4
「松田さん。打開策はありますか?」
「打開策ねぇ……」
「このままじゃ座敷童管理省東北支署は閉鎖だわ。貸し一でも二でもいいからなんとかしてちょうだい」
「貸しと言われてもなぁ……」
座敷童管理省の今の現状は八方塞がり。巴のらしくない発言や不意に見せた微笑など違和感はあるのだが、ソレがなんなのかを解明しない事には解決しない……いや、解明したとしてもあの巴には俺達が付け入る隙は無い気がする。
「とりあえず巴には違和感しかない。いや、巴らしくないんだ。あいつの我儘は筋金入りだから近日中ではなく今日中と言って畳み掛けてくるはずだし、座敷童管理省に対してばあさんに家を返せとも言ってない。前日に龍馬や八慶と話た事で心境に変化……違和感が生まれたなら『何か意味がある』と思える」
「おばあちゃんがいたからではないでしょうか?」
「ばあさんが人間側の会話を聞いてるだけで内容を理解するのは巴も知っている。ばあさんの前で無意味にあんな話をしない。ばあさんのいない会談の場で完膚無きまでに座敷童管理省を潰した方が巴らしい」
気持ちを切り替えたいため、老杉の香りを鼻から吸い込み深呼吸する。
「せっかくの中尊寺だ。今は頭を休めよう。何かいい一手が生まれるかもしれないし」
俺達は関山中尊寺の月見坂を登り、中尊寺に向かっている。老杉の香りが気持ちを癒し、キツい坂道が雑念を無くしてくれる。
視線の先では、灰桜色の着物に花弁が刺繍された帯を締めた井上のばあさんと晴れなのに傘を持った小夜。その周りを、達也を筆頭に背広姿の特務員が二人の周囲を囲っている。側から見れば護衛に守られた金持ちの祖母とど派手な孫を思わせ、観光客の視線を奪っている。
ふと思うのは、井上のばあさんは普段から着物なのに井上さんの和装は薙刀の稽古中だけ。普段はジーパンにパーカー、今もそのスタイルは変わらなく思春期女子なのに服装を気にしてない感じだ。いや、俺も人の事は言えないな……普段の制服以外はジーパンにファスナー付きのパーカー、そしていち子の【御立腹】防止七つ道具が入った三角バックという無難な服装だし。俺の場合は、白髪が目立つから服装をシンプルにしているのだが、それは言い訳にしかならないな。
一方、アーサーは波模様の刺繍が入った白の背広。八太に引きずり回されても次の日には新調した白の背広を着ているため、こいつは同じ背広を何着持ってるんだ? という疑問がある。
それにしても、こういう場に来ると人の見た目というのは大事なモノなのだと理解させられる。
小夜は年齢の低い子供等からお姫様を見るような羨望の眼差しを向けられ、井上のばあさんは高貴な人物に見られている。問題はアーサーだ。
お姫様と高貴な人物を通り過ぎた後にも関わらず、老若男女問わず二度見した後に女神でも見ているかのように視線を向けている。そこで手を合わしてるじいさん、コイツは変人ですよ。と教えてあげたい。
そして座敷童はというと、井上のばあさんの前を我が物顔で歩いている。
生地が薄い桃色の小袖を着たいち子、立烏帽子に薄い生地の直垂を着たしずか、二人を背中に乗せたジョン。その左右を褌一丁の八太と白一色の和傘を左手にセーラー服を着た巴が雑談しながら歩いている。
もしもこの光景が観光客に見えていたら雲竜型のしめ縄を締めた土佐犬ジョンがリード無しで闊歩してる時点で厳重注意され、褌一丁の八太は親の虐待を疑われ、しずかは廃刀令違反で即連行だ。
アーサーが黒ドレスを着た小夜をゴスロリ座敷童と勘違いしていたけど、小袖に直垂に褌一丁そしてセーラー服がいるならドレスを着た座敷童も有りだな、と思ってしまう。
紋付袴の龍馬と褌一丁の八慶は『私と龍馬は毛越寺に行ってくる』と言って別行動をしている。終始、龍馬は井上さんの父親面をしていたな。
俺の豆知識……いや、修学旅行で学んだ事なのだが。
【毛越寺】は、慈覚大師によって嘉祥三年に開かれた寺らしく、度重なる災禍に当時の伽藍は焼失したみたいだが、池を中心とする浄土庭園と伽藍遺構が平安時代の景色を残している。俺の脳裏には、庭園と朱色のお堂が記憶に強く残っている。
座敷童管理省の事情で平泉に来ていなければ、いち子と一緒に関山中尊寺、金鶏山、毛越寺の順にゆっくりと観光したかった。正直言うと、時間と小遣いが決められていた修学旅行では隅から隅まで楽しめなかった。座敷童側の歴史を知る俺としては物足りないの一言。
もっと細かく座敷童の歴史も含めて語りたいけど、それでは語り手の役目は果たせないため割愛し、話を進めたいと思う。
井上のばあさんは中尊寺の常連小夜の案内と達也とのお土産屋散策を楽しんでるし、特務員も小夜の南部弁には四苦八苦してるけどなんだかんだで楽しんでる……問題はやっぱりこの二人だな。
「アーサー。井上さん。考えても仕方ないって。観光を楽しむぞ」
「座敷童管理省東北支署の存続がかかってるのよ。観光気分にはなれないわね」
「思い詰めても仕方ないだろ。なんなら東北は竹田家に丸投げしろ。オロチが蘇った時に座敷童管理省がいた方が被害は少なかったなって言ってやれ」
「東大寺のオロチを見る前なら素直に立ち退きに従って、ゆっくりと信用を得る努力をしたわよ。でも今はダメ。あんなの蛇じゃないわよ。ドラゴンよ。再放送のゴジラVSキングギドラを思い出したわよ。……ま、まさか!」
表情に驚愕を出すと、
「ゴジラまでいるなんて言わないわよね⁉︎」
「アホか。現実逃避するな」
「ゴジラがいたら放射能を吸収してくれますので座敷童管理省の救世主になります。ゴジラ自身がメルトダウンする危険性はありますが、リスクに対するリターンはあります」
「井上さんまで……」
すでに冷静な判断力も失っているな、と思いつつ、
「二人共、特撮に現実逃避するなら……」
右手人差し指を向けた先には山門、この先には中尊寺の本堂がある。
「前途を占う御神籤なんてどうだ?」
「大凶よ。大凶に決まってるわ」
「大凶ですね。間違いなく大凶です。私には大凶フラグが見えます」
「そんなに大凶フラグが怖いならアーサーは八太、井上さんはしずかを背負って御神籤を引きな。座敷童はその存在だけで人間に幸運を……」
山門までの階段をズダダダダダと上がって行くアーサーと井上さん。途中、アーサーは八太を捕まえて井上さんはしずかを捕まえる。観光客から見れば急に走り出して空間を掴むパントマイムなのだが、そんなのは今の二人には関係無い。そのまま山門を通り抜けて行った。
井上のばあさんや特務員が疑問符を浮かべながら俺を見ているが「御神籤を引きに行っただけだ」としか言えない。座敷童管理省の大臣と参謀が特撮に現実逃避して大凶フラグに怯えてるなんて言えないからな。
一同は山門を通り抜け中尊寺本堂を正面にする。時期というのもあって歴史を感じさせる本堂に咲く桜は風情の一言。中尊寺と言えば金色堂と言う人は多いけど、個人的には本堂が好きだ。これでお経とか聞こえてきたら感無量なんだけどな。
視界の端ではアーサーが八太を背負い、井上さんがしずかを背負って御神籤の順番待ちをしている。御神籤は参拝した後に引くのが作法だぞ、と教えたいけど二人がソレを知らないとは思えない。とりあえず、座敷童を背負った今は大吉が決められたようなもんだし、御神籤の結果で観光気分になるなら参拝が後でも先でもどっちでもいいな。
「ばあさん。先に参拝しててくれ」
「そうじゃな」
井上のばあさんが本堂へ歩を進めると、いち子を背中に乗せたジョンと小夜が続く。
「梅田家。俺は最後でいいからみんなで先に参拝していいぞ」
「それじゃ遠慮なく」
本堂に向かう達也と特務員。達也は大量のお土産袋を持っているのだが、帰りにお土産を買えば労力を減らせるのに、と思うのは俺だけだろうか。
実はみんなを先に行かせたのには理由がある。山門を通り抜けてから常に冷たい視線を感じていたのだ。その視線の主は巴なのだが、正直言うと座敷童なのに可愛気が無い巴は苦手だ。できる事なら二人きりの会話なんかしたくない。しかし、この冷たい視線を感じながら参拝するのも気がひける。
「なんだ?」
「大臣と箱入り娘は心ここに在らず、だな」
「誰かさんの頭が堅くて融通がきかないからな。それと気を使えよ。俺は周りから見たら独り言を呟いてる白髪天パになってるからな」
「それなら話が早い。私も大臣に聞かれると不都合な話がある。旧覆堂ならお互いに好都合だ。行くぞ」
「…………」
なんだ、なんだなんだ。怖いぞ! こんな無愛想な堅物女と旧覆堂みたいな薄暗い所に行きたくないぞ! アーサーに聞かれたくないなら今でもいいだろ! あっ、わかった! 竹田家に不都合な俺を…………
「お前、俺を殺す気か?」
「死にたくなかったら来るんだ」
巴は踵を返すと返答を待たずに山門とは違う方向、出口に歩を進めた。
「で、デッド•オア•デッド……」
巴から視線を移し、本堂を見上げて祈るように手を合わせる。
「阿弥陀様。どうか俺を見捨てないでください」
「翔君。どうしたんだ?」
「加納さん。俺が帰って来なかったら巴に殺されたと思ってくれ」
「?」
「とりあえず、巴と先に行ってるから……」
ポケットから財布を出して中から五千円札を取り、続けて三角バックから小豆飯おにぎりが入った桐の箱を一箱出す。
「店の前でいち子が『所望じゃ』て言ったら五○○○円を使ってくれ。もし赤くなったら小豆飯おにぎりを食わせれば大丈夫だから」
「お、俺が、神童いち子の、世話を?」
「世話なんて大袈裟なもんじゃ……」
「私がやります」
不意に参加した声音は梓さん。
「それじゃ……」
「いや、俺がやる」
「私がやります」
「…………」
喧嘩になりそうだな……と二人の睨み合いにため息を漏らし、
「加納さんは小豆飯おにぎり。梓さんはいち子が『所望じゃ』と言ったらコレを使ってくれ」
加納さんに桐の箱を渡して梓さんに五千円札を渡す。おそらく、いち子が『所望じゃ』と言った後、二人は喧嘩するだろうな。どっちがいち子に御供えした物を食べるかで……
「梓さん。小夜にソフトクリームを食わせてやってくれ。いち子に御供えしたのでいいからさ。加納さんのおにぎりも御供えしたら小夜に食わせればいいから」
「「⁉︎」」
(そんな驚愕したような顔するなよ……そこまでして食いたかったのか)




