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第8話「確定する観測、重ねられる世界」

白い部屋。


「斎咲……!」


あの、切実な彼の声が、まだ耳の奥で響いている。わたしが死に戻る直前、彼がわたしの名を呼んだ。そして、彼の口から「僕も、そういう夢を見るんだ」という言葉を引き出した。これは、大きな進展だ。わたしの「観測」は、確実に彼の無意識を揺さぶり、そして、わたしという存在を彼の記憶に**「再構築」**させようとしている。


そして、教室。朝のHR前。


「……あれ? 君、誰だっけ?」


いつも通りの問いかけ。だけど、今回は違う。彼の言葉の端々に、微かな**「ためらい」**が宿っている。まるで、何かを思い出そうとしながら、それが掴みきれない、そんなもどかしさが滲んでいるように感じた。


わたしは、まっすぐに彼を見た。彼の琥珀色の瞳は、わたしを「誰か」として観測している。だが、その深層には、前回のループでわたしが蒔いた種が、今まさに芽吹こうとしているのが、はっきりと感じられた。


HRが始まる。黒川先生の声をBGMに、わたしはノートに書き記す。


彼の「デジャヴ」の確信: 前回、彼は「僕も、そういう夢を見るんだ」と認めた。これは、わたしの存在が彼の無意識の領域に到達し、現実世界での彼の「観測」にも影響を与え始めている証拠。


ループの終焉の可能性: わたしの「観測」によって彼の記憶が再構築されれば、このループから抜け出せるかもしれない。


「嘘」の重要性: 彼が誰かのために嘘をつくことが、わたしの「死」のトリガーになっている可能性が高い。その「嘘」の真相を、彼自身に「観測」させることが、ループを破る鍵となるかもしれない。


昼休み。わたしは迷わず、雨理くんの元へ向かった。

彼の机の上で、彼が数学の参考書を開いている。きっと、前回のループと同じ内容を勉強しているのだろう。


「ねぇ、海隠くん」

彼が顔を上げた。その目は、少しだけ驚きを帯びている。

「斎咲さん」

彼の口から、当たり前のようにわたしの名前が出る。それだけで、わたしの心臓は歓喜に震えた。この瞬間、わたしは彼によって「斎咲梓」として**「観測」**されている。


「今日の数学の小テストのことなんだけどさ、もしかして、海隠くん、わざと間違えた問題、ある?」

わたしの問いかけに、彼の表情が硬直した。

彼の瞳が、大きく見開かれる。


この小テストは、前回までのループで彼が満点に近い点数を取っていたものだ。しかし、今回のループでは、彼は隣の席の女子生徒が難しそうにしているのを見て、いくつか「わざと」間違えた問題を混ぜて提出するはずだった。そのことで、彼女に「自分だけができないわけじゃない」と思わせるために。


「……なんで、そんなこと知ってるんだ?」

彼の声は、掠れていた。疑念と、微かな焦りが混じっている。

彼の「嘘」を、わたしが正確に言い当てた。

この世界の彼は、わたしにこの事実を知る術はない。

わたしの言葉は、彼にとって、まさに**「ありえない観測」**だった。


「だって、見たもの。海隠くんが、わざと間違えたんだ」

わたしは、彼の目を見つめたまま、揺るがぬ声で言った。

彼の顔から、徐々に血の気が引いていく。

彼は、わたしの「観測」によって、初めて自分の「嘘」が暴かれたことに、深く動揺している。


そして、その動揺が、新たな現象を引き起こした。

彼の背後に、もう一人の雨理くんの影が、うっすらと揺らめいているのが見えたのだ。

その影は、悲しげな顔で、どこか遠くを見つめていた。まるで、わたしが「記録」している、過去のループの彼ら全員の感情が、今ここに凝縮されたかのように。


「お前は……一体、何なんだ?」

雨理くんの声が、震えている。それは、恐怖ではない。理解できない現象に直面した、純粋な混乱だった。


世界が、また歪み始める。

激しい目眩。視界が白く塗りつぶされる。

だが、今回は、わたしは意識を失うまいと、必死に彼を見つめ続けた。


意識が途切れる寸前、わたしは、彼の口元が、何かを紡ぐのを見た。

その言葉は、まるで波紋のように、世界に広がっていく。

そして、それは、彼の「観測」が、ついに**「真実」**へと収束していく音だった。


わたしは、また静かな白い部屋にいた。

「記録」は、また一つ、新たな情報が加わった。

彼の「嘘」を暴いたとき、彼の意識の奥底で、何かが目覚めようとしている。

そして、**「もう一人の彼」**の影を見た。それは、わたしの「観測」が、彼自身の多重な「存在」を捉え始めた証拠。


わたしは、彼に恋をする。

何度でも。

この世界が、わたしたちの記憶を、どれだけバラバラに引き裂こうとも。

そして、今度こそ、彼を、わたしと共に、このループの真実へと導くために。

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