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座敷童のいち子 作者:有知春秋

【中部編•想いふ勇者の義】

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 大益にある酒呑童子を飲み干した龍馬がぐでんぐでんになりながら美代へ献杯し、同じ量をあっさり飲み干した美代は龍馬へ返杯。金の大盃は二人の間だけを行ったり来たりし、龍馬と美代の飲み比べ対決に大広間は異様な盛り上がりを見せている。
 そんな中、翔は杏奈の取り分けた料理を配膳していた。
 騒がしい大広間の中で静かに座っている四人、巴四天王は翔が料理を持って来ても箸を取ろうともせず、ともえに気を使い、おすそ分けを遠慮するような雰囲気を出していた。しかし、翔の「いち子からの気持ちだ」の一言は効果的で、空腹でもあった四人は死んだフリしたともえに一礼してから食事を始めた。
 翔は上座に戻ると、料理を取り分けながら龍馬と美代の飲み比べを見ていた杏奈の隣へ行く。すると杏奈は、タイミングを計っていたように先ほどから疑問になっている事を投げてきた。
「松田さん。瓢箪の大きさから想像できる量はとっくに飲んでいると思うのですが、あの瓢箪は酒呑童子という謎の飲み物を無限に貯蔵……? 生成……? しているのですか?」
 杏奈は『見たままを言ったものの、的を得ていないおかしい言葉だな』と思う。
「やっぱり気になる?」
 翔は、杏奈の希薄な表情から『納得できる答えは無いですよね?』という諦めも見受けたため、それなら話は早いと思いながら、自分も同じ気持ちだと言うように知っている事を話す。
「松田家では、海が枯れるなら酒呑童子も枯れる、と教えられているけど……突っ込みどころ満載だよね。座敷童側の非常識は気にしてもしょうがないって感じだからさ、考察するより諦めて、こんなモンだって感じで慣れた方がいいよ」
「そうですね。……もう一つ疑問があるのですが、貫太君が一瞬で気絶した百倍の量を龍馬さんは飲んでいるのですが……大丈夫なのですか?」
「龍馬は出生から規格外だからね。俺達は【オロチの加護】って言ってるんだけど、見たとおり、かなり無理すれば美代の遊び相手になれるぐらいは飲める。とんでもない二日酔いになるだろうけど、美代と顔を合わせれば毎回のことだからさ、心配しなくていいよ」
「龍馬さんには【神童の懐刀】と競えるぐらいの武力があるということですか?」
「酒呑童子を飲める量は強さの証って言われているけど……その強さは、武力なのか知力なのか、それとも力なのか能力なのか気持ちなのか……何の強さなんだろうね」
 翔は盛り上がっている座敷童をどこか仲間外れにされたような、寂しさある瞳で見る。
 そんな疎外感を瞳に写している翔の反応に杏奈は疑問符を浮かべる。が、今はその瞳の答えよりも、強さの答えを知るために問う。
「人間側で言うところの、お酒が強いからと言って仕事力があるというわけではない、ということですか?」
「少し違う、かな。……例えばさ、能力を戦闘に使う場合は相手の能力との相性があるし、天候を操るという部分だけを切り取れば、しずかは風を操ることで晴れ•曇り•雨•雷雨と変えられる汎用型だけど、ともえは雷という特定の条件が必要な特化型になる。この汎用と特化に焦点を当てると、しずかの汎用性は万能に感じるけど特化性は無いため、ともえの特化性ほど高性能ではない。そうなると、いくら汎用型でも『用途』によっては万能ではなくなり、特化型が勝る場合がある」
 杏奈の理解を表す頷きを見ると、細かな説明をはぶいても大丈夫だと受け取り、
「能力と同じく、気持ちの強さも同じ。気合いがあるかないかよりも『用途』、いわゆる好きな事と嫌いな事でやる気は変わるし、勝敗に関してはその日その時の気分まで関わってくる」
「この問題も謎ということですね」
「謎というより、酒呑童子を大量に飲めるというのは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()って事だから、人間の思う強さとはベクトルが違う気がする」
「酒呑童子の量をいち子ちゃんからの気持ちの量と仮定するなら、貫太君のように力•能力•気持ちが揃ってはじめて与えられ……」
 龍馬さんのように【オロチの加護】があれば別ですが、と加えてから、
「いち子ちゃんの気持ちの量、言葉を変えると『期待を背負える実力、もしくは相応の気合い』が無いと貫太君のようになってしまうということですか?」
「その解釈で正しいんだけど、少し考え方を変えてみようか」
「どういう意味でしょうか?」
「井上さんの解釈は正しいけど、それは人間らしい解釈なだけで、座敷童に寄り添った解釈ではないんだ」
 黒縁眼鏡を押し上げて「やはりそうですか」と言ってきた杏奈に、翔は吉法師や理子の言ったとおり杏奈の気持ちが成長、変化しているのを感じ取る。
 ——頑張っているんだな。
 と、座敷童のために変わっていく気持ちに内心では嬉しくなる。いつもは杏奈への説明に嘘や飛躍を入れるため頭を悩ませていたが、『今回の事に関しては隠さずに説明する』事にした。
「井上さん。武力の強さから勝てても、そこに気持ちがなければ敵を増やす結果になるだけなんだ。それなら、座敷童には綺麗事しか通用しないのか? と思うかもしれないけど、それもまた違う」
「……」
「永遠を生きる座敷童は寿命のある人間とは違う感性で物事を解釈するから、俺達には理解したくてもできない『強さ』がある。その解釈からの判断が人間とは微妙に違うから、座敷童と関わる俺達は『永遠を生きる座敷童ならどう考えているのかな?』と思いながら解釈して判断しないとならないんだ」
「……松田さん?」
 いち子を見つめながら楽しそうに話している翔の雰囲気が疑問になり、先ほどの疎外感を写していた瞳も含め、今の具体的だが答えになっていない説明を訝しむ。
 ——話す内容の質がいつもと違う。
 ——嘘や飛躍ではなく本音で話してくれているような……。
 ——けど、何か違和感がある。
 杏奈は両膝を畳に滑らせると、すっと翔へ向き直る。白髪から覗かせるのは楽しんでいるいち子を微笑みながら見ている、妹を見守る兄のような表情。それはいつもどおりの、
 ——いち子ちゃんを微笑ましく見ているいつもどおりの松田さんだ。
 と杏奈は思うが、何かが引っかかる。
 ——先日から不安と一緒によぎってくるこの直感は、高確率で正しい事を見逃している時のモノ。
 ——でも、見逃し(ソレ)が何かわからない。
 それならば、と協調性がちょっと成長した杏奈は翔に直接聞くことにする。
「松田さん、何かありましたか?」
「んっ? ……? どうしたの? 何もないよ」
 翔は杏奈からの問いに疑問符を浮かべる。
「そう、ですか」
「あっ、俺の説明が下手だったからわからなかった?」
「いえ、具体的でわかりやすかったです」
 答えにはなっていませんが、とは内に秘め、翔の瞳を見つめ返す。
「井上さん……? どうしたの?」
「…………」
 今の松田翔は普段と変わらないように見える。しかし、疎外感を瞳に写していた松田翔といち子を微笑ましく見ていた今の松田翔は別人のような、そんな極端な考えさえよぎるぐらいの違和感が直感となって伝えてくる。
「(どういうこと……?)」
 協調性が少しだけ芽生えたぐらいでは理解することは皆無。杏奈はその違和感に疑問符を浮かべる事しかできなく、ジッと翔を見やる事しかできなかった。
「い、井上さん?」
「なんでもありません」
 いえ、と即座に前言を翻し、
 ——もしかしたら、いつもみたいに真実をはぐらかせる嘘を付いているのかもしれない!
 と今まで翔に騙されてきた経験から違和感の矛先を考え直す事にし、問い詰める準備をする。
 明らかな誤認。だが、協調性が芽生えたばかりの杏奈ではしかたのない結果。
「なんでもなくはありませんので、失礼します」
 すっと両手を伸ばして翔の頰へ指先を向ける。キョトンとしている翔の頰を指先で摘むと、ギュッと力を入れる。
「い、井上、さん? なに、かな?」
「私は見抜きました。松田さんらしくない雰囲気がある時は、また何か嘘を言っているか、ドッキリがあるのだと」
「…………」
 心外この上ない! と言ってやりたいが、杏奈の成長に嬉しくなっていたのは自分だけで、今までの行いを考えると話す内容とその質の違いに、
 ——井上さんには機械的な洞察力があるから、話す内容の質に違和感があって疑っているんだな。
 と、今さら『井上さんの成長に合わせて話せる事を話してるだけ』とは言えるはずもなく、下手な言い訳は機械的な洞察力に見抜かれてさらなるドツボを生む。そのため、翔は自業自得の結果を受け入れることしかなくなった。
「ドッキリと言われましても……今の状況が、俺的に……ドッキリ、なのですが?」
「…………」
「あの、井上さん、みんなが、見ていますのでそろそろ……」
「もういいです」
 翔の頰から手を離すと、ぐでんぐでんの龍馬へ向き直って姿勢を正す。そして、金の大盃に瓢箪を傾けているいち子へ真剣な表情を向けると、
「いち子ちゃん。松田さんがおかしいです。何かを隠しています」
 いつもはいち子に対して敬語を使わない杏奈だが、場の雰囲気から敬語を使う。
 いち子は酒呑童子を傾けながら首だけ杏奈の方へ向けると、チラと翔を見て杏奈へ視線を戻す。
「うむ。杏奈もやっと気づいたようじゃな。翔はいつでもおかしいんじゃ」
「おい、いち子、ソレはどういう意味だ?」
「松田さんがいつもおかしいのは知っています。ですが、さっきはなんか別人みたいになってました」
「井上さん……俺の事をいつもおかしいって思っていたの?」
「うむ。杏奈、よくぞ見破った。その成長と今回の褒美に大盤振る舞いじゃ」
「「「!!?」」」
 一同、いち子の言葉に目を見開く。
 一瞬早く我に返った翔は、杏奈を庇うよう前のめりになると、
「いち子、なに言ってんだ! 井上さんが酒呑童子を飲めるわけないだろ!」
「座敷童デジタル化計画、大義じゃ」
 龍馬の手にある金の大益を取ると、酒呑童子を飲み干した龍馬が白い煙を噴き出して「そ、それはダメぜよぉ〜」と言いながら倒れていくのを一瞥。いち子は杏奈へ大益を向け、瓢箪を傾ける。
「いち子、さすがに悪ノリだ」
「うむ、そうじゃな。ただの戯れじゃ」
 じゃが、と言って一拍の間を作ると、大広間をピリッと凍りつかせる威圧感を『周囲に向け』ながら、
「座敷童デジタル化計画は『今のともえでは荷が重い』、このままでは『小夜が一人前になるまでお預けじゃ』。代わりに、しずかをともえの代役にしたいんじゃが、それもまた『今のしずかでは荷が重い』」
 翔との会話だが、死んだふりをしているともえとしずかへ向けている言。いち子は死んだフリを続ける二人を一瞥し、やれやれと言うように呆れ顔を作って威圧感を消す。
 そんないち子の行動に『しずかとともえの真意を確かめている』と思った翔は、自信はないが、二人がいち子と話しやすい場を作ってやることにする。
「いち子、しずかとともえは喧嘩したかもしれないけど、ばあさんは喧嘩だと思っていない。白天黒ノ米の没収で十分だろ?」
「うむ、そうじゃな。じゃが翔、ワタキは杏奈の功績に見合うおすそ分けを与えたいのに、今のままでは何も与えられない」
「?」
 しずかとともえの真意を確かめているのではなく、杏奈へのおすそ分けに悩んでいるような。そんないち子の見抜けない真意に疑問符を浮かべる。
 ——どういうことだ?
 ——いち子が座敷童デジタル化計画をそんなに評価していたとは思わないけど……。
 これも座敷童ならではの解釈か? と翔が悩んでいると、いち子の言葉は更に続いた。
「『もっと他におすそ分けできる物があれば杏奈にソレをおすそ分けする』のじゃが、何も無いなら酒呑童子じゃ」
「そういうことか」
 悩む必要はなかった。いち子はしずかとともえに『きっかけ』を与えようとしていただけ。それならば、と翔はいち子の話に合わせるだけだと思い、言葉を繋げる。
「おすそ分けする物がないからって酒呑童子はダメだろ。しずか、ともえ、いち子が井上さんにおすそ分けできる……物は……ないか?」
 先ほどまで死んだフリしていた位置にしずかとともえはいない。ふと頰をかすめた風に視線を横にやると、死んだフリからいつの間にか蘇った二人が雲脚を手にいち子の前に立っていた。
 しずかとともえはゆっくりと片膝を畳に付けると、いち子の正面に雲脚を置く。
「おすそ分けにどうぞ」
 ともえは桐の箱をピラミッドのように積んでいる雲脚をすっと前に出すと、続くようにしずかが。
「杏奈へのおすそ分けにはコレが一番でありんす」
 しずかは【あんな】と書かれた巨大ヒヨコが乗っている雲脚をずずずっと前に出す。
「うむ。二人の品、ありがたくちょうだいする。じゃが、ワタキが杏奈におすそ分けできるのは一品だけじゃ。『どちらの品』を受け取るかは杏奈が決める」
 どちらかは白天黒ノ米を持てず、それは杏奈が決めることだと言外に含めている。もちろん、この場にいる者は言外にある真意を履き違えることなく理解する。
 最初に動いたのはともえだった。
 ともえはすっと立ち上がり、杏奈に向き直ると、気の強そうなつり目を泳がせながら、
「箱入り娘……いや、杏奈。白天黒ノ米のない私は無力だ。だから、その……座敷童デジタル化計画を進めるために、このおすそ分けを受け取ってほしい」
 幼児化したともえが遠慮しながら繋げる言葉には、常に自信と威圧があった巴らしさはなかった。
 だからこそ、杏奈は、
 ——コレはチャンスなのでは……。
 と、二人のどちらかに白天黒ノ米という貸しを作るのではなく、このチャンスを掴むだけでなく新しい答えを見つけたら、座敷童デジタル化計画をより万全にできるようになるのでは……と考える。すると、そんな杏奈の心を読んだのか、悪代官様の側近のような変顔をしたしずかがニヤニヤしながら言ってきた。
「杏奈。ともえは白天黒ノ米が無くても『翔との約束がある』から座敷童デジタル化計画を手伝わないとならないでありんす」
「しずか、貴様!」
「能力は使えないでありんすが、今のともえでも小狡い頭脳は健在。現段階の座敷童デジタル化計画では、それで十分でありんす」
「…………」
「杏奈、しずかの甘言に騙されるな!」
「そして、白天黒ノ米を手にしたわっちが座敷童デジタル化計画に協力すれば、近畿座敷童は確実に……いやいや、みなまで言わなくても杏奈ならわかるでありんすな?」
 ともえを陥れつつ、白天黒ノ米を自分に与えてくれたら座敷童デジタル化計画を手伝う、という意思を杏奈に伝える。
 杏奈は数秒だけ考える。ともえに白天黒ノ米が渡れば巴になり、座敷童デジタル化計画は巴という最強のセキュリティに守られる。もしも、しずかに白天黒ノ米が渡れば、しずかの言うとおりともえのままだが座敷童デジタル化計画を手伝ってもらえるが、巴ではないためセキュリティに不安が残る。が、しずかが静になって手伝ってくれれば巴のような特化性は無いが汎用的に……。
 ——松田さんとの約束があるともえさんよりも、しずかちゃんに白天黒ノ米を渡すのが吉。
 ——でも、その考えは尚早。
 ——そもそも、巴さんが良心から協力してくれるからこそ、座敷童デジタル化計画は座敷童や家主からの信用と信頼を得られる。
 ——ともえさんを蔑ろにはできない。
 座敷童デジタル化計画には巴という番人がいるのが絶対条件。何よりも、松田翔が御三家として提示してきたのは『巴ありきの座敷童デジタル化計画』なため、座敷童や家主に与える巴の信用と信頼と同じぐらい、次期御三家と友好に事を進めるためにも『ともえは蔑ろにできない』。
 ——でも、しずかちゃんの言うとおり、巴さんという番人はいなくても、ともえさんという頭脳はある。
 ——なによりも、武闘派の近畿座敷童が協力的になるのは問題事が減り、他地域への信用と信頼度が増す。
 ——今ではなく将来だと、ともえさんならわかってくれる。
 ——何より、小夜さんを家主にした今は、二人の絆を深めていく時期。そんな時期に、白天黒ノ米がともえさんの手に戻れば『頼れる巴さんに甘える小夜さんに戻る』可能性が重々にある。
 ——それは次期御三家と作っていく座敷童デジタル化計画の将来に不安を作る。
 静が座敷童デジタル化計画を手伝ってくれたら『近畿座敷童へのデジタル化普及に難が無くなる』。が、それは今の段階の話で将来に不安を残す。
 理想は言うまでもなく、白天黒ノ米を持った巴と静の二人に手伝ってもらうことだが、
 ——いち子ちゃんはそう甘くないだろうな。
 と杏奈は思い、悩む。が、それも一秒ほど。
 ——それなら……!
 と、【悪代官】いち子に直接交渉するよりも【神童】いち子から情報を引き出しながら、理想に近づくための道を探ることにする。
「いち子ちゃん。現在の座敷童デジタル化計画は、東北の電波設備しか拝借していなく、端末も一部の東北座敷童にしか渡っていません。『全座敷童が端末を所持』し『全国にある電波設備の拝借』するのがデジタル化の絶対条件なのですが、この途方もない計画に東北座敷童は協力的になりました。北海道と中部、いち子ちゃんと三郎さんは無条件で協力してくれるのでしょうか?」
「うむ、ワタキは電話を待っておったから、協力できる事はする。三郎も同じじゃ」
「…………ありがとうございます」
 無条件をあっさり受け入れるという予想以上の答えに内心で歓喜する、が相手は【神童】。遊びの一つとして『掌の上で踊らされている可能性がある』。
 ——相手はいち子ちゃんではなく【神童】、油断はできない!
 ——それに座敷童デジタル化計画は日本全体を碁盤にして、大局を見ないとならない。
 ——今は北海道•東北•中部という限定的な答えしか出せていない。
 大局を切り開かないとならない、と決意し、言葉を繋げる。
「残りの関東•近畿•中国•四国•九州沖縄になりますが、今回、佐渡島へ行った梅川さんの情報から『現地の座敷童が見える人間は八童の判断に従う傾向がある』とわかりました。座敷童管理省の言葉など『こちらが百害背負って相手に無害を与えないと聞いてくれません』」
「井上さん、それは極端だよ。佐渡島は特殊な……いや、他にもそういう地域はあるけど、一応、俺ら御三家の跡取りもいるから話は聞いてくれる」
「いえ、松田さん。極端に考える理由が他にも三つあるのです。————」
 一つ目は、座敷童に与える携帯端末は縄張りを越えた友好のツールになる分、縄張り意識の強い座敷童からの反発を防ぐために、抑止力となる八童の了解が絶対条件。
 二つ目は、問題を抱えるノラや放浪型の保護を一部の座敷童や座敷童管理省が率先しても、施設や特務員の数から限界がある。そのため、携帯端末の普及が広がれば友好のツールではなくなりイジメのツールになる可能性がある事から、座敷童同士の不仲に何かしらの対応が必要になる。
 三つ目は、友好のツールになるという事は、座敷童同士が仲直りし、常駐型が家主から離れて行く可能性がある。
 今の段階の座敷童デジタル化計画で考えないとならない三つの条件を説明した杏奈は、一同の顔を見る。
 座敷童はキョトンとしているが、人間は納得を見せていた。
 携帯情報端末がどんな物かを理解している人間と電話というオモチャが欲しい座敷童との考えの違いは、やはり座敷童には電話やメールから生まれる問題が見えていない、と杏奈は確信した。その結果、
 ——【神童】そして御三家当主と直接交渉するにはまだ情報が足りない。
 ——なにより、将来的に便利な環境を作る座敷童デジタル化計画と言っても、問題が山積みだ。
 ——端末を所持するためのモラルが座敷童には無さすぎるから、ただ端末を所持させればいいってだけじゃない。
 ——モラルの抑制、その抑止力。その必要性を知ってもらう必要がある。
 ——でも、下手したらいち子ちゃんの気が変わって、全てが白紙になる。
 ——この場は御三家当主まで納得させられる情報を収集するよりも、【神童】のみに的を絞るのが吉!
 決定権はいち子にある。だが、杏奈はおすそ分けの儀式を通して、いち子は民意をおろそかにしない事がわかった。不安はある、がこのチャンスを掴まない限りは座敷童デジタル化計画の先は無い。【神童】の理解を得るため、座敷童全員に視線を向けながら説明を続ける。
「三つの不安要素をわかりやすく言います。一つ目の不安要素、座敷童デジタル化計画は『八地方の縄張りを統一する』事に繋がります」
「「「ムリムリムリ」」」
 真っ向からの否定。だが、杏奈はその否定を読んでいたように、説明を続ける。
「二つ目の不安要素は、震災などで縄張りから出て行った座敷童なら寛容に受け入れると思いますが、過去に因縁のあった座敷童が帰ってきたいと言ってきた場合……同じく寛容に受け入れなければなりません。それが、友好のツールになります」
「「「ムリムリムリ」」」
「三つ目は、ノラから常駐型、放浪型から常駐型、そして常駐型が友好のツールで話せるようになれば『家主の元から出て行く』事に繋がる可能性があります」
「「「ないないない」」」
「……ムリ、ムリ、ない、というこの結果から、座敷童デジタル化計画は八童全員の了解と縄張りの解放、そして常駐型が携帯端末を持つ場合は家主の了解が絶対条件になりました」
「「「??????」」」
 わけわからん、と疑問符を浮かべる座敷童。しかし、座敷童デジタル化計画のマニュアルを杏奈と一緒に作っていたともえと八慶は納得している。だが、縄張りの解放に関しては『いち子に頼むしかない』案件であり、いち子が了解しても他の八童が了解するとは限らないという難しい問題もあると杏奈は聞いている。
 しかし、現段階で【神童】の理解を得るために必要な情報は揃った。後はいち子の気変わりの阻止と直接交渉に必要なインパクト、『それも座敷童流のインパクトが必須』だと考え、決意しながら、杏奈は『一つ目の不安要素から挑むことにする』。
「現段階の座敷童デジタル化計画に必要なのは白天黒ノ米ではありません」
 杏奈が選んだのは巴でも静でもない。しずかとともえの驚愕を横に感じながら、現段階の座敷童デジタル化計画には何が必要なのかを提示する。
「八童を説得する場。それも座敷童デジタル化計画に賛成している八童がいる場で説得するのが理想です」
 従って、と繋げると、
「私へのおすそ分け、いち子ちゃんへのお願いは『おばあちゃんの家に八童を集結させてください』……とダメ元で頼んでみます」
 杏奈は黒縁眼鏡をいつもとは逆の左手中指で押し上げると、ポカーンとしているいち子を見やる。そして、いち子の手にある金の大益を右手で掴み、すっと自分の胸元に持ってくる。一瞬だけ盃の中で揺れる水面に口端を吊り上げると、
「それでは、いただきます」
 ガッと金の大益を口元へ、持っていく。
 一瞬の間に起きた杏奈の強行に一同の時間が止まる————
 杏奈の独り舞台。それは数秒のいっときだが、ソレはゆっくりとした時間の中で作法を見ているように流れていった。
 杏奈の桃色の唇が大盃の縁に触れると、金の大盃の中で揺れている水面は口の中へ流れていく急流に変わっていく。
 喉を鳴らさずに酒呑童子をザバァァァァと胃へ流し込むその姿は、豪快。だが、儚い花を見ているような気持ちになる。
 線の細い少女の豪快で儚げな一気飲み。その時間は二秒、三秒……五秒と経つが、杏奈は一度も喉を鳴らさない。
 最後の一滴が金の大益から垂れ、喉奥に触れると、ここでやっとゴクンと喉を鳴らす。
「……ごちそうさまでした」
 右手にある金の大盃をいち子に返し、黒縁眼鏡を左手中指で押し上げると、
「いち子ちゃん、八童の集結、お願いしま……す」
「う、うむ」
「あり、ありがとうございます」
 クルッと翔の方へ向くと、口端を釣り上げながら、真っ赤になっていく顔を向ける。
「ふっふっふぅ……マチュ田さん、酒呑童子、敗れたりゃ、です!」
「いや、井上さん……」
「みなまで言わないでください! 言われなくても、わかって、ますのです!」
 ち、ち、ち、と人差し指を立てて謎を解く探偵のような気取った姿勢になると、
「たしかに、格別に美味い、と聞けば、誰でも味わうと思いまちゅが……私はそんなじょほ、情報に惑わされません! 酒呑童子もお酒と同じく味わったら酔うのですよ! 酔うの、です! それなりゃ、胃の中に一気に流し込めびゃ、酔うのを遅らせられましゅ。まぁ……お酒を飲んだ事はにゃいので受け売りですが」
「ま、まぁ、そうだね」
 真っ赤になり口から白い煙が漏れ始めた杏奈を心配そうに見ながら、
「ただ……一気に飲んでも、酔うものは酔うから結局は……」
「私は土佐者、飲んでも飲まれにゃいぜよ!」
「うん、完璧に酔ってるね」
「ワシも土佐者ぜよ!」
「龍馬、起きないでいいから、寝てろ」
「マチュ田さんは、私を、バカにしているき、いつも嘘ばかり言っちゅうが。呉下の阿蒙にあらず……そう、北海道の杏奈は土佐の杏奈にあらず!」
「そうぜよ! うちの(あね)さんナメたらいかんぜよ!」
「龍馬は兎も角、とりあえず井上さんは言葉の使い方が少しおかしいけど、言いたいことはわかった」
「わかったなりゃ、少し、ぐら、い————」
 黒縁眼鏡を右手中指で押し上げながら倒れていく杏奈を、翔はよいしょと背中を支えてお姫様抱っこする。軽い体重を両腕に感じながら、真っ赤っかになっている杏奈にため息を漏らすと、厨房から呆れながら見ていた真琴へ視線を向ける。
「真琴さん。患者が増えました」
「……少しぐらい、ね」
「どうしました?」
「なんでもないわ。椿の間にアーサーがいるから、同じ部屋に寝床を作ってあげなさい」
「はい。……」
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