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第1話「その日、私は死んだ」

死んだって気づいたとき、わたしは制服を着ていた。


もっとドラマティックに、血を吐いたり、轢かれたり、屋上から落ちたりするかと思ってたけど、そういうのはなくて、わたしはただ静かに、白い部屋にいた。照明もないのに、すべての輪郭がはっきりと見えた。空気の粒まで。無機質な白。それは、世界の余白、あるいは、記憶の残骸。


(あ、これ、たぶん死んでる)


そう思ったのは、頭の中に**「記録」**が残ってたからだ。記録、としか言いようがない。映像でも、音声でも、文章でもない。概念そのもの。


教室の窓際の席、三階、東校舎の右端。最後に見たのは、前の席の**海隠 雨理うみがくし・あめり**の後ろ姿。彼の髪のうなじが、思ったより整っていて、それがやけに印象に残っていた。あの、襟足の、うぶ毛の、たった一本の線すら、明確な「存在」として、私の「記録」に刻まれている。


彼が振り向いて、「あれ?」って言って、わたしが「何?」って言おうとして、言えなかった。喉の奥に、言葉の残滓が詰まった。それだけ。


それが最後だった気がする。


――だから、目が覚めて、教室の席にいたとき、わたしは思った。


(あ、これは戻ってる)


HR前。担任の黒川先生がドアを開ける直前、クラスがざわめいてる。ざわめきすら、前回の「記録」と寸分違わない。隣の席の女子が、またしても「今日、雨降るらしいよ」と、全く同じトーンで話しかけてくる。世界は、完璧なまでに再現されていた。


そして、彼――雨理くんが、前の席で、眠そうにこちらを向く。


光が、彼の顔を照らしている。彼の瞳は、薄い琥珀色。深い眠りから覚めたばかりのような、わずかな倦怠感が、彼の端正な顔立ちをより際立たせていた。


「……あれ? 君、誰だっけ?」


その声は、前回の「記録」にはなかった。まるで、世界が新たな一本の糸を紡ぎ出したかのように、彼から発せられたその問いは、私の認識を揺さぶる。いや、揺さぶられたのは、私だけだ。世界は、何事もなかったかのように彼の言葉を受け入れている。


わたしは、恋に落ちた。


もう一度。


観測者として、私はこの一瞬を**「確定」した。彼が私を忘れた世界で、私が彼を知っている。この矛盾こそが、この世界の真実であり、わたしの、わたしたちの、「現実」**なのだと。

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