表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/10

第6話「観測されたる、もう一人の私」

白い部屋。


目眩から意識が途切れて、次に目が覚めれば、いつも通りの教室。

そして、彼。海隠 雨理くん。

「……あれ? 君、誰だっけ?」


繰り返されるこの問いに、最早動揺はない。わたしの中には、新たな「記録」が刻まれている。前回のループで、わたしは彼に、**「どうして、私が死ぬたびに、あなたは私を忘れてしまうの?」と問いかけた。そして、「あなたは、誰かのために、嘘をつくことがあるでしょう?」**と踏み込んだ。


あの時の彼の顔。困惑と、微かな恐怖。

あれこそが、彼がわたしという**「異常な観測者」を前にして、初めて見せた「本気」**の反応だったのかもしれない。


わたしは、自分の席に座ったまま、静かに彼を「観測」する。

彼の机の上にある、昨日と同じ数学の参考書。彼の制服の、袖口のほつれ。何もかもが、寸分違わない。まるで、世界が精密に作られた箱庭であるかのように、毎回同じ状態から始まる。


でも、わたしは違う。

わたしは、この箱庭の外から、あるいは箱庭の内部で、**多重に「観測」**を重ねている。

わたしは、何人もの「斎咲 梓」の記憶を持っている。


HRが始まり、黒川先生がプリントを配り始める。

授業中、わたしはノートの端に、今までのループで得た情報を整理していく。


ループのトリガー: わたしの「死」。死因は不明だが、前回は彼の「嘘」に言及した直後に発生。


彼の反応: わたしが死ぬたびに、わたしに関する記憶を失う。しかし、わたしの言葉(「なぜ忘れるのか」「嘘をつくか」)によって、通常ではありえない「観測」を受け、動揺を見せる。


彼の「嘘」: 他者を守るため、安心させるための「優しさ」からくるもの。だが、その嘘が、何らかの形でわたしの死、そして世界のループに関係している可能性。


私の役割: 彼に「観測」されることで、わたしの存在を、わたしたちの関係を「確定」させること。


ふと、教室の窓の外を見た。校庭の隅で、小さな蝶が舞っている。

あの蝶も、毎回同じ軌跡を描いているのだろうか?

それとも、わたしが死ぬたびに、この世界に存在するあらゆる「観測」がリセットされ、それぞれの確率に基づいて再構築されているのだろうか。


「斎咲さん」


ハッと顔を上げると、雨理くんがこちらを見ていた。

昼休み。いつの間にか、彼がわたしの席の横に立っていた。

「どうかした? ずっと難しい顔してるけど」

彼の声には、心配の色が滲んでいる。まるで、わたしを初めて見るかのように。いや、彼にとってはそうなのだ。

「あ、うん。なんでもないよ」

わたしは咄嗟に作り笑いを浮かべた。彼の瞳が、僅かに曇る。

彼は、わたしが何かを隠しているのを、既に「観測」している。


「斎咲さんってさ……」

彼は、何かを言いかけて、言葉を飲み込んだ。

「もしかして、どこかで会ったことある?」


その問いに、わたしの心臓が激しく跳ねた。

わたしの「観測」は、彼にも影響を与え始めている。

あるいは、彼自身も、無意識の内に「誰かの記憶」を「観測」し始めているのだろうか?

「記録」にはない、初めての問いかけ。


これは、わたしが彼に仕掛けた**「観測」**の結果なのか。

それとも、彼の中に眠る、もう一人の「わたし」の記憶が、覚醒しようとしているのか。


「……どうして、そう思うの?」

わたしは、平静を装って尋ねた。

彼の琥珀色の瞳が、真剣な光を帯びる。

「いや、なんとなく……デジャヴっていうか。初めてじゃない気がするんだ」


この世界の歪みを、彼もまた、感じ始めている。

わたしの「死」によって世界がリセットされる度、彼の中に積み重なる「未確定」な情報が、今、彼の中で**「観測」**され、統合されようとしている。


これはチャンスだ。

彼に、このループの真実を、わたしたちの関係性を、**「確定」**させるための。


わたしは、彼に恋をする。

何度でも。

この世界が、わたしたちの記憶を、どれだけバラバラに引き裂こうとも。

そして、今度こそ、彼を、このループの先に連れて行くために。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ