私は乙女であって変態じゃないのよ?
カレンさん
目を開けると、もうそこは豪奢な部屋じゃなく、一面の雪景色だった。
初めての移動魔法だったけど、案外簡単だったわね…なんだ、「死ぬほど疲れる」って言ってたのはアイツラがへっぽこだったからなんじゃない。あ、でもちょっとお腹すいたかも…
「くしゅっ」
腕の中からくしゃみが聞こえて、ハッと我に返る。見ると、男の子が青ざめて震えていた。
確かに雪も降って、露出してる肌のとこは凍りそうに寒いけど…おかしいわね。そんな寒いかしら? 南国生まれ? それとも子供って寒さに弱いものだったかしら?
考えている間も、男の子は白い顔を更に青白く染め上げていく。なんだかすぐに死んでしまいそうな気がして、私は男の子をぎゅっと抱きしめた。
「”保温”」
ぽわっと柔らかい光を放つ球体が出てきて、私の周りをふわふわ漂う。この球体は命名「ぽわちゃん」。暖炉を凝縮したみたいに、ぽわちゃんの放つ光は柔らかな暖かさを持っている。それでいて、雪は融けない――魔導師に教えてもらったところ、「魔法は空間を捻じ曲げて自分のイメージから取り出すというようなこと」であり、元からある物質(生体反応がないもの)には、それに対して魔法を使うのでなければ、干渉することは出来ないのだそうだ。学者様の言うことはワカンネ。
とりあえず、男の子は震えも収まり、血色も良くなった。立とうと思って一旦男の子から離れると、今度は男の子が抱きついてきた。ヘイ勇者君、それじゃあ立ち上がれないぜ。やんわり引き剥がそうとすると、男の子は顔を上げて、
「だめ」
と言った。
暖かくなったせいか赤い頬で。置いていかれると思ったのか潤ませた瞳で。白い靴下を履いた細い足で、私が立てないようにか、私の太腿両脇に膝立てて。
何この可愛い生き物っ…!!
それでいてやってることが、足の位置が、計算してるようにしか見えないっていうかもうキスしたい触りたいああもう可愛いいい(中略)
お、落ち着くのよ私。考えてもみなさい、私はもうすぐ20歳、この子は多分…十歳前後? ほらね、年齢差を見れば、キスしたり触ったりむにゃむにゃしたりは犯罪になるわ。…ってそうじゃなくて! とにかくこの子を襲ったりなんて、乙女なんだから間違っても考えちゃ駄目よ――
必死で気を静めて変態のレッテルを拒否。乙女なのよこれでも純潔なんだから、とどうにか理性を総動員していると、男の子が私の服を引っ張った。
「るか」
「?」
「るか」
「…ルカ?」
「そう!」
どうやら名前を教えてくれたらしい。呼んでみると満面の笑みで頷いた。
それがもう…! ルカ君、君は私を出血多量で殺したいの!? 可愛すぎるわよ!
心の中の悶絶を必死で押し込めて、「ルカっていうのね。私はカレンよ」と精一杯の笑みで返す。ルカは何度かカレン、カレン、と確かめるように呟く。可愛いので思わず撫でた。
そして、この可愛い口はとんでもないことを言ってのけたのだ。
「カレン、ぼくの?」
「ぶっ!」
噴いた。いや噴くでしょ。
突然の問題発言に私は最大級に動悸が激しくなり、もうドキがムネムネくらいに混乱して、目の前のルカをまじまじと見た。「お前は俺のもの」発言をしたというのに、本人はきょとんとした様子で、首を傾げている。
ルカは少し悲しそうな顔をして、私に追い討ちを掛け始めた。
「ちがうの?」
「る、ルカ、ちょっと待っ」
「カレン、ぼくのこと嫌い?」
「大好きに決まってるわ! って、そうじゃなくて、だからルカちょっと待っ」
勢いで大好きとか言っちゃって、わー私なにやってんのこんな子供相手にハズカシーまあ本当なんだけど大好きなんだけど。
ルカは私の返事に、心底驚いたように目を見開いている。自分で聞いてきたくせに、まさか大好きが返ってくるのは考えてなかったのかしら?
ルカを見つめていると、ルカは口をパクパクさせてから、みるみるうちに耳まで赤く染まった。ちらちらと私を見上げて、私がどうしたのというより前に何か呟く。
「ぼ、ぼくもカレン好き…」
……可愛い。
駄目だわ、これは本当に駄目だわ。完璧ノックアウト、私の理性今死んだ。
だってだって、ルカったら可愛い顔を真っ赤にして、まるで初恋の相手にもじもじしながら思い切って告白するみたいに言うのよ!? 潤ませた目、プラス私を見上げて、そして頬を紅潮させてという不滅の可愛いコンボで!
それでも気を落ち着かせようと視線を地面に落としたところで、ルカが私の外套をしっかり握っているのを見て、私の理性は完全に切れた。
「…ルカ、じゃあ、ルカは誰の?」
ルカの頭を撫でながら言うと、ルカはもじもじして「カレンの」と小さく呟く。それだけでも鼻血モノだけど、足りない。ルカを抱きしめて、ルカの耳元で「聞こえないわ」と囁く。びくっと一瞬震えたルカも、私の耳に口を寄せて「ぼくは、カレンの」と再度囁いた。
耳に息をふきかけるだけで反応するルカを見てると、可愛がりたくなるのと同時にいじめたくなる。一旦離すと、ルカは名残惜しそうに服を引っ張った。私はふっと微笑み、ルカの髪を手で梳いた。
「言ってくれたお礼に、ちゅーしたげよっか?」
悪戯っぽく言ってみると、面白いくらいルカの顔が赤くなる。うん、可愛い可愛い。
ルカは周りをきょろきょろと見て…いや、首をぶんぶん横に振った。駄目なのか、と少々落ち込んでいると、頬に柔らかい感触を感じた。驚いて見ると、ルカがはにかんで「カレンが先に言ってくれたから、ぼくが先にお礼」と言い、私は硬直したまま、頬に手を当てる。
親愛のキスかしら?
思慕のキスかしら?
どちらにしても、頬じゃ物足りないわよね。
「じゃあ、今度は私の番ね」
私は意地悪く微笑むと、ルカの顔を引き寄せた。まずは触れるだけ。啄ばむようなバードキスを何度も、からかうようにする。息を止めてたらしく、ルカは途中で口を薄く開いた。私はそれを見逃さず、舌を入れてルカのそれを絡め取り、口蓋を舐める。ルカが服を掴む力が抜けてきたところで、深い口付けを切り上げた。
「…寒いし、宿にいきましょうか」
とろんと熱に浮かされたようなルカは素直に頷き、私に抱きついてきた。抱っこして運べってことかな? 可愛いなぁ。