12
シリウスとの婚約はまだ整ってはいない。
お互いに家族に手紙を送り、書類を揃えることになったのだが、王家からの許可がまだ降りていないのだ。
結婚はしないと言っていた私が、婚約すると報告することに少し緊張していたが、家族みんながシリウスの気持ちを知っていたらしい。いずれそうなるだろうと思っていたと言われ、少し恥ずかしくなってしまった。
王家からの許可が降りないことに、シリウスが文句を言っていたが、私は物語の強制力が働いているのかもと思ってしまった。
というのも、この乙女ゲームは中々にリアル思考で、略奪の設定は無い。つまり、攻略対象に婚約者はいないのだ。
乙女ゲームがエンディングを迎える、一年後くらいには婚約は整っているのではないだろうか。私は特に気にせずに過ごすことにした。
夏季休暇前のテストが終わり、無事首席をキープ出来た私は、いつも通り教室で本を読んでいた。
「……エルヴァン嬢。」
ゼインの声がして顔を上げると、なんだかいつもと違って、険しさが消えたように見えた。
「なんでしょうか?」
この間、倒れた時に運んでもらった、お礼を言った時以来の会話に少し身構える。するとゼインは、何故だか居心地が悪そうな顔をする。
「……申し訳ありませんでした。」
「え?」
突然の謝罪に訳が分からず、つい声が漏れてしまう。不思議そうな顔をした私に、ゼインは続けた。
「最初の頃、貴方にぶつけてしまった言葉についてです。」
「……いえ、気にしておりませんわ。」
あの時のことを、なぜ今更謝られているのだろうか。彼の中で、私に対する気持ちが少し変わったのは有難いが、関わりは少なかったはずだ。困惑していると、横から「あの!」と声を掛けられ、振り向いた。
「……エルヴァン様。少しいいでしょうか……?」
伺うように言う女生徒に目を丸くしてしまう。その人物はピンクブロンドの髪を揺らし、赤褐色の瞳で私を見つめる。
ーーリリアーナ・フェルノート。
ヒロインの登場に、訳が分からなくなる。
とりあえず、なにか答えなければと「ええ」と返すと、リリアーナは嬉しそうに笑った。その不思議な反応に困惑する私へ、もじもじとしながら可愛らしく首を傾げる。
「……良ければ、お昼をご一緒できませんか?」
「……大丈夫よ。是非。」
何か意図があるのかと、誘いに乗ってみることにした私は、リリアーナに笑いかけた。すると、食堂でいいか聞くリリアーナを見たゼインが、黙って背を向けた。
なんだったのだろうとゼインの後ろ姿を見ていると、リリアーナがおずおずと小さく口を開く。
「……ごめんなさい。エルヴァン様が、困っているように見えたので。」
そう言われ、ゼインを睨んでいたリリアーナを思い出し、納得してしまう。
(なるほど。私を助けるため……ね。……さすが、ヒロインね。よく見ているわ。)
しょぼしょぼと私の反応を窺うリリアーナに微笑む。
「ありがとう。……お昼はご一緒してくれるのかしら?」
「いいんですか!?」
私の言葉に、ぱあっと明るくなるリリアーナに苦笑する。
「ええ。是非。……それから、アメリアと呼んで。私もリリアーナと呼んでいいかしら?」
「もちろんです!」
元気よく頷いた、嬉しそうな顔のリリアーナと食堂へ歩き出した。
注文を済ませて空いている席に座ると、リリアーナは私をキラキラと見ている。そんな反応をされる理由がわからずに、どうしたものかと考えた。
「アメリア様は、普段何をしているのですか?」
「最近はずっと、騎士団か生徒会の仕事をしているわ。」
私の事を聞いてくるリリアーナは、私と同じ転生者では無いと確信した。薄い線ではあったが、確実にそれが消えたことに安堵する。それだとしても、私に話しかけた理由が気になり、直接聞いてみることにした。
「……どうして、私に話しかけてくれたの?」
するとリリアーナは、頬をかいて照れたように目を逸らした。
「……私、アメリア様に憧れてて。ゼイン様って、アメリア様に強く当たるなって思ったらつい、話しかけてしまって……。私、アメリア様のようになりたいんです……。」
「私のように?」
恥ずかしげに説明するリリアーナに驚いて、聞き返してしまう。
「はい!マナーも完璧で首席ですし。才能だけで出来る訳ありません!窓際で本を読む様子は、まさしく『妖精姫』ですし、みんなが恐れ多いという意味が分かります!」
聞いた事のない話が出てきて、力説を始めたリリアーナにポカンとしてしまった。
「……ごめんなさい。それは、誰かしら?」
私がリリアーナに尋ねると、彼女は首を傾げキョトンとする。
「え?もちろんアメリア様ですよ?」
「……誇張され過ぎでは無いかしら?」
純粋な好意を向けるリリアーナには悪いが、全く理解ができなかった。まだまだ続きそうなリリアーナの熱弁を遮って、世間話に切りかえた私は、今度ノアに確認してみようと額を押さえた。




