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旧道の怪

作者: 秋月流弥

 大学生になった相良さがら透子とうこは友人の松崎まつざき紫帆しほとサークルの新人歓迎会に出席する日々を送っていた。

 四月は出会いの季節だ。

 新しい環境に新しい人間関係は桜の花が葉桜になる前に形成される。

 だからこそ今が頑張り時で。


 透子は幼なじみ兼友人であり同じ大学に進学した紫帆とともに新歓を回りまくっていた。


「なんかどこも微妙だよね。サークルって言っても身内で騒いでダベってるだけというか」

「紫帆は真面目にサークル活動したいんだもんね」

「やるなら本気で打ち込みたいからね。大学も大きいし期待してたんだけどな。サークルは星の数ほどあるというのに、数打ちゃ当たる戦法はダメだなこれは」


「ははは」


 今日もボウリングサークルの新歓ということで飲み(アルコールなし)で居酒屋にいた。焼き鳥と果汁100%のジュースで腹を満たしていると、透子は声をかけられた。


「えっと、相良さんだっけ」

「はい」


 話しかけてきたのはサークルでも目立つ存在の葦原あしはら先輩だった。


「今度の日曜日に仲の良いメンツでバーベキューするんだけど、どうかな。おすすめのキャンプ場があって。ここだけの話サークルのメンバー全員は誘えないからこうやって個人的に声かけてるんだ。相良さんって控えめで可愛いし良い子でいいなって思ったんだよね」


 透子は首肯く。

 人気者の先輩が私を選んでくれるのが嬉しくて即答でOKしてしまった。



―――



「ねえ、バーベキュー参加するの?」


 帰り道。

 紫帆が私に聞いてきた。


「聞いてたの?」

 隣の席でひたすら寡黙に焼き鳥を食べ進めていた紫帆だったが途中から「トイレ行くわ」と席を外し解散まで戻ってこなかった。サークルの雰囲気が合わなかったのだろう。


「ちょっと気になってね。大丈夫なの? ノリも軽そうだしチャラい人けっこういたよ」

「何事も経験かなって。そうだ紫帆も来ない? 葦原先輩に聞いてみるよ。それに私も心強いし」

「私はパス。なんか全体的に好きな先輩たちじゃない」


 ばっさりと幼馴染みに断られた。



―――



 当日。

 葦原先輩の車に乗って透子たちはバーベキューをするキャンプ場を目指した。


「俺がたまたま運転していて見つけた穴場のキャンプ場なんだ。お堅いサークルと違って今日は気楽に遊ぶだけだから。のんびりしててよ」


 運転席の葦原先輩がハンドル片手に言う。


 参加する人数は全員で五人。


 主催であり運転手の葦原先輩と、先輩と同じく三年生の西丘にしおか先輩、白田しろた先輩。二年生の鳴美なるみ先輩、そして一年生の自分だ。ちなみに二年生の鳴美先輩は透子以外の唯一の同性であり、三年生の西丘先輩と付き合っているとのこと。


(一年生は私だけってことか)


 新歓の時と違ってすでに出来上がっている人間関係のなかに新参者が入っていくのは難しい。


 超、努力した。

 モジャモジャだった髪をアイロンで巻いて一重瞼も人工的に二重にした。普段買わない系統の服も買った。

 そのおかげで先輩のお誘いに参加できるんだから積極的に参加しなくてどうする。


「透子ちゃんさ」

 助手席の鳴美先輩が話しかけてくる。

 派手な外見で怖い印象が強い女性だが会話をよくふってくれる気さくな人だ。


「旧道の噂って知ってる?」

「旧道?」

「おい怪談なんてするのかよ。俺苦手だよ」

 西丘先輩が彼女に文句を言う。


「だって盛り上がるでしょう。……旧道ってのはね、古く使われなくなった道のこと。新道と両方使われる場合もあるけど、この話の旧道は死亡事故が多すぎて使われなくなったやつね」


「なになに面白いやつ?」

 隅の席で窓の景色を見ていた白田先輩も身を乗り出す。

一方、耳を塞ぐ西丘先輩を無視して鳴美先輩は話し始めた――……




 ある場所に死亡事故が相継いで起こる道路があった。

 あまりに事故が多いので新しい道路を建設しその道は旧道として使われなくなった。

 使用されなくなったのは道路だけではない。

 旧道の中にはひとつのサービスエリアがあった。

 そこは旧道として使われなくなる直前まで営業していたが、ある噂があった。


 サービスエリア内のトイレの鏡に死者が映ると。


 利用客によると交通事故で亡くなった死者の魂が鏡を通して仲間を呼び込んでいるらしい。現にその道路での死亡事故は絶えなかった。


 不気味がる利用客が多いのでトイレの鏡は撤去されることになったが、まもなくして旧道として使用されなくなり、サービスエリアも営業停止となった。





「……旧道は取り壊すことなくそのままの状態で放置されているからサービスエリアも然り。要するに、鏡のないトイレがあるサービスエリアには要注意ってことね」


「サービスエリアどころかその周りも走りたくないよ。事故が多発してた場所ってことだろ?」

「お前の話リアルすぎて笑えないんだよ……デート先でも平気で怪談してくるし」

「お、惚気か」

「出た出た」

 葦原先輩と白田先輩が二人をからかう。

「あんたはいい加減慣れなさいよ! ねえ、透子ちゃんも持ちネタの怪談とかない?」


 それから先輩たちと怪談話をして盛り上がった。



―――



「遅いね~まだ?」


 和やかな雰囲気だったものの、車を走らせてから幾分か時間が過ぎ、本来の予定ならそろそろ目的地に着いてもいい頃だ。


「キャンプ場っぽいのなんてどこにも見えないわよ」

「ていうか霧が濃くてなにも見えないんだが」


どうやら道に迷ったらしい。

 運転席の先輩は「おかしいなあ」とか、「ここのハズなのになあ」とか、ぶつぶつとひとり言みたいな呟きを繰り返している。


「ここであってるはずなんだけどなあ」


「さっきからそればっかり! 迷ったんでしょ。信じられない!」


「カーナビは? 今どこ走ってるんだよ? 順調にいけばもうとっくに着いてる頃じゃん」

「落ち着け西丘、鳴美も。葦原が冷静に運転できなくなるだろ」


 白田先輩がわめく二人に注意する。


 先輩の呟く頻度と周りの先輩たちの低くなるテンションに手の中がじわ、と汗で湿る。


(う、トイレいきたい)


 緊張のせいかお腹まで痛くなってきた。

でも今は走行中。パーキングエリアやサービスエリアどころか明らかにメインの道路からも外れてしまい、もはやどこを走ってるのかも分からない。


 どんどん悪くなる雰囲気に空気が淀む車内。息が詰まりそうだ。


(とにかく降りたい)


 降ろして貰おうか。

 でも外で用を足すなんて嫌だ、恥ずかしい。

 せっかくお洒落して気合いも入れてきたのにいろいろ台無しだ。


 透子は助けを求めるように窓の外を見つめる。


(え、うそ)


 暗い道の向こうに明かりが見えた。

 霞がかった向こうに建物らしきものがある。


(サービスエリアだ!)


 横にひろがる長い建物。屋台らしき建物やパラソルが広がったイスやテーブルもある。

 しかし歩いている人は確認できず、人がいる気配も感じない。

 それでも透子にとっては地獄に仏だった。


「葦原先輩あそこ! サービスエリアみたいですよ! 一旦ここで休んで道を確認しましょう」


 他の先輩たちも賛成して駐車場に車をとめると、私は一目散にトイレへ向かった。



―――



「……まさかこんなことになるなんて」


 用を終え、手を洗いながらため息を吐く。憧れのバーベキュー体験ができると思ってたのに。

「紫帆は来なくて正解だよ……」

 あの車に戻らなきゃって考えると憂鬱だ。


髪を手櫛で整えようと正面に顔を上げると、

「え?」


私はある違和感に気づいた。


「ここ鏡がない」


 透子はトイレ全体を見渡す。


 おかしい。

どこを見ても鏡がない。

 しかもよく見ると鏡があるはずの位置に剥がされたような跡があった。


 しん、と静まり返る空間。

……先ほどから利用者は誰も来ない。


「…………」

 そもそも違和感は駐車場に着いた時から少しあった。自分たち以外に人がいるのを見かけなかったし異常なほど静かだったから。 

 でも透子はトイレに行きたくてそれどころではなかったのだ。


 ふと、先輩の話を思い出す。


“サービスエリア内のトイレの鏡に死者が映る”


“利用客によると交通事故で亡くなった死者の魂が鏡を通して仲間を呼び込んでいるらしい”



“要するに、鏡のないトイレがあるサービスエリアには要注意ってことね”


(ここって、“あのサービスエリア”……!?)


全身から血の気が引く。

「……、……」

激しくなる動悸を落ち着かせながら、早足で透子は皆のいる駐車場に戻った。


「あ、透子ちゃん」

 駐車場に着くと鳴美先輩たちが車から手招きして呼ぶ。

「聞いてよ葦原のやつ、周囲を確認してくるって言ったきり帰ってこなくなっちゃって」

「え……」

「迷った責任感じて一人で勝手に出てったんだ。俺らも空気悪くしてたしな」

 白田先輩の言葉に西丘先輩が首を横に振る。


「空気に耐えられなくて逃げたんだろ。運転手が見に行って帰ってこなかったら一番迷惑だろ。なあ、置いてっちゃおうぜ。春休みに免許とったんだよ俺」

「あんたそんなことしたら別れるからね」

「冗談だって。歩いてアイツ探すのダルいし車乗りながら探そうぜ。どうせ誰もいないんだし。そうだ透子ちゃん助手席座りなよ」


 先輩たちはさっきより険悪な雰囲気は和らいでいたけれど透子は先程の光景のせいでそれどころではない。


(どうしよう。皆に言った方がいいかな。それに葦原先輩もどこ行っちゃったんだろう。こんな不気味な場所で一人で歩いていくなんて……)


 ここ噂の霊の出るサービスエリアかもしれません! なんて言ったら先輩たちどういう反応するだろう。

 逆に先輩たちなら笑ってネタにしてくれるかも。鳴美先輩も怪談好きだし。


 透子はシートベルトをしながら車内にいる先輩たちに振り返り話しかけようとした。


「あ、あの、さっきトイレに行ったとき……」


――!?


 ふとサイドミラーに目をやると何かが映っていることに気づいた。



 サイドミラーには真っ青な顔でこちらを見つめる血塗れの人物が映っていた。



「ひいッ……いや!!」


 透子は叫んだ。

「え、なに? ……え!? 何だこれ!?」

 運転席の西丘先輩も悲鳴をあげた。

葦原・・!?」


 え? 葦原って葦原先輩?

 あの血だらけの人物が葦原先輩なの?


『う……あぁあ……』


 血塗れの葦原先輩はうなり声をあげながらこちらを見つめている。


「えーなにどうしたの? ……うわ! なんだよこれ!」

「キャアァァ!!」


 白田先輩と鳴美先輩も叫ぶ。


 窓に赤い手形がいくつも貼りつく。べたり、べたり、血が垂れるような手形が窓を埋め尽くしていく。

「ひいいぃぃぃ!!」

「車! 車を走らせるんだ! 早く!!」

 いつの間にか車内はトンネルに入ったみたいに真っ暗な闇に包まれていた。  


 反射された窓には、血だらけで怨めしそうに立つ人物たちが一斉にこちらを見ていた。


 パニックになった透子たち四人は悲鳴を撒き散らし、ある者は気を失い、ある者は念仏を唱え、その後のことは覚えていない。



――――



「葦原先輩って亡くなってたんだって」

「え?」


 後日。

 あの日の出来事を話そうと紫帆に会ったら早々とんでもないことを言われた。


「バーベキューに誘われた飲み会が金曜日だったじゃん。葦原先輩、次の日の土曜日に下見しに一人であの道を走ったらしいよ。その道中に事故って帰らぬ人に……って話を日曜日に別サークルの先輩に聞いてさ。すぐに透子に知らせなきゃって何度も連絡したんだけど、なぜかあんたの携帯着信拒否になってて……」


 つまり前日の土曜日に葦原先輩はすでに亡くなっていたと。


 ではあの日車を運転していた先輩は何だったのか……


今なら分かる。

私たちは葦原先輩に“呼ばれて”いた。


そして先輩自身も“呼ばれて”引きずり込まれちゃったんだって……


 あの出来事があって以来透子は鏡を極力見ない生活を送っていた。

丁寧に巻いていた髪ももじゃもじゃに、メイクも前より大分ワイルドになっていた。


「いいんだ。無理してイメチェンしても蛇が出るって分かったし」

「え? なんか言った?」


 まあ、何であろうと、生きてるんだ。


 それだけで充分ってことで。



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