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座敷童のいち子 作者:有知春秋

【近畿編•東大寺に眠ふ愛】

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 四月二日——

 明日に高校入学を控えた一五歳の小僧が、国家公務員になった、と言ったら何人が信じるだろうか?
 正確には、日の目に当たれば政府の信用が急下降する秘密裏な行政機関、座敷童管理省の特務員なのだが、細かく説明する前に思春期特有の精神的な病気だと思われるだろう。
 入省する気は無かった。もう一度言わせてもらう、入省する気は無かった。
 ファンタジーや学園物の小説で頻繁に見かける消極的な主人公のように、自分の意思とは無関係に物語が進行するあの流れ、あの王道パターンになりつつある進行で国家公務員ルートを歩く羽目になった。
 だが、勘違いしないでほしい。
 物語なら、消極的な主人公もなんだかんだで『波乱が起きる』とわかっていて冒険や学園に行く。わからないで行ってるとしたら鈍感と書いてバカだ。
 従って、俺は行かない。断固として座敷童管理省には行かない。
 俺から言わせれば、冒険や学園に行ってる時点で消極的な主人公は前衛的な主人公、勇者なのだ。
 主人公体質でないと言われれば、座敷童管理省に入省してからの約一ヶ月間無断欠勤を繰り返し、連絡一つしない勤務態度では「そのとおり!」と断言するしかない。
 そんな俺でも座敷童いち子の事になると別なのだが……座敷童管理省の業務内容と共においおい話すとして、俺といち子は今、住宅地の中を歩いてる。
 俺達が住む地域は北海道の胆振地区。遠目に見える溶岩ドームが形成された山は雪化粧を残すが、住宅地には雪が無く春の訪れを感じさせる。
 四月の北海道は不意に冬を感じさせる温度になるため、お気に入りのパイロットジャンバーを着て寒さ対策をしている。念のため、肩から下げる三角バックには俺のマフラーといち子のドテラを入れてある。桜が咲き始める四月でそんなに寒いのか? と聞かれれば「雪が降るぞ」と言うしかない。
 そんな寒い季節に、いち子は小袖にちゃんちゃんこを羽織り、裸足に下駄を履いてカランコロンと鳴らして歩いてるのだが、座敷童だからと言って寒さを感じないという事は無い。
「いち子。寒くないか?」
「心頭滅却すれば火もまた涼し……じゃ」
「難しい言葉をドヤ顔で言うのはいいけど、涼しくしてどうする。今はその火が必要だ。鼻水も出てるだろ」
「ズビビビビィィィィィィ」
 いち子は鼻水を吸うと、
「子供は数の子じゃ⁉︎」
「言いたい事はわかった。とりあえずドテラを着ろ」
 三角バックから朱色のドテラを出し、パイロットジャンバーのポケットから足袋靴下を出す。
「靴下とドテラだ」
「ワタキは寒くないんじゃ⁉︎」
「寒くないのは気のせいだ」
 強がるいち子にドテラを着せて足袋靴下を履かせると、ポケットティッシュを出し、いち子の前に出す。
「風邪引いたら苦い薬草青汁だぞ。飲みたくないだろ?」
「ワタキは寒くないんじゃ」
 いち子は非現実のティッシュを取るとズビビビビと鼻をかみ、鼻水を含んだティッシュを俺の手に乗せる。

『シロ、これ持ってけ』

 背後から不意に声をかけてきたのは、近所のおばちゃん。その手には網に入ったみかん。
 幼少期からの顔見知りが多い住宅地では白髪の俺を『シロ』という愛称で呼び、会う度に駄菓子やみかんをくれる。もちろん、お菓子をくれるのはこのおばちゃんだけではない。
『シロ。コレも持ってけ』
 三角バックに麩菓子を入れたのは、去年定年を迎えたおじちゃん。
 男は一歩外に出れば七人の敵がいる。と言われてるが、俺が一歩外に出れば近所のおばちゃん等が次々と現れ、シロシロと呼びながら三角バックの中にお菓子を入れてくる。
 俺は毎度同じく引き攣った顔でお礼を言うのだが、おばちゃん等が現代では目立つ小袖にドテラのいち子に見向きもしないで三角バックにお菓子を入れるのは、座敷童が【見えない側の人間】だからだ。
 松田家に座敷童いち子がいるという話は近所では有名なため、お菓子やみかんは俺への譲渡でなく『いち子に御供えしてる』と言った方が正しいな。
 おばちゃん等の話に捕まってしまうと日が沈むため、早々にお礼を言って立ち去ることにしよう。
 ほどなくして、いち子が俺の前に立ち塞がり、ヨダレを垂らして見上げてきた。
「翔、ミカン所望じゃ」
 小さな両手を掲げ、大きな瞳をキラキラと輝かす中級誘惑魔法【催促】。
「ミカンだけだぞ」
 俺は三角バックの中からミカンを一個取り出し、掌に乗せていち子に向ける。
 いち子はミカンを両手で包むと非現実のミカンを取り、皮を剥いて皮だけを俺の掌にある現実のミカンと重ねる。
 俺は現実のミカンの皮を剥き、いち子は非現実のミカンを食べる。
 いち子はミカンの魂を食べて、俺は実体のミカンを食べるということだ。
「翔、ワタキの今日の予定はなんじゃ」
 モニュモニュと小さな口でミカンを食べながら喋る。
(あらら……)
 食べながら喋るいち子の口端からミカンの汁が垂れたため、いち子の口をハンカチで拭き、
「井上のばあさんの小豆飯を食べて家内安全。いつもどおり、それ以外は予定なしだ」
【座敷童が見えない側】のおばちゃん等に見向きもされないいち子だが、話せる俺は【座敷童が見える側の人間】になる。
【座敷童が見える側の人間】とは——
 霊能力者や超能力者という特別な能力を持つ人間でなく【座敷童が見える側の人間】だと、簡単に解釈してほしい。
 例をあげれば、幽霊が起こすラップ現象や心霊写真などを心霊現象というのに対し、古来から座敷童が起こす現象を——
『座敷童が悪戯しに来た』
『座敷童が遊びに来た』
『座敷童が腹空かせてる』
 などなど、座敷童に関したら心霊現象とは言わず、座敷童という呼称を前提に受け入れられている。
 座敷童には、歩幽霊や地縛霊に感じてしまう畏怖は無いのだ。
 精霊•福の神•守護霊と言われ、出会っても気配を感じても畏怖ではなく本能的に愛しくなる存在なのだ。
 アーサー•横山•ペンドラコの座敷童研究では——
『座敷童とは、人間と同じ次元に生きる生命体であり、その場に存在しているが認識され難い存在である』
 アーサーの解釈はほぼ正しく、それを証拠付けるのが【座敷童が見えない側の人間】が経験した体験談や目撃証言になる。
 某旅館や古民家では、霊能力や超能力がない人間でも座敷童が見えたり感じたりしている。他にも『座敷童と遊んだ』『いつもより人数が一人多い』など子供達だけが共有した摩訶不思議な体験談などもある。
 見えない側の人間が座敷童に畏怖を抱かないのは『座敷童は存在している』と本能的にわかっているからなのだ。
 俺やアーサーのように見える側の人間を『見える•見えない』で分ければ、見える側の人間は特別な能力者になるが、能力者と非能力者という括りを作ってしまうと、座敷童が見えない側の人間からの目撃証言や体験談の説明ができなくなる。
 先にも言ったが、簡単に解釈してほしい。
 座敷童が見えるという現象は特別なことではなく、常に見えるか見えないかというだけで、誰でも座敷童は見えて誰でも感じれる『視覚で得る現象』の一つなのだ。
 ロマンチックな戯言になるが、人間の気配がしたら逃げてしまう照れ屋の妖精とは違い、悪戯好きで遊びたがりな座敷童は常に姿を現している。何か切っ掛けがあれば、見えない側の人間でも見えるのではないだろうか?
 話を戻し、いち子は小豆飯が大好物——座敷童の大好物が小豆飯と言った方が正しい——で松田家に伝わる【いち子の小豆飯】を朝昼晩に食べる。
 そして、三時のおやつに【井上のばあさんの小豆飯】を食べに行くのが日課だ。
 俺は物心付く前から年初めの一週間以外はいち子の三時のおやつに付き合わされて、井上のばあさんの家に通っている。俺は覚えてないが、母親に連れられて○歳から通ってたみたいだ。
 俺がいち子の世話役になって一○年二人で通い、母親が世話役だった時も含めれば、彼此、三○年ぐらい前からの日課みたいだ。
「翔、ミカンもう一個所望じゃ」
 いち子は小さな右手を向ける。
「ばあさんの小豆飯が待ってるだろ。残りは家に帰ってからだ」
 意地悪ではなく、中級誘惑魔法【催促】の効果が薄れたわけでもない。
 与えたら与えただけ無限に食べてしまう座敷童には線引きが大事なのだ。
 無限に食べてしまうのも御供物の量や質に満足してないわけでなく『食べる•遊ぶ•寝る』のトライアングルが座敷童の生活スタイルになり、人間の子供と一緒で大人が……いや、この場では世話役が一つ一つ管理しないと、いつまでも食べ、いつまでも遊び、いつまでも寝てしまうのだ。
 人間の子育てでは賛否は分かれるが、座敷童も人間の子供と一緒で、大好物や欲しい物をエサにしたら言う事をきく。
 このとおり、「ばあちゃんの、小豆飯……」と呟きながら小豆飯を思い浮かべたいち子の口の中はヨダレで溢れ、ダラダラと垂らす。
 年齢的にはいち子は俺よりも遥かに年上だが、見た目そのままの精神年齢では可愛いとしか思えない。
 いち子はハッと我に返り、袖でヨダレを拭き取りながら首を左右に振る。
「うむ、ばあちゃんの家を守るのはワタキの仕事じゃ。今日も大忙しじゃな」
 ヨダレを垂らしながら強がる。
「そうだな」
 因みに、いち子の仕事とは【小豆飯を食べて家を荒らす】という座敷童でないと山賊の所業になってしまう悪戯だ。
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