5(シリウスside)
僕は、なんて愚かで馬鹿だったのだろう。
彼女を失いそうになったときに、初めて自分の気持ちを認めてそう思った。
僕と彼女、アメリア・エルヴァンとの出会いは、僕が九歳の時だった。
あの日は来客があることを知っていたが、本を読んでいたかった僕は、庭園にあるガゼボにいた。そよそよと吹く風を感じながら、ペラペラとページをめくる。
ふと足音が聞こえ顔を上げると、銀糸のような髪を靡かせた少女が立っていた。その少女は空を切りとったような瞳を輝かせ、僕へ言った。
「夜の妖精さん。私をお嫁さんにしてくれませんか。」
あまりの衝撃にまじまじと見つめてしまう。ハッとした僕は少女に返す。
「僕は妖精ではないよ。シリウス・ヴェルディア。君は?」
僕を夜の妖精だと言った、月の妖精のような少女は、ニコニコと笑って僕へ近づく。
「アメリア。アメリア・エルヴァン。……シリウス。私をお嫁さんにしてくれる?」
ニコニコと笑う可愛らしい少女に胸が高鳴り、息苦しさを覚える。本を閉じた僕は、冷静に「大人になっても、気持ちが変わらないなら」としか答えることが出来なかった。
それから、僕の後をちょこちょことついて回るリアに、気持ちが落ち着かずに、つい冷たくしてしまっていた。リアの兄であるルークは僕と同い年で、よく遊びに来ていた。妹想いの彼は、リアが可哀想だと呆れていた。
ーーそれでも三つも下の彼女の言葉を、本気だと僕は信じることが出来なかった。
そんな時だった。
あの日、僕に向かって飛んでくる魔法から、リアは身を呈して庇った。小さな手で僕の体を押しのけて、気づいた時にはリアの小さな体からは、大量の赤い液体が飛び散っていた。
小さく呻くリアに咄嗟に駆け寄った僕は、その小さな体を抱きしめていた。魔法を放った人物を捕えている間も、リアの体へ治癒士が魔法をかけている間も、リアを離すことなど出来なかった。
「リアっ!!リア!……ごめんね。僕のせいだ……!」
ただ抱きしめて、手を握って泣くことしか出来ない僕に、リアは薄らと目を開けて手を握り返すと、笑って「好き」だと呟いた。また目を閉じてしまったリアは、僕の腕から離され、公爵家の屋敷へ運ばれていった。
別室で一命を取り留めたと報告を聞いた時、安堵で僕の体は崩れ落ちてしまった。
そんな僕に公爵様は、そもそも僕のせいではないと説明をしてくれる。元々、リアを狙ったもので、あれはたまたまだったのだと。
それを聞いた僕は、安堵と不安な気持ちで溢れ、堪らず公爵様に申し出た。
「……リアを愛しています。僕と、婚約を認めていただけませんか。」
真っ直ぐ告げた僕を見て、公爵様は驚いたように目を見開いた。そして少し悩む素振りを見せて、口を開く。
「……シリウス君の気持ちは嬉しいけどね、それは義務感からでは無い?責任を取ろうとしているのなら、リアの親として私は賛成できないかな。」
公爵様の気持ちは理解出来た。僕の、今までの態度が悪かったんだ。これ程後悔したことはなかった。それでも、自分の気持ちを理解した今は、諦めることなんて出来なかった。
「……今までの態度で思うところがあるのは、承知しています。……僕はリアの真っ直ぐな気持ちに、向き合うことが怖くて逃げていた卑怯者です。いつか、子供の頃の話だと、笑われるのが怖くて見ない振りをした、臆病者です。でも……諦めきれないんです……。」
恥を忍んで、公爵様へ頭を下げる。僕の肩へ手を置いて、頭を上げるように言う公爵様は、苦笑して僕へ告げる。
「……そうか。リアが望むなら、私は構わないよ。」
そう穏やかな声を聞いて、もう一度頭を下げてお礼を言った。
その日は、リアはまだ目が覚めないだろうと、屋敷へ戻りリアのことをずっと考えていた。目を閉じれば、はっきりと思い出せるリアの眩しい笑顔と、ころころと可愛らしい笑い声に胸が苦しくなった。
ーー愛してる。
ずっと、リアに恋をしていたんだ。
僕のあとをついてくる少女に、会いたくて仕方ない。そして僕は決めたんだ。リアがくれた言葉の分、次は僕がリアに気持ちを渡そう。夜空を見上げ、月を見ながらそう決意した。