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恋に落ちる


 日暮れの丘には見えぬ陽も、池の空には焼け色が射し込む幻想的な夕刻のひと時。


「お、マジあんよ!」


「うそ、マジヤバ!」


 如何にもなバカップルが平日休みの暇にネットで見付けた動画に釣られやって来た。


 IT系を言う自称エンジニアの男と、アパレル系を言う古着屋のバイト女。


 共に三十路手前程だが稚拙な会話に高卒程度を思わせるノリが痛々しくも見え、服のセンスの無さがアパレル系を疑わせる。


 丘上の本殿の中を通るでもなく、本殿の外側で壁板を這うように草木を分けて裏手へ周り降りて来たらしく、服は蜘蛛の巣や土埃にまみれているが、安物だからと気にも留めていない。


 池の畔には道らしきものも見えるが、笹薮に覆われ獣道と変わらず茎に足を絡め転ばぬようにと、跨ぐようにして踏み入れ歩く様は盗人を思わせる。


「マジで、賽銭入れてんのに管理怠慢じゃねコレ!」


「おまそれマジか! 日給五円とか!」


 怠慢な心根を自覚してはいるようだが、そもそも一般人が入るを許す場所ではない旨を理解していない。



 お社の裏側にある三つの飛び石の手前には岸に大きな敷石が置かれているが、池中へ行くを防ぐように神職の立てた竹製の柵があり、腰ほどの高さは跨ぐに高く潜るに低く、入るを許さぬ策としては優秀でもある。


 けれど柵が置かれる意味をすら理解していないのだから、使い道を違えるのも頷けるというもの。


「この手すり低くね?」


「水辺だし埋まったんじゃねの」


「使えねええぇ」


 だが、一応には手を合わせお辞儀をする辺りは日本人ではある。


「んで、何でアンタの願かけに私が付き合わないけんの?」


「それはさぁ……」


 そう言って柵を挟み込むようにして跨ぎ岸側へバランスを寄せ、もう一方の足も跨ぎ終えると飛び石に向かって大股で乗せる。


「ダッサ! 何その格好、超ダセンス!」


 へっぴり腰を罵り嘲笑う女を尻目に、男は次の一歩へ狙いを付ける。


 昼間の陽射しのお陰で凍ってはいないが滑りそうな気配は藻が故か、下を向く顔に池からの冷気が触れれば慎重にもなる。


 それでも男は自分を嘲笑う女に対して真摯に向き合い、願いを叶える為にと勇気を出して踏み出す一歩。


 飛び石と飛び石に跨がる男に掴まる物は無くバランス感覚を試されるが、飛び石の間隔までもが男の足の長さを嘲笑うようで惨めにも感じる。


 けれど男は真剣だ。

 と、いうより余裕がない。


 次の一歩だけを考え足を踏み出し、三つ目の石に片足を乗せ向きを変え、両足を乗せようとバランスを考え腕を振る。


「フンガッ!」


「フガッて、豚かよ!」


 男の気合いも聴こえる音に笑いを誘う。


 両足を乗せた男は小刻みに足踏みして嘲笑う女に向き声を上げ、願いを伝えた。


「結婚して下さい!」


 馬鹿笑いに腹を抱えていた女は嘲笑うを止め目を丸く、驚きの顔を見せていた。


「へ?」


 再び男は声を上げる。


「俺と結婚して下さい。幸せにします!」


 戸惑う女の頭は元からなのか空っぽだ。


「ああぁ、はい。よろしくお願いします」


 応えるも放心状態の女を余所に、男は腕を腰の辺りに脇を締めガッツポーズに雄叫びを上げた。


「ウッシャー!」


 勝鬨を挙げ浮かれる心に女の立つ岸へと一歩を踏み出す。


 想いを吐き出し心も軽く浮足立つ一歩は勢いが付くもの、前へと向かうバランスは両足での着地を求め、慌てて軸足を蹴り出し何とか石に両足を乗せた。


 だが前のめりになる姿勢にバランスの取りようは無く、次の石へと片足を伸ばし、大股で腕を上げてバランスを取る男。


「ホエッホエッホエッ」


 焦りに乱れる変な呼吸に、女は再び嘲笑いを漏らす。



〈そのまま頭から池に落ちたら絶対笑うわ!〉


 そんな女の願いは叶えられ、男は見事に着水した。



――BOTTYAAANN――



「ブッ! ハハハハハハハハハハハハ、バカ、バッカじゃね。ハハハハハハハハハハ、ひぃ~ひぃ~」



「笑ってねえで助けろよ!」


「だっ、だって、腹痛ああ!」



 池の底は意外と深く、足が着かず溺れ気味の男を嘲笑うばかりで、竹の柵は掴まろうにも水面からは高くもある。


 岸の敷石に手を着いた所でようやく引き上げに加勢するも、男は憮然とした態度にポケットを探る。


「ヤベッ……」


「何が、ヤベーのオマエだし。めっちゃ溺れてんのな!」



 人を嘲笑うは己に還る。



「指輪、落ちた」



「指輪? え、指輪って、幾らしたの?」


 下世話な女の勘定に、男の身よりも物の価値を心配する。


「おまえが手貸さねえからだろ!」


「はああ? だって仕方ないじゃん! 笑わせたのアンタでしょ!」



「いや、笑わせてねえだろ……」


「もういいよ、風邪ひいちゃうから早く車に戻ろ」



 水を吸い重くなったセンスの無い防寒着やパンツは足を上げるも面倒に、笹薮の道を掻き分け茎を折りつつ進む二人の後ろには獣道が出来ていた。


「指輪代、おまえのせいなんだから半分出せよ」


「はああ?」



 その後、自称エンジニアの男と古着屋のバイト女は結婚し、ネットの掲示板に書き込んだ。



489名無しの沼

20##/03/11(金)20:42:14.06ID:2skuTOFrq

飛び石で願ったら本当に願いが叶い、結婚する事が出来ました。



490名無しの沼

20##/03/11(金)20:45:25.01ID:gb5QSIpcf

>>489

嘘松乙!



 どちらの願いを叶えたのか、神様の住まうお社への礼も無く、無礼千万にも知らぬが仏……


 

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― 新着の感想 ―
どちらの願いが叶えられたのでしょうね? なににしてもお幸せに(ˊᗜˋ*) サブタイトルもいいですね♪ 池の底にはいろいろと落ちていそうです。
願いを叶えるという、池と飛び石。どちらの願いを叶えたのか、というところがとても印象に残りました。 ラストまでいった後に改めてタイトルを見て、まさしく、と思いました。冒頭の幻想的な夕刻、という情景も好…
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