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優しい暴力

■まえがき


 こちらの話は少し長く五千文字超となっております。


■本文


 何となくの寄り道に駅前の本屋へ入り、野暮ったい紺のブレザーと灰色のスカートを隠すように羽織っていたコートの前を解くと、着る事はないだろう派手目のファッション誌を手に取り立ち読みする学校帰り。


 ナオミは少し解いたマフラーとも違う妙な熱を左肩に感じて振り向くと、同中の男子キミアキがニヤけた顔でナオミの手にする雑誌を覗き込んでいた。


「おまえ、普段こんな服着てんの?」


「ちょっ顔近えし! 何なのアンタ! 覗かないでよ変態!」


 中学までの9年を凡そ見聞きして来ただけの仲とはいえ、高校の一年よりは気の知れた仲。


 けれど困った事に、中三で同じクラスになったこのクズ男を、卒業前に好きだと打ち明けて来たのが裏番女子のジュン。


 卒業してからもやたらとキミアキに付き纏われて困っているのに、嫉妬心からジュンに嫌味を言われ嫌がらせも受けている。


 好きと告白されればフルことも出来るのに、告白する勇気もなくちょっかいを出して来るだけの小学生並みの小っさいクズ男に、ただただ付き纏われて迷惑この上ない。


 その厄介が棚の裏から現れた。



「ナオミの声がすると思ったら、デート中かあ。スマン!」



 唐突な登場に一瞬何事かと焦るキミアキを裏読みし、ジュンは嫉妬に苛つきを見せて嫌味を向けたが、クズ男は応えを違える。


「違えわっ! こいつが似合わねえもん読んでっから、からかってただけだっての!」


「はあああっ?」

 

 ナオミがムカつきを言うよりも早く、ジュンが一瞬の睨みでナオミの口を牽制する。


 強気なんだか弱気なんだかクズ男とバカ女の拗らせに馬鹿馬鹿しくもなるが、ナオミは苛つきを抑えて次の行動に移る。


「あ、習い事があるから私帰るわ。二人でカラオケでも行って来れば? じゃあね!」


 ジュンへアシストのつもりだったが、クズ男は何を勘違いしたのか心配の声をかけて来た。


「おまえら何喧嘩してんの?」


「はあ?」



 喧嘩も何も元より仲良くしていた時期もないのに、受験シーズンの二限授業で仲の良い子が来てないしと、帰ろうとしてたらジュンが上から目線に寄って来て……


「私、キミアキ君狙ってるから、手出すのヤメてくんない!」


 と、言って来ただけの付き合いなのだに、それ以降もキミアキが付き纏うものだから、ジュンはソレ狙いに寄って来る。


 ジュンが寄るからナオミと仲の良い子達は遠ざかってしまい、卒業式はぼっちみたいになってナオミにとっても好ましくない状況だった。



 白けた眼を向けるナオミに対し、ジュンはキミアキの隣で顎を上に向け、阿吽像かよ! と、ツッコみたくなる睨みを向ける。


 ナオミの思わず鼻から漏れる乾いた笑いに、ジュンは苛立ち阿吽像の動きを見せつけ更に顎をシャクる。


 指を差してジュンのアホ面をキミアキに見せてやりたい気持ちを抑え、視線を逸らすナオミ。


「あ、そうだ。二人に良い事教えてやるよ」


「はああ?」


 キミアキの投げかけに片頬を上げるナオミとは対照的に、隣で興味津々な笑みを向け純情可憐を装うジュン。



「実はウチの高校の先輩がさあ……」


 願いの飛び石なる噂のスポットがあるらしく、行くなら先輩が場所を知っているから車を出してくれると言う。


 そんな怪しい話に乗る馬鹿が何処に居るのかと思うナオミの目の前で、ジュンはノリノリで話に乗った。


「それ面白そう! 行く行く!」


「おまえどうする?」


 クズ男に誘われてどうこう以前にジュンの顔が物語る。


「だあ、習い事だっての!」


「ええ!、じゃあ駄目だ……」


 何でよ! と言う心の叫びを覗かせるジュンの顔が鬱陶しく思うナオミだが、キミアキの語る理由にジュンは尚更に食い下がる。


「願いを叶えるには二人一組じゃないとイケなくてさ、俺も先輩も一回行ってるから今年は駄目なんだよ!」


「いや、そもそも叶えられるのは一人だけとか、もう一人は生け贄じゃん! そんなん絶対行かねえわ!」


 キミアキが語る願かけの作法にアホらしさが上回るナオミに対し、キミアキとデートのつもりか、行きたい素振りにナオミを誘う。


「いいじゃん行こうよ! 私も願い叶えたいもん!」


「何で私がアンタの生け贄にならなきゃイケない訳?」


 反論するナオミがバッグに付けていた熊のキーホルダーを、何時どうして抜き取ったのかも判らないが、ジュンが手にして人質にする。


「行くでしょ?」


 首根っこを両手で掴み引き千切る素振りを見せて問いかけるジュン。


 ナオミが中学の修学旅行で仲の良い友達と揃いで買った物である事を、ジュンは知っている。


 大方断れば、ナオミが友達を馬鹿にして熊の頭を引き千切り、友達の事をアホくさいだの何だの言ってたよ、等と嘘を振り撒く気なのだろう事は容易に予想出来る。


 多感な学生ならではの、感情に左右される間柄が故に揺るがされる友人関係を玩具にする愚劣な手口。


「分かった。行くから返してよ」




 キミアキがスマホで連絡を取った数分後、逃げようにもジュンに睨まれ腕を捉まれで、そうこうしてる内に先輩とやらが運転する車が駅前にやって来てクラクションを鳴らす。


 交通安全協会に植え付けられた自転車は危険で車は安全のイメージにより、高一女子が車に乗るを容易にさせる“愚魔の言葉”。



「いや、自転車だと距離あるし危ないからね。俺がちゃんと車で送ってあげるから安心して!」



 それが一番危ないと知っているのに車の安全安心を言う車社会に無理矢理乗せられ、モジャモジャ頭の先輩の車に乗り “願いの飛び石”とやらがある神社に連れて来られた。



 こそこそと本殿を通り抜けると、誰が踏んだか池の裏手には笹薮の獣道が出来ていて、歩き易くなっている辺りにここへ来る人の数は少なくないと判る。


「ここからは二人一組にならないとだから、池に落ちた時の為に俺ら後ろで待機しとくよ」


 何故に巻き込まれた上、二人一組でジュンと一緒に願かけしなければいけないのかすら分からぬまま、岸の敷石に立ったジュンは、ナオミの腕を掴み恐る恐る飛び石へと足を伸ばす。


 今ジュンが池に落ちたら引き摺り込まれるだろう懸念に腹が立つ。

 いや、それよりもジュンより重いとでも言いた気な重心のかけ方に腹を立てているナオミ。


「ちょっ、もう手離してよ」


 腕を掴まれ池の縁に顔を出す格好になったナオミは、ジュンが次の石へと足を伸ばす折に勢いを付けようとグイッと引き落とされる可能性に恐怖が増す。


「だって! ちょ、今そんな意地悪言わないでよ!」


 上から目線に嫌がらせしていた女がそれを言う。


 そんな女の小競り合いを遠目にニヤけ見ているキミアキと先輩は、スマホでそれを録画し池に落ちるを待っている。


 なんだかんだとナオミを棒扱いに次の石へと乗り移り、三つ目の石に向けてバランスを整えるジュン。


 腕を解放された安堵に怒りが込み上げるナオミだが、キミアキ達の視線にジュンを置いて帰るも出来ず、仕方なく敷石の上でジュンを待つ。



「っと。」


 三つ目の石上に辿り着いたジュンはお社の裏側に手を合わせて黙り願いに祈る中、ナオミはジュンの長い祈りに馬鹿馬鹿しさが増し非道な考えが脳裏に過ぎる。



〈もうそのまま神の怒りに触れて、付き合う前に死んどけよ!〉



 次の瞬間、戻ろうとしたジュンが足を滑らせ池へと落ちた。


――DABOOONN――


「ヤべ! マジ溺れてんじゃん」


 後ろでキミアキの声が上がると同時に、ナオミの横を先輩が駆け抜け池へと飛び込み、ジュンを抱えて岸の敷石に手を着かせ、ナオミとキミアキで引き上げる。


「ヤベーよこの寒さ。車に戻んぞ!」


 自身もずぶ濡れなのにジュンを抱えて歩く先輩の漢らしさに圧倒され、キミアキのクズ男っぷりが際立つ中、ジュンはキミアキに「ごめんね」を繰り返す。


〈いや、誰に謝ってんだよ! 先ずは助けてくれた先輩に礼を言え!〉


 そんな思考がだだ漏れにもなるナオミの顔だが、ジュンはキミアキが先輩と話す一瞬にナオミをギロリと睨み、自身が先輩に抱かれる想定外の事態の責を投げかけて来た。


〈知らねえわ、バカ女!〉


 と、返す心の中を見せぬようにと目を上に向けるナオミ。



 先輩はジュンを助手席に乗せると暖房を付け、キミアキはナオミを後部座席の奥に追いやり急ぎ帰ろうとする車中、先輩が不意に問いかけて来た話は皆の応えを詰まらせた。


「なあ、制服ずぶ濡れにして親に何て言い訳すんの?」


「え、と……」


 すかさず先輩が切り出した話で、この“願いの飛び石”と云う噂話をキミアキに話し、先輩が車で送迎する理由と狙いに気付いたのはナオミだけ。


「俺もずぶ濡れで車のシートびちゃびちゃになっるし、絶対親に怒られるしさあ、温泉か何かで乾かさねえ?」


「すいません、ウチ門限あるんで帰ります。駅前で良いんで降ろして下さい」


 この車から降りないとハメられるのは明らかだと感じたナオミは空気を読まずに抗いを見せる。


「え、おまえの家ってそんな厳しかったっけ?」


 クズ男らしくキミアキは頭の悪さに利用された事にすら気付きもしないばかりか、余計な事ばかりを口走る。


「温泉良いじゃん、行こうぜ!」


「え、うん。確かに乾かさないとだし、キミアキ君も行くなら……」


 ジュンはクズ男の口車に乗せられ、行く気を見せる。けれどナオミも女として一応にジュンを助けようと一声かける。


「変な洗い方して型崩れするより正直に言った方が早いって! 帰ろ!」


「ううん、ナオミは帰った方が良いかもね。私身体冷えてるし、温泉のランドリーで洗ってから帰るわ!」


 そう言ってナオミに睨みを向けるジュンは、温泉の意味を凡そ理解してはいないと分かる。


 けれど迂闊にも口にすればナオミも車から降りられる保証はなく、全ては車に乗った時点で終わっていたと今更に気付かされる。


 いや、キミアキに遭った時点、基、小中が同じ時点で終わってるようにすら思えば、審査無き公立による弊害とすら言える。


 子供に罪はない? 親の罪に抗いもせず同調してるなら同罪だろ!


 大人の勝手を押し付けられて尚、抗う心をも抑え込もうとする国の法治の放置さを今に知る。



 助ける義理も無いけど黙認する気は無い、けれどかける言葉が見つからず、気付けば駅前に着いていた。


 キミアキが後部座席のドアを開けて先に降り、ナオミが降りるのを促す中、ナオミは身体を車に残して助手席のジュンに語りかける。


「ねえ、私も一緒に謝ってあげるからさ、とりあえず今日は帰ろ!」


「いいって、私も温泉行きたいし! ナオミ門限あるんだから早く帰んなって!」


 キミアキとの温泉デート気分に、先輩をハイヤーの運転手程度に考えているのは明らかだが、ナオミが後部座席でキミアキの隣に座っていた事に対する嫉妬心からか意固地に反発されるだけだった。


 ナオミが体勢のキツさに頭を上げた途端、ジュンにとって想定外の話を先輩が言う。


「おお、キミアキ! おまえその子ちゃんと送ってやれよな!」


「はい! 任せて下さい」


「はああ? 要らないって! アンタちゃんとジュンを護りなさいよ!」


 助手席のジュンの顔に焦りが見えると、すかさず先輩が声をかけて場を取り繕うをはね退ける。


「とりあえず寒いからドア閉めろよ! コッチはびしょ濡れなんだからよ!」


「あ、すません!」


 キミアキはナオミを除けて後部座席のドアを閉めると、先輩は有無をも言わせず車を走らせた。


「バカッ! アンタ何してんのよ!」


「あ、何が?」


 何も解っていない馬鹿に何を言っても始まらないが、ジュンの人生が今終わった事だけは間違いない。


 終わらせたのがジュンが好きになったクズ男だと思うと、やるせない気持ちにもなる。


「ジュンが先輩にヤラれてもいいの?」


「ああ? 何がだよ! そんなん二人の勝手じゃん! 俺の知ったこっちゃねえだろ!」


 とてもジュンには聞かせられないクズ男の返答に、怒りよりも呆れが来るのか、ナオミは警察に通報しようとスマホを手にしてふと気付く。


「アンタ、あの先輩の連絡先は?」


「え、チャットしか知らないけど、何で?」


 このクズ男の言質に信用出来るものなど一つとしてない事に今更気付き、後悔はおろか同じ学生時代を過ごした事までを呪いたくなる。


 けれどそれより恐ろしい何かに気付けば、まさかの疑いにキミアキを睨みつけたナオミ。


「アンタ、あの先輩って、高校の部活か何かの先輩だよね?」


「え、俺部活なんか入ってねえし! 学校の先輩が紹介してくれたOBか何かだって話だけど、それが何?」


「……」


 唖然として言葉を失い、手にしたスマホで110を押す。


「はい、警察です。事件ですか? 事故ですか?」


「ああ、事件です。同級生が車で連れ去られました」



 当然、キミアキも誘拐に関与した事になるので逮捕されるかと思われたが、何の力が働いたのか数日後には無罪放免となり、犯罪に巻き込まれた被害者面をし、陽の当たる道を闊歩している。



 それから数ヶ月後、ジュンは雪解けに道路脇で見付かったが、何故か青森の方で轢き逃げされた遺体として処理された。


 雪に埋もれていたらしく手がかりは無いが、近くで事故を起こして炎上した車のトランクに閉じ込められていた形跡があるとの話で、組織的な犯行だろうとの見方に匿名チャットを悪用した余罪も疑われるとの報道。


 だが、誘拐犯である先輩もまた、何故か北海道の西岸に土左衛門として打上げられていたらしく、彼の北国の拉致を疑われてもいるが、そうなると警察の手からは離れ外交の話だからと、この件の捜査は打ち切られた。



 そのニュースを観たナオミは、不意に寝覚めの悪い記憶を思い浮かべてゾッとする。


 焦りにスマホを手にしてネットの掲示板で“願いの飛び石”での作法を探し読む中、一つの書き込みに注視し愕然とした。



652名無しの沼

20##/02/24(水)02:35:05:02ID:torAIYonDeE


生け贄の位置関係逆じゃね?


 

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― 新着の感想 ―
あら? この話はもしかして……(⊙.☉) 繋がって続いていく静夏夜さまワールドですね♪ ジュンは考え足らずで自業自得とはいえ、気の毒でした。悪意を持って寄ってこられると自衛もなかなか難しいですが、ナオ…
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