第7話「デジャヴの残響、あるいは既視感の収束」
白い部屋。
またしても、あの奇妙な空間に、わたしはいた。今回は、雨理くんの「デジャヴ」という言葉を聞いた直後。わたしの「観測」が彼に影響を与え、彼の「記憶」がわたしを捉え始めたその瞬間、世界はリセットされた。
そして、教室。朝のHR前。
「……あれ? 君、誰だっけ?」
いつも通りの雨理くんの声。だけど、わたしの耳には、彼の言葉の奥に、何か微かな戸惑いの残響が聞こえるような気がした。前回のループで、彼が「デジャヴ」を感じたこと。その事実が、わたしの「記録」に加わったことで、わたしの「観測」そのものも、深みを増している。
わたしは、自分の席に座りながら、ノートの端に、新たな情報を書き加える。
彼の変化: 「デジャヴ」を感じる。わたしの「観測」が、彼の無意識に影響を与え始めている。
ループの兆候: 彼が「デジャヴ」を感じる、あるいはわたしが彼の「嘘」に深く言及する、といった「観測」が臨界点に達すると、わたしは死ぬ。
もし、わたしの「死」が、彼の中の「忘却」と連動し、彼の「デジャヴ」が、わたしを覚えているもう一人の彼の**「観測の残響」**だとしたら?
このループは、彼に何かを思い出させるための、あるいは、わたしが彼に何かを伝えるための、壮大な仕掛けなのだろうか。
昼休み、わたしは彼に近づいた。
「ねぇ、海隠くん」
彼は、いつも通り少し驚いた顔をする。
「あ、斎咲さんだっけ?」
「うん」
わたしは、もう遠回しな言い方はやめた。このループで、時間の猶予は限られている。彼に「観測」させるべき情報は、可能な限り直接的であるべきだ。
「海隠くんってさ、たまに、すごく変な夢を見ること、ない?」
彼の表情が、凍り付いた。
「……なんで、そんなこと聞くんだ?」
その声は、微かに、本当に微かに震えていた。前回のループで、わたしが彼の「嘘」に言及した時と、同じ種類の動揺だった。
「だって、わたし、よく見るから」
わたしは、嘘ではないことを、彼に伝えるように言った。わたしの言葉は、真実だ。彼の知らない真実。
「どんな夢?」
彼が前のめりになって尋ねる。その瞳は、何かを掴もうとしているかのように、真剣だった。
「誰かのことが、すごく大切なのに、どうしても思い出せない夢」
わたしの言葉に、彼の琥珀色の瞳が、大きく揺れた。
それは、彼が「デジャヴ」を感じていることの、具体的な表現だったのだろう。彼の無意識の領域で、わたしという存在が、形のない塊として、彼を揺さぶっている。
「僕も……」
彼が、ぽつりと呟いた。
「僕も、そういう夢を、最近見るんだ。誰かが、いつも隣にいて、俺の名前を呼んでる。だけど、目を覚ますと、その人の顔も声も、何も思い出せない」
わたしの心臓が、激しく高鳴る。
これは、彼の中の「観測」が、ついにわたしに収束しようとしている証拠だ。
彼が「忘れたこと」すら「忘れる」という、彼の言葉の矛盾が、今、解消されようとしている。
「その人って、もしかして、わたしだったりしないかな」
わたしは、彼の目を見つめて言った。
彼の表情に、困惑と、そして深い困惑の色が広がった。
わたしの言葉は、彼にとって「ありえない観測」でありながら、同時に、彼が感じていた「デジャヴ」の真実を告げるものだったのだ。
その瞬間、世界が再び歪み始めた。
激しい目眩。視界を侵食する白。
体が、また泡のように弾けそうになる。
(これで、終わりじゃない……)
意識が途切れる寸前、わたしは、雨理くんが、わたしの名を呼ぶ声を聞いた。
「斎咲……!」
彼の声は、これまでのどのループよりも、はっきりと、そして切実だった。
わたしは、また静かな白い部屋にいた。
「記録」は、また一つ増えた。
彼の「デジャヴ」は、わたしの存在を「観測」し始めている。
このループは、彼の記憶の中で、わたしを「確定」させるためのプロセスだ。
そして、わたしの死は、その「確定」を、より強くするための、トリガーなのだろうか。
わたしは、彼に恋をする。
何度でも。
この世界が、わたしたちの記憶を、どれだけバラバラに引き裂こうとも。
そして、今度こそ、彼の中で、わたしという存在を、**「絶対の真実」**として確定させるために。