表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/7

新しい勇者は私が貰おうそうしよう。

 ハァーイ、近況報告するわね!

 今日はあの馬鹿王が突然勇者召喚するとか言い出して三日後、召喚当日。まあ元勇者であり異世界召喚の被害者であるこの私が、怒らないはずもない。テメェ何言ってんの? 馬鹿なの? 死ぬの? と言い募ったところで隙が出来てしまい、騎士達に捕らえられて、その日のうちに牢入りを果たした。

 私元勇者なのに酷い扱いじゃない?

 まあ国民に漏らさないよう処理してるみたいだけれど…人の口って、固く見えて案外ゆるいのに。いいのかしら。国民にバレたらきっと批判の嵐だけど、それを悪評で鎮めたりしたら、私は勇者から魔王にジョブチェンジしてやろう。

 

 さてと、と私が取り出したのは水で満たされた分厚い皿。揺らめく水紋の上に手をかざし、召喚の部屋をイメージした。途端にさざなみが起こり、映像が細切れに集まってくる。


「出来た。み~ず~か~が~み~!」


 某青狸の真似をしてみた。

 とりま出来たのは、水面に黒いローブを着た数人の男が円を囲んでいる様子が映し出された水鏡。相変わらずこの国の魔導師は暗いわねー、とぼやきつつ見ていると、扉を開けて馬鹿王とアホ王子二人が入ってきた。


『これより、勇者召喚の儀を執り行う』


 馬鹿王が荘厳な声音で言うと、ローブ集団が一斉にぶつぶつ言い始める。魔法円の端から徐々に発光し始め、中心まで淡く発光すると、リーダーらしき男が魔法円に手をかざした。


『我、力を有する者を欲す。汝、呼びかけに応えよ!』


 途端、部屋が白く塗りつぶされたように瞬く。

 私は若干驚き、けれど目は離さずに水鏡に見入った。

 光は始まりと同じく急に消え、そのために目がチカチカする。目を瞬いて魔法円を見ると、蹲るようにして俯いた…小さな子供がいた。

 柔らかそうな銀髪と小さな肩を震わせて、どうやら泣いているようだ。

 そんな子供の様子を無視して、馬鹿王は『おお…勇者よ! よくぞ来てくれた!』と両手を広げる。勇者の出迎えってそう決まっているのか。むさいオッサンが出てきても同じことするのか馬鹿王。

 内心ぶつくさ言い、私は王の声に上がった子供の顔を見て、思わず息を呑んだ。


『っ……だれ…、こ…こは……』


 鼓膜を震わす、男の子のアルトの声。

 それは目鼻立ちの整った白い顔によく似合っていて、澄んだ青い瞳を潤ませて見上げる子供は、女の子といっても通じそうに細く、華奢だ。

 私は両手を広げた王にいつも以上に酷く嫌悪感を抱いた。こいつは、この子に、何をさせようとしている? 魔王を倒せと、あのバケモノを消せと、こんな年端もいかない子供に言おうとしているのか?

 それでいて、両手を広げて『よくぞ来てくれた』だって?


「…は、」


 ふざけるな。

 沸々と込み上げる不快感と憤然とした怒りをそのままに、次の瞬間、私は水鏡に映っていた部屋にいた。突然現れた私を見て、いや、無表情な私の据わった目を見て、騎士達が声を無くす。馬鹿王はこちらに気づかず、男の子を凝視している。

 私は魔方陣に向かってずかずかと進み、制止させようとする騎士達を無視して馬鹿王の背後で止まった。


「ねぇ愚かでお馬鹿で腑抜けな王様。消し飛びたくないなら今すぐ、その子から離れてくれないかしら」


 口調は異常に穏やかに、けれど振り返った馬鹿王の顔からして、私は相当な形相をしていたのだろう。馬鹿王は何度か口を開閉させて、すぐに男の子から、私から離れた。

 男の子は少し視線を彷徨わせ、私と目が合うと驚いたように目を見開く。


「…くろ……」


 黒?

 ああ、髪。それとも瞳かしら。

 拍子抜けな言葉に私は頬を緩め、ゆっくりと男の子に近づいた。男の子は戸惑うように私を見る。私は着ている青いワンピースが触れそうな程近くまで来てしゃがみ、男の子の不安そうな顔を覗き込んだ。男の子は少しだけ視線を落とした。


「怖い?」


 何が、とは言わなかったけれど、伏せ目がちに揺れる瞳は今にも涙を零しそうだ。安心させるように微笑むと、男の子の視線はゆっくりと私に合わせられた。白い頬に涙の痕が痛ましい。

 私は思わず男の子を抱きしめ、吃驚したように身を強張らせた男の子の耳に口を寄せた。素早く、男の子にだけ聞こえるように囁く。


「口を塞いでいて」


 有無を言わさず男の子を外套で包み、魔方陣をつう、と撫でる。淡く光りだした魔方陣に、ようやく気を取り直した騎士団長が慌てふためいて「何をしている!」声を上げた。私は顔だけそちらに向けると、にっこりと、ここに来てから一度も見せたことの無いような心からの笑みをくれてやる。


「最低な召喚から今まで、身の保障をありがとう。もういらないから」


 唖然とする馬鹿王たちから視線をはずし、魔法円をもう一度撫で、口元を外套で覆いながら目的地を呟く。

 眩い光に包まれるのを感じながら、男の子を優しく抱きしめる。そして、瞼を閉じてもう一度、しっかりと目的地を呟いた。




「マグメル、東の村へ」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ