勇者だった頃は少々やんちゃが過ぎていた。
広大な自然。種類豊富な果実に、それを食す生き物達。
豪奢な王宮があって、格好良い騎士団がいて、殿下も陛下もいる。
そして、この世界は魔法を有する。
「なんていうファンタジー世界…」
15歳の私はそう呟いて、よく夜空を見上げた。見知った夜空とはどこかしら違う、満天の星空。綺麗だけど、私から見ればビーズをぶちまけたみたいで、少し騒がしすぎた。
*
四年もたてばか弱い少女だって腹を括って、言語も狸ジジイ共の扱いようもマスターできるものだ。ついでに馬鹿王・アホ王子共の脅し方だってマスター。私は完璧に――肩書きは”王宮魔導師”だけれど――このエリシア国王家を自分のいいように操れている。
あ、あの何考えてんのか分かんない無口無表情な鉄面宰相のことはいまだに意味不明だけど。
私が所謂異世界トリップをしたのは、うら若き可憐な15歳のとき。
マンホールに落ちて、気がついたら周りを美形で囲まれていた――王は両手を上げて抱きしめようとしたのか迫ってくるわ、王子は蔑んだような視線をくれるわ、王子その二は値踏みするように見てくるわ、極めつけはあの鉄面宰相がこちらを睨むように見てくるわ…
私が嫌悪感もあらわに王の泣き所を蹴り上げたのも、仕方ないと思う。
そして、
「寄るな近づくな触るな気色悪い!」
世界の枠を超えたことによって得た膨大な魔力で無意識に防護壁を部屋に張ってしまい、その部屋で立て篭もって延々「元の世界に返せコノヤロウ」と当時の魔導師を脅迫してしまったのも。
全てはこの国王その他周りの奴らがいけない。
魔導師をいびるのに飽きてきた頃、国王が「魔王を消滅させてくれたら、返すことは出来ないが、その身の保障はする」と言ってきた。
帰れないなら身の安全・保障は必須項目。王がそんなこと言ってこなくても、私からお願い(という名の脅迫)をしてやったけれど。
まあ、とりあえず地に足がついた生活が欲しいな、と二つ返事で了承、ぱっぱと三日で魔王を倒してきた。ちなみに三日というのは往復二日と観光一日ね。魔王って瘴気の塊みたいなもんだったんだー気持ち悪ーとか言いながらぽつりと、「消えればいいのに」と呟いたら消えてしまった。一分もかかりませんでしたよ?これ本当に魔王であってる?
「もう終わったのですか!?」
王家の野郎共は皆、目を丸くして数人で出迎えてくれた…オイオイ、私の出迎えなんてこの程度でいいだろうって? 適当に凄んでみれば、「勇者様万歳!」とレッドカーペッドが出てきた。別にそこまで頼んで無いけどなー、と思いつつもちょっと優越感。
その後仰々しい王と面会して、「第一王子と結婚しませんか」なんて言われて、速攻で当の王子が「嫌だ! 誰があんな下賎な女…」とかなんとかほざきやがったので、例の脅迫部屋に連れ込んで少々躾けてやった。正座の格好で椅子に座らせて固定の魔法かけるだけなんだけど、正座の威力をなめてはいけない。ギャーギャーわめくのお構いなしに放置して、数分後。聞こえなくなった罵声にニヤリと笑む。
「あれ、どうしたんです殿下?」
足が痺れて悶絶してるんでしょ。
王子は痺れのなんともいえない不快な感じに顔を歪め、何も言わずに私を睨んだ。
あらら、残念。全然反省の色が見られないわね。
私は立ち上がり、王子の背後に回ってから王子の太腿をつつく。途端に王子は痙攣したように一瞬声にならない叫びをあげた。私の笑みが広がり、太腿をつーっと撫でてみる。王子は耐えて、身を強張らせた。あら残念、と耳元で囁きつつも、これで狙い通りだ。
痺れに耐えるには身をそらさなければならない。すると私に身を寄せるような形になる。それはとっても奴らにとって屈辱的な行為。
「反省するならやめますよ?」
そういいながら上記のことを数回繰り返し、脅迫部屋を出ると、もう私を「下賎」だなんて言えなくなる。
これを四年の間に生意気な騎士とか王とかにもやると、私に逆らうことはなくなるのだ。
なのに。
今コイツはなんと言いやがった?
「魔王が現れた。慣例に従い、勇者召喚を行う」