情報操作のツケ
神域を汚し神様の住まう本殿に不法侵入で池の裏手へとやって来た男の一人は、よりにもよって刑事だった。
一方の男はクラシック方面の音楽家を語るも暇を持て余す同級生らしく、刑事の不規則な遊び相手にとご馳走を頼りに都合よく呼ばれ遊ぶ仲。
刑事は食事と月三万円程の報酬で音楽家を使い、上層部の都合に合わせた偽の情報をNETの掲示板やSNS等にタイミング良く書き込ませて拡散し、関する事の印象操作を行なうが日常の仲。
政府に都合の悪い話の目線逸らしに、事件や事故で警察の権威を揺るがす話に及ぶ不祥事までを、警察署長の上司に当たる市長や知事や国会議員のそれに及ぶ不祥事にも、一介の刑事に隠すは出来ぬが目線逸らしはお手のもの。
捜査はせずとも印象操作に余念はない。
けれど刑事が対応したのは、警察組織で身内が関与する犯罪の隠蔽だった。
印象操作で目線を逸らすには、報道される話の視点の向きを変えさせる為、話の流れを交わすか代えるかにタイミングよく都合に則した書き込みを紛れ込ませる事が重要ともなり、都合をつける必要があるなら自らが都合に動かせる代わりを創らなければならない。
詰まる話が警察組織の犯行を隠す為には、代わりの犯罪組織が必要となる訳だ。
とはいえ実在する暴力団組織の名を上げれば、警察組織として動かざるを得なくなり、暴対を動かす必要にそれはそれで都合が悪い。
となれば当然、架空の犯罪組織を創り出す必要に、ある程度の犯罪を犯す誰かが必要にもなる。
けれどそんな面倒を自身でやるより、目下知ったる犯罪者を捕らえ、別の犯罪に組みさせれば済む話。
そうして目を付けていたのが、モジャモジャ頭の強姦魔。
実を言うと、例の神社にあると噂が立った“願いの飛び石”の話はこの二人が創った目線逸らしのネタの一つでもある。
何故かを言えば、この池に落とした女の遺体がいずれ浮かび上がるだろう時の為、噂を信じて勝手をやって自業自得に水死したとの見立てを立てる為の筋道を立てたもの。
要は報道される折にメディアが食い付きたくなる餌を先んじて撒いて置き、話に食いつく馬鹿が出れば勝手にその創った話を噂として実にしてしまい、嘘も方便を馬鹿な社会が認め噂としてアリバイを創り上げてしまうという話。
無論、落とされた女は別の場所で殺され、この二人が放り込んだのだから目線逸らしに必死になるのも当然だった。
けれど、その噂を利用して強姦事件が頻発するとは思いもしない。
ならばと、二人が放り込んだ女も強姦魔のせいにしようと考えていた。
そんな中、上からの要請に警察組織の犯罪の隠蔽で別件の犯罪に組みさせる者が必要となり、モジャモジャ頭の強姦魔を池中の遺体の犯人とする事が出来なくなってしまった理由である。
ただの強姦魔がまるで重要人物のようにも思えて来るが、都合に捻った犯罪の線は捻り切れ、元の木阿弥の如く底に沈む女の遺体が物を言うようで気味が悪い。
刑事が同級生を連れ立ちここへ来た理由など知れている。
木を隠すなら森の中、けれど森が無いなら創るまで。
未だ浮かび上がる気配の無い女の遺体に怯えて暮らす毎日に、刑事の創り出した見立ての筋道を立てる為。
池の底に沈む女は警視正の妻であり、刑事と不倫関係にあったが旦那にバラすと脅され首を絞め、気を失った所で風呂に湯を張り顔を沈めて殺したもの。
女の遺体が上がり、検死で性器に残るDNAを探られバレれば今の立ち場も失われ、何かの折で尻尾切りにされ兼ねない。
刑事は同級生を池に沈め、犯人にしようと考えていた。
同級生が池で死体となって浮かび上がれば、パソコンも押収され情報操作の犯行も裏付けられる。
けれど同級生が裏切りに証言すれば、刑事自身に危険が及ぶ。
警察の捜査を撹乱しようとネットで情報操作をしていたとして、同級生を殺す方が安上がり、そんな考えに同級生をこの池へと呼び出した。
だが同級生とて同じ嘘を吐いていたのだから、その程度の思考は読めるというもの、池に行けと言えば〈沈める気では?〉等と疑われるだろう事を考え、先に自ら池中の三つ目の飛び石へと渡り、調査するフリをして同級生の油断を生もうと考えていた。
けれど刑事は、まだ同級生を殺す等考えてもいない警察内部の不祥事による別件で悩んでいた折、責任を取らされたならを考えていたのか、その日の夜に同級生と食事をする中。
「俺が尻尾切りされたら、恩を返せよな!」
等と軽い話として告げた一言に、同級生はその考えを改めていた事を刑事はまだ知らない。
同級生の本業である筈のクラシック関係の仕事は、練習する時間も取れずネット監視を続けていたのだから、下がる実力に舞い込む仕事がある筈もない。
かと言って刑事のソレを手伝い得られる額も知れている。
当然のように借金まみれの男は刑事の財布をあてにしていた最中、恩を返せと言われたならば、取れる策も知れている。
刑事を池に落として部屋に押し入り、通帳や財布の中身を奪い取ってトンズラするのみ。
刑事は中々上がらない女の遺体を確認する為とし、同級生には万が一のことを考えての優しさを見せ、フローティングスーツを用意し着させ、飛び石から入るようにと命じて池へと呼び込む。
「岸から降りた方が早くねえか?」
「バーカ、岸に犯行の痕跡残してどうすんだよ!」
フローティングスーツは意外と重く、地上で動くには重りにも思える。
けれど本当に重りが入っているならどうなるか……
〈コイツを殺せば、借金生活から逃げられる……〉
岸で敷石の竹柵を跨ぎ終え、フローティングスーツの重さに飛び石へと思い切って一歩を跳び出した同級生は、異様な重さにもめげず二つ目の石まで到達した。
想定外の事に刑事は不安を覗かせ、同級生の顔を見る。
眼を見開き鋭く見詰め、口元に笑みを浮かべて迫り来る手に刑事は理解した。
「よせ! 俺に近付けばオマエは死ぬぞ!」
フローティングスーツの底には穴を空けた上で重りを入れてある。
刑事は同級生に掴まれたりしなければ池に落ちる事は無いだろうが、九十㌢程の飛び石の間隔に自身の運命が賭けられている状況を理解し息を飲む。
それはまるで、ロウソクが人生を表すと言う何処かの寺の信仰のようでもあり、人生の長さを具現化しているようにも感じられる数秒程の禅の道。
次の瞬間、同級生の本性が牙を剥いた。
――DABOODABOOONN――
願い通りに同級生は借金生活から逃れる事となったが、本人の思う逃げとは異なるものに、悪事を行なう者の行く先に神の思し召しは無いと知れる。
されど刑事の遺体も浮かぶ事は無く、消えた二人を気にする者は居ないが家賃滞納の問題は発生する。
警察は件を民事として関与せず隠匿し、情報操作の件も情報操作で片付け刑事の記録も葬り去った。