誘いに拐われし者の願い
男の見た目はチャラいモジャモジャ頭で高卒程だが運送業、女は高校受験真盛りの中学生。
何でも希望校の見学に行った折、そこの学生に“願いが叶うスポット”があると聞かされ、チャットでのやりとりで卒業した先輩がその場所まで送ってくれるとの申し出をされ、断る理由が見付からず……
「ウチの高校偏差値高いから不安だよね」
「ああ、はい。けど、さっきの方は……」
校内案内に誘って来た女子高生は車に乗らずドアを閉め、知らない男と二人でドライブする格好となり、不安になるのは当然だ。
けれど高校に入る前から先輩に反抗してはと、素直に従った結果が今にある。
そんな女子中学生の不安を知ってか、男は言葉を重ねる。
「大丈夫だよ。ちゃんと神社に送るからさ。自転車でえ、とかだと距離あるし危ないからね。受験祈願なのに転んだりとかしたらそれこそ嫌じゃん? 車なら転ぶは絶対無いから安心してよ!」
「ああ、はい」
不安につけ込む訳では無いとする理由が既につけ込んでいる、という詐欺師特有の甘い台詞も雑な話に嘘だと分かる。
けれど、閉ざされた車の中でそれを言えばどうなるのか等知れた事、ましてや中学生の女子が抵抗してどうにかなる筈もない。
車から降りたらと逃げ道を探すも、神社には人影もなく、更には本殿をこそこそと通り抜けるを強要されて、池の裏手の妙な獣道を歩かされ、目の前の飛び石へと向き合う今に、前にも後ろにも逃げ場は無い。
「滑らないように気を付けて!」
本当に気を付けるべきはそこでは無い。けれど今は飛び石に乗る事に意識を向ける他にない。
慎重に飛び石へ足を乗せようとするも、間隔の広さに届かず跳ぶしかないと理解する。
運動神経は悪くはないが陸上部に入る程ではない、程々の女子中学生の運動能力に任せ一歩ずつを慎重に跳ぶ。
「いいよ、いい感じ!」
男は岸の敷石に立ち声をかけるが、それを見守るでもなく爪を噛み、足下の敷石を眺めて何を思い付いたか、足で岸の端に泥を塗り付けていた。
「よし!」
中学生は何とか最後の飛び石に辿り着くと、安堵に天を仰ぎ一呼吸。
願うは受験を乗り切るよりも、今この危機をどうくぐり抜けるか。
戻りに岸の敷石に乗ったら位置を換え、男を池に突き落として逃げるが出来るか、女子中学生に思い付くのはその程度。
けれど男はその敷石に泥を塗り付け、女子中学生が池に滑り落ちるを願い策を講じた。
果たして、どちらの願いが叶うか等と考えるまでもない話。
両手を合わせていた女子中学生が顔を上げると、男は優し気に呼び掛ける。
「戻るまでが大事だからね」
男との約束は願いの飛び石に連れて来るまで、戻る先の事は約束の範囲外。
慎重に戻る一歩に力みも増すのか、跳ぶ折にも軸足の震えが胸まで伝わり、吐く息にも熱が籠もり息の白さが増すようだ。
「ふぅ……」
最後の一跳びに手を貸すとばかりに、岸の敷石で男が手を伸ばして待っている。
「掴んであげるから大丈夫!」
男の腕に飛び込めとでも言いた気で、気持ち悪さに唾を飲む。
いいです。柵に掴まるんで離れて貰えますか? と、そう言いたいがそれだと男を突き落とすのに回り込む事が出来なくなる。
仕方なしに我慢してその一歩を跳んだが、女子中学生の足下に想定外の事態が起こる。
滑る足下に男が伸ばす腕に身体を寄せるが、男は服を掴むだけで中身は落ちる。
――DABOOONN――
上着のブレザーを男の腕に残し、ブラウスのみの身体は池へと落ちた。
「うわ、ごめん。大丈夫? ちゃんと掴んだんだけど、滑り落ちるなんて思わなくてさ!」
それとなくに縁起の悪さを言う辺りに男の思惑が滲み出ているようにも感じる。
むしろ男が居なければ足が滑るも前のめりになり、柵を越える事は出来ていただろうと理解すれば、それが最初から仕込まれた罠だった事に気付くも遅きに失す。
池から引き上げられた女子中学生の濡れたブラウスに浮かぶブラの柄を男は眺め、ブレザーをかけるでもなく言葉をかける。
「身体温めないと! 急いで車に戻ろう! 抱いてこうか?」
男はそれと無しに身体を触り腕を回すが、女子中学生は何とか抗い気丈に接す。
「大丈夫です」
「そう? なら急いで車に戻ろう! 暖房ガンガンにかけるからさ!」
神職が本殿に居たなら助けを求める事も出来ただろうが、社務所も授与所も五時を過ぎた時点で閉ざされている。
神域というより、丘裾の駐車場近くは川が流れるのみで人通りも無く、自転車の通りを制限するような真新しいポールが立つが故に、川沿いを好んで走るクロスバイクやロードバイクも見当たらない。
ただただ危険人物がのさばる土地を創り出しているかにも思える程に、我が物顔の速度で走る車が過ぎるだけ。
車道を下手に歩けば轢かれて終わる可能性に自転車が通らないのも頷ける上、歩道は土手の無い掘られた川に沿わせた下にあり、行けば誰の目にも付かず、それこそ犯罪者にとって都合の良い場所となっている。
民家はあるが川の向こう、その距離や家の雰囲気からも叫んだ所で出て来るような気はしない。
詰んでいた……
「ほら、早く乗って!」
走って捕まり殴られヤラれるか、車で連れ去られてホテルか何かでヤラれるか、ホテルならフロントに人が居る筈。
先を見据えて我慢し乗り込む。
「温泉施設で身体温めて、服も洗って乾かした方が良くない?」
けれど、向かった先には温泉は無く、施設は古く檻に触れ元が何かを判らせる。
女子中学生は絶望感に心を閉ざして身を委ね、死して屍となり果てる日までを同じ境遇の仲間と過ごすのみ……
そうして、願いは果たされた。







