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石ころに残されたこころ

 僕は初めて練習をサボった。罪悪感に近い違和感が、いやにこそばゆい。不意にうなじの辺りが痒くなる。


 日差しも傾き、河川敷の一角は、今しも蚊柱が立ちそうな気配だ。今僕の前に立つのは、部活をサボる要因を作った張本人である。


「再来週くらいに引っ越し」


「そう。大変だね」


「まあまあよ」


 クラスも違う、今日までまともに話した事も無かったような相手だが、居なくなると思うと一抹の寂しさを抱く。人は、勝手な生き物だなとつくづく思う。


「でも、別れるの辛~って思うほどの友達もいないし、気持ち的には楽なんだ。ただ……」


「ただ?」


「このままこの町を去るってなった時、なんだか胸に引っ掛かる物があって」


「それが、やり残した事……」


「うん」


 僕は生まれも育ちもこの町で、転校などという物には縁が無かった。今まで住んでいた場所を離れ、まったく別の場所でまた新しい生活を始める。どんな体験なのか僕には想像する事しかできない。


 僕を、彼女の境遇に重ねて考えてみる。もし、僕がこの町を去る事になったら、果たして後悔はないのだろうか。僕の、心残りは……。


「道端の石ころみたいなホントに些細な心残りだけど、躓きそうになるというか」


「で、その一つが、僕にサッカー部を退部させる事だったって訳?」


「そーゆーこと。一個達成!」


 いや、おかしいだろ。もっと他にやり残した事が幾らでも有りそうな物なのに、なんでまず真っ先に“同級生を退部させる”をチョイスしたんだよ。


「そうだ!せっかく部活辞めさせてあげたんだから、暇になった時間で、私のやり残しを終わらせるの手伝ってよ」


「ちょっと待って、まだ僕、部活辞めるって決めた訳じゃあ」


「いいや!辞めさせるよ!君みたいなやる気無い奴、他の部員にも迷惑でしょ」


 こう見えて僕は、うちのサッカー部では割りとやる気がある方なのだが。


 しかし、いつか彼女の前で吐露した、部活をやめたがっていた気持ちは嘘ではない。現に今も、彼女に抵抗する体裁を繕ってはいるが、内心絶好の契機が廻って来たと歓喜している自分が居る。


「腑に落ちないなあ、ここまでの状況ぜんぶ」


「そう深く突っ込んで考えないで、正直な気持ちに従おう」


「そうやって何も考えてないから、変なこと口走ったり、走って飛び蹴りなんかしたんでしょ!結構根に持つタイプですよ僕は」


「それはそれとして!」


 過ぎた話をしても不毛だという意見もある。場合によっては肯定するけれど、被害者の立場に在れば過ぎた話で片付けられても困るのだ。気分が散らかったままで放置されて、方が付いては堪らない。


 しかし不条理や理不尽を前に、飲み込む事を覚えた子どもは不平不満をそれ以上並べない。それが大人になるってことですか畜生。


「私に強制する権利なんてないから、これはただのお願いなんだけどね。良いでしょ?ちょっと付き合ってよ」


「二週間弱か。長いような短いような」


「え!もしかして本気?」


「うん。面白そうだし付き合うよ」


 過程や結果だけ見れば酷い物だけれど、僕の為に考えて動いてくれたのはわかる。恩返しとはいかないまでも、借りを返すくらいの気持ちで彼女に協力するのも悪くない。


 この町での最後の思い出作りみたいな物か。彼女が何の悔いも未練も無くすっきり清々しい気持ちで旅立てるよう送り出してあげたい。


「ええ……」


「ねえ、なんでそっちが引いてるの!?」


「いや思いの外ノリノリで」


「そっちに合わせて、温度差なくそうとしたんだけど」


「うーん。まあいっか。じゃあよろしく~」


 勝手過ぎるというか自由過ぎないか。でも少し、僕には無い彼女の思い切りの良さに惹かれるような気もする。


「それで具体的にどんなの?やり残した事って」


「ちょっと待ってスマホにメモしてたから」


 テキトーな気紛れでやっているのかと思っていたが、案外計画的だったようで驚いた。もしかしてそのメモに、『浜田の部活を辞めさせる』とでも書いてあるのだろうか。


「ああこれ良い!」


 彼女に見せられた白い画面の上の方に『花火』という文字がぽつねんと佇んでいた。やはり特に、彼女に計画性などはなかった。


「花火?」


「うん。やろ花火!今日やろ!」


「はあ?何だよ花火やるって。花火見るでしょ?それにこの時期ってお祭りとか花火大会なんてやってるの?」


「違う違う手持ちの方だって」


「手持ち?手持ちって、危なくない?素人がやって良い物なの?」


「え?」


「ん?」

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