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雨の降る季節が終わり、カラッとした暑さは、日本より過ごしやすいかもしれない。
ジリジリと照りつける太陽のせいか、体力の消耗が激しい。
「……あっ。」
一瞬目眩がして気づいた時には遅く、階段を上っていた私は宙に浮いていた。回らない頭では咄嗟の判断も出来ず、肩に強い衝撃を受ける。痛みを感じる前に私の意識は遠のいた。
消毒の匂いが鼻につき目を覚ます。ぼんやりとしたまま、瞬きを繰り返し状況を確認する。すると視界の端で本が動き、気づいた人物が慌てたように駆け寄ってくる。
「……リア。心配した。……いつも君は無茶をする……。」
「……ごめんなさい。テスト前だったから、少し気を張っていたようだわ。」
「寝不足と疲労だと聞いたよ。騎士団も生徒会も、リアが頑張ってるのは分かってる。……頼ってくれと言っただろ。」
まだはっきりとしない頭で、シリウスが悔しそうな顔をしているのだけは分かる。
私はゆっくりとシリウスの顔に手を伸ばす。私の意図を理解したシリウスは、私の手にすり寄った。
「……どうして、いつも一人で何とかしようとするんだ。」
シリウスの手に力が入り、綺麗な顔を歪めている。それを慰めるように、シリウスの頬を撫でた。
「……貴方に見合う人になりたくて。自信が無いの。私には『傷物』という評価がついてくる。……私のせいで貴方が揶揄されるのは、耐えられないの。……せめて他の部分は完璧で居させてよ……。」
すると治癒室の扉が開き、教員が入ってくる。
「あら、起きたのね。気分が悪いとかはない?」
シリウスから手を離し、体を起こすと私へ状況を説明してくれた。
「階段から落ちた貴方を、たまたま見かけた男子生徒が、ここまで運んでくれたわ。肩に打撲、額に擦り傷くらいで数日で良くなるわ。……勉強も大事だけど、気をつけなさいね。」
腰に手を当てて呆れる様子に、「はい」と返事するしか無かった。まだ休むかを聞かれ、動けそうな私は遠慮しておいた。今日は安静にしておけと言われ、生徒会には理由を説明して帰ることにした。
「……あ、運んでくれたのは、確か貴方と同じクラスの子よ。紺の髪に灰色の瞳の子。お礼を言っておくといいわ。」
治癒室を出る前にそう言われ、手をヒラヒラとする様子を背にした。シリウスはまた倒れないか心配だからと、私の手を引いて歩く。
「シリウス?もう大丈夫よ。」
すっかり過保護になってしまったシリウスは、むっとしたあと私を引き寄せると、横抱きにして抱えた。
「え?シリウス?」
「なぁに?」
放課後で少ないながらも、まだ生徒は残っている。私を運びながら笑顔を向けてくるシリウスに、視線が集まっていた。
「恥ずかしいわ!みんな見てるもの。」
「そうだね。僕たちが特別な関係だとバレるね。」
上機嫌になったシリウスは、わざとらしく周りに聞こえるような声で話す。焦った私は、シリウスの腕の中で下ろしてともがくが、ぎゅっと抱き締められ身動きが取れない。
「ちょっとっ、どういうつもり?」
シリウスの行動に混乱した私へ、シリウスは顔を寄せて囁く。
「リアが僕と釣り合いがとか言うからだよ。……リア。僕のこと好き?」
シリウスを見上げると、返事がわかっているような顔をしていた。ふいっと顔を背け黙った私を、シリウスは中庭のベンチまで連れてくると、座った自分の足に乗せる。
「わ、私重いわ。」
慌てて降りようとしたが、抱き込まれてかなわない。
「ねぇ、リア?」
先程の続きを促す、シリウスの顔が近くて息を飲む。顔を逸らそうにも、頬を掴まれて視線を合わせるように覗き込まれる。
「近いわ。」
シリウスに手をついて、抵抗を試みるもビクともしない。視線をキョロキョロとさせる私へ、シリウスは更に近づき額に口付けを落とす。その行動に目を丸くした私は、顔に熱が集まるのがわかった。
「リア?僕を見て。……次はどこにするか分からないよ?」
シリウスの脅しのような甘い囁きに、心臓が高鳴っている。ラベンダーの香りに包まれていると、シリウスがそっと頬を撫でる。
「僕はリアしか見てないよ。……リアは?」
真剣なシリウスの表情に言葉が出ず、小さく頷くとふわっと甘く微笑まれる。
「僕の婚約者になってくれるね?」
「……本当に私でいいの?」
小さく私が尋ねると、シリウスは私の髪を梳くように撫でる。
「何言ってるの?リア以外はいらない。僕のお嫁さんになってよ。」
幼い頃と逆の立場になり、つい視界が潤んでしまう。俯くと分かっているかのように、頭をそっと抱き寄せられた。
「……後悔しても知らないわ。」
私の照れ隠しさえも、分かっていると言いたげにクスクスと笑われる。日が暮れる中、シリウスの穏やかな声を聞きながら、落ち着くまで二人で肩を並べていた。




