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「本当に乙女ゲームの世界だわ。」


あの事故から一週間経ち、痛みもだいぶ治まった今日も、安静にしていろと言われ、ベッドから出ることを許されなかった。そのあまり余った時間を使って、記憶の整理をしていた。


ーーアメリア・エルヴァン。

今の私の名前は、本来ゲームでは出てくることは無い。

ただ、攻略対象の一人であるシリウスが、幼い頃に亡くした、初恋の人として語られるモブだった。


「でも、初恋って……。絶対違うわよ。」


私がそう思うのは、きちんと理由がある。

私が彼と出会ったのは六歳の時。サラサラの黒い髪を靡かせて、綺麗な紫色の瞳で本を読む姿が素敵だった。夜の精のようで一瞬で心を奪われた。

記憶を思い出す前の私は、公爵令嬢という身分でありながらお転婆で、体を動かすことが好きな子だった。好きなことには素直で、気づいたら彼に求婚していた。


彼は困ったように本を閉じて「大人になっても変わらないならね」と言った。

それが悔しくて、変わらないことを証明したくて、彼の後をついてまわった。


それでも彼の態度は変わることは無かった。時折、眉間に皺を寄せて邪魔という顔をした。伯爵家という彼の身分では、公爵令嬢を手荒に扱うことなどできない。その時は分からなかったが、大人の思考が混じった今ならはっきりと言える。


ーー初恋だなんてそんなものでは無い。

ただの罪悪感からくる感情を、主人公が勘違いしたのだろう。


そこまで考えて、ため息をついた私はベッドに沈む。シーツに広がった銀糸のような髪を撫で、ほんの少しいたんだ胸を押えた。


「私は、本当にシリウスが好きだったのね。」


子供の一時期の感情なんかでは無い。本気で愛していた。そんな彼に嫌われていることを理解した今は、もう近づかないようにしようと心に決めた。

これ以上嫌われることが、怖かった。


ーー何より、自分が生き残ったことで、何が起こるか分からないことが怖かった。


****


「…………これ以上は、教皇様でも難しいです。五年ほどで薄くはなるでしょうが、完全に消すことは不可能でしょう。」


教会から派遣された治癒士が放った言葉に、家族全員が呆然としている。私の背中には、肩から背中の真ん中にかけて裂けるような大きな傷があり、横腹には、大人の掌くらいの大きさの火傷のあとが残っていた。

それでも本来、私は死んでいたのだ。それを思えば、私は命があるだけマシだと思って、治癒士へニコッと笑った。


「……生きていられるのだもの。大丈夫だわ。……ほんのちょっと、結婚が難しいだけだわ!」


明るくそう言うと、治癒士は申し訳なさそうにする。私の意図を理解した家族は、悲しそうに笑った。


診察を終えた治癒士を見送り、久しぶりに庭園へ行くことにした。傷はもう触っても痛くは無いが、メイドたちはいつもより丁寧に、着替えを手伝ってくれる。その様子に苦笑してしまったことは内緒だ。


(貴族令嬢としては終わってるけど、今から頑張れば、一人で生きていける力はあると思うのよね。この体、かなり素質あるっぽいわ。)


庭園の花を眺めながら、今までのことを思い出していた。運動が好きなだけあって、かなり自由自在に動くことが出来るし、勉強が嫌いなだけで物覚えは悪くない。お父様譲りの銀髪に水色の瞳と、綺麗で儚げな容姿があり、更に魔力も十歳現在で家族で一番多い。かなりのハイスペックに、恵まれていると感じた。


(どうせなら、前世でできなかったこと全てやろう。私は跡継ぎじゃないし、結婚しなくてもいいじゃない。)


前世で好きだった花の歌を口ずさみながら、久しぶりの外の空気に酔いしれる。

ふらふらと歩いていると、右手を誰かに掴まれて慌てて振り向く。そこには、さらさらの黒髪を揺らしながら、少し息を切らしたシリウスがいた。


(……わぁ、本物……。)


分かっていたはずなのに、目の前の推しに、それしか感想が出てこなかった。


「……リア。本当にごめん。」


推しの生声に耳が幸せを感じていたが、それよりも悲しそうな顔をするシリウスに、慌てて口を開いた。


「なにが?私謝られるようなこと、されてないわ。」


いつもの通りに返すことが出来ただろう。しかし、シリウスは驚いて目を見開く。その様子に、なにかバレてしまったかと内心焦った。するとシリウスは気まずそうに紫の瞳を伏せ、綺麗な唇を噛んだ。


「……僕のせいで、リアに傷痕が残ると聞いた。」


「シリウスのせいじゃないわ。私が望んでしたことよ?他でもない私のせいだわ。」


そもそもあれは、私に向けて放たれた魔法だったらしい。たまたまそれがシリウスに向かっていったと、お父様が言っていた。あの魔法を放った、騎士に紛れた魔法使いは政敵の間者だったそう。魔力の多い私を狙ったのだろうと、こめかみを押えているお父様を思い出した。


「それに生きているのだから問題ないわ。ほんの少し結婚が難しくなるだけよ。」


そう言ってヘラっと笑うと、泣きそうな顔をしたシリウスに面食らってしまう。初めて見たシリウスの表情に胸が痛み、頬に手を添えて「どうしたの?」と声を掛けた。

すると、シリウスの綺麗なラベンダー色が歪み、ポロポロと流れる涙にぎょっとしてしまった。慌ててハンカチがなかったかと、探そうとした私の手を力強く握られ「えっ」と声が漏れた。


「……ごめん。リア、僕が責任を取るよ。」


その言葉に私は息を呑んだ。


「な、何言ってるの?」


「僕と結婚すればいい。」


「……意味がわからないわ。いつもみたいに『大人になったらね』って言ってよ。」


ーー『責任』だなんて言われたくなかった。

だからわざとヘラヘラと笑って、そんな事言わないでと気持ちを込めて、シリウスの頬を軽く抓った。


「……それに私決めたの!お父様と同じ『魔法学士』になるの!きっと私には魔法の才があるわ!」


いつものように、軽い口調で冗談のように言った。本当に考えていたことだったけど、私はいつもそうやって周りを振り回してきたから、きっと呆れたように笑ってくれると思ったのだ。

けれど、シリウスに握られた手に、ぎゅっと力が入ったのがわかった。シリウスは俯いていた顔を上げると、覚悟を決めたような顔をしていた。


「リア。僕は君を愛しているよ。」

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― 新着の感想 ―
いつも結婚しようって引っ付いてる子が傷を受けて身を引こうとしてるから愛を感じだんだろうな
公爵パパン、政敵はきっちり潰したのかな? 愛娘殺そうとした政敵なぞ、言い掛かりを付けてでも処刑台に送るよね。
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