが穴の中にいると思っていた状況では良策だよ」

 それに、と加えながら冷蔵庫からメロンと生ハムを出し、調理台に行ってメロンを切り分けながら、

「いち子や巴が世話役と一緒にいないのは、座敷童の事情を優先した時だ。小夜もそれをわかってる。小夜、そうだろ?」

 種を取り出したメロンを横にある皿に乗せ、生ハムをそえて小夜に渡す。

「んだ。巴がいねえがら地震が止まんねえんだ。んだども、巴サ東北にいるがらでっけえ地震はこね。大丈夫だ」

 皿を調理台に置くと、勝手知ったるというように茶箪笥の引き出しを開け、フォークを一◯本以上両手で掴み取り、調理台にジャラジャラと置くとフォークを一本取って生ハムメロンを食べ始める。

「何言ってるかわからないけど、どうええじょぶだ、は大丈夫って事か?」

「モグモグ、んだ」

「…………」

「加納さん。俺の経験では小夜の、んだ、は肯定だから加納さんに責任ないのはわかっているよ」

 それに、と加え。調理台に備わる棚から大皿を取り、実を細かく切り分けたメロンを大皿に乗せて生ハムをそえていくと

「加納さんが言うとおり小豆飯があればいち子はなんでもできる。穴から出てこないのは座敷童の事情ってよりも、久々に巴と遊んでいると考えた方がいい。コレは龍馬と加納さん達の分」

 手にある水気を拭き取り、調理台の横にある台に積み上げている御膳台を取り、大皿とフォークを乗せて加納に向ける。

 加納はビールの缶を御膳台の隅に乗せてそのまま御膳台を受け取る。

「すまない。ありがとう。……」

 いち子と巴を心配する表情は変わらなく、お礼だけ言葉にする。

 そんな加納の横では、慌てるようにメロンを咀嚼し、ゴクンと飲み込んだ小夜が、

「いづ子ど遊んでんのが⁉︎」

 言いながら食い入るように身を乗り出す。

「小豆飯問わず食べ物さえあればいち子は出てこれる。いや、腹が減った方が御立腹してすぐに出てくるな」

 まぁこの辺はいいか、と言うと、巴がいなくて寂しい小夜と自分の責任だと思い込む加納に、

「巴は余った黒の鱗を持って行ったんだろ? 土に融合した皮だろうが『金鶏山の中がわかった今なら同じ方法でいつでも出てこれる』。脱皮した皮が金鶏山全体に融合していると勘違いしていた今までとは違うという事だ。それに、達也の地質調査やくり抜いた土からわかった事は他にもある」

「わかったこと?」

「物体には必ずある体積です」

 厨房にパジャマを着た杏奈が携帯情報端末を片手に現れると、

「仮定の話になりますので正確な数字は出しませんが、標高約九八メートルの金鶏山を覆うためには、脱皮した皮が数キロメートルはなければなりません。当時の地面から一◯メートル下に空洞があるという事なので、金鶏山全体に一◯メートルも融合していたとしたら、脱皮した皮の体積は凡そ金鶏山の一◯分の一程度。そんな体積になるまでオロチが成長するかは不明ですが、巴さんを筆頭に数キロメートルまでオロチを成長させるとは思えません」

 おそらく、と黒縁眼鏡を右手中指で押し上げ、

「頂上付近に脱皮した皮が集中した事により、一◯メートルという融合した土を生んだだけで、その下はただの空洞。もしも、頂上付近に集中した皮が金鶏山麓まで覆うという事があれば、オロチの長さは数キロメートルになり、体積は金鶏山の一◯分の一という事になりますので、巴さんがいる以上は、有り得ない、と私は思えます」

 杏奈はチラッと御膳台にある生ハムメロンを見る。

 翔は皿に乗ったメロンに生ハムをそえて杏奈に向けると、

「脱皮した皮の体積が金鶏山の体積と同じじゃないかぎり、融合したところで空洞は生まれる、という事だな」

 生ハムメロンを遠慮している雰囲気を出している杏奈の前、調理台に皿を置いて冷蔵庫漁りを再開しながら、

「金鶏山の中に入って確認しないと立証はできないけど、体積分しか融合できないという予測は、黒の鱗を空洞まで流し込んでくり抜けた時点でほぼ立証されたもんだ。加納さん、融合した土の下は空洞だった? 言葉を変えれば、巴といち子はそのまま落ちて行った?」

 リンゴを三玉取り出して調理台に行くと、メロンを切り分けた包丁を水洗いしてリンゴに刃を入れていく。

「そういえば……すぐに穴の中に入ると思ったら巴が穴を見て『いつの時代も箱入り娘は周りを見ない』と言ってた。参謀の事を言ってると思っていたけど、改めて考えると状況から参謀の事を言うわけがない。もしもさとの事だとしたら……」

「加納さんが私の事だと思ったのは兎も角」

 加納を見ながら黒縁眼鏡を右手中指で押し上げると、

「巴さんを含めた座敷童が、脱皮した皮が金鶏山全体と融合してしまったと勘違いするのは当たり前です。薙刀に小さな鱗を融合しただけで、鱗の体積とは比例しない威力や疲労があるのですから」

 私の予想ですが、と疑問符を浮かべながら翔の手元を見ている小夜へと視線を向け、

「何故、巴さんがこんな凡ミスをしたのかを考えました。一つは、今も言ったとおり他の座敷童と同じく脱皮した皮との融合は金鶏山全体に影響を与えると思っていた。二つ、私は有り得ないと思っていますが、脱皮した皮は金鶏山全体を覆っていた。三つ、巴さんは理数系が苦手、メルトダウンも感覚で遅らせた」

「んだ。巴サ数学ど理科のデストサ教えてくれねえんだ」

「んっ? デスト? テストって言ったか? 小夜、まさか自分のテストを巴に教えてもらっているのか?」

「わだっきゃ学校一だったでがんす!」

 これ見よがしに右手人差し指を立てて一番をアピールする。

「今のは何言ってるかわかったぞ! まったく……どんだけ巴に甘えてんだ」

 呆れながら、生ハムメロンを食べ終えた小夜の皿に、一玉のリンゴで作った立体的なカラス、デフォルメされた神使白黒を置く。

 杏奈は小夜のカンニング(?)よりも翔の包丁捌きが気になり、次のリンゴは何になるのだろう……と思いながら、

「理数系の答えを教えないという事は、理数系が苦手というのが濃厚になりました」

 しかしながら……、と加え、

「穴の中に入らないと予測の範囲でしかありません。巴さんといち子ちゃんが帰ってきた時に聞けばいいだけですけどね。東大寺の時や今回の事も含め、今後のためにも科学を理解する必要がある、と座敷童側もわかったはずです。ソレ、私にください」

 翔が一玉のリンゴで作った立体的な土佐犬、デフォルメされた雲龍型のしめ縄を巻いた神使ジョンに指を差す。

「翔、オロヅ! オロヅサ作っでぐれ!」

 リンゴ(白黒)を食べ終えた小夜が調理台にある残り一玉のリンゴに指を差す。

「オロヅ? オロチの事か?」

「んだ」

「……、小夜はオロチや蛇が苦手だろ」

「特訓だ!」

「ドゥッグンどぅあ?」

「特訓だ、と言ってます」

「……、特訓って言ってもな」

「特訓だ! 特訓だ!」

「……、仕方ないな」

 翔は杏奈の皿にリンゴ(ジョン)を置いて冷蔵庫に行き、リンゴを五個取り出して調理台に置くと、

「加納さん達の分を作ってからだ。いいな」

「んだ!」

 小夜が瞳を輝かせ、翔がリンゴに包丁の刃を入れる中、加納は杏奈へと視線を向け、

「参謀。座敷童に科学を教えるとか言わないですよね?」

「御三家は古典的なのか自分達は科学を利用していたのに、座敷童に関したら盲点になっていました。理由はあると思いますが……座敷童が科学を拒絶しているとは私には思えません。人間側だけで連絡の簡潔化するだけでなく、座敷童側にも科学を学ばせて取り入れられれば……」

「巴や八慶、吉法師に龍馬は人間寄りな考えだから受け入れると思うけど、座敷童は基本的に食う•遊ぶ•寝るだからね。学ぶ、は無理だよ」

「松田さんは座敷童に科学が浸透しないと思っているのですか?」

「人間だった吉法師や龍馬、人間寄りな考えの八慶や巴は座敷童の中でも例外だからね。座敷童全体として考えると問題が多々ある、かな」

「松田さんも御三家当主のように新しい可能性を見出さない古典的な考えですか?」

「御三家は古典的というよりは堅実的だよ。よし、人数が多いから久々に傑作が作れた!」

 パーツごとに切り分けたリンゴを大皿の上に組み立てていくと、天に昇っていく龍、完成度の高い近畿のオロチが完成した。

「とりあえず、加納さん。いち子と巴が帰ってこないのは、いち子の迷路だかなんだかわけわからない洞窟で遊んでいるだけ。明日の昼までに帰ってこなかった場合は、腹を空かしたいち子の御立腹もあるから八慶や龍馬がさととしずかを引っ張ってでも探しに行くよ。……小夜、やっぱりダメじゃねぇか」

 小夜を見ると、元がリンゴとはいえ完成度の高いオロチに脅え、顔面蒼白になりながら震えていた。

「わ、わだっきゃ……大丈夫でがんす! オロヅにサ、負げね!」

 喧嘩をふっかけるようにリンゴ(オロチ)に掴みかかろうとするが、翔に大皿を上げられて空振りする。

「じゃ! じゃ! ……」

 リンゴでできあがった完成度の高いオロチが動き出したと勘違いして驚愕する小夜は、絶句しながらジリジリと後ずさり、杏奈の背後に隠れ、警戒しつつも子犬のようにプルプルと震える。

 翔は大皿を御膳台に乗せると、加納が持っている生ハムメロンとビールがある御膳台の上に乗せる。

「加納さん。龍馬も酒を待ってるだろうし……なにより小夜が蛇嫌いの芸人みたいになってる。急にキレそうだから目の届かないところに持って行ってくれ」

「わかった。翔君……ありがとう、美味しくいただくよ」

 加納の表情は責任ある大人の立場から、安心半分、二人が帰ってきてもう半分が埋まるといった感じだった。

「小夜。熊と栗鼠(りす)どっちがいい?」

「オロヅだ! 特訓だ!」

「松田さん。ウナギから試しては?」

「いや、ドジョウからだな」


読んでいただきましてありがとうございます。

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