優先させるべきは、君のほう。
「近づいてきたのは、君のほう。―過保護すぎる幼馴染は溺愛中―」シリーズ第30弾です。(短編シリーズ)
王都防衛騎士団所属のノインと、村娘オルガ。
二人の人生に寄り添う形で進んでいく恋の物語を描いています。
※本編の時間軸は「大事にしたいのは、君のほう。」の後の話です。
ノインと触れ合うのは、はっきり言えば……好きだと思う。
優しい手つき。大事にしてくれる眼差し。嘘を言わない誠実さ。
この人さえいれば他はいらないとまで、強く思わせた男性。
そして今は。
(私の夫)
「い、いってらっしゃい」
弁当を手渡すと、少し不思議そうにされた。
「大丈夫ですか?」
「だだっ、大丈夫だよ」
「…………」
声が。
(声が上擦っちゃった……)
二日前、気になっていたものの正体を知ってからというもの。
視線がそこに向かいそうになるので、動きがぎこちなくなる。
(だって、はい、入って……)
いまいち、頭の中で合致しない。
このままではまた、練習中に気絶していた時みたいになるかもしれない。
(混乱してるからダメなんだよね)
今夜は二日目だから。
「体は平気ですか?」
「…………」
また……。
「大丈夫だから」
そう言うものの、ノインの瞳が心配そうに見ている。
夫婦に必要なことなんだよね。
嫌ではない。そう、まったく嫌ではない。
***
ことん、ことん、と一つずつベッド脇のサイドテーブルの上にノインが置いていく。
相変わらず仰々しいというか。
(今日はクッションまで持ち込んでるし……)
なにに使うんだろう?
ベッドの端に腰掛けて眺めていると、ノインと視線が合う。
(うーん。ランプに照らされてても、やっぱりかっこいいな)
べつに顔がいいから結婚したわけじゃないけど。
寝やすいようにか、ノインはシャツ一枚とズボン姿だ。
ちら、と視線がそこに向かってしまう。
「…………けっこうな頻度で見てますが」
困ったように眉を下げて、ノインが隣に腰掛ける。
「嫌ならやめてもいいんですよ?」
「嫌じゃない!」
即座に返してしまう。
「ノインはしたい!?」
「は、はい。それは……そうですね」
それだけ聞ければいい。
五年以上も想い続けてくれたことを思えば、嫌じゃないことは応えていきたい。
(でも気になってることは知りたいし)
よし!
気合いを入れて見つめる。
「これがなんで膨らむのか教えてもらっていい?」
「………………」
視線と、指先で示す。
ノインは一切、動かなかった。
(あれ? 聞こえてなかったのかな?)
「ここ、なんで膨らむの? いつも膨らむの?」
今度は大きく、はっきり発音する。
真剣に見つめると、つつつ、と視線が逃げた。
(えええ、もしかして訊くの、ダメだった?)
自分にはないものだし、体内に入れることはべつにいい。
気になっているのは、なぜ動くのかということとかだ!
ただでさえもの知らずなのがわかったわけだし。
(知らないよりは、知ってたほうがいいよね)
時間もあったわけだし、一人でいる間に散々考えた。
だがやはり、本人に訊いたほうがいいという考えに至ったのだ。
しばらく視線をさ迷わせていたノインが、こほん、と小さく咳をした。
「男性の体は、興奮すると変化するんです」
変化!? だから膨らむってこと!?
(すごい……私とぜんぜん違うんだな……)
……膨らんでないな、まだ。
「その、そしてそれがないと子どもができない……んです」
んん? なんか言葉尻がいきなり弱くなった?
「それで、最後に……体から種が出る……んです」
声ちっちゃ!
「種!? そこに種があるの!?」
再び視線を向けると、ノインが掌でそれを遮る。
「興奮して変化すると……ちょ、見えないんだけど……そこに種ができるってこと?」
「まじまじ見るものではありません」
私の体はあんなに見るのに!?
「ねえ、そうなの?」
「そうです」
「じゃあなんで動くの?」
ごほっ、とノインが大きく咳き込んだ。
「ど、どうしたの!?」
「……いえ……すみません……」
悩んでいるのか少し沈黙してから、語りかけるように優しく言ってくる。
「最初から説明します。……種は……常に体の中にあるんです」
種が体の中に???
(どういうこと?)
「大丈夫なの!? 種が体の中にあるって、いずれ芽が出てくるってこと? もしかして、それで外に出さなきゃいけないの?」
「え……え、っと……」
「苦しくない? 私も出すの手伝えばいいかな? そこをぎゅーって握れば外に出る!?」
両の拳をぐっと握ると、ノインがサッと青ざめる。
(下手かもって思ってるのかな)
そりゃあやったことはないけど。
「ヤギの乳搾りをしたことあるから任せて!」
自信満々に言ったけど、顔色が悪いままだ。
「そんなことしなくても大丈夫です。こ、興奮すると、種は外に出られる状態になるので」
なんで興奮?
「動くのは……そのためです」
???
よくわからなくて、必死に考える。
「じゃあやっぱりこう、ぎゅーってしたほうがいいじゃない」
「……………………」
視線をさげて落ち込んじゃった……。
おかしいなあ。乳搾りの手伝い、うまいって褒められたことあるのに。
(見てないからかな。……こっちにヤギがいれば見せられるんだけど)
「いえ……違います。外から無理に出すものではないんです」
そうなの!?
「体が、出していい、と判断したときに、で、出るもの……なんですよ」
なんかちょっと照れてるんだけど……。
(照れるようなことあった?)
「うん? …………トイレ行きたいってこと?」
あ。また落ち込んじゃった。
トイレなんて、気にしなくていいのに。
「べつに止めないからトイレ行ったほうがいいよ?」
「違います……トイレではなくて……」
おっきな溜息ついてる。
「苦しいなら種だけ持ってきてくれたらいいよ?」
「…………」
すごい困った顔してる。
「いえ……あの、トイレで出すものとは別のところから作られて、外に出る……ので」
「???」
ノインは真剣に考え込む。
うかがっていると、こちらを見てきた。
「君の体の奥に届かせないといけないんです。そのために動くのも、必要になるんです」
「……持ってこれないってこと?」
「そうですね」
…………そうなんだ。
(膨らむと種が出ようとする……種まきしてるみたいなこと……?)
どうも、自分にはないものだからうまく理解できない。
(手伝えないってことだし……)
ノインが慌てる。
「落ち込まないでください」
「……だって、私なにもしてないし……」
「君が受け入れてくれないといけないので、なにもしていないというわけではないんですよ?」
「だって、ノインはこう、私を耕してるわけだよね?」
「……………………は?」
「それ入れる前に私の体に触ったり色々するでしょ? そういうことじゃないの?」
「…………」
「乳搾りみたいにできたらなあ……」
「まだ言ってる……」
ぼそっと小さく言われたそれは、落ち込んでいるオルガには届かない。
「乳搾りからいい加減に離れてください」
顔を覗き込まれた。
「そもそも、俺は君を耕してるつもりはないです。人間は土ではないんですよ?」
「……うん」
「…………君を傷つけないようにしてるんです」
「大丈夫だよ!?」
ぐ、っと両手を握って「大丈夫」をアピールしたけど。
ノインはなにかを堪えるような表情をした。
「気持ちではなく、体の話です……。
人の体は思っているより繊細なんですから」
繊細かぁ……。
自分の知ってることで頑張って想像しようとしてるけど、やっぱり限界がある。
(でも本当に大丈夫なんだけどな……)
はーっと、大きく長く息を吐き出してから、ノインがなにかを決意したように顔を上げる。
「キスしていいですか?」
いきなりどうしたの!?
「いっ、いいけど?」
キスします、じゃないんだ。
(最近は許可じゃなくて、宣言みたいなのが多かったんだけど)
軽く触れるだけのそれに、驚いてしまう。
(あれっ、それだけ?)
ノインの好きなキスじゃない。
「次はもう少し深くします」
「えっ!?」
びくっと軽く反応した直後に唇が重なる。
少ししてから離れた。
間近で、薄い桃色の瞳が真剣にこちらを見ている。
「次は絡めます」
絡めます!?
「ストップストップ!」
真っ赤になって止めると、ノインはぴたっと停止した。
元の位置まで戻って、微笑んでくる。
「こうやって、君の受け入れを作ってるだけです」
「ん? んんん!?」
「急に顎を掴んで無理やりキスをされたら嫌でしょう?」
「…………」
ちょっと、考える。
「ノインなら……まあ、いいけど」
「嬉しいこといきなり言わないでください」
ええっ!?
「怖いとか嫌だって思うと、体は固くなりますからね。びっくりしてしまうんです」
…………。
(びっくり?)
約一週間前の、先月の最後の日。
瞬きを、数回。
(あれ、かな……。おなかの中に……。驚いたし……びっくりして泣いちゃったし……)
きっとそうだ。
ぐっと拳を握る。
「大丈夫だよ! もうびっくりしない!」
「……なにが大丈夫なんです?」
「任せて! よし来い!」
「よし来いではないです。そうやって身構えると体が緊張するという話をしてます」
「ええ……?」
「リラックスして、力を抜いて欲しいんです」
「り、リラックス? 力を抜く?」
む、難しい!
(体をだらんとさせればいいのかな)
「なにをしてるんですか? だらんとさせても意味はないですよ」
「うううう」
「俺とキスして、慣れてくると力が自然に抜けるでしょう?」
「た、たしかに……」
「焦らなくても、少しずつしていきましょう」
「……そうだね」
小さく頷くと、ノインはほっと小さく息を吐き出した。
(優しいなあ。……わからない私に根気よくつき合ってくれるし)
微笑み合う。
「あのね。もう一つ気になってることがあって、言っていい?」
「? どうぞ」
「膨らんでるの、見てみたい」
「…………………………………………」
ノインが真っ青になる。
「……まだ膨らんでません」
「じゃあ早く!」
「…………」
「だ、ダメ?」
「…………え、っと…………」
すごい渋ってる。
(私のは見るくせに)
手を伸ばすと、掴まれて止められる。
「なにをしようとしてるんですか」
「脱がそうかなって」
「ぬがっ……、ダメです」
「ノインはすぐ脱がそうとするのに?」
「うっ」
う?
「色々知っていけば、ノインに迷惑かけなくて済むと思って」
「………………」
なんか天井見てる。
「……わかりました。見せます」
「ホント!?」
やった!
(フフフ。ちゃんと見れば、体が緊張? びっくり? しないと思うし)
わからないから、それでびっくりしてるはず。
「夫婦ですしね。……人生を共にするんですから、これくらいで怯みません」
「??? 聞こえない……」
ぼそぼそ声が小さい……。
ちら、とノインがこちらを見る。
「……気持ち悪いって言われたら立ち直れない気がするんですけど……」
「ノイン、さっきから声が小さくて聞き取れないんだけど」
はっきり言ってよ。
「独り言です。そのうち見せます。
とりあえず今夜は、位置の調整をします」
「位置? 調整?」
「枕の位置と」
ベッドに置いていたクッションを軽く叩いた。
「腰の下に入れます。クッションを」
「??? わ、わかった」
「ところで」
「ん?」
ノインが突然、色っぽく微笑む。
「お弁当、ありがとうございました。とてもおいしかったです」
「帰った時も言ってたけど……たいしたものじゃないよ?」
まあ、それでも……。
(お礼を言われると照れちゃうけど)
「でも」
「?」
「自分の食事を疎かにするのは感心しませんね」
バレてる。
「視線を合わせないのは、そういうことですよね?」
「う……」
優しく頬を撫でてきた。
「本当に、君は困った奥さんですね」
ちょっと呆れたように笑って、顔を近づけてくる。
「そういうところも全部……大好きですよ」
***
前日の夜。
ノインが風呂に入っている間に、使うぶんだけの芋を潰し、端肉を刻んで塩もみする。
それらと香草を練り込んだ生地を捏ねて布に包み、酢漬けの野菜を壺から出す。
これで明日の準備は終わった。
風呂のほうをうかがう。まだ大丈夫のようだ。
(明日のお昼は質素になっちゃうけど……)
いや、これからほぼそうなるかな?
そこはべつにいい。
一人の時は、どうせいつも残り物の冷えたものだし。
オルガはちょっと微笑む。
「驚くかなぁ」
フッフッフッ。
「お肉をもっと使えたらいいけど、そうもいかないし」
芋で嵩増ししたから、またかって、思われるかもしれないけど。
(まあ最初は芋しかなかったしね)
塩ゆでの芋。潰した芋。芋の炒め煮。芋の団子。
おなかはふくれるけど。
(文句ひとつ言わないんだもん)
「フフフ。夫婦になって初のお弁当だし、ひ、貧相だけど頑張ったお弁当持って行ってほしいしね!」
「なにしてるんです?」
「わあああああ!」
慌てて振り向き、室内を覗き込んでいるノインのほうへ微笑んでみせる。
「の、ノインもお茶飲む?」
「いえ。……いつも薄いのですけど、たまには濃いお茶を飲んでもいいんですよ?」
「贅沢はダメだって!」
「お茶くらいで……」
呆れながら、剣の手入れをするために濡れた髪を拭きながら視界を横切っていく。
内心で、胸を撫で下ろした。
*****
当日。
「………………」
弁当の木箱の蓋を開けた体勢のままノインが固まっている姿が、防衛騎士団の食堂にあった。
それを背後から、ジョスとコニーが覗き込む。
「弁当が進化してる……」
最初こそ、芋料理まみれだったそれ。
その次は小さなパイや、やたらと妙な形に整えられた芋団子の入ったファンシーなものだった。
「平焼きパンと……ちょこっとあるのは酢漬け野菜と、干し果実が一欠片?」
「今月入って初めての弁当か。ははぁ、例の婚約者かな?」
「相変わらず質素だな。まあでも、芋がないな」
いかにも手作りという感じの内容ではある。
前回までの弁当には必ず芋料理が入っていた。
なにかない限り、先々月からノインは必ず弁当を持参していた。そう……結婚すると言った相手が現れてから。
「そういえば、あの子次はいつ食堂の手伝いに来るの?」
「げぇ……まだコナかけようとしてんのかよ……。なにがいいんだ、あんな田舎の地味な女……」
ノインは静かに弁当の蓋を閉じる。
すっと立ち上がったと思ったら、いつも通りの無表情で弁当を持ったまま食堂を出て行ってしまった。
そこでは何もなかったが。
午後の訓練で二人はノインの木剣で散々痛めつけられたことを……オルガは知ることは――ない。
ここまで読んでくださってありがとうございます。
楽しんでいただけたら嬉しいです。
続きを読みたいと思っていただけたら、さらに嬉しいです。




