002 よくできたゲーム
自室のベッドに横になって頭にへんてこな機械をかぶって、ネットに接続。意識が電子の海に吸い込まれる感覚。となりの部屋では弟が同じことをしているだろう。VR技術は最近は病院とかでも使われているらしいけど、わたしは生まれてこの方病院に行ったことなんて子供のころに一度だけだ。というかあれは少々特殊な病院だったからカウントしちゃいけないか。わたしはこれがVR初体験。
今日はWCのβテスト開始日。
WCに接続するとさっそく初期設定が開始された。自分のキャラクターの職業とかを決める。
WCは初期の職業からして30種類ある。戦士、騎士、狩人、盗賊、魔導士、吟遊詩人、神官、薬師、商人、鍛冶師、etc……。この中から二つ選ぶから、実に90種類ものパターンがある。ちなみに同じ職を二つ選んでもいいらしい。例えば戦士×戦士なら、戦士のスキル《体力強化・小》を二つ覚えられるから特色がよりはっきり出るわけだ。
職業は最初の街の神殿で自由に変更できるから適当に選んでいいと弟は言ったので、わたしはその言葉通りサイコロで適当に出た目で職を決めた。TRPG要素も入ってるらしいし別にいいよね。ちゃんと選択画面に「ダイスを振る」ってコマンドあるくらいだから運営側も狙ってやってるのかも。結果は《狩人》×《魔物使い》。まぁそんなに変じゃないかな。《鍛冶師》×《料理人》とかわけのわからないのになったらさすがにサイコロふり直したと思うけど。ちなみに我が弟は《戦士》×《賞金稼ぎ》にするそうだ。
次に初期ボーナスポイントの設定。WCではステータスをアップできるボーナスポイントが手に入り、キャラクターの体力、腕力、精神、器用、敏捷、などのステータスに振っていける。キャラレベルとスキルレベルの上昇時に一ポイント手に入るらしいのでこの振り分けでかなり個性が出るんじゃないかとは我が弟の予想だ。
このボーナスポイントが初期値で10あるので振り分ける。当然これもサイコロで選び、結果は《幸運》。めんどくさいので《幸運》に10ポイント全部振る。これで宝くじ当たったりするようになるのだろうか。
その次は容姿の設定。めんどくさいから現実そのままでいいや。弟もそのままにするって言ってたし。なんでも、そのままの容姿でプレイした場合なんらかの特典があるらしい。現金な弟である。
最後に名前。うーん、こういうのって普通最初に名前決めるもんじゃないのかな。
名前に使える文字種はカタカナのみ。あといくつかの記号。文字数も二文字以上、七文字以下と結構制限があるみたい。
まぁこれもめんどいのでそのまま本名の《ミオ》で登録。我が弟も本名で《タイチ》にするって言ってたし。
さて、これでだいたいの設定が終わったかな。もうなんかこれだけで疲れちゃったよ。
そんなことを考えていると『始まりの街に転送します』というメッセージが出て視界が暗転。直後に街の広場らしきところに出た。周囲にはゲーム初心者のわたしでも明らかに初期装備とわかるような粗末な格好をした男女が大勢。そう思って自分の体を見下ろすと自分も同じ粗末な装備をしているのに気づいて思わず苦笑する。いやぁ、実際にゲームの装備をするってのはなかなか気恥ずかしいものがあるんじゃなかろうか……。
しかし本当にリアルだなあ。これゲームの中なんだろうか。わたしが来てる服も普通の肌触りだし(生地は荒いからちょっとざらざらはしてる)、空気の流れや街の匂いまで感じる。空も雲がちゃんと流れてるし。
しばらくぼーっと突っ立っていると、「姉さん」という声が聞こえた。声も現実と違わないなぁ。これは我が弟の声だ。
「ん、タイチ。……そっちはお友達ー?」
弟と一緒に来たのは人懐っこそうな笑顔をした少年。これが話に聞いてた同級生かな。
「はじめましてお姉さん。僕、タイチの同級生の高橋健吾です。一応ゲームじゃ《ケン》て名前なので。よろしくです」
「こちらこそよろしくー。タイチの姉の澪です。いつもお世話様ですー」
互いに自己紹介をしておく。ついでにフレンド登録も。ケン君は《騎士》×《探索者》だそうだ。
そうしてのんびりと、そろそろ町の外に出てみようか、という話になったところで。
カラーンカラーン、と鐘の音が広場に鳴り響いた。
突然の鐘の音に広場にいた人の多くが騒ぎ始める。でもそれも空中に現れた文字列を見たとたんに収まっていく。困惑が口を閉ざし、沈黙を生んでいるのだ。その初めの一文は――『ただいまよりプレイヤーのログアウトは禁止されました』
いつもだいたいこのくらいの長さになると思います。短いかもしれませんが……。