王子と公爵
「やぁアルフォンス君。いや、フェンデル公爵久しぶりじゃないか」
「メーリエ伯爵…お久しぶりですね。先日は妻が夫人のお茶会にお邪魔したようで」
「いやいや。私達にとっても昔から知っている君たちは本当の子供のようなものだからね。妻も喜んでいたよ」
人の良さが全面に出ている優しげな紳士。メーリエ伯爵は陛下や父より少し年上で、昔から夫人共々自分達に良くしてくれている。母方のアボット子爵を名乗るフロイドの父でもある。
ここは王宮であり、領地での仕事を父に任せ王宮での執務を主としている自分と違い、基本的に領地で過ごすメーリエ伯爵が王宮にいるのは珍しいことだ。
「今日はどうされたんです?フロイド達に用事が?」
「いやいや、先日セイン殿下が領地に視察にみえてね。その件で久しぶりに王都に来たんだ。いやー息子達から話しはよく聞くが久しぶりに来ると時代の流れを感じるねー」
笑顔で話す伯爵の言葉も途中からアルフォンスの耳には入っていなかった。
嫌な予感がする…
「モニカちゃんもセイン殿下と久しぶりにお会いになったと言ってたが、喜んでたんじゃないかな?」
その言葉を聞き、アルフォンスは挨拶もそこそこに第一王子の執務室へと走った。
「セイン!!」
「…わービックリした。アルフォンス、ノックぐらいしてよー」
まぁ来るかなーとは思ってたけど。と笑顔で呟いたセインに対し、アルフォンスは今にも殴りかかる勢いでセインを睨んだ。
「…モニカに何を吹きこんだんだ?」
まるで冬の凍てつく冷気のような低い冷たい声に、何事かと様子を見ていた王子付きの補佐官達が部屋からコソコソと退出していく。
「んー?何って…。あれ?君達まだ拗れてるの?何で?」
自分が思い描いていた展開と違う事に、セイン王子も頭の中で疑問符を飛ばす。
「俺が質問している!」
「ちょ、ちょっと落ちついて!」
ついに手が出そうになっているアルフォンスに、さすがのセインも焦り出す。
「まず整理しよう!…モニカがどうしたって?」
「……抱きしめて欲しいと言ったんだ」
アルフォンスは苦虫を噛み潰したような表情で呟いた。
あれ、ちゃんと自分の言った通りになっている。セインは更に訳が分からなくなった。
セインがあの日モニカに告げたのは、
「今夜、抱きしめて寝て欲しいと告げなさい。アルフォンスが迷ったり躊躇するようならアルフォンス兄様って呼んであげなさい。昔からアルフォンスはそれに弱いからね」
との言葉であった。
それだけモニカから伝えれば、何故かモニカを前に手を出しあぐねているアルフォンスもモニカを抱き、モニカの杞憂も勘違いだと気付くだろうと思ったからだ。
「うんうん、それで?」
「それで、じゃない。吹きこんだのはお前だろう?」
「確かに言ったのは僕だね。でもそれは可愛い妹が悩んでいたからであって…。
だいたい、何でまだ結ばれてない?僕は初夜というかモニカが成人した日から妹の貞操を諦めてたんだけど?」
「それは…、」
アルフォンスは一度閉口した。誰かにこの半年の悩みを言って、肯定されでもしたらもうモニカと顔を合わせられないかもしれない。
「…そういえば。モニカ、アルフォンスには他に好きな人がいるんじゃないかと思ってるみたいなんだけど。まさか事実じゃないよね?」
驚いて自然に俯いていた顔をあげれば、まるで害虫でも見るような目でアルフォンスを見るセインがいた。
「なっ、!そんな事あるわけないだろう!他に好きな人がいるのはモニカで、…!」
「…ふーん。何となく事情は分かった」
焦った様子のアルフォンスだがその言葉に嘘はないだろう。セインも、アルフォンスに他に女がいるとは思っていない。
ただ、可愛い妹にそんな勘違いをさせているアルフォンスに苛立つし、ましてやあの小さい頃から兄よりアルフォンスに懐いているモニカを疑うなんて…この男は本気でそんな事を思っているのかと更に苛立つ。
そして、二人が勘違いしていると分かった今、セインにはアルフォンスが勘違いしている人物が分かった気がした。
「アルフォンスは昔からモニカの前では優しいお兄さんであろうとしすぎる。…君、モニカに面と向かって好きだって伝えたことあるの?」
「!?」
「あーあー、君がこんなに情けないとは思わなかったよ。こんなことなら、モニカはユリウス君と一緒になればいいのに。仲良しみたいだしねー」
「セイン!」
「…なにさ?」
セインはアルフォンスの必死の形相から、今度こそ自分の予想が当たっていることを確信した。今更、結婚式でのアルフォンスの視線やらモニカの表情の意味に気付く。義弟ユリウスの居心地悪そうな様子にも。
アルフォンスは頭がおかしくなりそうだった。確かに、モニカの前では格好悪い所なんて見せたくなくて、優しいお兄さんでいたかった。好意を伝える言葉は数え切れない程伝えてきたが「好き」「愛している」といった言葉は確かに口にしていない。
特に半年前の事があってからは…。
しかし、セインの言葉を信じるならアルフォンスは勘違いをされている。それもアルフォンスの態度によるものだとしたら、今まで悩んできた事や我慢してきた事が全て意味なく、マイナスであるということだ。
アルフォンスは結局なにもセインに言い返す事が出来ず執務室を後にした。