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とある森の喫茶店セピア  作者: 御歳 逢生
第二滴 森の珈琲店、初めての交流
6/8

第一話 新たな日常への一歩


固めた決意を胸に、慎太郎はゆっくりと、しかし確かな足取りで喫茶店「セピア」の再開に向けた準備を進めていた。

窓から差し込む朝の光は、瑞々しい森の緑を透して、店内に穏やかな木漏れ日を落としている。

その光の中で、彼は一つ一つ、丁寧に開店準備を進めていった。



まずは店内の清掃だ。

彼は床の埃を払い、カウンターやテーブルを磨き上げた。

僅かに乱れていた椅子や調度品を元の位置に戻していく。

その手つきは、まるで儀式を行うかのように静かで、一つ一つの動作に、この店を再び動かすのだという彼の強い意志が宿っていた。掃除が進むにつれて、淀んでいた店内の空気が澄み渡り、珈琲の香りが染み付いた「セピア」本来の温かい雰囲気が戻ってきた。


ふと、冷蔵庫のモーター音が耳に届き、彼は改めて、この不思議な恩恵に思いを馳せた。

なぜ、この森の奥で電気が通っているのか。誰が、どのような目的でここにこの店を置いたのか。

疑問は尽きないが、彼は深く考えることをやめた。

今あるこの奇跡を、静子と築き上げたこの店を守るために、ただ感謝して受け入れる。

それが、彼にできる唯一のことだった。



彼は冷蔵庫の扉を開け、中に残された数少ない食材を確認した。

食パンが数枚、バターが少し、そして少しだけ残った牛乳。

電気のおかげで、かろうじて腐敗は免れている。


「これで、しばらくは……。」


彼はそう呟き、今後の食料の確保が急務であると改めて心に刻んだ。



一通りの清掃を終え、慎太郎はカウンターに立ち、磨き上げられた珈琲器具を眺めた。

ドリッパー、サイフォン、ミル。どれもこれも、静子と二人三脚で選び、手入れしてきた愛用品だ。

それらに触れるたびに、彼の心には静子との思い出が鮮やかに蘇る。

この器具たちと共に、彼が淹れる珈琲が、この異世界でも通用することを証明しなければならない。

それが、静子との約束だ。


彼の視線は、カウンターの隅に立てかけてあった、手書きの看板へと移った。


「喫茶セピア」


開店当時に静子が可愛らしい文字で描いてくれた看板だ。

彼はそれを手に取り、店の入り口へと向かった。

まだ、この世界の住人に向けてメニューを書き直すという発想はなかった。

彼はただ、いつものように店を開け、いつものように客を待つ。

それが、彼がこの場所で、静子との日常を取り戻すための第一歩だった。


店の外に一歩出て、大きな切り株の上に慎重に看板を立てかけた。

太陽の光が看板の文字を照らし、森の緑によく映える。

その看板を設置した後、彼は店内のカウンターに戻り、静子の写真にそっと語りかけた。


「看板、出したよ。見ていてくれ、静子。今日から、この店をまた始めるよ。」


彼の声は、静まり返った店内に優しく響いた。

重く、古い木の扉をゆっくりと開け放つ。

扉が軋む音が、静かな森の空気に溶けていく。

ひんやりと、しかし清々しい森の空気が、店内に流れ込んできた。

珈琲の香りと混ざり合い、彼の心を穏やかにする。

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