その顔面が崩壊することを切に祈っています。
人間ならまあ、不意つかれても魔法でちゃちゃっと倒せるかな。うん、別に空間圧縮して壁作ったりしなくていいわね。
そう思ってドアノブを回した。
「はいはい、どなたです――」
閉めた。
…あれー? まだ何時間もたってないはずなんだけどナー? なんでよりによって一番最初にアイツ来ちゃったのかなー? あ、そっか、私疲れてるのねー、それもすぅぅぅぅっごく!
ゴンッ
まあねー、ついさっきまで牢屋にいたわけだし、それ以前に私って働き者バリバリキャリアウーマン(笑)だったからー、ま、疲れるわよねー!
ゴンゴンッ
あら、随分大きな鼠がいるのかしら? いやあね、私の家を傷つけないでほしいわー。組み立てるのは割と簡単だったけど、これいい感じに塗るのはかなり神経使ったのよ?
ゴンゴンゴンゴンッ
私の渾身の作品を傷つけるなんて、全くどこの薄汚い小癪な鼠かしらー…
って、
「何やってんのよ馬鹿王子!」
「ぶっ!?」
扉が内側から見ても分かるくらいへこみ、私は怒りに任せて思いっきり開け放つ。鈍い音と潰れたような声がしたから、恐らく思いっきり顔面に当たったんじゃないかしら。ふっ、私の大切な家の一部を壊した罰よ。ついでにその無駄に整ったツラも崩壊してしまえ。
私はひとしきり毒づいた後、にっこりと笑って訪問者に話しかけた。
「あら、そんなところに這いつくばってどうしたんです、アルヴィン殿下?」
「…お前は鬼か」
「あ、美形のままじゃない。残念」
「……」
苦々しく顔を歪めるアルヴィンの顔は、変わりなく無駄にエフェクト使った美形だった。残念だなあ、せめていてもいなくても分からない感じのモブ顔になっていれば気が晴れたのに。
何か罵声を吐くかと思ったけど、アルヴィンは珍しく何も言わず、口をキュッと真一文字に引いた。土を払いながら立ち上がる。金細工みたいなさらさらのブロンドが揺れ、ちょうど蜂蜜色の瞳が見えなくなった。
「…カレン」
掠れて色気の滲む声音で、吐くように私の名を呼ぶ。異世界召喚したての私ならキュンとしたかもしれないけど、今の私には感慨も無く耳に入る。
「なに?」
そう問うたけど、問うまでもないだろう。
アルヴィンがここに来たのは、ほぼ確実といっていいほど決まってる。『魔女を連れ戻しに来た』、これしかないはずだ。この世界で一番の魔力を有する人間を、魔王退治の保険にとっておかないわけもないものね。現に、次代勇者として呼ばれたルカは私が攫ったのだし。
でも、私は、
「私は王宮には――」
「愛している」
「帰らな、て…へ?」
おいまて。今なんかおかしくなかったか?
うん? 私やっぱり難聴なのかしら? おかしいわね、この状況で絶対出てこないランキング第一位の言葉が出てきやがりましたよ?
…アルヴィン疲れてるんだ…。私の見えないところで政務頑張ってるんだ、っていうレナードの情報は正しかったのね…うん、ごめん。疑ってました。正直に謝るわ、ごめんなさい。
とりあえず、あの、おかしくなってしまった頭をどうにかしないといけないわね。
「えっと、アル?」
「愛している」
「…落ち着いて、深呼吸しましょうよ」
「愛している」
「……あのー」
「愛している」
「…」
駄目だコイツ、早くなんとかしないと…!
これは、あれね、受験ノイローゼみたいなものだわ、きっと。いや、今まであんだけ罵声を浴びせやがったコンチクショ…もといアホ王子が、「愛している」連呼だなんて……普通に引くわ。ドン引きだよ、今その姿王とか騎士に見せたら絶対絶句だよ。
ここは仕方が無い…荒療治だけど、仕方ないわよね。私はアルヴィンの顔を両手で包んだ。よし、位置は完璧。あとは…て、あら? アルヴィンまで私の顔固定しなくたっていいのに、っていうかやりにくくなるから! え、え? ちょ、その無駄に美しい面を近づけんなってーの――
「カレ」
「近いわ!」
ゴンッ
私は勢いに任せて頭突きをした。
カレンの攻撃! 頭突きが王子の鼻筋にクリーンヒット!
王子は500のダメージ! 王子は倒れた!
「…私の唇は殿下のじゃありませんから」
カレンさん甘いフラグバッキバキに折りすぎ☆