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17

ザワザワと扉の向こうから複数の声が聞こえてくる。レオンに目で合図を送ると、私は素早く後ろで手を組み、その動きをスカートで隠した。

しばらくすると部屋のドアが、ガチャと音を立てて開いた。


「よぉ。大人しくしてたか?」


ニヤニヤと笑う無精髭を生やした男が、私たちを見て楽しげにゆっくりと近づいてくる。後ろ手に閉められた扉に鍵がかけられていないことを確認した私は、男を真っ直ぐに見据え、内心とは裏腹に怯えた表情を作った。


「何をするつもり?」


震える声でそう問えば、男はヘラヘラと笑い、小さなナイフを片手にさらに近づいてきた。


「怯えちゃって可哀想になぁ。」


私は男の興味を自分へと惹きつけるように、ジリジリと後ずさる。


「大丈夫。大人しくしていれば痛いことはしない。」


「……何が目的?」


声を震わせてそう問えば、男はちらりとレオンを見て答える。


「本当はそこの坊ちゃんだけで良かったのに、お嬢ちゃんが邪魔するからよぉ。まぁ、ついでだし。……大丈夫、安心しろよ。お嬢ちゃんの命は取りはしない。」


そう言った男は、ニヤニヤと目を細めて私を見る。


「……お嬢ちゃんは高値がつきそうだからな。」


醜い笑みを浮かべ、私の目の前にしゃがみ込んだ瞬間、私は動いた。男は油断していただろう、手が縛られていると。後ろで組んでいた手を素早く持ち上げ、男の喉を目掛けて思い切り肘を叩き込む。


「……っ!?グッ……!?」


不意打ちだったのだろう、男は苦しそうに喉を押さえ、後ろに倒れ咳き込んでいる。


「えっ、なにをっ!?」


レオンが驚きに目を見開いて言葉を発しているが、まだやるべきことは残っている。私は急いで土魔法で土の塊を作り出し、布にくるんで男の口に無理やり噛ませた。呼吸がしづらくなり、暴れる男を動けないように、手足を氷魔法で固める。酸素が薄くなったからだろう、抵抗が弱まり意識がおちたようだ。その様子に、ようやく息をつく。


「……ふぅ。こんなものかしら。さて、どうしましょうか。」


気を失っている男を転がし、レオンを見た。彼はまだ座ったまま、呆然としている。


「立てますか?」


そう言って手を差し出すと、レオンは恐る恐るといった様子でそっと手を乗せた。グイッと手を引いてレオンを立たせると、やっと状況を飲み込めたのか「手際がいいな」と小さく呟いた。


「……では、そろそろだと思いますので出ましょうか。」


私の言葉に、レオンは間の抜けた声を上げた。


「は?」


「殿下はこれを。」


そう言いながら、気を失っている男が持っていた小さなナイフを拾い上げ、レオンに渡す。大した威力はないが、持っているだけで相手は手が出しづらいはずだ。


「基本的には私が対処しますが、もしもの時は躊躇わないでくださいませ。」


「では、行きましょうか。」


そう言ってドアノブに手をかけようとすると、反対の手をレオンに掴まれた。


「いや、待て。君は武器を持っていないじゃないか。魔法が使えるとはいえ、それでは危ない。」


どうやら心配しているようだ。私は安心させるようにレオンに笑って手を握り返す。


「大丈夫ですわ。」


レオンの手をそっと離すと、ドアを勢いよく開けて廊下へ出る。その音で、何があったのかと顔を覗かせる男達へ躊躇なく魔法を放った。一応手足を狙い、蹲ったところを氷で固める。凍傷になってしまうだろうが、王子を狙ったのだ。ただで済むはずがないので、それは諦めてもらおう。


「殿下っ!行きましょう。」


そう言って、私は長い廊下を駆け出した。ザワザワと騒がしくなり、剣を持った男たちがぞろぞろと出てくる。斬りかかってくる男たちに、私の足は止まらない。

短い詠唱で氷魔法を放ち、的確に相手の足元を狙う。凍り付いてバランスを崩し、倒れ込む男たちを横目に、私は走り続けた。男たちの攻撃が私に当たるはずがない。


すると、長い廊下の先に大きな扉が見えた。


(……あれが、出口ね。)


前方の男たちを片付けたあと、チラリとレオンがついてきているか確認した。

彼もまた、私の早すぎるペースに遅れまいと必死についてきてくれている。


その時、レオンの後ろから、キラリと光るものが見えた。剣だ。倒れた男の一人が、諦めきれずに投げたのだろう。くるりと振り返った私は、レオンに手を伸ばし、そのまま私の後ろへ突き飛ばす。


――ガキンッ。

男の投げた剣が、甲高い音を立てて転がる。同時に、ピシピシと氷の砕ける音が聞こえた。私が出した氷の剣だ。


「……流石に今のは危なかったわね。」


手の中の氷の剣が、ポロポロと音を立てて崩れていく。柄の部分だけが残った氷の塊を放り投げ、驚いて固まっているレオンを起こして手を引く。


大きな扉を開け、外に出ると、まばゆい日差しが目に飛び込んできた。そして、その先には、数人の騎士団と、一人の大柄な男が対峙しているのが見えた。


「……おい。俺の仲間たちはどうした。」


驚いたように私へ顔を向けた大柄な男は、この人攫い集団のリーダーなのだろう。


「さぁ?自分で確認してはいかが?……出来ればの話だけれど。」


私はそう言って、足元に氷魔法を放つ。油断していた男は、汚い声で叫びながらバランスを崩し、瞬く間に騎士団に捕らえられた。


「リアっ!」


次の瞬間、私の腕が強く引かれたかと思うと、暖かい腕に強く囲われた。ぎゅうぎゅうと苦しくて、シリウスの腕をトントンと叩くと、少しだけ緩くなった。ラベンダーの香りが私を包み込む。


「心配した。」


絞り出すようなシリウスの声に、私は安堵の息を漏らした。


「……来てくれたのね。ありがとう。」


「当然だよ。知らせを受けてすぐに志願したんだ。」


彼の言葉に、私は彼の深い愛情を感じた。私は、彼ら騎士団が来ることを知っていた。ゲームではレオンに王家の影がついており、レオンが攫われたあと、彼らは国王の元へ報告に行っていたのだ。ゲームではそれを知らないレオンと侍従が捕まり、侍従が命を落とす結果となっていた。


それに、私自身にも影がついている。あの事件後にお父様が、一番狙われるのは私だろうと、私にも影をつけることを説明されていたのだ。だから、シリウスが来てくれることも、どこかで分かっていた。


驚いているレオンが、騎士団に連れて行かれるところを見届けていると、シリウスが拗ねたように私を呼んだ。


「リア。こっちを見て。」


シリウスの声に見上げると、不満そうな顔で私を見ている。珍しい、子供のような表情にクスッと笑ってしまう。


「……二人でいて何もされなかった?」


まるで、私に何かあっていないかと心配するような口調に、私は笑いながら答える。


「ふふ。されないわよ。」


そう答えると、シリウスは私の頬に手を伸ばす。そのままスリスリと撫でられ、首を傾げると、シリウスは眉間に皺を寄せた。


「……リアは可愛い自覚がないから心配だ。」


「ふふっ。そんなこと言うのはシリウスくらいだわ。」


そう言って、彼の眉間にできた皺を指でつつく。シリウスは、ムッとして私の手を掴むと、そのまま自分の頬にあてた。擦り寄ってくる猫のような仕草に、可愛いなと指で撫でる。


ふと静まり返った空気に、違和感を覚えて周りを見渡した。すると、騎士団の人達が気まずそうにこちらを見ていた。私たちが公衆の面前でいちゃついていたことに、今更ながら気づく。


「あっ……。ごめんなさい……。」


そう言ってシリウスから離れようとしたのだが、シリウスは私の手を掴んだまま、決して離してはくれなかった。


「気にしなくていいよ。」


急に機嫌を良くしたシリウスは、私の腰を引き寄せ、そのまま抱き上げた。


「えっ。待って、降ろして!」


「ごめんね、リア。……じゃあ、このまま公爵様の所に怒られに行こうか。」


「えっ!?」


お父様を出されて、抱き上げられていることなんて頭から抜けていく。彼のことだから、きっと私が無茶をしたと聞いているに違いない。


「大丈夫。僕も一緒に怒られてあげるよ。」


ニコッと笑ったシリウスに、私の抗議は届くはずもなく、私はお父様の待つ執務室へと運ばれていった。

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