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座敷童のいち子  作者: 有知春秋
【近畿編•東大寺に眠ふ愛】
12/105

第三章 座敷童の世界と人間の世界

 1


 大部屋では、ジョンの祭壇前に置いた長方形のテーブルに、いち子としずかを背中に乗せた井上のばあさんが食器や食事を運び、井上さんがそれを並べている。

 真っ赤だったしずかは本来の色を取り戻したように白を基調にした直垂(ひたたれ)を着た白肌の女の子に戻っていた。

「おばあちゃんに懐いてますね」

 視線を厨房へと歩を進める井上のばあさんに向けながら、心配そうに言ったのは井上さん。

 座敷童が見えない側の人間では座敷童の重さを感じないと聞いてても、祖母の背中に幼女二人が乗ってる姿は心配してしまう。

「おばあちゃんが見えてたら……重いですよね?」

 井上さんは斜向かいにいる俺に視線を向ける。

 黒縁眼鏡の奥にある垂れ目と視線が合うと、心配そうに見てくるため、俺はチラッと井上のばあさんの背中に乗った二人に視線を向けた。いや、女子からの真っ直ぐな視線に逃げた……的な。ドキッとして視線を逸らすヘタレ的なアレだ。

 内心のヘタレ的な鼓動を表情には出さないようにして、井上さんの心配に対して俺なりに答える。

「御膳台を一○段重ねて運ぶばあさんなら大丈夫だよ」

「今は二段になってます」

「二段なのは、一○段分の食事を作る手間と片付ける手間を考えて俺が数年かけて説得したからだ。屈強な男でも力ではかなわない土佐犬ジョンを早朝と深夜に散歩してたスーパーばあさんには、寿命以外に心配するものは無い」

「……、孫として心配です」

「なるほど……」

 見えていたら心配するのは当たり前か……と思いつつ、気休めにしかならない言葉を繋げる。

「いち子とばあさんの家に通って一五年。記憶にあるのは四歳か五歳ぐらいからだけど……ここにいない日は一五年で一○五日だ。義務教育の学校以上に通い、自分の父親や祖父母以上に井上のばあさんと顔を合わしてる。ある意味、合わなかったのは奇跡だ。血の繋がらない孫を自負してる俺が見る限り、もしも何かを切っ掛けにばあさんが見える側の人間になっても、いち子としずかぐらいなら楽勝で背負える」

「…………」

「心配するのは孫の特権だ。座敷童の世話はばあさんの生き甲斐になってるし、楽しみを取らない程度に心配してあげな……、?」

 井上さんの視線が開いた襖に向けられていく。言葉を止めて視線の方を見ると、プラチナブロンドの髪をふわっと靡かせた女性が食事を運んできた。

「帰れ」

 俺が、女性を視界に入れた瞬間に出た言葉のとおり、心底合いたくない女がそこに居た。自己顕示欲の塊のような女、柑橘系の香りただよう——

「あら、上司に対してご挨拶ね」

 ——アーサー•横山•ペンドラコ。

「知るか。帰れ」


 *****************


 アーサーが井上のばあさん宅の大部屋に現れた同時刻。場所は奈良県、東大寺南大門。

 南大門の左右にある提灯が石畳を淡く照らし、五間三戸二重門に備えてあるオレンジ色のライトが仁王像の阿形吽型を照らす。

 通常時なら南大門の三戸から見える中門と大仏殿のライトアップに風情を感じるところだが、座敷童が見える側の人間がこの場を目にすれば、虚無僧一○○人が三戸を塞いだ異様な光景にしか見えない。

 その東大寺南大門の正面では、虚無僧一○○人を束ねてる吉法師と背広を着た茶髪の青年が向かい合って話ていた。

 茶髪の青年が吉法師に何かを問いかけているようだ。

「————八慶と八太は来るもの拒まずだったはずだ。何故、縄張りを奪うような事をしたんだ?」

 年齢は二十歳ぐらい、女性受けする爽やかな好青年だが今はその外見には似合わない引き攣った顔を作り、額から大量の汗を流す。側から見れば狼狽しているようにも見え、子供の吉法師に大人がすがる姿は滑稽だ。それほどの動揺が彼にはあるのだろう。

 そんな茶髪の青年に対して、呆れを混ぜた単調な口調で吉法師は簡潔に応える。そこに動揺をなだめる気づかいはない。

「縄張りを奪ったのではない。追い出しただけだ」

「追い出しただけ? ……何か不満があったのか?」

 眉間にしわ寄せて数秒考えた末に出した茶髪の青年の答えは、けして賢い答えではなかった。

 茶髪の青年に対して呆れがため息として出てしまった吉法師は『わからないならわからないままでいろ』と言うように深編笠を取り、呆れを含ませながら同じ言葉を言う。

「縄張りを奪ったのではない。追い出しただけだ」

 深編笠を取った吉法師の素顔は、髪一本乱れることなく纏めた髪で丁髷を作り、凛々しく整った顔立ちは虚無僧というよりは若武者。

 しかし、凛々しく整った顔立ちの瞳の奥には哀が含まれ、表情全体としては陰鬱な印象を与える。

「吉法師、これを見てくれ」

 茶髪の青年はポケットから黒皮の手帳を出し、

「国が座敷童を認めたんだ。座敷童同士の争いを避けることを目的に座敷童管理省ができたんだ。家が欲しいなら用意ができる」

 黒皮の手帳を開き【座敷童管理省•特務員•梅田達也】と記載されたカードを吉法師に見せる。

達也(たつや)、……」

 吉法師は呆れを見せるように目を閉じると、ため息混じりに「国が座敷童を管理してどうなるんだ?」と言い、返答を待たず言葉を繋げる。

「一昔前の常駐型と放浪型が大半を占めていた時代ならば、保護ならなんとか成り得たかもしれない。しかし、今はノラが大半……今更、国が動いたところで焼け石に水。そんな事もわからないのか?」

「吉法師は座敷童になってから争いに関わろうともしなかったのに、なんで今になって争いを生む?」

 吉法師の問いに対して問いで返した達也。

 この時点で二人の会話は会話ではない。達也が一方的に自分の意見を述べる形になっている。

 現状の判断ができないほど狼狽しているなら仕方ないが、問いに対して問いで返すのは相手の話を聞く気がないという主張になる。

 吉法師はため息を吐く。ここで会話を切り上げて一方的な達也を相手にしないという道もあるが、呆れを見せつつも達也の会話レベル、所謂、自己主張だけが一人前な人間との低い会話レベルに合わせる。どっちが大人だかわからなくなる対応だ。

「この程度の『遊び』を八童の一角が縄張り争いと思うなら、八慶に東大寺を任せれないと思うが?」

「任せれないから自分が八童に成り代わると言うのか?」

 更に問いに対して問いで返す達也。

 吉法師の背後にいる虚無僧が「吉法師」と呼ぶのは『相手にする価値は無い』という意味を含んでるが、吉法師は右手で虚無僧を制して、達也に返答する。

「成り代わる? ……ふっ」

 達也の見当違いな発言に鼻で笑うと、

「梅の字は良い跡取りに恵まれなかったようだ。これでは竹の字に笑われ、松の字に呆られる。……達也、梅の字と座敷童の付き合いはお主で終わりかもしれないな」

「…………、その竹田と松田が動く前に梅田(うめだ)が争いの種を取り除くんだ。八重は松田と深い付き合いがある。その八重は八慶と八太に近畿を任せた。吉法師……」

「達也、これ以上幻滅させるな。松の字と竹の字には有り、梅の字のお主には無い決定的な欠点がある。それはそのまま梅の字が築いた座敷童管理省の姿だ。管理や保護と唄うのは構わないが……」

 奥歯を噛み締めて表情に狼狽を見せた達也を見ると、ゆっくり目を閉じ、

「達也、もっと視野を広げて物事を見る事を覚えろ。井の中の蛙では大義は持てても、大成はしない」

「どういう意味だ?」

「……自分で考えるんだ」


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