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「アメリア様、もう少し腰を落として。……そうです。……今日はここまでにしましょう。」
剣の構えを解き、運動用に作らせた騎士服を着た私は、「はぁい」と気の抜けた返事を返す。
ギラギラと照る太陽の下で、私の顔が好きなメイド達に連れられ、肌の手入れだなんだという文句を聞き流す。
木の葉が散り、涼しくなってきた風を受け、爽やかな気分に伸びをした。
先日十二歳になった私は、完全無詠唱で魔法の発動が出来るようになっていた。周囲にはそれを隠し、短縮詠唱の無詠唱魔法に見せている。
そこで、次は剣を習いたいと思いたった私は、お父様へ直談判をした。
「お父様!剣を習わせてください。」
執務室へ飛び込み言い放った私へ、お父様はポカンと口を開け、たっぷり一分程固まった。
「聞いていますの?お父様!」
お父様は私の言葉に、理解できないというように苦笑して、「空耳かな」と呟く。
「剣を習いたいわ。」
はっきりと答えると、お父様は額に手を当てて宙を仰いだ。そして時間をおいて私へ視線を戻す。
「……どうしてそうなったんだい?」
眉尻を下げたお父様が静かに私へ問いかけ、用意していた答えを話すことにした。
「私は魔法学士を目指していますわ。でも、女の私ではかなり厳しいと思いますの。魔法だけでは出来ることは限られています。何も本格的にとは言いません。自分の身を守る程度の技術を学びたいのですわ。」
魔法学士には女の人は実例がない。しかし決まりがある訳ではなく、単純に能力の問題だった。
力が弱く、接近戦ができない女性では、魔物討伐時に足手まといとなることが多い。そのため剣を使えるのと使えないのでは、雲泥の差なのだ。
その事を理解しているお父様は「まだ早いのでは」と言っている。それでも私はこの二年間、空いた時間には体力作りを欠かさなかった。
筋力トレーニングは、メイド達がやめて欲しいと泣き叫ぶため、程よく筋肉がつくように努力をした。そのことを盾にお父様へ詰めると、渋々だが認めてくれた。
剣を握ると豆ができるかもしれないが、メイド達には誠心誠意謝ろう。
ーー私の人生のためだ。努力は惜しまない。
出来ることが増える度に、人生に色がついたような気分になる。次は何をしようかと思いながら、メイド達に肌を磨かれていた。
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「やぁ、リア。今日も可愛いね。」
目の前に座った、ゲームより幼さを残したシリウスが、ニコニコと微笑んでいる。あれから二年たった今でも、責任を感じているのか、私の元へ定期的に会いに来てくれる。
「……シリウスも、いつも通りかっこいいわね。」
お決まりの会話をしながら、紅茶を口に含む。十五歳となったシリウスは、背も大分伸び声変わりも終えている。ゲームの姿に近づいたシリウスに、さすがは推しだと感心する。
すると私の手を取ったシリウスが、眉尻を下げて心配そうに私を見た。その様子に、どうしたのだろうと首を傾げる。
「リア。無理はしてないかい?剣を習い始めたと聞いたよ。言ってくれたらリアは僕が守るのに。」
「あら、私はもう何も知らない子供ではないわ。魔法学士になる為に、私が望んでしているの。」
いつもの調子で笑った私に、寂しそうな顔をするシリウスは、私の手をぎゅっと握る。
「……相変わらず、僕の婚約者にはなってくれないのかい?」
本気に見えてしまう表情に、ほんの少し胸が高鳴る。
「やだわ、シリウスったら。……貴方が傷物令嬢を娶るだなんて馬鹿にされたら、私が後悔するわ。私は今のところ、誰の求婚も受ける気は無いの。」
いつもと同じ回答に、シリウスはいつものように微笑んだ。握った手を、指を絡めるように繋ぎ直される。いつもと違う仕草に、ピクリと肩が揺れた。
「……シリウス?」
「……もう、僕のことは愛していないのかい?」
突然の質問に気持ちが揺らぐ。目の奥が熱くなり、少し俯いて気持ちをぐっと呑み込んだ。
「そんな訳ないわ。愛しているからこそ、貴方には幸せになって欲しいの。」
顔を上げた私は、努めて自然な笑顔に見えるように笑った。絡めた指をスリッと撫でられ、鼓動が速くなる。シリウスは考えるように俯いて「そうか」と呟いた。
しばらくの沈黙の後、顔を上げたシリウスは、私へ真っ直ぐ視線を向けた。
「リアの幸せは?」
シリウスの真剣な顔に、紅茶へと視線を落とす。
「……そうね。シリウスが幸せなら、私もきっと幸せだわ。」
シリウスの目を見て答えると、繋いだ手に力が入ったのがわかった。
「……そう。そうなんだね。……じゃあ、もう遠慮しなくていいか。」
「ん?なぁに?」
小さく呟いたシリウスの声が聞き取れなくて、聞き返すと「なんでもないよ」と返ってくる。
「それより、約束してよ。学園を卒業するまで誰とも婚約しないって。」
「え?どうしたの?……別にそのつもりだし、いいけれど。」
唐突なお願いに首を傾げるが、理由は話してくれそうにない。そのまま、誤魔化すように話題を変えられ、その後はただラベンダーの香りを感じながら、いつものように過ごした。




