信仰と違える者達
まだ陽のある内に、思考の読めぬ四人の男女がやって来た。
荷を抱える二人の男は四十程か特筆すべき特徴も無い、だが妙な気を纏う巫女に似てるが既に汚れた女の素性は気にもなる。
何とも懐かしい匂いを感じて覗き込もうとするが、男の一人がバッグの中から何かを取り出し池の中へと放り込み、岸の敷石に何かを充てがいヘッドホンを着け目を閉じる。
別の男はモニターを見詰め、ヘッドホンを着けた男の合図を待っている。
誰一人として願いを持たず、黙々と作業を進めるそれは笹薮を刈る植木職人のそれとも違い、訳の解らぬ機材を操り何かを調査しているようでもある。
「行きまーす」
ヘッドホンを着けた男が一言告げると、次の瞬間。
――PICOOOOONN――
池の中に何かが伝わり広がるような感覚が襲い、岩陰に潜み覗き見ていた何かが少しだけ位置をズラして横穴に身を潜めた。
池の鯉は特に反応を示さず泳いでいるが、上から視える範囲にその数を不思議と語る男は五十を過ぎているようにも見え、調べる男二人を余所に女と語る。
「ここの池には神様が住まわれておりまして、例年七福神に準え七匹の鯉を放つのですが、視える鯉の数は増えもせず減りもせずで、凡そ神様が食しているのだろうと云われております」
男はこの神社の神職だ。
「何げ居るのは間違いなさそうですね。ちなみにこげ神社の神紋なんですげど、ウチの神社の狛に描かれでる絵と似とるげで、二つ巴に足げ付いとるのはイタズラでば無がですよね?」
女が妙な訛りで問う話に、ウチの神社と語る事から神職の家系と判るも何処の出か、神紋の形に何かを疑っているようだ。
「ええ、アレはウチの神紋で間違いないです。昔の護符や御守りなんかにも同じ柄が記されてますし、屋根に付いてる銅製の紋にも同じ柄が付いてますので、本殿に戻られた折にお見せしますね」
神紋の何を疑うのか、女は神職の応えを聞いて別の件を思い浮かべて問いかける。
「だげ、ウチの社もそうなんですけど、失礼ですがこちらの神社も連盟に加盟はしていませんよね? いえ、双穴水鏡山の方にあるカガミ、もしぐはフタミの名を持つ神社との関係とかって、先代から聴いた事はありませんが?」
いよいよ話が見えなくなったが、神職は先代との記憶では無く、昨今の報道の中に記憶を見い出し応える。
「双穴水鏡山、って確か、爆発が起きて生物兵器がどうので問題になったアレですか? 」
「そげです。何げ心当たりありますか?」
前のめりに訛る女にたじろぎつつ、神職は記憶を捻り出そうと考えはするものの。
「んんん、無いと思いますけど……」
「そうですか。なら、こげ巳鑑神社の名の云われに、鑑見様ち云う名を聞いた事はありませんが?」
首を傾げる神職に思い当たる節は無いのか、眉を寄せるが何も出そうにない。
「カンガミ? ううん、そんな名前は聞いた事ないですけどねえ。ただ、私自体が婿入りなもので、その辺りの話は妻に訊いた方が良いかも知れませんね……」
そうこうしてる間に二人の男は調査を済ませ、結果は出ずも池の底深くに怪しい横穴を見付けたとの事。
何処かのテレビがやってるように、池の水を抜けば何かが出る可能性は十二分にある可能性を言うも、此処は神様の住まう池なのだからと男はそれをお勧めしない。
むしろ神職の方が少し食い付き気味になった辺りに婿のソレを解らせる。
「ここに公安関係の人とか来てませんよね?」
モニターを観ていた男は何を思うか問いかけるが、神職は何の話かも分からない様子に問いを引く。
「ああ、いいんです。いいんです」
と、男は掌を向けて頭を下げ、神職が応える間も置かず飛び石についてを尋ねる。
「この敷石に立って願うのが本来の儀式なんですよね?」
「ええ、どうにも例の議員さんが勘違いしていたのか真逆の話が世間に出回ってるようで、そもそもが鯉を放つ折に世の平和を祈るものであって、個人の願いをどうこうという話では無いのですがね。兎角ネットというものは困りものですよ……」
如何にもスマホですら使い熟せていないような事を言うが、噂にしっかり便乗した御守りをネット販売までするこの神社の経営に、果たしてそうですねと返事をするのが正しいのだろうかと疑問を持つ。
「まあ、物は使いようですか」
男の仕事はArgoとかいうオカルト誌のライターらしく、返す言葉の巧さに神職も笑みを浮かべて本殿へと取材陣を導き、新しい商売を頭に宿して池を離れる。
機材を片付け最後尾になった男が荷を持ち立ち上がり、歩き出そうとした瞬間。
――KASAKASAKASA――
何かが居たように思えて周囲を探すが、笹薮だけで何も無い。
「ん、何だこれ?」
笹薮の端に落ちているビニールのゴミのような何かを拾い上げた男は、それを天に向けると編み目模様が有り、それが蛇の抜け殻だと気付き、財布に入れて持ち歩こうとポケットに入れた。
それから暫くして、WEB版オカルト誌のArgoで巳鑑神社の事が書かれた話が投稿されると、裏手に周る者は激減し、参道から池に鯉を放つ者が増え出した。
けれど上から視認出来る鯉の数は増えもせず減りもせず、何かが池の中に居るのは間違いない。
そう考えれば二つ巴に似た神紋にも妙な勘繰りが過ぎるが、この巳鑑神社よりも池中のお社の方が先にあり、神紋は元々この池に向け立てられていた鳥居に彫られていたと云う話。
詰まりは、池があるからと後から丘上に弁天様を祀る本殿を建てたものに、本来この巳鑑の名は池のお社こそを云うものである。
巳鑑神社の神紋に見る二つ巴に似た何か、巳は白き大蛇の事を云うとするなら、鑑は何かに、池の中には蛇とは違える何かが居る……
人は愚かに、ネットの掲示板で間違いに夢を求める者も多く、天罰が止む事はこの先も無いのだろう。
879名無しの沼
20##/09/24(月)20:45:25.01ID:kaNgAmIsa
これ池に恋を放つんじゃね?
891名無しの沼
20##/09/29(土)12:22:12.03ID:maFuTaRO
>>879
彼女落として新しい彼女を願ったら新しい彼女が出来るとか?
893名無しの沼
20##/09/30(日)17:32:02.01ID:
kuMIKaMIya
>>879
>>891
マジだった!
893名無しの沼
20##/09/24(月)03:52:13.03ID:
mAYORosIku
>>893
嘘松乙!
■あとがき
最後までお付き合いいただきありがとうございます。
この話の中では完結していて気に留める必要は無いものの、別の話を知る方には、アレ? と思われたかと存じます。
話の中に出て来た人や物や名前は、【冬のホラー(オカルト・ミステリー)】シリーズの作品や、別のシリーズにある作品の中に登場しているものも有ります。
冬のホラー企画に参加した拙作は全て世界線を繋げているので、お読みいただいた方に個々の想像に繋げて愉しめるようにとした次第。
別の話をまだお読みでない方も、当該シリーズへは★の下部に、三四五話の登場人物に関する別の物語「トライ」や、巳鑑神社に関する話を紐解くオカルト誌「Argo」(#007に記される予定)のリンク・バナーを貼りました。
よろしければ来訪にフフッと愉しんでいただけたなら幸いです。