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彼女に蹴り飛ばされた石ころ

 僕は小学校からサッカーをしているが、人に背中を蹴られたのは初めてだった。それも後に聞いた話では、フォームの美しい見事なドロップキックだったそうだ。


「ウワァァ間違ったァァッ!あ、だいじょうぶ?」


「大丈夫な訳あるか!ちゃんと痛いわ!」


 幸い、エアではない(バッグ)二つがクッションになってくれて怪我を避ける事はできたが、一歩間違えば大怪我、大事故である。


「痛いだけなら大丈夫だよ」


「そうかもね!でも危なかったから!」


「ごめん。……ごめんなさい」


 本当に反省しているようなので、僕もそれ以上彼女を責めなかった。しかし、彼女の奇行は目に余り過ぎる。その原因を問い詰めなければならない。


「それで、岩里さんはさっきから僕に何の恨みがあってこんな事を?」


「違う違う。間違ったの!聞いて、ミスなのぉ~!」


「いや必死過ぎかよ!」


 彼女は、まだ尻餅をついていた僕の身体を揺さぶって強く訴えた。脳震盪でも狙ってるのか、だとすれば相当殺意高いぞ。


 しかもミスって、今のところ一挙手一投足が不正解なのは聞くまでもなくわかるのだが。


 僕は差し出された手に掴まって立ち上がる。彼女は全力で廊下を走って来たのか、少し息が荒く身体が火照っている。


「最初は、普通に話しかけようと、思ったんだけどね、いきなり話しかけるのもあれだなって、挨拶を」


「とんだご挨拶だったね。お陰であらぬ疑いをかけられる事間違い無しですよ」


「あらぬ疑いって?」


「僕が岩里さんの事を好きだとか!それがバレてたとか、僕が振られたとかそういう憶測が立てられて、僕の名誉が不当に傷つけられる可能性が……」


「うぐッ!」


 彼女は矢で射られたが如く苦しみ出し、胸を押さえた。その様はまさに迫真だったが、苦しみたいのはこっちである。


「私はなんて事を口走ってしまったんだぁ……」


「まさか、挨拶をしようとして、間違えてしまったと?」


「うぐ」


 うぐ、で相槌を打つな。というかどんな間違いだ。間違えようが無いだろ。言い訳として苦し過ぎて、苦し紛れにもなっていない。


「百歩譲って、私のこと好きでしょ、が咄嗟に出てきてしまったにしても、すぐに撤回すれば良かったんじゃない?」


「なんか頭真っ白になっちゃって、自分でも何がなんだか。それで気が付いたら浜田くんに逃げられてて、テンパって、飛び蹴りを食らわせてしまいました」


「普通は飛ばない。蹴らないよ!テンパっても!」


「ごめんなさい」


 誰だ、消極的でお淑やかとか言っていたのは。まったくの見当外れ、致命的節穴だ。彼女の事は今度からアグレッシブクレイジーバーサーカーと覚えておこう。


「それでさ、あの、本題なんだけど……」


 場所を変えたいからと言って、彼女は教室前に置いてきた自分の荷物を取りに行き、僕もそれに付いていく。肩にかからない長さの毛先は軽く、歩みに合わせて揺れている。


 荷物を取りに行くまで一言も発さず、静かに前を歩く彼女を見ていると、さっき自分を蹴り飛ばしてきた相手とは信じられず、怒りや厭わしさが消えていく。僕はその理不尽に少しだけ落ち込んだ。


 荷物を取りそしてまた階段を降りると、事故現場を素通りして、昇降口に向かう。靴を履き替え、日差しの高い外に出る。僕たちは黙々と連れ立っていく。どこまで行くのか。


「どこまで行くの!?ちょっと!」


「場所を変えようと」


「僕、これから部活があるんだけど?」


 余りにも自然に正門を出て、下校中の集団に紛れる寸前の彼女を引き留め、僕は問う。


「ああ~……。浜田ってさ、キャプテンとかキーパーじゃないよね?」


「ないよ」


「じゃあ別に問題無いね」


 無くない、とは言えなかった。僕も僕以外の部員も皆、ほとんどやる気が無い。ずる休みしても何も言われないし誰も気にしない。それに僕には、是が非でも参加せねば、という心意気がある訳でもなかった。


「……」


 ただ、サボりである事に違いはなくて、それがなんとなく嫌だった。


「部活は行かなくていいよ。その話もちょっと関係してるし。行かないで」


 行かないでと、僕の目を見て真っ直ぐに、彼女は言葉にした。


 強い波が届き、石ころは初めて陸に上がって、初めて風に吹かれた。


 当然のように忘れていた夢の断片が再生されて僕は当惑する。いったいいつの朝に見た夢か。兎に角僕は、今日の部活は不参加にして、彼女について行こうと思った。


「わかったよ。どこへでも行きましょう」

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