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ティアレイン騎士団に、入る者に配られる騎士服を着て、普段から使用している剣を腰に提げる。
学園の入学式から一週間経った今日、騎士団に入隊する者へ説明があると、召集がかけられていた。
学園とは別の、騎士団が使用する訓練場で、周りの視線を受け流しながら立っている。
「ねぇ、貴方って貴族よね?騎士団に入っても大丈夫なの?」
私の肩をトントンと叩く感覚がして、振り返った。
オレンジ色のショートカットを揺らし、首を傾げている女の子が、濃い茶色の瞳で私を見ていた。
「……ごめんなさい。まだ全員の名前が分からないの。貴方の名前は?」
「ノア。平民だから姓はないわ。貴方は?」
この学園には、優秀な平民や商会の子息もいる。決して多くは無いが、貴族の後ろ盾や推薦を受けて、入学する者が毎年いるのだ。ノアはその優秀な者の一人だろう。この場にいるということは、剣の腕があるのだと理解して、微笑んだ。
「私はアメリア・エルヴァン。よろしくね。」
私が名乗り、ノアへ手を出すと目を丸くしてしまった。
「ごめんなさいっ!公爵令嬢だと思わなかったわ。」
どうやら、下位貴族だと思って声を掛けてきたようだ。慌てて謝るノアの手を握って、大丈夫だと微笑む。
「気にしないで。普通に話して貰えると嬉しいわ。……でも、貴方だけ普通に話すのは違うわね。私も普通に話すわ。」
そう言って、ほんの少し砕けた態度に変えると、ノアは安心したように笑ってくれた。
「アメリア様って変わってるのね。」
「よく言われるわ。後、アメリアでいいわ。人前で気をつければ、誰も何も言わないわ。」
私がそう返すと、少し悩んだあとノアは「アメリア」と呼んでくれる。
「……ノアはどうして私に話しかけたの?」
私の問いかけにノアは首を傾げた。
「だって、貴族令嬢が騎士団に入るなんて、珍しいじゃない?怪我だってするかもしれないし。」
「そういうことね。」
納得した私は、腰に提げた剣を指でなぞる。
「心配じゃないの?」
ノアの質問に、今度は私が首を傾げてしまった。
「ノアは知らないの?」
私の答えにノアは分からないという顔をする。そんなノアに説明するように私は続けた。
「……私、既に傷物だから。私に傷が出来ようと、気にする人はいないわよ。」
そう言って笑っていると、ぐいっと腕を掴まれ肩を抱き込まれた。誰かと焦ったが、いつもの匂いに力が抜ける。
「シリウス?」
「……リア、そんな事言わないで。……君が傷つくのは僕が見たくない。」
肩を抱く腕に力が入っているのがわかる。もう片方の腕が腰に回り、シリウスの頭が肩に乗る。さらさらと黒髪が頬にあたり、くすぐったさを感じるが、早くなる鼓動を隠すので精一杯だった。
「僕の前から居なくならないで。」
その言葉でハッとしてしまう。シリウスはまだ、私を失う恐怖を抱えているのだ。
「……ごめんなさい。そんなつもりじゃなかったわ。」
私の肩に乗せた、シリウスの頭を撫でながら謝る。
「ただ、私は綺麗では無いと言いたかったの。」
「綺麗だよ。リアは綺麗だ。」
ぎゅっと腕に力が入り、胸がザワザワとする。ふと、ノアの視線を感じて、周りに見られていることを思い出した。
「……シリウス、離れて。人前で、良くないわ。」
「どうして?」
「……シリウスの婚約に支障があるわ。」
シリウスの拗ねるような声に冷静に答える。すると、シリウスはそっと顔を上げたあと、私の顔を優しく掴んで自分に向ける。
「リアが責任を取ってくれたらいいと思う。」
「え?」
シリウスの言葉に、何を言っているのと見つめる。
「僕の相手がいないなら、リアが責任取ってよ。リアが僕に言ったんだよ?お嫁さんにしてって。」
シリウスの言葉に覚えがある私は、うろうろと視線を彷徨わせる。私の口からは「でも」とか、「それは」とか意味の無い言葉しか出ない。
段々と、熱い視線を受け続けることが難しくなった私は、シリウスの体を押して距離をとる。
「っ。……今はそんな話している場合じゃないわ!みんな困ってるじゃない!」
私が周りを見て答えると、唖然としている生徒たちが目に入る。もう既に色々遅い気もするが、これ以上は私の心臓も、もちそうになかったのだ。
私に注意されたシリウスは、口を尖らせて拗ねた表情をした。渋々「分かった」と言い私から手を離した。
私がほっとして息をつくと、シリウスは私の髪をサラっと撫で、耳元に顔を寄せ呟いた。
「いつまでも待ってる。」
ふわっとラベンダーの匂いがして、シリウスは私に背を向け歩いていった。頬を冷ますように息をつくと、ノアが驚いたように口を開いた。
「ヴェルディア様って……私でも知ってる人だけど、聞いてた話と違うんだけど。」
「え?」
どういうことだとノアを見ると、困惑しているような顔をしていた。
「……かなり冷たい人だって話だったけど……。……いや、アメリアが特別ってだけかな?」
ノアの言葉にシリウスを見ると、既に指示出しをしていて、さっきの甘えた表情は微塵も見えない。なんだか私だけが意識している気がして、剣をぎゅっと握りしめた。




