フェンデル公爵の事情
「モニカ様も18歳か。エリス様とまでは言わないけど、さすがあの陛下達の御息女というべきか。今日は特別美しいな」
アボット子爵、フロイドの言葉にアルフォンスは目の前の友人を殴りつけたい気持ちを賢明に抑えていた。
エリスは確かに美しいが、自分にとってこんなにまで心惹かれるのはモニカただ一人であり、フロイドの言葉はモニカを侮辱しているようにしか聞こえなかった。
亜麻色の美しい髪を結い上げ、その白い首筋をさらす様子は、アルフォンスの劣情をどうしようもなく誘った。いつもより大胆に鎖骨を出し、華奢なシルエットを際立たせるドレスは、彼女が立派な大人の女性である事を突きつける。周りの男共の視線には全く気付いた様子もなく、その白い肌を桃色に紅潮させている。アルフォンスは、彼女を見る全ての男共の目玉を潰してしまいたいと強く思いながら、なんとか口にする。
「…そうだろうか?彼女はまだ子供だ」
心にもない返答は、周りの男共への苛立ちと、ついこの間まで「アルフォンス兄さま!」と後ろを追いかけてきたあどけない彼女が急に大人の女性になってしまったことへの戸惑いからでた言葉だった。
アルフォンスにはどうしても譲れないものがある。小さな頃から神童として注目されてきたアルフォンスだが、そんな彼が手に入れたいと思ったものは唯一、第二王女モニカだけだった。
物心ついた頃から、同年の王子の学友として王宮にかよっていたアルフォンスは、気付けば8つも年下の妹姫に夢中だった。
不器用で、頑張り屋な彼女のために、自分が助けてあげようと勉学を一生懸命学んだし、彼女が素敵だと言ってくれるなら、剣技の訓練も苦ではなかった。ある日父親同士の半分冗談の口約束で結ばれた許婚の関係を、決して切れない縁にするために成人してすぐに爵位を継ぐ決心をした。いくら自分を慕ってくれているとはいえ、モニカは王女である。彼女を妻にするなら身分と実績が必要だった。
モニカの側を離れなければいけないのは苦渋の判断であったが、すこしでも早く彼女を自分だけのものにするにはこうするしかないと、決断したのだ。
だが、それも失敗だったかと今では思う。
モニカには大切な人が出来てしまった。
ガーランド帝国第三王子ユリウス殿下。モニカの姉、エリスが結婚した第一王子ヴェルナー殿下の末の弟であり、モニカには義理の兄にあたる。
エリスとヴェルナーの結婚を機に友好を深めた2人は、ただならぬ関係にあることをアルフォンスは知ってしまった。
「楽しそうですね?姫様」
「ぇ、あ、分かりやすいかな…?暫く会えなかったから、少しでも可愛くなって会いたいの」
今夜、自分の成人を祝う夜会のために身仕度するモニカと侍女の声が聞こえてくる。扉の隙間からは、まるで春を告げる女神のような可愛らしい少女が見える。少しでもなんて、…彼女はいつでもこれ以上ないくらいに可愛らしく自分を狂わす。本当はマナー違反ではあるが、夜会の前に会ってしまいたいくらいには。
彼女が自分のために着飾ってくれているのだと信じて疑わなかった。この瞬間まで。
「ふふ、あらそう言えばユリウス様は少し遅れて夜会に到着されるそうですよ。先ほど到着されたエリス様が、おっしゃっていました」
「え!そんな…!早めに来るって言ったのに」
その寂しげな声に、心臓を貫かれた様な衝撃を受けた。
彼女はユリウス殿下に会いたくて、あの声を紡いでいるのか?いつの間に彼女は…、
アルフォンスは目の前が真っ暗になるのを感じた。
会えない間、交わした手紙の中には彼女が自分の身を案じ、また会える日を楽しみにしています、との言葉で締められる。
優しい彼女らしいが、一度くらいとアルフォンスがこの8年望んでいた言葉があった。
「まぁまぁ姫様。ユリウス殿下もお忙しい身なのですよ」
「分かってるけど…。今日は大切な日だから、早く来て会ってねってお願いしてたのに…」
「早く来て欲しい」
「あなたに会いたい」
内気で我慢強いモニカにはなかなか言えないだろうと、諦めていた言葉をユリウス殿下はいとも簡単に紡ぐのかと、暫くその場から動く事が出来なかった。
「我々の結婚は幼いころから決まっているものだ。そこに恋だの愛だのはないし、たとえ他に思い人がいても、自分たちは結婚する。これは決定事項だ」
アルフォンスはもう、モニカを諦めることなんて出来やしない。たとえ、彼女が他の男を思っていようと…。
半年後には、夢にまでみた彼女の花嫁姿が自分の隣にあるのだ。自分に言い聞かせるようにアルフォンスは言葉を紡ぐ。