鷺ノ宮−琥珀、その後
本編を先に読まないと全く判らないと思われます。
雰囲気だけ楽しめればそれでよしとしてくださいませ。
「ふうん。キミが、ね」
その人は言った。
「そう。あたしが」
いろんな噂を耳にしていた。過保護とも言える人たちはあたしに何も言わなかったけれど、だからといって何も知らないわけではない。塞いだところで、それは消えてしまうものではないのだから。
「おもしろいなあ。久しぶりだよ。うん。五十年ぶり?」
「なんだ、たったの五十年? つい最近じゃないの。おにいちゃんのことでしょ、それ」
その人はけらけらと笑った。
「なんだ、知らないのかと思ってたのに」
「知らないふりしてたの。その方が平和でしょ?」
噂では恐い人のはずだった。でも、ちっとも恐くない。これだったら、最初に会ったときのアインの方がよっぽど恐かった。それを表に出すほど子どもじゃなかったけれど。
「神南よりおもしろいかも。名前、なんてったっけ?」
「深森。鷺ノ宮深森」
賢人会議なんて名前ばっかりが独り歩きしている。
叔父さまの後を継いで、おにいちゃんのお医者様になったのは三年前。でも、ここに加わったのは生まれたときから。あたしは鷺ノ宮だから。
おにいちゃんや叔父さまは、それを嫌がっていたみたいだけど、そのことについてあたしは何とも思っていなかった。鷺ノ宮で困ったことはひとつもないし、鷺ノ宮でなくては困ったことならいくらでもあったから。
力不足を補うために雌伏の時を過ごし、かといって全然悲壮感とかなくて、当たり前のようにここの実権を握って、当たり前のように叔父さまの後を継いだ。
おにいちゃんが嫌がるからなんて理由でここの解体をしようとは思わなかったし、それまでとは路線変更しようとも思わなかった。ただ。
前任者の色が残っているといろいろとやりにくいから、だから改変はした。その結果として、賢人会議というものが有名無実になってしまったのは確かだけれど。
でも、そもそもここは鷺ノ宮の道具として成り立ったものだから、あたしが本来の姿に戻したといえるのかもしれない。
結果、前任者の野望は潰え、この人が立ったのはあたしの目の前ということになった。
会いたいとは思っていた。何代先になるかは判らないけれど、確かに血の繋がりのある、あたしの前にここの実権を握っていた人が、なんとしても協力を仰ぎたいと思った相手。その名を禁忌のように誰も口にしない。
トーラ。
「別にね、不老不死なんて研究、もうやってないし、トーラに協力して欲しいなんて思ってないんで、約束通りに来てくれたのには感謝するけれど、ごめんなさいねってところかな」
「円よっか、よっぽどおもしろいや。ええと、深森、だっけ? 望みは? 何でも叶えてやるよ」
「ああ、叶っちゃったから、もういいわ」
トーラはあからさまにがっかりした顔をする。
「えー、いろいろできるよぉ、僕。機嫌いいから、いまなら無償で何でもしてあげるよ」
「だからね、トーラに手伝ってもらうようなものは何もないって言ってるのよ。前任者と違って手に余るようなものには手を出さない主義だし、手にいれたいと思うものは自分の力を使うわ」
「おもしろいなあ。ねえ、深森。相談なんだけど、僕のとこに来ない? 一緒に遊ぼうよ」
「残念ね。あたしはおにいちゃんの主治医なの。ここを離れるわけにはいかないわ」
「えー? じゃあ、神南を消しちゃおう。そしたら深森、くるでしょ?」
あたしは苦笑した。聞きしに勝るってところ。
「主治医だって言ったでしょ? 担当患者をみすみす殺すようなことはさせないわよ」
「僕にそれを言うの? 僕が誰だか解ってるのに?」
「解ってるから言ってるのよ。大体ね、人間相手ならそんなこと言う間も与えないわよ」
「言うなぁ。神南の秘蔵っ子だから、そういうことは嫌いかと思っていたのに」
「鷺ノ宮だからね。叔父さまは変わり種だったけど、あたしは根っからの、本家本元の、鷺ノ宮だもの」
トーラは楽しげに笑う。
「じゃあ、寿命ならいいでしょ」
不老を与えたのがトーラなら、それを奪えるのもトーラというわけなのだろう。どうやればそんなことができるのか、興味がないといえば嘘になる。でも、さっきも言ったように、手に余るものには手を出さない主義。
「それなら仕方ないけど。でも、一緒に行っても、ほんのわずかな時間しか一緒に遊べないよ?」
トーラには無限の時間がある。ただ人のあたしとは違って。
「簡単だよ。深森を不老不死にしちゃえばいいだけだから」
「そういうのは前任者に言ってやればよかったのに。泣いて喜んだわよ、きっと」
あたしには必要のないものだから。
「欲しがってるやつにくれてやるほど心は広くないもんね」
胸を張って言うトーラは、見かけどおりの子どものようだった。
「あの人、なんであそこまで不老不死にこだわったか知ってる?」
くすくすと笑いながらあたしは言った。
「なんか言ってたような気がしたけどなぁ。忘れちゃった」
「そりゃ、トーラには関係ないものね。理由としてはすこぶる面白いんだけど」
組織改編した折りに出て来た資料を見て、あたしは笑ったものだった。そんなことのために、ここを私していたなんて。
「あのね、あの人、恋人に会いたかったんですってよ。何処に行ったかも判らない相手を待つためだけに、不老不死を手にしたかったんだって。バカよね。待ってないで捜しだして追いかければいいだけの話なのに」
そんなことのためにおにいちゃんが犠牲になったのかと思うと、アインが犠牲になるかもしれなかったのかと思うと、笑っちゃうくらい馬鹿馬鹿しくて涙が出る。そんな人をここの最高責任者に据えるしかなかった当時というのは、あまりにも人材が不足していたのだろう。
「ああ、思い出した。よりによってこの僕に、泣き落としできたんだ、円は。それがあんまりおもしろかったんで、付き合ってやろうと思ったんだっけ。そのうち飽きたけど」
「ほんとねぇ。そんなのに付き合わされてたうちの構成員たちも災難だったと思うわ。もっとも、ここの成り立ちから言って、ありな話ではあるんだけどね。それにしたって志が低いというか、なんというか」
「……やっぱりおもしろいなあ、深森は。神南が寿命を全うしたころにまた来るよ。そしたら付いてきてくれるんだろ?」
「あら。トーラってば、気が長くなったんじゃない?」
もっとこらえ性のない人物だと聞いていたのに。
「神南と付き合ったからね。僕だって成長するわけだし」
「そうねぇ。ながーく生きてる割には成長してないようだけどね」
「うわあ。それを僕に言う? この僕に? 恐怖の権現と言われるこの僕に」
満面の笑みを浮かべてトーラは言った。これを、恐いと感じる人もいるのかもしれない。でもあたしには毛筋ほどの恐怖も感じられない。
「あたしをバカにしてるの? 他の人が言うほど、トーラは見境なく壊してるわけじゃないもの。ここであたしを壊したってつまんないでしょ。そのくらいの判断はつくし、冗談が判らないようなバカでもないでしょ、トーラだって」
「そうだよねえ。深森とは長く付き合えそうだ。そのための我慢ならできるよ、僕だって」
「トーラとは長いつき合いになるかもね」
あたしはわくわくして答えた。
《vég》
こんなに裏事情のある少女になるはずではなかった深森ちゃん。
ごめんなさい。
私の文章力が足りないせいで、裏設定を作らなければ話が進まなかったという……。
普通の女の子にするはずだったのになぁ。
トーラがいるのも同じ理由です。
なんですかね、この人(と作者が言ってはいけない……)。