第4話「嘘と真実のパラドックス」
彼の言葉が、わたしの心臓に新しい鼓動を刻んだ。「その人が教えてくれるんじゃない? それが本当なら、俺はまた、その記憶を受け入れると思うけど」。
あれから、わたしの世界は少し変わった。
以前は、ただ巻き戻るだけの日常に絶望しかけていた。死ぬたびに忘れられる苦痛、自分だけが全てを知っている孤独。それが、彼の言葉一つで、この無限ループに意味が生まれたような気がした。
もし、わたしの「死」が、彼にとっての「忘却」であり、わたしの「復活」が、彼への**「再観測」のチャンスなのだとしたら? わたしは、彼にわたしという存在を、わたしたちの関係を、何度でも「観測」させることで、彼の記憶に「確定」**させるために、このループを繰り返しているのかもしれない。
学校が終わり、わたしはバス停に向かう雨理くんの後ろ姿を追った。
この日、「記録」上では、彼が誰かのために嘘をつく現場を目撃する。
それは、彼が誰にも見せない「本気」の片鱗だった。
バス停のベンチに座る雨理くんの元へ、一人の女子生徒が駆け寄ってくる。隣のクラスの、大人しくて目立たない子。彼女は何かを訴えるように、必死な顔で雨理くんに話しかけていた。雨理くんは、いつもの飄々とした顔で、時折相槌を打っている。
やがて、彼女は顔を赤らめて「ありがとう」と頭を下げた。そして、彼女が立ち去った後、わたしは雨理くんに声をかけた。
「ねぇ、今のって……」
雨理くんは、少しだけ目を泳がせた。
「ん? なに? なんでもないよ。忘れ物してたみたいで、ちょっと教えてあげてただけ」
彼の瞳は、まっすぐに私を見ている。何の濁りもない。
でも、わたしは知っている。それは嘘だ。
彼女が言っていたのは、昨日のテストの点数のこと。彼女が答案をなくしたと言ったとき、彼は「大丈夫、俺も同じ間違いしてたし、先生も今回はそこまで厳しくないって言ってたよ」と励ましていた。でも、実際の彼の点数は満点に近かった。彼は、誰かを安心させるために、平気で自分を偽る。それが、彼の「優しさ」であり、同時に誰にも本気を見せない「壁」でもあることを、わたしは過去の「記録」で知っている。
この世界の彼は、まだ私にとって「初対面に近いクラスメイト」だ。だから、わたしが彼の嘘を見破れるはずがない。
なのに、わたしは彼の嘘を、その瞳の奥にある真実を、あまりにもはっきりと「観測」できてしまう。
まるで、複数の世界線における彼の振る舞いを、同時に見ているかのように。
もし、彼が「忘れる」ことと、わたしの「死」が繋がっているとしたら?
わたしが死ぬたびに、この世界の観測点がリセットされ、彼がわたしを忘れる。
そして、彼が誰かのために嘘をつくことと、私の死が、何らかの形で関係しているとしたら?
だとしたら、わたしは、彼を**「観測」**し続けなければならない。
彼の嘘の裏にある真実を、そして彼が誰にも見せない「本気」を。
それこそが、このループを終わらせる鍵になるのかもしれない。
そう思った瞬間、突然、激しい目眩に襲われた。
視界が歪み、世界がブレる。全身の細胞が、まるで泡のように弾ける感覚。
意識が、遠のく。
(ああ、また……)
最後に聞こえたのは、雨理くんの焦った声だった。
「斎咲さん!?」
そして、わたしは、また静かな白い部屋にいた。
「記録」が、また一つ増える。
この「死」が、何を意味するのか。
そして、次に彼が私をどう「観測」するのか。
わたしは、彼に恋をする。
何度でも。