表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/10

第7話「デジャヴの残響、あるいは既視感の収束」

白い部屋。


またしても、あの奇妙な空間に、わたしはいた。今回は、雨理くんの「デジャヴ」という言葉を聞いた直後。わたしの「観測」が彼に影響を与え、彼の「記憶」がわたしを捉え始めたその瞬間、世界はリセットされた。


そして、教室。朝のHR前。

「……あれ? 君、誰だっけ?」


いつも通りの雨理くんの声。だけど、わたしの耳には、彼の言葉の奥に、何か微かな戸惑いの残響が聞こえるような気がした。前回のループで、彼が「デジャヴ」を感じたこと。その事実が、わたしの「記録」に加わったことで、わたしの「観測」そのものも、深みを増している。


わたしは、自分の席に座りながら、ノートの端に、新たな情報を書き加える。


彼の変化: 「デジャヴ」を感じる。わたしの「観測」が、彼の無意識に影響を与え始めている。


ループの兆候: 彼が「デジャヴ」を感じる、あるいはわたしが彼の「嘘」に深く言及する、といった「観測」が臨界点に達すると、わたしは死ぬ。


もし、わたしの「死」が、彼の中の「忘却」と連動し、彼の「デジャヴ」が、わたしを覚えているもう一人の彼の**「観測の残響」**だとしたら?

このループは、彼に何かを思い出させるための、あるいは、わたしが彼に何かを伝えるための、壮大な仕掛けなのだろうか。


昼休み、わたしは彼に近づいた。

「ねぇ、海隠くん」

彼は、いつも通り少し驚いた顔をする。

「あ、斎咲さんだっけ?」

「うん」

わたしは、もう遠回しな言い方はやめた。このループで、時間の猶予は限られている。彼に「観測」させるべき情報は、可能な限り直接的であるべきだ。


「海隠くんってさ、たまに、すごく変な夢を見ること、ない?」

彼の表情が、凍り付いた。

「……なんで、そんなこと聞くんだ?」

その声は、微かに、本当に微かに震えていた。前回のループで、わたしが彼の「嘘」に言及した時と、同じ種類の動揺だった。

「だって、わたし、よく見るから」

わたしは、嘘ではないことを、彼に伝えるように言った。わたしの言葉は、真実だ。彼の知らない真実。


「どんな夢?」

彼が前のめりになって尋ねる。その瞳は、何かを掴もうとしているかのように、真剣だった。

「誰かのことが、すごく大切なのに、どうしても思い出せない夢」

わたしの言葉に、彼の琥珀色の瞳が、大きく揺れた。

それは、彼が「デジャヴ」を感じていることの、具体的な表現だったのだろう。彼の無意識の領域で、わたしという存在が、形のない塊として、彼を揺さぶっている。


「僕も……」

彼が、ぽつりと呟いた。

「僕も、そういう夢を、最近見るんだ。誰かが、いつも隣にいて、俺の名前を呼んでる。だけど、目を覚ますと、その人の顔も声も、何も思い出せない」


わたしの心臓が、激しく高鳴る。

これは、彼の中の「観測」が、ついにわたしに収束しようとしている証拠だ。

彼が「忘れたこと」すら「忘れる」という、彼の言葉の矛盾が、今、解消されようとしている。


「その人って、もしかして、わたしだったりしないかな」

わたしは、彼の目を見つめて言った。

彼の表情に、困惑と、そして深い困惑の色が広がった。

わたしの言葉は、彼にとって「ありえない観測」でありながら、同時に、彼が感じていた「デジャヴ」の真実を告げるものだったのだ。


その瞬間、世界が再び歪み始めた。

激しい目眩。視界を侵食する白。

体が、また泡のように弾けそうになる。


(これで、終わりじゃない……)


意識が途切れる寸前、わたしは、雨理くんが、わたしの名を呼ぶ声を聞いた。

「斎咲……!」

彼の声は、これまでのどのループよりも、はっきりと、そして切実だった。


わたしは、また静かな白い部屋にいた。

「記録」は、また一つ増えた。

彼の「デジャヴ」は、わたしの存在を「観測」し始めている。

このループは、彼の記憶の中で、わたしを「確定」させるためのプロセスだ。

そして、わたしの死は、その「確定」を、より強くするための、トリガーなのだろうか。


わたしは、彼に恋をする。

何度でも。

この世界が、わたしたちの記憶を、どれだけバラバラに引き裂こうとも。

そして、今度こそ、彼の中で、わたしという存在を、**「絶対の真実」**として確定させるために。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ