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座敷童のいち子  作者: 有知春秋
【東北編•平泉に流れふ涙】
44/105

5

 

 数多い国宝が展示されている讃衡蔵(さんこうぞう)、その受付では旧覆堂へ向かうための通行チケットが販売されている。正確には、通行チケットではなく金色堂の拝観チケットになるのだが、旧覆堂に向かうには新覆堂(金色堂)に向かう前のゲートを通る必要があり、拝観チケットの購入が必須なのだ。

 俺は受付のお姉さんに出されたチケットを震えた手で受け取る。

 額からベトベトした気持ちの悪い汗が流れるのは、けして北海道と岩手県の気温や湿度の差で生まれた汗ではない。原因は、晴れの日にも関わらず和傘を持った無愛想な堅物女、巴と二人きりで旧覆堂に行くことになったのが原因だ。

 老杉を通り抜けた風が満開の桜の木を掠め、花弁を揺らす。湿度を忘れさせる気持ち良さ、巴と二人きりでなかったらどれだけ素晴らしい気持ちになったのだろう。何故、これが最後に見る桜か……と憂鬱にならなければならない。はぁ、語り手として愚痴を吐いてても仕方がないな、話を進める。


 【旧覆堂】とは、現在のコンクリート造りの新覆堂になるまでの間、金色堂を風雨から守っていた木造のお堂。


 旧覆堂は新覆堂(金色堂)の先にあるため拝観チケットが必要なのだが、けして無料ではない。大人八○○円に高校生五○○円、細かく中学生や小学生の金額も言いたいが、わざわざ中学生や小学生の金額を高校生の俺は見てない。

 大人料金を知ってるのは、受付のお姉さんに白髪天パを見られながら「八○○円になります」と大人料金の請求を求められたからだ。生徒手帳を提示することで事なきを得たが、平日の昼間に高校生が拝観に来るのは素行が悪いのか信心深いのか……白髪を見ながら今にも高校に連絡しそうな顔だったな、いつもどおり素行の悪さを疑われたな。俺が何を言いたいのかというと、座敷童と違って人間はお金を出さなければゲートを通れないという事だ。

 巴の機嫌を損ねる恐れはあるが、素行の悪さを疑われてまで手に入れた拝観チケットを無駄にしたくない。金色堂を見ずして旧覆堂で殺され……いや、拝観料だけ払って殺されに……いや、純粋に金色堂を見たい。少しでも長生きしたいから時間稼ぎをする訳じゃないからな。

「巴。まさか金色堂を素通りして旧覆堂に行くとか言わないよな?」

 俺を見張るように背後から冷たい視線を突き刺す無愛想女を見やる。

「独り言だと思われたくないのは翔の問題だ。私には関係無い」

「そうか……」

 んっ、無愛想だが多少の融通はききそうだな。と思いつつ、

「讃衡蔵、金色堂、経蔵、芭蕉像と見学しながらでもいいか? 一応、金を払ってるから損はしたくない」

「…………」

「!」

 ヤバい! 機嫌を損ねたか⁉︎ 金色堂だけにした方が良かったか! いや、讃衡蔵で国宝見たい! 経蔵見たい! 少しでも旧覆堂に行く時間を延ばしたい! あっ、本音が出てしまった⁉︎

「い、いや、ダメなら……」

「かまわない」

「なにぃ⁉︎」

 思わず出た大声に周囲の観光客が俺に視線を向ける。一人で大声を出してるのだから見られて当たり前だな。

「か、かまわないなら間を空けずに返答すれよ。お前は無駄に威圧感があるから変に勘ぐっちまうだろ」

「心外だな」

「俺の心中に気を使え。それと背後に立つな。いつ殺されるか不安になる」

「…………」

 巴は俺の背後から右隣に移動する。

(おいおいおい。なんで殺されるという言葉を否定しない。殺す気が無いなら一番に否定する言葉だろ!)

 更に注文を出すと機嫌を損なう危険性があるし、国宝を見ずして殺されるのも不本意だ。国宝を見るのに差し支えるけど、いつでも臨戦体勢になれるようにするしかないな。

 俺達は讃衡蔵へと向かう。

 室内を簡単に言うとガラス張りになった展示会場。程よい明るさで巻物や刀や鎧など数多くの国宝が展示されている。

「藤原三代此処にあり、だな」

清衡(きよひら)基衡(もとひら)秀衡(ひでひら)か。経清(つねきよ)泰衡(やすひら)には世話になったが、その三人は座敷童が見えない側だから大した思い入れはない」

「藤原三代の栄華に座敷童は関係無いって事だな」

「大有りだ」

(機嫌を損ねたぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!)

 瞬時に臨戦体勢になる……が。

「山から(きん)が出ても人から人へと回さなければ宝の持ち腐れ、重しにしかならない屑だ。竹田家の先祖、吉次(きちじ)が鷹の羽やアザラシの皮と一緒に都や海の向こうへと(きん)を運ぶ事で、藤原三代の財政が維持できたのだ。吉次なくば藤原三代の栄華は無く、そして経清が座敷童に好かれていなくば、座敷童が見えない藤原三代に対して吉次一族や座敷童は協力的ではなかった」

「な、なるほど」

 機嫌は損なってはいないようだ、と内心で安堵し、

「松田家の書庫には無い話だな」

「松田家には関係の無い座敷童側の歴史だ。そもそも松田家は松田家の中で、竹田家は竹田家の中で見てきた座敷童側の歴史しか残していない」

「松田も人の事は言えないけど、竹田家も閉鎖的だよなぁ……、!」

 しまったぁぁぁぁ! 竹田家を侮辱する言葉は厳禁だった!

「現代では竹田家の方が閉鎖的に思われているが、当時はいち子が遊びに行くと言わない限り松田家は蝦夷から出て来なかった」

(お、怒ってない、な。つか、無表情だからわからねぇし。表情に変化をつけやがれ!)

「一方、竹田家は金商人。都や鎌倉、海の向こうなどに行っていた。梅田家ほどではないが、数多い人間と座敷童との付き合いは松田家よりも竹田家の方が深いという事だ」

「な、なるほど」

 どうやら竹田家に対しての誤認を解いていただけのようだ。それはそのまま松田家の方が閉鎖的だと言ってるのだが、考えてみればそのとおりだな。

 俺達は歩を進め、国宝一つ一つを見て回る。

 人間の歴史があり座敷童の歴史があり竹田家が少なからず関わっていた歴史を巴が説明している。常に無表情だが、どこか懐かしさを感じているように思えるのは気のせいではないだろう。

 雑談混じりの国宝見学は何度か臨戦体勢になったけど、巴には俺を殺す意識が無いように思える。油断はできないけどな。

 讃衡蔵をひと通り見て回り、外に出る。みんなは……まだ来てないな。時間的に讃衡蔵の受付にいると思ったけど、もしかしたら行き違いになったのかもな。

 俺と巴は金色堂に向かう。それにしても、巴はなんのために俺と二人きりになったんだろうな。アーサーには聞かれたくないとか言ってたけど、知られても支障がない竹田家の歴史を聞かされてるだけだと思うが……

 新覆堂に向かうためのゲートを通り、数十メートル進むと新覆堂の入口前で足を止める。手水舎があるため、看板に書いてある作法に従って手と口の中を清める。

 いざ、新覆堂に入ると見上げる程の大きな仏像が出迎える。その空間から道なりに奥に進むと薄暗い廊下に繋がり、左右のガラス張りの中には又しても国宝がある。静まり返った空間、その周囲を眺めながら進んで行くとオレンジ色の薄暗い明かりのみになり、左側一面がガラス張りになった部屋になる。金色堂だ。

 扉も金、板の間も金、奥にある数多い仏像も金。子供が金色堂を見ると金の世界に迷い込んだような壮大な印象を脳裏に残す。一方、大人が金色堂を見ると子供のような初々しい感動は無く、目線の高さからなのか金色堂自体が小さく見える。この差は『金色堂を歴史的な価値として見る大人目線』か『未知の世界を垣間見たと思える子供目線』かの違いだと思う。

 実際の金色堂は子供が感じるような金の世界ではなく、金で煌煌と輝いていない。保存を第一に考えられた室内は薄暗く、金の輝きは拝観者の期待に応えているとは思えない。だが、この歴史への配慮が何とも言えない想いを生む。

 もしもこの場が保存を考えないでライトアップされていたら感動は薄いし、有難くもない。成金者の悪い趣味としか思わないだろう。この煌煌と輝けない薄暗さがスパイスになり、先人者が繋げ続けてきた想いを伝えてくれるのだ。

「絶景だな」

「秀衡と泰衡がお経を唱えてる最中、いち子とさとが金箔を剥がしていた。その時の泰衡の顔も絶景だった」

「いち子とさとが金箔を剥がしたか。ははは、いち子らしい…………なにぃ⁉︎」

 新覆堂内に響く。

「うおっ」

 口を押さえて周りの観光客に謝罪の会釈をする。

「何度か改修され綺麗になってはいるが、当時の金色堂は座敷童が見える側と見えない側で甲乙付けれるおもしろさがあった」

「お、おもしろくねぇよ」

「安心しろ。『座敷童侵入防止』にガラス張りになり、中に入る扉は堅く施錠され、念のため座敷童が見える側の人間が常に警備している」

「それなら安心………んっ? ぶばぁ‼︎」

「どうやら『去年と同じく』今回も施錠は意味を果たさず、警備も役に立たなかったようだ」

 ガラス越しに見なければならない国宝、セキュリティで守られている世界遺産。その金色堂にソフトクリームを片手に堂々と不法進入する座敷童三人。

 金色堂を正面にした瞬間、キラーンと瞳を輝かせながらソフトクリームを一気に食い散らかし、特撮ヒーロー顔負けに飛ぶ。

 金箔をバリバリと剥がしながら壁を這いずり、屋根に登ろうとする……座敷童しずか。

 扉の金箔をバリバリバリィィィィィィと剥がす……座敷童いち子。

 二人が剥がした金箔を全身に貼り付けて仁王像吽型の体勢になる……座敷童八太。

「と、巴、止めろ。止めてくれ。これはヤバい、シャレにならん」

「座敷童の遊びは神様仏様ご先祖様も許す。ここに眠る清衡、基衡、秀衡、泰衡も喜ぶだろう」

「いやいやいや、遊びじゃない。蛮行越えた犯罪だ。ミイラが怒って動き出す勢いだって」

「気にするな。見えない側の人間が大半になった現代ではわからない」

「見える側が観光に来たら大変だ。早く止めろ」

「人間側に職人がいるように、座敷童側にも世話になった人間が残した建築物を残したいと思って職人になった連中がいる。すでに見える側の人間に配慮できる被害ではない、三人は飽きるまで遊ばせておけ」

 巴は出口の方へと歩を進めた。

「ま、マジかよ……」

 金色堂のアイデンティティー、金が剥がされ普通のお堂に変わっていく。見るも無惨なのは、現実の仏像はそのままに非現実の仏像が金箔を剥がされ散乱している。現実と非現実が創り出した混沌だ。

 金色堂が見たくて拝観料を払ったんだぞ……と思うが、この場で三人の遊び(蛮行)に声を挙げても俺が警備員に連れ出される。ガラス張りがあるため三人を捕まえるのも不可。そもそも人間の俺が金色堂に入れば警察のご厄介になる。座敷童の巴が対処しない事にはどうする事もできない。お手上げだな……

 剥がされていく金箔を見ながらため息を吐き、部屋の中央へと歩を進めると、賽銭箱を前にする。

 無風の室内なのに二本の蝋燭の火が上下左右に激しく動き、大粒の蝋を垂らしている。

 そういえば、ジョンの葬式の時に井上のばあさんが言ってたな……


『故人が喜んでいると無風の室内でも蝋燭の火は揺れ、大粒の蝋を垂らす』


 もしも俺が霊能力者なら、藤原一族と悪ガキ三人の遊んでいる姿が見れたかもしれない……と前向きに考える事にして、賽銭箱に弁償代には程遠い五円玉を入れて両手を合わせた。

 新覆堂を後にした俺と巴は無言のまま経蔵、芭蕉像を見て目的地の旧覆堂に到着した。

 室内は薄暗く、柱や壁にはお札と言っていいのかシールが無差別に貼られ、歴史を感じさせる絵画が圧迫ある室内を演出している。金色堂でも感じたけど、外とは別世界に感じるのは俺だけだろうか? 特に旧覆堂は空気自体が現代のモノとは違うような……気のせいだと思いたいが先ほどの巴の言葉がよぎり、聞く事にした。

「巴。金色堂もだけど、旧覆堂の室内は空気が違うよな。座敷童の職人はその時代の空気まで演出できるのか?」

「…………」

 無表情は変わらないのだが、怪訝な雰囲気が巴から感じる。

「どうした?」

「翔。お前はナルシストだな」

「?」

「その時代の空気を感じたと思えるのは人それぞれの感性だ。職人は過去の技術を尊重、尊敬し形に残している。その技術を時代の空気を感じさせる演出というなら、それは職人冥利に尽きるというもの。過去の空気を感じたというのは職人の技術、そして翔の感性が合わさった結果だ」

「……、褒めてるのか?」

「そうだが?」

「そうか。巴が俺を褒めるなんて珍しいな。なんか裏でもあるのか?」

「裏がないとお前など褒めない」

「……、……はぁ」

 ため息を吐く。まったく、にくたらしい堅物女だな。素直じゃないというか回りくどいというか。

「それでなんだ。わざわざ二人きりになってまで話したい事ってのは」

「うむ。それだがな……」

 左手に握る白一色の和傘を前に出し、柄に親指を立て、キンッとハバキを鳴らす。仕込み刀と言った方がいいのか、そのまま右手で柄を握り、スゥと黒一色の刀身を抜いていく。寸分の反りが無い刀身を切っ先まで抜くと、微かに入る外の明かりが刀身を掠め、黒刃の中により濃い漆黒の波紋が乱れているのを確認できた。形状は直刀、和傘の柄に入る刀身の幅はハバキの所で三センチと細く、長さは刀身だけで一四○センチと長い。刺突に特化した日本刀……いや、古墳時代に東北で生まれたユラビテ刀の異形に思える。これが噂に聞く巴の愛刀【白天黒ノ(はくてんこくのまい)】。……おい、おいおい、おいおいおいおい!

「お、お前! やっぱり俺を殺す気だったな⁉︎」

 臨戦体勢を取りながら全力で逃げ場所を探す。

「違う」

 無表情のまま否定すると、地面と平行に肩の高さまで刀身を上げ、切っ先を出入口に向ける。一瞬、無表情だった目元に力を入れる。その時、パリ、パリパリと静電気が弾けたような音が黒刃から鳴った。

「何してんだ?」

「これが私の全力だ」

「全力? 何言ってんだ?」

「八童を引退する。八太と八慶には東北に戻ってもらう」

「はぁ? 意味わかんねぇって。ちゃんと説明すれ」

「前回、オロチが蘇った時、私は東北の精鋭と関東のオロチ討伐に向かっていた。道中、東北のオロチも蘇ったと聞き、私は一人平泉に戻った。オロチは既に三陸の海に出て、その相手をしずかがしていた。ここまでは翔もわかるな?」

「あぁ。龍馬と吉法師が地上で座敷童の救助と魔物化した神使の相手をして、しずかが東北のオロチと海上戦。だが、しずかと東北のオロチの相性は悪い。被害は広がり、三陸に津波が起こり人間側に被害が生まれた。巴が到着したのは津波が引いただいぶ後だったよな。『平泉に寄っていたというのは初耳』だが、寄り道しなかったらもっと早く到着できたんじゃないか?」

「さとを……金鶏山の封印を解くため平泉に戻った」

「意味がわからないな。金鶏山の封印はいち子が創った八箇所の封印とは別物。『さとを危険視した』完全体のオロチが、その身の大半を使って創り上げた【オロチの封印】。【いち子の封印】と違って、座敷童や人間が封印を解くメカニズムが不明だ。いち子が超本気を出したらわからないが、八童の力で解けないのは巴が一番わかってるだろ」

「うむ」

 巴の無表情は変わらない。何を考えているのかもわからない。だが、この巴が意味のない行動をするとは思えない。

 平泉に寄った理由はさとを蘇らせるため。だが、オロチの封印が解けないのは巴が身をもってわかっている。意味のない行動にしか思えないし、常に冷静な巴の行動とは思えない。

「……、んっ? いや、ちょっと待て」

 違和感の取りこぼしを告げるような直感が脳裏で『これが私の全力だ』と囁く。

(おかしいぞ。常に冷静な巴が判断した結果、平泉に行ったとしたら意味がある行動になる。そして、関東から東北に帰ってくる『だけ』なら巴は冷静なままだ。道中に何かがあって冷静な判断を失ったと考えるのが自然だな)

 巴が冷静な状態でなくなる事なんてあるのか……と思いつつ、

「平泉に寄る前、何があった?」

「平泉に寄る前、か。……ふっ」

 無表情だった目元口元を笑わせ、

「成長したな。細く話す手間が省けた」

「俺が松田家で学んだ巴のイメージではあり得ない愚行だ。冷静さを失うほどの出来事があった、と思っただけだ」

「愚行と言われれば確かに愚行だが、あの時……いや、あの時から東北にはさとが必要になった」

 刀身を和傘の柄に戻し、壁にある絵画に視界を移すと一拍置いて語を繋げる。

「福島の原発でメルトダウンが起きる前、とある村落で避難に遅れた座敷童と家主がいた。座敷童に放射能被害は無いが人間の家主はそうはいかない。その家主と座敷童が避難するまで、私の能力でメルトダウンを遅らせた。そこで東北のオロチと闘える余力が無くなったのだ」

「お、お前の能力ってメルトダウンを遅らせられるのか?」

「人間が機械で制御してるのを私の力で制御しただけだ。だが、機械と違って空腹問題を抱える座敷童の力では一定の制御をし続けるのは不可能。持参した小豆飯を使い果たし無理に能力を使い続けた結果、私はオロチと闘う余力を失った」

「東北のオロチは巴が倒しただろ?」

「単純な武術や剣術は能力とは関係ない。吉法師や龍馬のように単純な武術や剣術しかない者でも『許容内までならオロチの鱗を使い、能力を使える』。八童はその能力を鱗無く使えるだけだ。そして、前回のオロチ戦から数年経った今も、私の力は今のとおり。八童引退だ」

「マジ……かよ」

 オロチの鱗を使えば一時的に能力を使えるのは知っている。東大寺のオロチ戦の時、吉法師が近畿のオロチを両断した力がソレなのだから。問題なのは巴の力が戻ってない事になり、家主のお世話で力が上下する常駐型座敷童には致命的になる。それはそのまま家出の前兆を意味するのだが……

「竹田家のお世話に不満があるのか? 満足してないのか?」

「不満も無いし満足もしている。だが、先ほど翔が言ったとおり文枝様は特別なのだ。東北問わず各地に座敷童の居場所を作りながらも、しずかは昔と変わらない力を持っている」

 しかし、と加え、

「家が無く家主と仮説住宅で暮らす常駐型や縄張りを失った放浪型、そして家主を失い放浪を余儀無くされた常駐型に不便なく生活させている竹田家には、私の力を元に戻す事はできない」

 災害前の竹田家は巴をお世話しながら東北の座敷童も見ていた。それは巴の竹田家至上主義という我儘があるからこそ他の座敷童にも目を向けれただけで、いち子やしずかと並ぶ巴が『不満も無いし満足もしている』と言ってもソレは竹田家至上主義という考えから出る言葉であって、力を戻すお世話かといえば結果は明らか。巴ではなかったら竹田家から家出してる。八童引退を考えてまで竹田家に常駐しようとするとは…………どっちが家主なんだかわからないな。

「叔父さんはなんて言ってんだ?」

「当主の常駐型ではなく、小夜の常駐型になればどれだけの力が戻る。と聞かれたが……翔が家主のなればいち子はどれぐらいの力を出せる?」

「東大寺のオロチと支笏湖のオロチを見たけど五○メートル以内は余裕だな。五○メートルからオロチも気合い入るみたいだが…………」

「私が見たところではリス一匹程度だ。翔から見て小夜は?」

「リスは無いだろ!」

「翔から見て小夜はどうだ?」

「……、……カブト虫だな」

「私の見立てでは熊だ」

「………………………………………」

 んっなわけあるか! あんなチンチクリンが熊なんて見たらションベンちびって泣くだけだ! と言ってやりたいけど我慢する。巴の竹田家贔屓は今に始まったもんじゃないし、能力を使えなくても武術や剣術が健在、真っ当な小夜への評価でも口に出せば殺されかねない。

「これで先ほど褒めたのはチャラだ」

「チャラにならねぇよ」

 舌打ちし、頭をバリバリと掻き上げ、

「それで家主を小夜にして、小夜が一人前になるまで八童を引退するから八太と八慶を東北に戻すって言いたいんだな?」

「それは座敷童側で決める事だ。松田家や座敷童管理省には関係ない」

(松田家は兎も角、なんで座敷童管理省まで出てくるんだ?)

「さとがいなければ八太個人だけでは五○メートル程度のオロチにしか単騎では通用しない。八慶がいて一○○メートル、しずかがいて完全体のオロチに通用する。だが、東北のオロチに関したらしずかは足手まとい。さとを蘇らせ八太と八慶を東北の八童にすれ」

「すれ……てなぁ。東大寺はどうするんだ?」

「吉法師がいる。問題は『さとの封印』だけだ」

「松田家が解けるのは【いち子の封印】だ。【オロチの封印】は解けない」

 封印が解けるならさとが封印された時点で松田家の先祖が解いているからな。

「支笏湖で回収した一○万枚の鱗を加工すれ」

(なるほど、それで松田家や座敷童管理省か)

 まだ裏がありそうだな、と内心で勘ぐりながら、

「座敷童管理省が東北支署を存続させたいなら一○万の鱗を献上し、その加工を俺にすれって事か」

「問題あるか?」

「立ち退きは俺が了解しなかった場合、もしくは加工ができなかった場合って事だな。その程度の事で会談をぶち壊すような性格の悪い事しやがって。そんなもん事情を言えば井上さんは了解するしアーサーは頼られた事を喜ぶ。わざわざ二人きりになる必要もなかったろ」

「いや、会談を先延ばしにしたのは大臣に知られたくない事があるからだ。そのため、お前と二人きりで話すという屈辱を選ぶしかなかった」

「おい、屈辱は言いすぎだろ。そんな風に言うなら俺も言わしてもらうけど、お前は屈辱を感じてるかもしれないけど俺は恐怖を感じてるからな。お前といる一分一秒に安らぎが…………」

「アーサー大臣の事を八慶と龍馬に聞かされ、実際に見た結果、精進すれば座敷童の家主になれると私も思う」

(無視かい‼︎)

「問題はさとだ。八太が万が一に備えて大臣を鍛えていたようだが、今のままでは危険だ」

「やっぱりアーサーはさと好みか?」

「無条件で家主になれるほどにな。正直言うと、竹田家が今の状態でなければさとは後にし、大臣が最低限一般の座敷童の家主になれるまで待ちたい。だが、事は急ぐ」

「なんで急ぐんだよ?」

「近日中と言っただろ。オロチが蘇る」

「………………………………マジ?」

 軽く言いすぎだろ。それともその無表情から切羽詰まる心情を読み取れとか言ってるのか? そんな無理難題の注文は無愛想な内は応えれないぞ。愛想笑いができるようになってから言いやがれ。

「私の予測では一週間後。前回蘇った際、全身が封印から出てしまい二○○メートルまで成長したため、中尊寺の【いち子の封印】に空いた亀裂には入らなかった。そのため、毛越寺の池に龍馬が封印したのだが、やはり、いち子が作った封印ではないから数年しか持たなかった」

「一週間とか軽く言うなよ」

「一週間前に来ていたら余裕があったな……と言いたいが、封印に亀裂が入ってるのを確認したのは龍馬に伝言を伝えた後。昨日、龍馬から鱗は座敷童管理省に没収されたと聞いて今までの策を練った。笑えるほど見事に嵌ってくれたもんだ」

「笑えねぇよ。そもそも【オロチの封印】を解くメカニズムがわかったのか?」

「破壊する」

「ますます現実的ではないな」

「一○万枚の黒の鱗を弾丸と融合させ、龍馬が射出する」

「龍馬の鱗に堪えれる許容量を遥かに越えている」

「早撃ちする」

「はぁ? もっと現実を見ろよ」

「現実を見た話をするが、【いち子の封印】にオロチを封印するには『弱らせるだけ弱らせて五○メートル以下まで小さくする必要がある』。しずか、八慶、八太、龍馬、私ならオロチを封印できるが、それはそのままの大きさなら封印ができるという意味だ。そして、前回の封印から数年しか経ってないため大きさは一五○メートル前後だと予想している。第二形態の五○メートルになり封印の外に出るオロチが今回は第三形態の一○○メートル以上で現れるだろうから最初から封印の外、八童レベルの座敷童以外は避難する状況だ。更に、第三形態という事は人間側にも被害が出るオロチ自身の能力が襲う。それは龍馬の封印のままでは数年置きにオロチの脅威が座敷童側と人間側に襲うという事だ。東北の現状そして竹田家の状態を現実的に見た結果、絶対的に【いち子の封印】にオロチを封印する必要がある。それには家主さとが戻った八太の本気、八太の弱さに合わせなくてもいい八慶の本気……私が能力をまともに使えない今、二人の本気が必要不可欠というのが現実を見た結果だ」

 それとは別になるが、と言いながら口端を悪どく吊り上げ、

「今回の異例的な封印箇所の移動には、鱗一○万枚の譲渡と加工が鍵になり、座敷童管理省の裁量が大きく関わる。東北の座敷童に認めてもらうチャンスではないか?」

(こ、こいつ……)

 巴の性格の悪さ……いや、オロチという脅威に追い込まれている現状からでも座敷童管理省に貸しを作らせようとするのは狡猾と言っていい。皮肉の一つも言ってやりたいが、今回の問題は座敷童管理省やいち子の世話役でしかない俺では役不足だ。家主さとが戻った八太の本気が封印移動の絶対条件なのはわかるが、一週間という短い時間では前提から不可、この問題は他の八童を収集するレベルだ。

「加工する時間が圧倒的に少ない。関東の八童を呼べ」

「それでは座敷童管理省が東北に滞在してもらう必要が根本から無くなる。それとも松田家当主に鱗の加工をしてもらう次いでに、いち子にオロチを片付けてもらうか?」

「それが一番の対策だな。……と言いたいが、松田家当主は息子の携帯を着信拒否にしている。そして、梅田家が作った座敷童管理省をよく思っていない。今の現状を松田家当主が知ったら、四国の土産で餌付けしたアーサーと井上さんを子飼いにした松田家の座敷童管理省を作りかねない」

「私はそれでもかまわないが?」

「アホ。災害の時に小夜を支えたのは松田家だけじゃないだろ。座敷童が食わないキノコ汁を達也が食べる事で励まされ、梅田家当主のきつい言葉があったから南部煎餅入りのキノコ汁を座敷童に食べてもらえたんだ。竹田家は小夜を慰める事しかできなかった松田家より立ち直らせた梅田家に感謝するべきだ。確執だけで簡単に梅田家を切るような考えをするな」

「そうだな。それがわかったなら次代の御三家は現御三家のような確執の無い御三家になるんだ」

「お前、マジで性格悪いな」

「何を言ってる。次代竹田家当主小夜には確執のない御三家と座敷童管理省が必要だと言ってるんだ」

「はぁ……」

 俺の腹の中まで覗いて何を考えていたかと思ったら、全ては小夜のため、か。一つの問題にどれだけの策を組み込んでるんだ。竹田家至上主義がここまでとは思わなかった。完敗だな……と言ってやりたいが、問題はそんなに簡単ではない。

「座敷童管理省は事情を話せば協力する。だが、加工は無理だ。八枚の鱗で作る八岐大蛇の櫛で一ヶ月以上なんだ。一○万枚なんて気が遠くなる」

「八岐大蛇の櫛が一ヶ月なら、黒の鱗だけなら一週間で作れる」

「簡単に言うな無理だ」

「頭が堅いな。人間側に干渉する八岐大蛇の櫛だから加工に時間が必要なのだ。今必要なのは、人間側に干渉しない黒の鱗一○万枚から作られた弾丸だ」

「龍馬が松田家に来る度に松田家当主が作っていたのは見た事ある。残念だが、俺は作った事ない」

「種類別八枚の八岐大蛇の櫛を文枝様のために作ったと聞いたが…………一種類は作った事ないのか?」

「無いな。そもそも、一○万枚分の弾丸ってどんな弾丸よ?」

「松田家当主に聞け」

「着信拒否にされてるって」

「どうするのだ?」

「どうすんだよ?」


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