恋を探している石ころ
放課後の生徒会室にて、動揺する書記とその友達と部外者の僕は、恋話をしている。正確には、僕が二人の恋話を聞かされているだけだ。
「なんで!?いいよ私なんかのために。転校まで時間も無いだろうし、もも、もっと他にやり残した事あるんじゃないの?」
「だって沙羅悩んでたから。恋に悩める友達置いて、この町とさよならなんてできないよ」
それで、転校する前に無理矢理にでもくっ付けてしまおうという事か。彼女はお人好しなのか物好きなのか。ありがた迷惑な大きなお世話と言おうにも、いささか趣を欠いている気がする。
ただ、僕は彼女の不器用過ぎて真っ直ぐな心遣いに救われたのだ。だから彼女の表裏無き優しさならきっと、門脇の事も助けてみせるのだろう。
しかし僕は、そのお世話にお節介を焼いてるのだから救いがないな。
「ていうか全然進展してないんでしょ?」
「ぜんぜんってことは無いけど」
「一緒に帰ったりは?」
「そ、それはまだ無理だけど」
「SNSでやり取りとか」
「一応、繋がってはいるから」
「ね、ねえ門脇はさ、ぶっちゃけて今どこまで進んでるの?」
どんな相手とも円滑に会話する、コミュニケーションが得意で社交性が高い普段の門脇からは想像しづらいが、意外にも恋には奥手だった。
「たまに、廊下ですれ違って挨拶するくらい」
「あぁ……ね」
「もっと仲良くなりたいとは思ってるんだよ!?けど、いざ話そうとすると、なんか上手く話せなくて……ううぅ」
クラスの片隅で寂しそうにしている人にも積極的に声をかける明るい彼女が、自信を失い萎縮している。
「彼女持ちかすら知らないんでしょ?もたもたしてると、知らぬ間に誰かに盗られちゃうかもよ」
「いや、その、それは、はい。まあ、うん、まあね」
しどろもどろになっている姿が意外で可愛らしかった。しっかり者の彼女の新たな一面が見られて、少しラッキーな気分だ。
しかし彼女をここまで狼狽えさせる相手、一体どんな人なのだろう。
もしかして、僕か?
……無いな。やめておこう。これじゃ僕が門脇をドロップキックしなきゃならない流れになる。
「門脇を応援したいのはわかったけど、具体的にどうするんだ鈴音ちゃん」
「そりゃあ、ねえ、沙羅次第というか」
「私?」
「まさか、告白させる気なの?」
「こ」
顔から血の気が引いていく。この様子じゃ、到底告白なんてできそうもない。鈴音の強引さを分けてあげてほしいくらいだ。
「でも何もしないままなんて無理、辛すぎって言ってたじゃん」
「いや、その、言いましたけど、まあ」
今度は逆に門脇の顔が赤くなっていく。こんなに好かれてる相手が羨ましいな。さっさとくっつけば良いのに。
「で、その相手って?」
「……えっとね」
放課後の廊下は思ったより静かだった。いつもはこの時間ずっとグラウンドにいて、だらだらとボールを蹴って時間を転がしていたが、今は控えめに響く遠い声や音楽が深海のようで心地良い。
深海に行った事があるわけでもないので、僕が想像したのは精々、水族館の深海魚コーナーだった。
社会に出れば、この時間には二度と戻って来られないのだろう。深い深い海の底のように、別世界なのだ。魚のように泳ぐ事ができなかった僕は、この深海の石ころのような貝なのかもな。
そんな事をぼうと考えていると、我々は昨日の事故現場に到着した。
「いや、もう大分噂になってるんだけど、ぼくってほら生粋のジャーナリストだから」
「うん」
「事実無根の記事を載せたりしたくないんだよ。だからさこうしてちゃーんと取材してるんだけど」
「うんうん」
「ぶっちゃけお前、岩里さんのこと好きだったの?」
「うん。……いや違う!なに!?」
那住玲は新聞部の部長だ。僕らの一つ上の代に部員が居なかったため今年の春から部長として幅を利かせ好き勝手していたらしい。
声が大きいので聞き流していたら、何か重大な返答ミスをしてしまった気がする。
「へえやっぱそうなんだ……」
「ちょっと待て!何か間違えた気がする!もう一回言って」
「え、だから、もう十分噂になってるんだけど」
「そこはいいよ」
彼は左手に持っていたメモ帳を閉じて胸ポケットに入れると、一息ついて窓際に腰掛けた。その一連の動作が様になっていて、同性としてかっこいいな、と感じた。
顔は中の中くらいだが身長も僕より二三センチ高く、手足も長くスタイルが良いので、ルックスとしてはイケメンの部類に入る男と言っても良いかもしれない。
それにしても……。
「なんでお前なんだ」
「んー?なになに、ぼくの話?ぼくそういうの好きよ」
「なんでもないよ」
「あーっそ。そうだそれよりさ、ぼくが本当に聞きたかったのって、そこじゃないんだよね」
玲の後ろに体育館があって、非常口が開放されていた。どうやら女子バスケ部の生徒が休んでいる。
「お前、岩里さんに蹴り飛ばされたって本当?」
「……」
なんと答えるべきか。ここで否定したとして、どうせ彼は本当の事を言うまで問い詰めてくるに違いない。どのみち真実を話さざるを得ないなら、ここは素直に認めてしまうか。
取材を受ける事を承諾した時点で、彼は真実以外決して報道しない。当事者の都合に、配慮や忖度などしないのだ。そのための取材交渉でもある。
芯が通っているのは良いことなのだが、すっぱ抜かれる身としては厄介な相手だ。
「なるほど、黙、秘と」
「だあメモるなよ!これ、答えるまでの間とかも見られてるわけ?」
「冗談だよ。ただどう書いたら一番面白くなりそうかなって考えてるだーけ」
「本当にあった事ってのは確定なの?」
「だって本当にあったんでしょ?」
非常口付近で休憩していた彼女たちは集合がかかったのか、急ぎ足で体育館の中へ消えていってしまった。中庭の雑草はそろそろ切った方が良さそうな長さだ。
「それで、僕も取材したい事があるんだけど」
「そうだったそうだった!忘れてたわ。いやー新鮮だよね逆に取材されちゃうってなっかなか無いからさ」
「まあ取材って言っても、簡単な質問なんだけどね。三つあって、とりあえず一個目なんだけど、玲って今好きな人いる?」
「え予想外だな。絶対お前発信じゃないでしょ、女子の友達から頼まれたとか、てかそれってぼくの事好きな女子居るってことじゃん!あはは、やべー!」
ぐっ、こいつ勘良すぎるんだよな。だから聞きたくなかったんだよ。でもこの調子なら、門脇の好意にもばっちり気付いてそうだけど。
「で、どうなんだよ?」
「うーん、せっかくお前から取材してくれるって事だし、ほんとの事言うよ。居る」
「そう、なんだ」
まだ、可能性はある。
「その人とは付き合ってるの?」
「それ二個目?」
「いや、あ~あ、うん二個目」
本当は用意してた三つのうち二つは本題を悟られないためのダミーだったけど、即悟られたし、この際聞けるところまで聞くか。
「どっちかつーと、付き合ってた、かな」
「……なるほど」
「意外って思った?未練たらたらって訳じゃないけどまだなんとなく……ね。いや、こうゆーのを、未練がましいって言うのか」
気恥ずかしそうに笑う彼の顔は、傾きかけた日を浴びて、初めて見る表情だった。やはり同性としてかっこいいな、と僕は思う。
僕は人前で誰かを好きと言えるだろうか。そう考えると門脇も、あんなに取り乱してはいたけれど、自分の想いを隠さず打ち明ける勇気がある人なのだ。
異性への苦手意識から劣等感を感じていたけれど、今日彼らを見て、その気持ちがほんの少し憧れや尊敬に傾いた気がした。
「そんで、三個目は?」
「え?ああえっと」
この玲への取材で、門脇が脈ありかどうかを探るのが本題だったけれど、最後になんと質問したらいいだろう。
「……そうだな。人を好きになるのって、どんな感じ?」
「ぷっ!あははははは!」
「な!」
廊下に玲の大爆笑が響き渡る。また昨日と同じように羞恥心が込み上げてくる。
「お前、お前さ……くくっ……」
「や今の無し!やっぱ違くて、えっと、そうだ!玲くんは、新しい恋には前向き派ですか?」
「ええー?お前いよいよ隠さなくなったな。うーんどうなんだろう?でも、誰がぼくの事好いてくれてんのかは知らないけど、気持ちの整理がついてない内は真剣にお付き合いできそうにない。って伝えといてください」
「ワンチャンとかもない?」
「四個目じゃん!ダメダメ。でもまー、可愛い子だったらワンチャン?」
「前言撤回、お前に彼女はやらん」
「えーお前オトンかよ!つかさ、誰なん?ほんとに居るの?」
「シャラップ!」
彼女の恋の行方がどうなるのか、鈴音は最後まで見届けられそうにないかもな。
もう一週間強で、彼女はこの町を去ってしまう。その前に、もし僕が、彼女のことを好きになってしまったら……。
なんてそんな可能性はゼロに等しいので何の心配も要らない僕は、帰宅部生活を無事、謳歌したのだった。