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第2話「私だけが知る、世界の歪み」

雨理くんは、本当に私のことを知らなかった。


「あれ? 君、誰だっけ?」


繰り返されたその問いは、わたしの心臓を、一度目は甘やかな衝撃で貫き、二度目は確かな認識の楔で打ち抜いた。

わたしはたしかに**「記録」している。昨日、あの窓際の席で、わたしは彼と他愛もない会話を交わした。放課後には、昇降口で彼がわたしの名前を呼んだ。「斎咲、また明日な」って、ちょっと照れくさそうに。その声も、表情も、指先が触れ合った瞬間の微かな静電気も、わたしの「記録」には鮮明に残っている。なのに、彼の瞳には、そこには何もなかった。まっさらな、何の興味も警戒もない、ただのクラスメイトを見るような眼差し。いや、クラスメイトですらない。「誰か」**を見る目。


黒川先生が入ってきて、朝のHRが始まった。彼の視線は、もうわたしから外れていた。まるで、そこにわたしが存在しなかったかのように。


「……斎咲、梓です」


わたしは、かろうじて、彼に聞こえるか聞こえないかの声で、そう答えた。

彼の背中が、ぴくりともしない。


この既視感は、ただの夢ではなかった。わたしは、死ぬたびに「巻き戻る」世界で、私だけが「記憶」を持ち越している。


初めて死んだのは、何だったんだろう? 思い出せない。白い部屋の記憶があるから、きっと何かはあった。二度目の死は、階段からの転落だった。あの時も、同じように白い部屋にいて、気が付けばこの教室の席だった。そして、雨理くんはわたしを覚えていなかった。三度目の死は、横断歩道での接触事故。また、同じ場所に戻った。そして彼は、やはりわたしを忘れていた。


世界は、まるで壊れたレコードのように、特定の箇所で止まり、再生される。だけど、わたしだけが、そのレコードの溝を辿って、すべてを記憶している。まるで、わたしだけが**「前のトラック」を再生し続け、世界は「新しいトラック」**に飛び移っているみたいに。


昼休み、わたしは彼に近づいた。


「ねぇ、海隠くん」


振り返った彼は、少し驚いた顔をした。

「え? あ、斎咲さんだっけ?」

彼がわたしの名前を口にする。それだけで、わたしの心臓は跳ねる。そう、この瞬間も、彼はわたしのことを「初めて知った」かのように認識しているのだ。

「うん。あのさ、昨日、放課後……」

わたしは、何気ないフリをして、昨日のことを尋ねた。昨日の「記録」で、彼がわたしに貸してくれた参考書のことを。

「え? 参考書? 俺、そんなの貸したっけ?」

彼の瞳に、困惑の色が浮かぶ。嘘をついているわけではない。本当に、覚えていないのだ。


彼にとっては、昨日のわたしは、存在しない。

彼にとっての「今」は、わたしの「過去」の、さらに前にある。


わたしは、彼が誰かのために嘘をつき、誰のためにも本気を見せないことを知っている。それは、わたしのこれまでの**「観測」**の積み重ねで、確信している。でも、それは、この世界の彼にとって、まだ「未確定」な情報なのかもしれない。


わたしは、どうやって死んだのだろう? なぜ、彼だけがわたしを忘れるのだろう? なぜ、わたしだけが記憶を持つ?

そして、わたしが死ぬたびに、世界は、どのような**「観測」**によって再構築されているのだろう?


この世界の歪みの中心にいるのは、きっと彼だ。

そして、その歪みの中で、わたしはもう一度、彼に恋をする。

何度でも。

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