第5話「ループの先に、答えを探す」
白い部屋。
今回は、目眩と同時に意識が途切れた。これまでで一番突然の「死」だった。
体が泡になるような感覚。あれが、わたしの死の瞬間なのだろうか。
――そして、教室。朝のHR前。
「……あれ? 君、誰だっけ?」
雨理くんの声が、鼓膜を揺らす。もう何度目だろう。この質問を、わたしはすべて「記録」している。まるで彼の台本を、わたしだけが知っているかのように。
だけど、今回は、彼の声に**「動揺」**の響きが混じっていた気がした。気のせいだろうか。前回、わたしが意識を失う直前に、彼はわたしの名前を呼んだ。「斎咲さん!?」と。あの声が、彼の奥底に、何か微かな痕跡を残しているのだろうか?
わたしは、ゆっくりと立ち上がった。教室の視線が、わずかにわたしに集まる。
HR前の喧騒が、遠のく。
「海隠くん」
彼の目が、驚きに見開かれる。この状況で、わたしから彼に声をかけるのは、初めてのことだ。
「どうして、私が死ぬたびに、あなたは私を忘れてしまうの?」
沈黙が、教室を支配する。
雨理くんの琥珀色の瞳が、大きく揺れる。彼は、まるで言葉を失ったかのように、わたしを見つめ返していた。彼の顔に、いつも貼り付いていた飄々とした仮面が、初めて剥がれ落ちたように見えた。
「……何を、言ってるんだ?」
彼は絞り出すようにそう言ったが、その声は、微かに震えていた。
この世界の彼は、わたしの言葉の意味を理解できないはずだ。
だって、彼にとって、わたしは「初めまして」なのだから。
それでも、彼のその反応は、わたしの推測を裏付けるものだった。
――わたしの「死」は、彼の「忘却」を伴う。
そして、それは**「観測」**のずれによって生じる、世界の再構築。
わたしは、バス停での出来事を思い出す。彼が、誰かのために嘘をついたこと。
あの時、わたしは彼に近づこうとした。彼の「嘘」の真実を、「観測」しようとした。
そして、その瞬間に、死んだ。
もしかして、わたしの死は、彼が「嘘」をつくこと、あるいは「嘘」が暴かれることと関係があるのだろうか?
彼が誰にも見せない「本気」の壁が、わたしの「観測」によって揺らぐとき、世界はリセットされる?
「ねぇ、海隠くん」
わたしは、もう一歩、彼に近づいた。
「あなたは、誰かのために、嘘をつくことがあるでしょう?」
彼の顔から、血の気が引くのが分かった。
なぜ、わたしがそれを知っているのか。この世界の彼は、絶対に知り得ないはずだ。
彼の顔に浮かんだのは、困惑、そして、微かな「恐怖」のようなものだった。
わたしの問いは、彼にとって**「ありえない観測」**だったのかもしれない。
通常の世界では起こりえない、わたしの言葉。
その言葉が、この世界の「観測」の均衡を、崩そうとしている。
そう思った瞬間、またしても視界が激しく歪み始めた。
足元が崩れ落ちるような浮遊感。
頭の奥から、ガンガンと鈍い痛みが響く。
世界が、白く塗りつぶされていく。
(また、死ぬ……!)
意識が遠のく直前、雨理くんが、初めてわたしに手を伸ばそうとしたのが見えた。
その手が、わたしに届くことはなかった。
わたしは、また静かな白い部屋にいた。
「記録」は、また一つ、新たな情報が加わった。
わたしの死は、彼が「嘘」を暴かれることと、深く関係している。
そして、彼もまた、この世界の歪みを、無意識に「観測」し始めている。
このループの先に、きっと答えがある。
わたしは、彼に恋をする。
何度でも。
この世界が、わたしたちの記憶を、どれだけバラバラに引き裂こうとも。
そして、今度こそ、彼の嘘の真実と、この世界の謎を、解き明かすために。