神菜子の敗北
類が開けた扉の奥には、首を吊る形で布製の人形が佇んでいた。
「・・・なんだ、人形か」
類は扉を閉め、次の扉に手をかけた。類が扉を押し開けると、目の前にはしごがあった。
「怪しいですが、行くしかないようですね」
類ははしごを上って上の部屋へ行った。上の部屋には扉が一つあるだけで、ほかには何もなかった。
「さて、行きますか」
扉を開け外に出ると、そこには何の変哲もない廊下があった。しかし、廊下の奥には厳重に閉ざされた扉があった。
「もしや、あそこに?」
類が足をふみ出すと、扉の前に人が現れた。
「そこまでよ、侵入者」
「!」
「さて、ゲームをしましょうか」
煙草を咥えながら、その女は言った。
「私はまどろっこしいルールとか考えるの嫌いなんだ。だからさ・・・単純に殺し合いでどう? ルールは簡単、どちらかが死ぬか、負けを認めるか、気絶するなりなんなりで抵抗が出来なくなったら負け。貴方が勝ったら好きに此処を通れば良いわ。まあ、私が勝てば貴方は屍だけどね」
「いいですね。僕も正直、複雑なルールは嫌いなんです。トランプだってポーカーよりババ抜きのほうが好きですし。いいでしょう、行きますよ」
類は懐からナイフを取り出した。しかし、女が取り出したものを見て類は戦慄した
。
「私は憤怒の大罪魔【サタニット・アング】。ルシファニー程じゃないけど私も退屈は嫌いなの。楽しませてよ!」
サタニットの手には、二丁の拳銃があった。
「う・・・はぁ・・・」
「頑張るね、でもそろそろ限界じゃない?」
現在、神菜子は四つの小瓶を空けてそのうちひとつが痺れ薬だった。神菜子は今、立っていることがやっとの状態だ。それに対してアスモは、五本の小瓶を空けて無事である。
(あいつが解毒剤を一回飲んだとしても、私にとっての毒は今テーブルの上には二本・・・テーブルの上の小瓶は六本、猛毒さえ飲まなければまだ私に分はある!)
「どうしたんだい? 君の番だよ」
「分かってる・・・わよ!」
神菜子は小瓶を一つ手に取り、開けた。
「う・・・くっ・・・!」
神菜子はそれを飲み干した。体に異常はない。
「運がいいね。じゃあ次は僕の番だ」
そこで、神菜子は気が付いた。もしもこれでアスモが無事ならば、自分にとっての毒は残り一本、もしもテーブルの上に解毒剤が残っていれば毒はなく自分の勝ちだと。
「おっと、しまった。痺れ薬だ」
しかし、アスモは痺れ薬を飲んでいた。
「さて、君の番だ」
「ッ・・・!」
毒は少なくとも一本。それも、四本中の一本だ。仮に痺れ薬だったとしても、この状態で飲めば先に進むことはできない。
「はぁ・・・はぁ・・・」
「どうする、降参するかい? その場合には、毒ではないけど僕の作った新薬の実験台になってもらうけどね」
「・・・ッ!」
神菜子は耐え切れず、小瓶を全てなぎ倒した。小瓶が地面に叩き付けられて割れる。
「それは、降参ということで良いかな?」
「はぁ・・・はぁ・・・」
「・・・」
アスモは神菜子に近づいた。
「僕はこれでも医者だ。無駄な殺生は美学に反する。だから殺しはしない」
「・・・」
「でも、君は負けたんだ。相応の代償は払ってもらうよ」
そう言ってアスモは神菜子を抑えつけてキスをした。
「ッ!?」
「・・・」
痺れ薬で動けないはずのアスモは全く動きが鈍っていなかった。だが、神菜子は薬のせいで動けず、抵抗すら出来なかった。
「はぁ・・・はぁ・・・」
「さて、これで効果が出るはずだ」
「な、何を・・・! あぁ、あぁああああ!!」
神菜子が胸を抑えて顔を歪めた。
「僕の能力は毒と薬を創りだす能力【ホーンオブゴート】だ。今口渡ししたのは最新作、魔力を持たぬ生物に魔力を持たせる薬だ」
「!?」
「鳩や犬にはやってきたが、人間の実験台が居なくてね。もし君たちがゲームで勝てなければ、人質の女の子も実験台にするつもりだったよ」
「リナリアを・・・うぐっ、あぁ・・・」
神菜子の周りの空気が凍り、細氷が舞い始めた。
「魔力を持たぬ人間にも、それぞれ自然に特殊な能力が芽生えることは稀にある。君は、冷気のようだね」
「苦・・・しい、寒い・・・」
「大丈夫、すぐに楽になるさ」
「うぅ・・・うぁあああああああああ!!!」
「!?」
神菜子を中心に、冷気がうずを巻いて暴発した。
「おい、ベルゼ」
「なんでしょう」
「外でなにかやってるのか?」
「いえ、レヴィが居るだけのはずです」
「デケェ音が響いたぞ。お前、ちょっと見てこい」
「了解」
ベルゼの周りに黒い霧が発生し、ベルゼが消えた。それと同時に、門の前にベルゼが現れた。
「・・・! レヴィ!」
ベルゼは、門の前で倒れているレヴィに気が付いた。
「ベ・・・ルゼ? すいません・・・侵入者です」
「侵入者? この空間はマモーネの作った閉鎖空間です! 簡単に侵入できる場所じゃない!」
「ど、ドラゴン・・・龍の力です」
「龍?」
ベルゼはレヴィを置き、立ち上がった。
「ゲームは中断せざるを得なさそうですね・・・」
ベルゼは走って館の中へ入っていった。